上 下
1 / 7

1.

しおりを挟む
「そのドレス、俺の趣味じゃないな」

縁談で挨拶を済ませた後、ダミアンはジュディスに遠慮なしに言い放った。
まさかいきなりそのようなことを言われるとは夢にも思わなかったジュディスは動揺したが、自分の服装がおかしいとは思えなかった。
ならば言葉通りにダミアンの趣味ではないということになる。

「このドレスはダミアン様に失礼がないようにと両親が選んでくれたものです。お気に召さなかったのであれば申し訳ありません」
「俺はもっと華やかで目立つものを期待していた。君の、いや、君の家族か? ともかくそのセンスは俺には合わないようだ」
「……申し訳ありません」

理不尽だと思おうが侮辱されようが自分の気持ちを抑え謝罪するしかなかった。
ジュディスはバークス侯爵家の令嬢だが、ダミアンはサーストン公爵家の令息だ。
この縁談がサーストン公爵家から持ち込まれたものであっても家の力関係が物を言う。

「そんな地味なもので疑問に思わなかったのか?」
「両親が似合うと言ったので」
「それだよ、それ。自分で決めなくてどうするんだ? そんな気構えではサーストン公爵家に嫁げるなんて思わないほうがいいぞ」

ジュディスのドレスは繊細な刺繍が控えめに施されたものだ。
見る人が見れば洗練された上品さがジュディスの魅力を引き出していることに気付けるだろう。
だがそれがダミアンにはなかった。

そもそも最初から文句を言うあたり、ダミアンは縁談を望んでいなかったのではないかとジュディスは考えた。
家の都合で縁談を組まれたのであればこういった反応にも多少は理解できる。
ならば無理に取り繕うとせず、このまま破談の方向へと誘導すればいい。

「申し訳ありません。どうやら私はダミアン様には相応しくなかったようです」
「そこでどうして卑屈になる? そうか、俺と婚約したくないからだな。なるほど、そう考えれば納得できる」
「……それがダミアン様の意思なのですね」
「勝手に決めつけるな。そうか、ジュディスは婚約したくないのか。ならばこの縁談は終わりだ」
「……はい、わかりました」

ジュディスはいろいろ言いたいことがあったが口にするようなことはなく、もう終わりだと言うのだから受け入れた。
そのほうが面倒にならないというのが大きな理由だが、本心としてはこんな人とは頼まれても婚約したくないと考えていた。

こうして縁談は破談に終わり、ジュディスは両親にどう報告したものかと頭を悩ませることになった。





帰宅したジュディスは両親に縁談の結果を報告しなくてはならない。
あまりにも早い帰宅に両親も何かあったのかと察したのか、喜んで出迎えるようなことはなかった。

「お父様、お母様、申し訳ありません。ダミアン様から縁談は破談にすると言われました」
「……そうか。それで何があったのだ?」
「どうもダミアン様はこのドレスがお気に召さなかったようです。もっと派手なものが好みらしく、俺に合わせた衣装を選べ、というようなことを言われました」
「素敵なドレスなのにねぇ……」
「そうだとも。ジュディスの魅力を引き立てる素晴らしいドレスだ。それを理解できないようならダミアン殿とは破談になって良かったのかもしれんな」

両親の擁護によってジュディスは救われた気がしたが、バークス侯爵家の利益にはならなかったことが心苦しかった。
だが我慢してダミアンに取り入ったところで幸せになれるとは思えず、我慢ばかり強いられる日々は嫌だと思った。

本心では破談になったことを喜ぶが、建前も重要だ。

「ですがせっかくサーストン公爵家との縁を深められるチャンスだったのに台無しにしてしまいました。申し訳ありません」
「謝らんでいい。これも縁だ。ダミアン殿とは縁がなかったのだろう。無理に婚約したところで婚約破棄されるか不幸な結婚生活で人生を台無しにするだろうな。未然に防げて良かったではないか」
「そうよ、ジュディスが謝る必要なんてないのよ」

バークス侯爵家としての利益をふいにしてしまった事は事実であり、ジュディスは両親の言葉が嬉しくもあり苦しくもあったが、理解のある両親で助かったとジュディスは思った。

