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第二章 籠城する村への道
熾天使様
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「確かに聖王国の方から来たというのは間違いないわ。酷い道で四日半大変だったのよ」
まずエレノアは誤魔化しのない情報を伝え、グレイの出方を窺った。
「……そうだろうね。聖王国への道は、あって無いようなものだったと記憶しているよ。高名な光術師の方と見受けるけど、中立地帯の村を目指して山岳を突っ切ってくるなんて、何か事情があったのかな」
グレイはやや真剣そうな面持ちでエレノアに対し探りを入れてきた。
彼の言う通り、道はあって無いようなものという表現で正しいし、この中立地帯のど真ん中で、聖王国の光術師がうろついているのは不自然と感じるのも無理はない。
ただ、エレノアとしては聖王都追放の流れで山岳地帯を進む羽目になっただけで、村を目指した事情といえば、魔法力の回復が図れる質の良い食事とベッドを求めていたという単純な理由だった。
「グレイ。何か事情があったとして、旅の剣士である貴方に伝えないといけないのかしら?」
そして、旅人の剣士を名乗るグレイが、それを気にしている事自体が不自然である。エレノアは彼が村の関係者、あるいはどこかの国の人間だと直感した。
「……私としては言ってもいいけど、その場合は貴方も隠し事は無しにして貰うわ。……ところでグレイ、貴方は何処から来たの? 私も教えたのだから、きっと教えて貰えるわよね」
言い終えたエレノアがにっこりと笑うと、グレイは矢継ぎ早の言葉に真顔になっていた。
そして僅かの間、言葉を詰まらせていたが、やがて意を決したのか。
「剣王国」
と、グレイは一言だけ呟いた。
(やっぱり。……十中八九、中立地帯を視察している剣王国の騎士。それなら納得がいくわ)
エレノアはグレイを盗み見た。彼は全体的な印象として旅人にしては洗練されすぎている。よく見るとブラウン色の外套は旅の装いとしては質が良く、身綺麗なものに見えた。
剣の鞘や革帯の小物もそうである。凄腕で裕福なのかもしれないが、彼の言う旅の剣士といった肩書にはどうしても違和感が残る。
そしてノーラスは聖王国、剣王国、砂王国、三大国の緩衝地帯となる山岳地帯であり、協定を結んだ三国にとってデリケートな地域とも言えた。
このような状況でも表立っての介入は、一世紀近くに渡って続いた協定に悪しき影響を及ぼす可能性も否定できない。彼が身分を隠している事は、なんら不思議な事ではなかった。
「……美しい翼のお嬢さん。ここは中立地帯だ。色々察してくれると嬉しい」
グレイはそれだけ告げて、視線をエレノアから外し、遠くの丘陵に見える村と包囲する小鬼の群れに視線を向けた。
「お互いの立場の詮索はやめましょう。私は旅の光術師で、貴方は旅の剣士。それでいいかしら」
「ああ。僕達は旅人という事で。でも君とは個人的に、お近づきになりたいな。……君の名前を教えてくれないか」
「個人的にね。……私としては近づき過ぎるのは遠慮したいけど」
「適度な距離感で構わないよ。……見ての通り小鬼の集団に村が包囲されている。立場は違えど、お互いに協力できる事があるかもしれないと思ってね」
眼下の丘陵の村は小鬼の大軍によって包囲されていた。
それについてはエレノアとしても何とかしたいと考えていたので、特に反対する理由はない。
「協力することはやぶさかでもないけど。名前は……ごめんなさい。名乗りたくないわ」
グレイが信用できないという事ではない。聖女候補だった、そして偽聖女の代名詞となってしまったであろう、エレノアを名乗るべきなのだろうか。
偽聖女としての悪名が、これから他国にも伝播していく事は十分考えられる。
不名誉の代名詞。だが聖女神信仰者は最初の名を大切にする習慣がある。エレノアは迷っていた。
「僕が信用に値しないという訳だね。君に取った対応を考えれば無理もない。……ならば、この場では偽名を使っても良かったのでは」
「グレイ。聖女神の教えでは生まれ持った名を大切にする習慣があるの」
名前を捨てようか迷っているのに、エレノアはそんな事を言った。
それは自分が聖王国にとって良い存在にはなれなかったという、自己批判にも似た皮肉が込められていた。
「なるほど。聖女神の教えか。……では、僕は君をどのように呼んだらいいのかな」
「私からは、こうしろとは言えないけど、貴方が好きなように呼べばいいわ。……それで反応してあげる。酷くない名前ならね」
エレノアが意地悪っぽく笑うと、グレイは右手を顎に触れて思考を巡らせていた。
もし気に入った名前だったら、その偽名を使い続けてもいいかもしれないと思っていた。グレイのセンス次第である。
「では、天使様」
「……は?」
「失敬。熾天使様はどうかな」
「怒るわよ」
エレノアは立て続けに拒否し、グレイを睨みつけた。
「大真面目だよ。君が大切にしている名を上書きするからには、相応の呼び名を」
「エレノア」
気恥ずかしいあだ名に辟易し、エレノアはグレイを睨み付けながら本名を名乗った。その際に語気が強まった事に気付いて思わず顔をしかめた。
「エレノア……とても素敵な名前だね。では、よろしくエレノアさん」
