追放された最高魔力の偽聖女が、真の聖女と呼ばれるまで

銀麦

文字の大きさ
上 下
23 / 37
第二章 籠城する村への道

夕餉

しおりを挟む
 食卓に着く直前にグレイに無一文である事を告げると、お金の事は心配要らないと言われ、そのお言葉に甘える事にした。
 成り行きで村にお世話になっているが、まだ対価として何一つ成していないのである。

「食料の備蓄は四カ月分以上はあります。エレノアさん、このような籠城の真っ只中ですが、どうか、ゆっくり食事を楽しみ羽休めをしていただければ」

 食卓ではソーン村長から労いの言葉をかけられた。そして、食卓に並べられた料理は聖王国では珍しい山の幸を活かした郷土料理の数々。味はエレノアの鞄にあった塩分が効きすぎている携帯食とは比べ物にならない美味なものだった。
 今後の対小鬼ゴブリンの協力といった打算もあるかもしれないが、篭城戦という緊張下にある中、精一杯の持て成しをしてくれた事にエレノアは感謝した。

「ときにエレノアさん。聖王国から来たそうですな」
「ええ。四日半ほど。想像以上の悪路で少し大変な旅になりました」
「それについては申し訳ない。村から聖王国へ行く宛てのある者もおらず。……優れた光術師と聞きましたが、さぞ高名な方だったりするのでしょうな」

 ソーンの言葉に、エレノアは思考を巡らせた。
 奴隷の身分から聖王に買われ聖女候補に。聖女候補から転じて偽聖女に。そしてついには放浪の野良光術師。総じてみれば、一見御大層な雰囲気があるものの、よく見ればそうではない。
 候補は候補であり、偽は偽である。稀代の聖女候補として幼少から期待を受けてきたが、ついに本物の聖女になる事はなかった。
 最高魔力スリーナイン。黒髪の光術師。聖王に寵愛されし天才。
 聖王国では聖職者に様々な呼ばれ方をしたが、これらが期待の表れから来るものだったとしたら、結果、期待を裏切った形になってしまった。

「……今は宛てのない野良光術師ですから。かつて期待を背負った事もありますが、落ちぶれた身です」
「……何か事情がおありのようで。では、この話は終わりに。……もし差し支えがなければ、このノーラスが聖王国で、どのような認識をされているか、御存知でしたら」
「……ソーン村長。失礼な物言いになりますが、興味ない、というのが正確だと思います。私も中立地帯に村があるらしい、程度の認識でした」

 エレノアは悪戦苦闘しながら進んだ山道を思い出しつつ、ソーンに正直に告げた。
 聖都エリングラードからノーラス村の山道は荒れ放題であり、さらには吊り橋が崩落していた。この様子だと、ソーンの言う通り、エリングラードとノーラス間の交流はなく往来すら皆無である。思い返せば道中、人間は一度たりとも見かけなかった。

「ふむ。……そういった扱いが続いてくれれば、ワシらとしてもありがたい事ですな」

 ソーンは目を閉じながら、長い白髭を撫でていた。この発言からすると、ノーラス村は聖王国と仲良くなりたいという考えはなく、お互い無関心の関係で現状維持してくれれば構わないという事なのだろう。

「……エレノアさん。宛てのない・・・・・、というのは本当なのかな」

 対面で食事をしているグレイがエレノアに問いかけた。
 グレイは食卓での振舞いも優雅であり、捌き方一つを見ても、食事作法テーブルマナーが行き届いている様子が窺える。エレノアもそういった作法は聖都エリングラードで学んできた為、こういった仕草からも彼がどういった教育を受けているかを想像する事が出来た。

「本当よ。言ったでしょう、もう聖王国と無関係な人間って。ただの野良光術師よ。……私は貴方に嘘をついていない」
「申し訳ない。疑ったつもりはなかった。……エレノアさん、君の身の上は敢えて問わない。もし宛てのない放浪の旅ならば剣王国に来ないか。剣王都ファルシオンまでは四日あれば着く」
「貴方は旅の剣士なのだから、行かないかなら分かるけど、来ないか・・・・って言い方はおかしいわね」
「そうだね。……良い返事を聞かせて欲しいな」

