追放された最高魔力の偽聖女が、真の聖女と呼ばれるまで

銀麦

文字の大きさ
上 下
14 / 37
第二章 籠城する村への道

碧眼の剣士

しおりを挟む
(……誰? まさかノートン商会の)

 冷静に考えればノートン商会の者が、エレノアに先んじてここまで辿り着けるはずがない。普段なら余裕のあるエレノアだったが、四日半の山旅で蓄積した疲労によって神経が張りつめていた。
 おどけたような声をかけられた事に過敏に反応し、振り向きざまに光翼を広げ、威嚇するような態勢を取る。

 目の前に居たのは、ブラウン色のフード付きの外套マントを纏った、スタイルの良い男性だった。背はそれなりにあるエレノアより頭半分以上は高い。腰の革帯ベルトには一本のロングソードを下げている。顔は目深なフードで隠れていてよく見えない。
 彼はエレノアが臨戦態勢である事に気付いたのか、口元に微笑を浮かべつつ、両手を上げ、警戒を解こうとしていた。

「……脅かしてしまったかな。僕は敵じゃない。どうか、その美しい翼を収めてくれないか」
「どうかしら? ……顔を見せたら信用するわ」

 エレノアに促された男性が、両手で外套マントのフードを外すと、艶やかな銀色の髪と碧眼の瞳を持つ、端整な顔立ちの美男子が姿を現した。
 全く見覚えのない顔である。そして聖王国で数々の騎士を見てきたが、その者たちと比べても優れた容貌と言えるような青年だった。

(……少なくともノートン商会の用心棒ではないわね。こんな銀髪碧眼の美男子イケメンがいたら噂になるわ。……違う。そもそも連中が先回ってここまで来られるはずがない)

 エレノアの焦燥を知ってか知らずか、困ったかのように微笑を浮かべる青年には余裕がうかがえた。言動と立ち振る舞いからしても、全く慌てた様子はない。
 そして、彼の格好付けた物言いに従ったわけではないが、エレノアは諭されるように光翼を消滅させた。熾天翼セラフウィングを維持し続けるだけで魔法力マジックパワーを消耗し続けてしまう。
 今の問答の間でも、貴重な魔法力マジックパワーが無駄になってしまったかもしれない。これから高台に飛翔しようという時に、腰を折ってきた青年に向けて、エレノアは恨めしそうな視線をぶつけた。

「……嫌なタイミングで話しかけてくれたわね。貴方の第一印象は決して良いものではないと言っておくわ」
「本当にすまなかった。ただ、あの高台は、君の存在を小鬼ゴブリンに察知される可能性が高い」

 青年はエレノアが熾天翼セラフウィングで向かおうとした高台の方を見上げた。どうやら、あの位置に移ろうとしていた事を看破していたらしい。
 同時に問題点を指摘した。言われた通り、こちらの姿が丸見えになってしまいそうな事に気付き、エレノアは自分の軽率さを恥じると共に、青年に対する態度を軟化させた。

「……確かに私が迂闊だったかも。御忠告、感謝するわ。……それで、敵ではないなら貴方は誰?」
「ああ。僕はグレイ……。旅の剣士だ」
「なに今の間は。グレイでいいの?」
「グレイで。親しみを込めて呼んでもらえると嬉しいな」

 グレイという名乗りに一瞬、妙な間があり、偽名を使ったのではないかとエレノアは直感した。灰色掛かった銀髪から名を取っているのかもしれない。
 どうにも怪しげな雰囲気であるが、それは相手にとってもそうかもしれない。何せ目の前にいる黒髪の少女は、今さっき光翼を背に宿し、飛ぼうとしていたのだから。

「美しい翼のお嬢さん。ノーラス村に行きたいのかな?」
「……ええ。貴方は?」
「僕もその予定だったが、この有様でね。先ほどから小鬼ゴブリンとノーラス村の動向を懸念していたが……正直、今は君の事の方が、とても気になっている」

 グレイはそう言ってエレノアに微笑みかけた。抑揚の効いた心地良い声と、それに合った柔らかな物腰と表情。きっと自分の見目が良い事を熟知しているのだろう。
 だが、エレノアは警戒心を緩ませる事はなかった。見目が良いだけの男性なら聖王国にも居た。最たる者が聖王国第一王子リチャードという男である。よってエレノアが色目によって惑わされる事はない。
 そして、エレノアも小鬼ゴブリン相手に籠城しているノーラス村の動向は心配だったが、同じように目の前のグレイという青年の方が気になっていた。ただちに戦況が動きそうにない籠城中の村と、差し迫った問題である目の前の青年との差だろう。
 佇まいといい、容貌といい、ただの流浪の剣士で片付けるには胡散臭過ぎる。ここはお互い、ある程度の情報交換を行うべきだと、エレノアは銀髪碧眼の青年に探りを入れる事にした。

「口説いているわけではないのでしょう。回りくどい話は結構」
「では、聞かせて貰おう。……君はおそらく聖王国の者だね」
「どうしてそう思ったの」
「光魔法。熾天翼セラフウィングを使う女性を見たのは生まれて初めてだ。美しいと言ったのも嘘ではないよ。とても良く似合っていた」

 本心かもしれないし、美しいと言われて嬉しくない訳ではなかったが、額面通りに受け取って、態度を軟化させるほど愚かなつもりはなかった。
 熾天翼セラフウィングを知っていたという事は、彼は少し魔法に明るいのかもしれない。光魔法に対する知識が多少あれば熾天翼セラフウィングという名称がわかり、そこそこの知識があれば高レベルの光魔法という事がわかる。そして体系を理解していれば、それが事実上の最高位にあるレベル6光魔法である事を知っている。
 それによって、聖王国の高い地位に居る身分の者と誤認されてもおかしくはなかった。
 今は偽聖女であり、聖王国にとって価値の無い人間であるが、つい最近まで聖女候補という立場に居たので、グレイの推測は必ずしも間違っているとも言い切れない。

「後は身なりかな。服に縫い付けられているのは、聖王国の国教となっている聖女神エリン教のシンボルだね。……もう一つ、聖王国出身者のなまりがある」

 エレノアは術師服と神官衣を足して二で割ったような聖王国の光術師がよく着込んでいる服装をしていた。神官衣を兼ねた術師服といった側面が強く、光術師が礼拝に行っても失礼のない、簡易儀装ともなっている。
 聖女継承の儀で着用していた、強力な防護が施された聖女専用の衣は没収されてしまったが、私物の衣服だけは見逃して貰っていた。確かに、そういう点からも、聖王国出身者と推測は出来る要素はいくらでもあった。

(聖王国訛りね。……世界共通語にそこまで差があるとは思えないけど、どこで感じ取ったのかしら)

 聖王国的な言語選びをしてしまった、あるいは彼のはったりかもしれないが、その事を問いただす意味はない。もう聖王国から来た事は認めてしまうべきだとエレノアは思った。

 ただ、既に聖王国とは縁が切れた身の上である。
 国家不干渉の地とされている中立地帯にいる以上、その事は、はっきりと示さなくてはいけない。
 エレノアはグレイにその事を伝える事にした。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星里有乃
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

処理中です...