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「これでお前もベイトマン男爵家の一員となった。そこでまず、身に染みついた贅沢を矯正するところから始めよう」
結婚し新生活の始まりを迎えるにあたり、ベイトマン男爵家当主ブレントンは妻となったマーガレットに告げた。
釣った魚に餌をやらないどころではなく、お前呼ばわりするところから察せられるように愛情も敬意もなく、自分の優位性や正しさを証明しようとしていた。
マーガレットはスティグラー伯爵家の令嬢であり、家格相応の育ちだったが贅沢をしてきたわけでもなく、むしろ伯爵家としては信じられないくらい質素な生活をしてきた。
「そのような贅沢をしてきてはいません。どうしてそう思われるのですか?」
「口答えするな! 今までの普通が普通だと思い込んでいるから駄目なんだ!」
「スティグラー伯爵家は他の伯爵家に比べて質素な生活でした。とてもではありませんが贅沢と呼べるようなものではありませんでした」
「だから他の伯爵家と比べることが間違いだと言ってるんだ! もういい、考えを改めさせないといけないことはよく理解できた」
「ですから誤解です」
誤解と解こうとするマーガレットにブレントンは冷たい眼差しを返し、マーガレットは恐怖を感じ震えあがった。
(ブレントン様はどうしてしまったの? 結婚する前はこんなことなかったのに)
脅えるマーガレットを見てブレントンはほくそ笑み、やはり自分の行為は間違っていないと思い、さらに一つの案を思いつく。
「マーガレットは一度使用人としての立場から自分の考えが間違っていることを理解すべきだ。よし、今日から新入りメイドとして扱おう」
「待ってください! 私はメイドとして働くためにベイトマン男爵家に嫁いだのではありません! ブレントン様は妻にそのように振る舞わせて恥ずかしくないのですか!?」
「だからその思い違いから正してやろうと言ってるんだ。俺の決定に文句があるのか?」
逆らったらどうなっても知らないぞ、というメッセージを込め、ブレントンは威嚇するように言い放った。
もしブレントンが怒れば何をされるかわからない恐怖がマーガレットを襲い、逆らう気力を失ってしまった。
何しろここはベイトマン男爵領。
領主であるブレントンが最高権力者であり法である。
マーガレットの味方はおらず、使用人たちもブレントンに逆らえず誰も味方しないことが予想できた。
「文句はありません」
「そうか、理解できるくらいならまだ手遅れではないな。いいか、真面目に働いて考えを改めるんだぞ」
「……はい」
苦渋の選択だったが現状ではこうするほかなかった。
マーガレットの心情はともかく、ブレントンにとっては自分の優位性をわからせ、マーガレットが矯正のための教育を受け入れたことで一歩前進したという達成感があった。
こうしてマーガレットは妻ではなくメイドとして扱われることになり、慣れない仕事に苦労することになる。
「これで本当に掃除したつもりですか? これだから貴族のお嬢様は役立たずなのですよ」
「すみません」
メイド長から叱責される領主夫人という奇妙な関係がそこにあった。
ベイトマン男爵領の最高権力者は領主となったブレントンであり、メイド長もブレントンの意向を受けマーガレットを新入りメイドとして扱うことを受け入れた。
平民のメイド長が貴族であるマーガレットにそのような物言いや態度を取ることは本来であれば許されないことだが、メイド長も最初こそ戸惑ったものの、実際に偉そうに振る舞いマーガレットを虐げてみれば快感を覚えるようになってしまった。
とはいえ体を傷つけるようなことがあれば大問題になるかもしれず、許されたのは言葉によるものだけだった。
「これなら無学な平民のメイドのほうがまだ使えますね。マーガレット様も他のメイドに恥ずかしくない程度には仕事を覚えてください」
「はい」
マーガレットがどれだけ働こうともメイド長は褒めるようなことはせず、粗探ししてでも何かしら文句を言った。
努力しようとも認められない日々はマーガレットの心を擦り減らしていった。
ブレントンは焦燥していくマーガレットの姿を見て満足感を覚えていたが、ふと、一つの不安が脳裏をよぎった。
このような実態が明るみになれば困るのはブレントンのほうであり、ブレントンはマーガレットの外出を禁じる一方、親に幸せに過ごしていると嘘の手紙を書くよう強要した。
(どうせブレントン様が中身を確認するのだから本当のことは書けないわ……)
まだ何も書いてない手紙を前にし、マーガレットは悩んでしまった。
(ブレントン様にわからないよう助けを求めたいけど……。ブレントン様がわからなければいいのよね? それに不審に思われなければ)
天啓だったが具体的にどうすればいいのかまではわからず、マーガレットは考え抜いて一つの答えにたどり着いた。
(これならブレントン様には不審に思われないはずよ。どうか気付いてください、お父様)