その時、そこに救世主、あるいは招かれざる人物が登場した。

「縁談が失敗したの、お姉様?」

勢いよくドアが開くなり部屋に突入してきたのは妹のユーニスだった。
縁談の結果に興味があったのは事実だが、それが失敗に終わったのであれば更に興味深いと考えてしまうのがユーニスだ。

「……ええ、そうよ」
「どうして? ねえ、どうしてなの?」
「服装が気に入らなかったみたい。もっと派手なものが好みですって」
「ふーん、確かに地味だものね」

ユーニスが空気を読まないのは以前からだったのでジュディスはそれほど気にしていなかった。
それに悪意があって言っているのではなく、考えなしに口に出していることも知っているから苦笑いで済ませるしかなかった。

「む、そうか、なるほどな」
「どうしたの?」
「サーストン公爵家から当家に縁談が持ち込まれたが誰とは指定されていなかった。つまり、ユーニスが縁談相手でも問題ないということだ!」
「すごい、さすがね、あなた!」

バークス侯爵の天才的な閃きに称賛する妻。
それを呆れたように見つめるジュディス。
降って湧いたようなチャンスに目を輝かせるユーニス。

「ねえ、わたしが縁談相手になれるの? ダミアン様と婚約できるの?」
「まあ、ユーニスが望むのであればサーストン公爵に掛け合ってみるが……」
「そうしてよ、お願い、お父様」

俄然積極的になったユーニスに婚約するバークス侯爵だったが、ちらりと妻に視線を向ければ無言で頷いている姿が目に入り、どうすべきか理解した。

「わかった。だがこれは先方の結果次第だ。まだ決定ではないからな」
「わかったわ! 早くドレスを新調しないと! 派手なやつよ!」

ユーニスはすっかり縁談が組まれると信じてしまい、そのためにドレスを新調することが当然のように言った。
両親は少し考え、ダミアンとの縁談を成功させるために必要な投資と割り切りった。

「……せめて常識の範疇で派手なものにしてくれ」
「ありがとう、お父様!」

その後、バークス侯爵がサーストン公爵に頼み込み、ダミアンとユーニスの縁談が組まれた。

ユーニスは新調した派手なドレスを纏い、縁談のためサーストン公爵邸へと向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「華がない」と婚約破棄された私が、王家主催の舞踏会で人気です。

百谷シカ
恋愛
「君には『華』というものがない。そんな妻は必要ない」 いるんだかいないんだかわからない、存在感のない私。 ニネヴィー伯爵令嬢ローズマリー・ボイスは婚約を破棄された。 「無難な妻を選んだつもりが、こうも無能な娘を生むとは」 父も私を見放し、母は意気消沈。 唯一の望みは、年末に控えた王家主催の舞踏会。 第1王子フランシス殿下と第2王子ピーター殿下の花嫁選びが行われる。 高望みはしない。 でも多くの貴族が集う舞踏会にはチャンスがある……はず。 「これで結果を出せなければお前を修道院に入れて離婚する」 父は無慈悲で母は絶望。 そんな私の推薦人となったのは、ゼント伯爵ジョシュア・ロス卿だった。 「ローズマリー、君は可愛い。君は君であれば完璧なんだ」 メルー侯爵令息でもありピーター殿下の親友でもあるゼント伯爵。 彼は私に勇気をくれた。希望をくれた。 初めて私自身を見て、褒めてくれる人だった。 3ヶ月の準備期間を経て迎える王家主催の舞踏会。 華がないという理由で婚約破棄された私は、私のままだった。 でも最有力候補と噂されたレーテルカルノ伯爵令嬢と共に注目の的。 そして親友が推薦した花嫁候補にピーター殿下はとても好意的だった。 でも、私の心は…… =================== (他「エブリスタ」様に投稿)