目を細め、微笑みながら握手を求めてきたグレイに、エレノアは面白くなさそうに歯を食いしばると、少し視線を外して応じた。揶揄われているのかもしれない。そして調子が狂わされる苦手なタイプだと直感した。
まずエレノアは誤魔化しのない情報を伝え、グレイの出方を窺った。
「……そうだろうね。聖王国への道は、あって無いようなものだったと記憶しているよ。高名な光術師の方と見受けるけど、中立地帯の村を目指して山岳を突っ切ってくるなんて、何か事情があったのかな」
グレイはやや真剣そうな面持ちでエレノアに対し探りを入れてきた。
彼の言う通り、道はあって無いようなものという表現で正しいし、この中立地帯のど真ん中で、聖王国の光術師がうろついているのは不自然と感じるのも無理はない。
ただ、エレノアとしては聖王都追放の流れで山岳地帯を進む羽目になっただけで、村を目指した事情といえば、魔法力の回復が図れる質の良い食事とベッドを求めていたという単純な理由だった。
「グレイ。何か事情があったとして、旅の剣士である貴方に伝えないといけないのかしら?」
そして、旅人の剣士を名乗るグレイが、それを気にしている事自体が不自然である。エレノアは彼が村の関係者、あるいはどこかの国の人間だと直感した。
「……私としては言ってもいいけど、その場合は貴方も隠し事は無しにして貰うわ。……ところでグレイ、貴方は何処から来たの? 私も教えたのだから、きっと教えて貰えるわよね」
言い終えたエレノアがにっこりと笑うと、グレイは矢継ぎ早の言葉に真顔になっていた。
そして僅かの間、言葉を詰まらせていたが、やがて意を決したのか。
「剣王国」
と、グレイは一言だけ呟いた。
(やっぱり。……十中八九、中立地帯を視察している剣王国の騎士。それなら納得がいくわ)
エレノアはグレイを盗み見た。彼は全体的な印象として旅人にしては洗練されすぎている。よく見るとブラウン色の外套は旅の装いとしては質が良く、身綺麗なものに見えた。
剣の鞘や革帯の小物もそうである。凄腕で裕福なのかもしれないが、彼の言う旅の剣士といった肩書にはどうしても違和感が残る。
そしてノーラスは聖王国、剣王国、砂王国、三大国の緩衝地帯となる山岳地帯であり、協定を結んだ三国にとってデリケートな地域とも言えた。
このような状況でも表立っての介入は、一世紀近くに渡って続いた協定に悪しき影響を及ぼす可能性も否定できない。彼が身分を隠している事は、なんら不思議な事ではなかった。
「……美しい翼のお嬢さん。ここは中立地帯だ。色々察してくれると嬉しい」
グレイはそれだけ告げて、視線をエレノアから外し、遠くの丘陵に見える村と包囲する小鬼の群れに視線を向けた。
「お互いの立場の詮索はやめましょう。私は旅の光術師で、貴方は旅の剣士。それでいいかしら」
「ああ。僕達は旅人という事で。でも君とは個人的に、お近づきになりたいな。……君の名前を教えてくれないか」
「個人的にね。……私としては近づき過ぎるのは遠慮したいけど」
「適度な距離感で構わないよ。……見ての通り小鬼の集団に村が包囲されている。立場は違えど、お互いに協力できる事があるかもしれないと思ってね」
眼下の丘陵の村は小鬼の大軍によって包囲されていた。
それについてはエレノアとしても何とかしたいと考えていたので、特に反対する理由はない。
「協力することはやぶさかでもないけど。名前は……ごめんなさい。名乗りたくないわ」
グレイが信用できないという事ではない。聖女候補だった、そして偽聖女の代名詞となってしまったであろう、エレノアを名乗るべきなのだろうか。
偽聖女としての悪名が、これから他国にも伝播していく事は十分考えられる。
不名誉の代名詞。だが聖女神信仰者は最初の名を大切にする習慣がある。エレノアは迷っていた。
「僕が信用に値しないという訳だね。君に取った対応を考えれば無理もない。……ならば、この場では偽名を使っても良かったのでは」
「グレイ。聖女神の教えでは生まれ持った名を大切にする習慣があるの」
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それは自分が聖王国にとって良い存在にはなれなかったという、自己批判にも似た皮肉が込められていた。
「なるほど。聖女神の教えか。……では、僕は君をどのように呼んだらいいのかな」
「私からは、こうしろとは言えないけど、貴方が好きなように呼べばいいわ。……それで反応してあげる。酷くない名前ならね」
エレノアが意地悪っぽく笑うと、グレイは右手を顎に触れて思考を巡らせていた。
もし気に入った名前だったら、その偽名を使い続けてもいいかもしれないと思っていた。グレイのセンス次第である。
「では、天使様」
「……は?」
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「大真面目だよ。君が大切にしている名を上書きするからには、相応の呼び名を」
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目を細め、微笑みながら握手を求めてきたグレイに、エレノアは面白くなさそうに歯を食いしばると、少し視線を外して応じた。揶揄われているのかもしれない。そして調子が狂わされる苦手なタイプだと直感した。
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