マーガレットが認めた手紙はブレントンに内容を確認され、スティグラー伯爵のもとへ届けられた。
結婚し新生活の始まりを迎えるにあたり、ベイトマン男爵家当主ブレントンは妻となったマーガレットに告げた。
釣った魚に餌をやらないどころではなく、お前呼ばわりするところから察せられるように愛情も敬意もなく、自分の優位性や正しさを証明しようとしていた。
マーガレットはスティグラー伯爵家の令嬢であり、家格相応の育ちだったが贅沢をしてきたわけでもなく、むしろ伯爵家としては信じられないくらい質素な生活をしてきた。
「そのような贅沢をしてきてはいません。どうしてそう思われるのですか?」
「口答えするな! 今までの普通が普通だと思い込んでいるから駄目なんだ!」
「スティグラー伯爵家は他の伯爵家に比べて質素な生活でした。とてもではありませんが贅沢と呼べるようなものではありませんでした」
「だから他の伯爵家と比べることが間違いだと言ってるんだ! もういい、考えを改めさせないといけないことはよく理解できた」
「ですから誤解です」
誤解と解こうとするマーガレットにブレントンは冷たい眼差しを返し、マーガレットは恐怖を感じ震えあがった。
(ブレントン様はどうしてしまったの? 結婚する前はこんなことなかったのに)
脅えるマーガレットを見てブレントンはほくそ笑み、やはり自分の行為は間違っていないと思い、さらに一つの案を思いつく。
「マーガレットは一度使用人としての立場から自分の考えが間違っていることを理解すべきだ。よし、今日から新入りメイドとして扱おう」
「待ってください! 私はメイドとして働くためにベイトマン男爵家に嫁いだのではありません! ブレントン様は妻にそのように振る舞わせて恥ずかしくないのですか!?」
「だからその思い違いから正してやろうと言ってるんだ。俺の決定に文句があるのか?」
逆らったらどうなっても知らないぞ、というメッセージを込め、ブレントンは威嚇するように言い放った。
もしブレントンが怒れば何をされるかわからない恐怖がマーガレットを襲い、逆らう気力を失ってしまった。
何しろここはベイトマン男爵領。
領主であるブレントンが最高権力者であり法である。
マーガレットの味方はおらず、使用人たちもブレントンに逆らえず誰も味方しないことが予想できた。
「文句はありません」
「そうか、理解できるくらいならまだ手遅れではないな。いいか、真面目に働いて考えを改めるんだぞ」
「……はい」
苦渋の選択だったが現状ではこうするほかなかった。
マーガレットの心情はともかく、ブレントンにとっては自分の優位性をわからせ、マーガレットが矯正のための教育を受け入れたことで一歩前進したという達成感があった。
こうしてマーガレットは妻ではなくメイドとして扱われることになり、慣れない仕事に苦労することになる。
「これで本当に掃除したつもりですか? これだから貴族のお嬢様は役立たずなのですよ」
「すみません」
メイド長から叱責される領主夫人という奇妙な関係がそこにあった。
ベイトマン男爵領の最高権力者は領主となったブレントンであり、メイド長もブレントンの意向を受けマーガレットを新入りメイドとして扱うことを受け入れた。
平民のメイド長が貴族であるマーガレットにそのような物言いや態度を取ることは本来であれば許されないことだが、メイド長も最初こそ戸惑ったものの、実際に偉そうに振る舞いマーガレットを虐げてみれば快感を覚えるようになってしまった。
とはいえ体を傷つけるようなことがあれば大問題になるかもしれず、許されたのは言葉によるものだけだった。
「これなら無学な平民のメイドのほうがまだ使えますね。マーガレット様も他のメイドに恥ずかしくない程度には仕事を覚えてください」
「はい」
マーガレットがどれだけ働こうともメイド長は褒めるようなことはせず、粗探ししてでも何かしら文句を言った。
努力しようとも認められない日々はマーガレットの心を擦り減らしていった。
ブレントンは焦燥していくマーガレットの姿を見て満足感を覚えていたが、ふと、一つの不安が脳裏をよぎった。
このような実態が明るみになれば困るのはブレントンのほうであり、ブレントンはマーガレットの外出を禁じる一方、親に幸せに過ごしていると嘘の手紙を書くよう強要した。
(どうせブレントン様が中身を確認するのだから本当のことは書けないわ……)
まだ何も書いてない手紙を前にし、マーガレットは悩んでしまった。
(ブレントン様にわからないよう助けを求めたいけど……。ブレントン様がわからなければいいのよね? それに不審に思われなければ)
天啓だったが具体的にどうすればいいのかまではわからず、マーガレットは考え抜いて一つの答えにたどり着いた。
(これならブレントン様には不審に思われないはずよ。どうか気付いてください、お父様)
マーガレットが認めた手紙はブレントンに内容を確認され、スティグラー伯爵のもとへ届けられた。
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