婚約解消したのに嫌な予感がします。……もう振り回されませんよね?

Mayoi

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知る人ぞ知るカフェは静かで落ち着いた店だ。
そこに貴族らしい立派な装いをした一組の男女がテーブルを挟んで向かい合っていた。

婚約関係にあるクライヴ・ハインズとコンスタンス・セントクレア。
どちらも伯爵家の子女であり、同じ派閥に属する貴族家でもある。
当然政略のための婚約であり、少なくともコンスタンスは婚約関係に幸せを感じたことはなかった。

結婚式の日も近づいてきたので問題がないか確認したり細かい打ち合わせをするはずだったのだが、クライヴが唐突に驚くべきことを口にした。

「コンスタンスを幸せにする自信がない。俺は一度自分のことを見つめ直す必要があると考えている」
「……それで?」

クライヴのことを以前から変わった人だと思っていたため、急にこのようなことを言われてもコンスタンスは慌てなかった。
今までクライヴに振り回されてきた経験があり、いちいち動揺していては無駄に疲れるだけであり、今はもう多少のことでは動じなくなっていた。

動じないとはいえ幸せにする自信がないと言われれば不機嫌になってしまうのも当然であり、不機嫌な態度で先を促すのも仕方ないところだ。

「旅に出ようと思う。自分を探す旅だ。それとコンスタンスの愛が本物なのか、一人で考えたい」
「もう結婚式の日取りまで決まっているけど、どうするの?」

理由なんてどうでもよく、それよりも問題は結婚をどうするのかだ。
コンスタンスは真っ当な返事が聞けるとは考えていなかったので、諦め半分で訊いてみた。

「旅がそんな簡単に終わるとでも思っているのか? もしかしたら1年や2年はかかるかもしれない……」

既に心は遠くにあり、遠いところを見つめるよう空中に視線を向け、クライヴはつぶやいた。

(自分の世界に入り込んでいるわね……。もう駄目ね、クライヴは)

見限っても既に予定が立っているものをどうするか確認しないわけにはいかず、今度こそ明確な答えが得られるようコンスタンスはクライヴに訊く。

「それなら結婚は取りやめよね? 婚約も解消することになるわよ? いいの?」
「今の俺には必要なことだ。一度何もかもを白紙に戻して考え直さないといけない」

まるでもう価値のないものになったと言わんばかりのクライヴの言葉に、コンスタンスはいかに自分の扱いが軽いものなのかを痛感することになった。
クライヴから愛されている実感もなければ改善する意思も感じられず、結婚を嫌だと感じていたコンスタンスにとってはむしろ好都合だった。

(クライヴがそういう態度ならいいわ。もう両家の関係がどうなろうとも構わない。私ばかり我慢するのは間違ってるもの。厳しく制裁しても許されるわよね?)

せめてもう少し真っ当な言い分での婚約解消であればコンスタンスもそこまで厳しい制裁を加えようとは考えなかったのだが、完全にクライヴの都合であり、全く罪悪感を抱いていない素振りがコンスタンスを怒らせた。
婚約解消とはいえクライヴに責任はあり、多少の仕返しは許されるはずという計算もあってのことだ。

そこで甘い言葉でクライヴの行動を誘導する。

「面倒な手続きはどうするの? クライヴは旅に出るなら忙しいでしょう? 私がしておく?」
「それは助かる。理解のある婚約者で助かったよ」

婚約を解消するのだから婚約関係ではなくなるのだが、クライヴはそのようなことを気にしていなかった。
クライヴとしては自分探しを終えコンスタンスの愛に確信を持てれば結婚するつもりであり、婚約解消も形だけのものだと軽く考えていた。

「それで私に全て任せると書面にしてサインしてくれる? そうすればクライヴの手を煩わせることもなくなると思うの」
「わかった、そうしよう」

クライヴが素直に応じたことで何も考えていないことが明らかになった。
実際には甘い見込みというか願望みたいなものだが、コンスタンスにとっては何も考えていないと同じことだった。

(全部任せた結果がどうなっても文句も言えなくなるのに。こんな人と結婚しなくなって本当に良かったわ)

コンスタンスの心情を察することもなく、サインを済ませたクライヴはコンスタンスに謝意を伝える。

「コンスタンスのように理解があって気の利く女性が婚約者になってくれて嬉しいよ。本当に感謝している。俺の旅の成功を祈ってくれ」
「わかったわ。クライヴの旅が良いものになるよう、祈っておくわ」

満足気に頷いたクライヴと、内心呆れているコンスタンス。
婚約という縁で結ばれた二人は婚約解消によって切れてしまう。

そのようなことをまるで考えていないようなクライヴに、コンスタンスの脳裏に不安がよぎった。

(……婚約関係は解消されるのだから、もう振り回されたりしないはずよね?)

全てをコンスタンスに任せることにサインした以上、どうなろうともクライヴは文句を言うことはできず、後処理さえ済ませれば二人は無関係になる。
そもそも旅に出るのであれば何かあろうと知るのは数年後になるかもしれず、知ったときには何もかもが手遅れになっていることだろう。

(常識が通じないクライヴだから不安に感じてしまうのかも)

婚約関係が解消されるというのに、どうにも明るい未来が待っていると思えないコンスタンスだった。
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