 今更ながらそんな指摘をするエレノアに対し、グレイは特に否定も訂正もしなかった。
 勘ぐり過ぎかもしれないが、彼の発言は、あえて隙を与えているようにも思えた。自ら正体は明かさないが、あえて匂わせるという事だ。もはや彼が剣王国の関係者である事は疑いようはない。
 しかし、お互い詮索を止すと言った事もあり、エレノアはそれ以上の指摘は控えた。

 グレイの真剣そうな表情は冗談文句ではないように感じた。あるいは自分の勘違いかもしれないが、そう思わせるだけのテクニックがあるという事だ。
 果たして、目の前の青年の誘いを断れる女性はどれくらい居るのだろうかと思いつつも、エレノアは剣王国の事について知っている知識を思い起こしていた。

 剣王国。疾風の剣士と呼ばれた傭兵団長ファルクが建国したとされる国であり、剣王都ファルシオンを首都とする。隣接国が多く、戦乱が起きやすい大陸中央部でも、二〇〇年余り続く大国の一つ。
 剣王国、聖王国、砂王国とは相互不可侵の不戦同盟が一世紀ほど前に締結され、ノーラス村がある山岳地帯は、この三国をまたがるように緩衝地帯として存在している。

 実の処、ここからの行き先は限られている。聖王国、砂王国、剣王国、そしてノーラス村に留まるの四択。
 聖王国は追放された地であり問題外として、砂王国で聖女神エリンは異教であり、間違いなくエレノアにとって居心地の良い国ではない。
 村の防衛機構を作り上げたと言われる土の賢者ロックのように、ノーラス村に住んでスローライフでも送るつもりがないのであれば、剣王国に向かうのがベターなのである。
 だが、目の前にいる端整な顔立ちをした美青年の誘い文句に乗りましたという形になるのが、何となく嫌だった。
 どうして、そう思わされているのかは、わかりたくなかった。相手はまだ知り合って、そう間もない相手だからである。

「聖王国、砂王国、剣王国。……まあ、消去法としては、そうなるでしょうね。ここに留まるという訳にもいかないでしょうし」

 エレノアが仕方なくといったように告げると、グレイは目を細め、笑顔を向けた。

「エレノアさん、それは承諾の返事と解釈していいのかな。この村でお別れというのは、些か寂しいと思っていたのでね」
「……私が聖王国に戻らないか、監視したいだけじゃないの? 秘密通路の事を知ってしまったから」
「そんなつもりはないよ。私は単純に君に興味がある。君を思い出した時に逢える処に居てくれると嬉しい。祈りを教えてくれるとも約束したし」

 説き落とす為の口上の理由は、きっと祈りのノウハウについて、そして光魔法の能力を買ってくれているのだろう。熾天翼セラフウィングが高いレベルの光魔法という事を彼は知っている。
 エレノアが持っているものは、最高魔力スリーナインと呼ばれた高い魔力と、一〇年磨き上げてきた光魔法のレベル6認定のみだった。
 光術師が少ないと言われている剣王国に行けば、生きていく術の宛てがあるかもしれない。その上で彼と仲良くしておくのは損ではないと判断した。

「……わかったわ。もしグレイが剣王国に顔が利く立場なら、私に良い仕事先でも教えてくれると助かるわね。放浪したくてしてるわけではないの」

     ◇

 夕餉の後、リリアに良質な布団とベッドのある部屋に案内され、その際に、寝間着用にと、ゆったりとした白無地のワンピースを貸してくれた。どうやら夕餉の合間にエレノアに合った衣服を何処かから調達してくれたらしい。
 部屋に付くと窮屈だったリリアの私服からワンピースに着替え、エレノアはベッドに潜り込むと早々に眠りについた。
 村の外を取り囲む小鬼ゴブリンと篭城戦の経過が気になってはいたが、至福ともいえる羽毛布団の寝心地は、その思考をあっという間に霧散させてしまった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星里有乃
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

処理中です...