追放された最高魔力の偽聖女が、真の聖女と呼ばれるまで

銀麦

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第一章 聖王都追放

聖騎士の若人

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 聖女継承の儀の翌日。
 エリン大聖堂で行われた聖女カレンによる聖域化サンクチュアリが発動し、聖結界の修復は無事果たされた。儀式は長引いたものの、一先ひとまず聖女としての実績を形で示した事は、カレンの実力を不安視する者の声を黙らせるには十分だった。
 そして聖王国第一王子リチャードの名をもって、エレノアの追放が正式に決定された。カレンが評判を高め、不安を払拭させてから間もなくという打って付けのタイミングである。

『偽聖女エレノアは、身分卑しい皇帝国の奴隷の出自であり、情欲甚だしい女につき、極光の書に認められる資格を失った』

 このように書かれた羊皮紙をエレノアは手にしていた。拘束される直前、多少親しかった聖職者から手渡されたもので、同じ内容のものが何者かによって配られ騒然となっているとの事だった。

 第一の文面、皇帝国の奴隷の出自の下りは事実である。
 エレノアが皇帝国の奴隷の出自である事は公には隠されていた。聖王アレクシスとエレノアを見つけだした三名の従者をはじめ、第一王子リチャード、サイモン宰相、チャールズ司教、先代聖女アリアなど聖王国の上層の者を除いて知らされていなかった事である。
 皇帝国は聖王国に次いで歴史の長い国で、数世紀前、世界征服を標榜し大陸に戦乱を巻き起こす元凶となった、聖王国にとってあまり良い印象のない国だった。
 他に宗教の違いや文化の違い、それぞれが非常に長い歴史を紡いでいる事も不仲の原因で、今でこそ両国間の敵対関係はないものの、この秘密事が聖王国ではネガティブな反応をされるだろう事は想像に難くない。
 エレノアを平民の出自としていた事については、奴隷制のない聖王国では、貴族や騎士、聖職者でないものは全て平民扱いとなるので全くの嘘ではなかったが、やはり皇帝国の奴隷だったという印象が与える影響は大きく、先代聖女アリアや新聖女カレンが聖王国の名家の生まれである事も対比する形で影響してくるかもしれない。

 第二の文面、情欲甚だしい女という点は全くの誤解だった。エレノアは自らの出自を鑑みて、そういった色事が許されていると思ってもいなかった。そもそも極光の書は処女性というものが契約の条件になっていない。過去の歴代聖女には既婚者も居る。
 それによって契約から弾かれるという事は有り得ないが、民衆の知らぬことであり、これも生涯独身を貫いたアリアのイメージが強く影響していそうである。
 カレンも数多くの男性に求愛を受けていたようだが、光魔法学の妨げになるという名目でことごとく拒否していると聞いた。彼女は大聖女と呼ばれたアリアを強く尊敬し薫陶を受けていたようなので不思議な事ではない。

 第三の文面、極光の書に認められる資格を失ったの下り。これはカレンが先んじて契約を果たしていたのが原因で間違いないと、エレノアは確信している。
 あの場であたかもエレノアが契約を拒否され、カレンが契約出来たかのようなパフォーマンスをリチャードによってやられてしまった事になる。

(……どうせリチャード王子の仕業ね。彼が好みそうな事だわ)

 この文面による貶めはリチャードかそれに近い者の仕業とエレノアは確信していた。少なくとも彼がこれを咎めたり差し止めるつもりはないだろう。
 聖王アレクシスが魔力消失ロストマナの病で病床に伏せてからは、サイモン宰相を始めとした政治の中枢はリチャードの賛同者イエスマンだけで固められ、アレクシスの派閥は衰退の一途を辿っている。
 信奉する聖王を蔑ろにするリチャードに対し反感を覚える騎士や聖職者も居たが、千年近くに渡り継がれて来た、聖王家の血というものはそれだけ重く、嫡男という聖王国の正当な後継者となる立場にある、第一王子リチャードに正面から刃向かえる者は居なかった。
 不忠な謀は騎士にあるまじき行為であり、国の安寧を揺るがす一石となる。多少不服であれ、それによって聖王家千年の歴史に挑む事は尋常では有り得ない。エレノアのようにリチャードに対し、歯に衣着せぬ発言が出来る立場の方が珍しいのである。
 