『壁の花』の地味令嬢、『耳が良すぎる』王子殿下に求婚されています〜《本業》に差し支えるのでご遠慮願えますか?〜

水都 ミナト
恋愛
 マリリン・モントワール伯爵令嬢。  実家が運営するモントワール商会は王国随一の大商会で、優秀な兄が二人に、姉が一人いる末っ子令嬢。  地味な外観でパーティには来るものの、いつも壁側で1人静かに佇んでいる。そのため他の令嬢たちからは『地味な壁の花』と小馬鹿にされているのだが、そんな嘲笑をものととせず彼女が壁の花に甘んじているのには理由があった。 「商売において重要なのは『信頼』と『情報』ですから」 ※設定はゆるめ。そこまで腹立たしいキャラも出てきませんのでお気軽にお楽しみください。2万字程の作品です。 ※カクヨム様、なろう様でも公開しています。

「聖女に比べてお前には癒しが足りない」と婚約破棄される将来が見えたので、医者になって彼を見返すことにしました。

ぽんぽこ@書籍発売中!!
恋愛
「ジュリア=ミゲット。お前のようなお飾りではなく、俺の病気を癒してくれるマリーこそ、王妃に相応しいのだ!!」 侯爵令嬢だったジュリアはアンドレ王子の婚約者だった。王妃教育はあんまり乗り気ではなかったけれど、それが役目なのだからとそれなりに頑張ってきた。だがそんな彼女はとある夢を見た。三年後の婚姻式で、アンドレ王子に婚約破棄を言い渡される悪夢を。 「……認めませんわ。あんな未来は絶対にお断り致します」 そんな夢を回避するため、ジュリアは行動を開始する。

お姉様は嘘つきです! ~信じてくれない毒親に期待するのをやめて、私は新しい場所で生きていく! と思ったら、黒の王太子様がお呼びです?

朱音ゆうひ
恋愛
男爵家の令嬢アリシアは、姉ルーミアに「悪魔憑き」のレッテルをはられて家を追い出されようとしていた。 何を言っても信じてくれない毒親には、もう期待しない。私は家族のいない新しい場所で生きていく!   と思ったら、黒の王太子様からの招待状が届いたのだけど? 別サイトにも投稿してます(https://ncode.syosetu.com/n0606ip/)

お前を愛することはないと言われたので、愛人を作りましょうか

碧桜 汐香
恋愛
結婚初夜に“お前を愛することはない”と言われたシャーリー。 いや、おたくの子爵家の負債事業を買い取る契約に基づく結婚なのですが、と言うこともなく、結婚生活についての契約条項を詰めていく。 どんな契約よりも強いという誓約魔法を使って、全てを取り決めた5年後……。

私がいなくなっても、あなたは探しにも来ないのでしょうね

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族家の生まれではありながらも、父の素行の悪さによって貧しい立場にあったエリス。そんな彼女は気づいた時、周囲から強引に決められる形で婚約をすることとなった。その相手は大金持ちの御曹司、リーウェル。エリスの母は貧しい暮らしと別れを告げられることに喜び、エリスが内心では快く思っていない婚約を受け入れるよう、大いに圧力をかける。さらには相手からの圧力もあり、断ることなどできなくなったエリスは嫌々リーウェルとの婚約を受け入れることとしたが、リーウェルは非常にプライドが高く自分勝手な性格で、エリスは婚約を結んでしまったことを心から後悔する…。何一つ輝きのない婚約生活を送る中、次第に鬱の海に沈んでいくエリスは、ある日その身を屋敷の最上階から投げてしまうのだった…。

最愛の王子は傲慢な姉に奪われました

杉本凪咲
恋愛
王子と婚約して半年。 傲慢な姉によって私は王子を奪われた。

わたしの旦那様は幼なじみと結婚したいそうです。

和泉 凪紗
恋愛
 伯爵夫人のリディアは伯爵家に嫁いできて一年半、子供に恵まれず悩んでいた。ある日、リディアは夫のエリオットに子作りの中断を告げられる。離婚を切り出されたのかとショックを受けるリディアだったが、エリオットは三ヶ月中断するだけで離婚するつもりではないと言う。エリオットの仕事の都合上と悩んでいるリディアの体を休め、英気を養うためらしい。  三ヶ月後、リディアはエリオットとエリオットの幼なじみ夫婦であるヴィレム、エレインと別荘に訪れる。  久しぶりに夫とゆっくり過ごせると楽しみにしていたリディアはエリオットとエリオットの幼なじみ、エレインとの関係を知ってしまう。

処理中です...