 そして偽聖女エレノアの追放。先代聖女アリアを超えるであろう、希代の才能が聖女になり損ねた事を惜しむ者も居たようだが、この撒かれた文面をもって、小癪で破廉恥な奴隷上がりを追い出せると喜ぶ者も出てくるだろう。
 長らく大きな戦争がない比較的平和な国である。結局は代わりの利かない聖女さえ一人居てくれれば、他への関心は薄いものだった。

     ◇
 
「エレノア」
 
 追放の日まで軟禁される事が決まったエレノアの下に訪れたのは、白竜騎士団の聖騎士ランスだった。
 鍛え上げられた立派な体格と、凛々しい顔をしたブラウン色の瞳と髪の青年で、絵に描いたような正義漢。
 ランスの父ラルフは、聖王国白竜騎士団の第三騎士団隊長を務め、聖王国四軍師の一人に数えられる文武両道の名将である。

「ランス」

 エレノアは驚いていた。面会は許されていないと聞いていたが、彼がどうやって、ここまで来られたのか。少なくとも衛兵がするべき仕事をしなかったのは間違いなかった。

「おはよう。……面会は認められないと聞いていたのだけど。大丈夫なの?」
「聞いたよ。聖王国を追放されるって。それに……」

 ランスは心配そうに呟くエレノアの質問を無視して話を始めたが、自分も何やら言いづらそうに途中で言葉を濁らせた。
 
「偽聖女エレノアは、身分卑しい皇帝国の奴隷の出自であり、情欲甚だしい女につき、極光の書に認められる資格を失った……という噂話の事?」
「……ああ。エレノアも目にしていたのか」

 エレノアが暇つぶしに暗記した文面を一句間違えずにランスに告げると、彼は怒りからか手にしていた羊皮紙を握りしめた。
 おそらくエレノアが受け取ったものと同じ内容が書かれたものだろう。

「……今だから言うけど、私が奴隷商人の手に渡り、皇帝国で売られていた身の上というのは事実よ。ごめんなさい」
「そうか。俺には騒ぐ程の事とは思えないけどな。それに情欲がどうのっていうのは嘘って事だろう」
「……どうして、嘘だと思ったの?」
「エレノアに浮いた話があるなんて聞いた事がないな。いや……そもそも、誘いに承諾したのを見た事がない。色事に興味がないのかと思ったよ」
 
 庇ってくれているのか馬鹿にしているのか、どっちとも取れる言葉に思わずエレノアは目を据わらせてランスを見たが、彼は全く意に介した様子はなかった。
 彼の事である。きっと悪気はないのだろう。
  
「……まあ、そっちの噂は全力で否定させて貰うけど、聖女になれなかったのは事実。私はもう聖王国にとって、価値のない人間って事」

 諦めたように淡々と話すエレノアに、ランスは露骨に不機嫌そうな表情を浮かべた。

「エレノア、価値のない人間といったのは取り消してくれ」
「取り消さないわ。だって本当の事だから。じきに私を支持してくれる人々も居なくなるでしょうね」
「……間違っている。もし仮にエレノアがそういった出自で、聖女じゃなくても。これ程の光魔法の使い手を聖王国が簡単に手離して良い道理がない」

 どうやら彼は本気で怒っているようだった。
 ランスは、昔から心優しい少年だった。歳がそれ程離れていない事もあったとは思うが、聖王国では浮いた存在だったエレノアに、損得勘定抜きで接してくれた数少ない人間である。
 彼は本気でエレノアの処遇を不服に思っているのだろう。ただ若さ故か、名軍師とうたわれる父と違い、直情的過ぎる処があるのは否めない。
 誠実さだけでは、これからの聖王国で生きていけるとは思えない。彼がリチャードの下で生きていくなら清濁の濁の部分を覚える必要がある。
 エレノアはそう思い、彼に諭すことにした。
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