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第一章 聖王都追放
追放か服従か
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「なっ……まさか、聖女継承の儀以前に、カレン様が契約を先んじたと……そのような伝統ある祭儀を冒涜する行為……ゆ、許されるはずが!」
チャールズ司教がエレノアの説明によって、からくりに気づくと、怒りで声を荒げて、リチャードに詰め寄ろうとした。格式と伝統を重んじる彼らしい反応である。
予想が正しければ、先代聖女アリアが亡くなってから、三日のうちのどこかで、リチャードに手引きされたカレンが、極光の書に触れる機会があったという事になる。
極光の書は先代聖女だったアリアの手から離れ、三日間どのように管理されていたのだろうか。杜撰な管理だったのかもしれないし、極光の書の管理を担当した者がリチャードと繋がっていたのかもしれない。
あるいは今の聖王国では、リチャードが強要すれば、逆らえる者など居ないようにも思えた。今や彼は聖王国における実質上の最高権力者なのだから。
(……継承の正式な手順なんて民衆は誰も気にしていない。責めた処で、もう終わった事でしかない)
エレノアにとっても同じ事だった。由緒ある祭儀にこだわる司教と、抜け駆けの策略を講じた王子で好きなだけ口論すればいい。
極光の書の契約はやり直すことが出来ない。契約者が死ぬまで契約が破棄される事はなく、契約の上書きも出来ない。
聖女契約の儀という、形骸化した儀式の正当性がどうであれ、全ては終わった事。一つだけしかない椅子にカレンが先に座った。それだけの事である。
「……はは、ははははは。なるほど。契約を先んじたか。大した名探偵ぶりだねえ。……だが、証拠はないのだろう? いつ、どこで、誰が、どのようにしたんだ? エレノア、証拠はあるのか?」
リチャードは誤魔化すように、早口で捲し立てると、エレノアに対し証拠を要求した。
エレノアとしても憶測に過ぎず、これ以上暴き立てる気はなかったが、その物言いに苛立ちを覚え、さらに反論となる一石を投じる事にした。
「今からカレンに聞いてみればいいのでは」
「……は?」
「……リチャード王子、カレンは何処にいますか?」
「会わせるわけがないだろう? ……エレノア、わかったぞ。カレンを殺して聖女になろうとでも考えているのか!」
リチャードからは唐突にカレン殺しという物騒な台詞が飛び出した。確かに聖女カレンが命を落とせば極光の書の契約は空位となる。
そして、そのリチャードの台詞でエレノアは憶測が正しかったと確信に至った。
「リチャード王子、まるで空位になれば、極光の書に認められなかったはずの私が契約出来るような言い方ですが。……思い当たる節でも」
「……は? ……エレノアがカレンに横取りされたと思い込んでいれば同じ事だろう? カレンが居なかったら契約出来たという被害妄想でやりかねないな!」
その殺伐とした発想にエレノアは唖然としていたが、会わせないというリチャードの物言いで、ある事に気が付いた。
聖王国で暮らしていれば、今後カレンとはいずれ嫌でも顔を合わせる事になる。今隠そうとしても、いずれ問い詰める事は可能なのだ。
だが、そうさせるつもりがないという事は、近いうちに何らかの形で自分を聖王都エリングラードから排斥する腹積もりである。そうエレノアは察した。
「それに、エレノアの推理通り、契約を先んじたとしてもだ。カレンは極光の書に認められたのだよ? 聖王国名家の血筋である彼女が正当な後継といえるだろう。……エレノア、最初から君が要らなかったのだよ。君を育てると判断した父上が間違っていた」
「それでは、聖王様に謁見の許可を」
「駄目だ。父上が魔力枯渇によって伏せているのは知っているだろう。身体に障る。ましてや、エレノアが偽聖女だったなんて、知ったらどうなるかな? はは」
とりつく島も無いとはこの事だった。
だが、エレノアとしても、今更どうこうするつもりはない。聖女として責務を果たす資格を失った事により、目的を失った喪失感はあるが、もっと深い部分の本音を言えば、ほっとしているという思いもある。
この聖王国の救国という責務に縛られる必要がなくなった事で、一生続くはずだった肩の荷が思わぬ形で下りる事になったのだから。
ライバルだったカレンには祝福と激励の挨拶を。拾い上げてくれた聖王アレクシスには、育てて貰ったお礼と役目を果たせなかったお詫びをしたかったというのが本音である。
──だが、それをしたところで、自分の気持ちが一区切り出来るだけなのかもしれない。二人が望んだわけでもない。エレノアは既に聖王国でのあらゆる未来を諦めていた。
「リチャード王子……それで、偽聖女となった私は、これからどうすれば」
「……ふむ。正直言えば、君を聖女とする為に、父上がどれだけの投資をしたと思う? 聖王国の為に死ぬまで働いて貰わなければ割に合わないのだが」
「リチャード王子の仰るとおり。その事は感謝しています。では、光魔法を持って死ぬまで働きましょう」
そうはいったものの、リチャードは国内に留めておくつもりはないだろう。それを知った上でエレノアは皮肉を込めて、同じような言葉で返した。
「いや、聖王国に光術師は間に合ってる。光魔法レベル6認定だなんだといっても、この平和な国でそんなものは代わりが利くのだよ。それよりも君を最高魔力と讃える連中も少なくない。それは聖王国の安寧を脅かし、何より聖女カレンにとって火種になりかねない」
リチャードはチャールズに対する当てつけのような台詞を吐きつつ、わざとらしい深刻ぶった表情を浮かべた。
「よって国外追放としたい。……あるいは別案だが」
一拍置き、今度は目を細めて笑顔を浮かべた。
「君みたいな、はねっ返りを屈服させるのも一興だ。偽聖女エレノア。私に跪き服従を誓うといい。奴隷のように躾けてあげよう」
「国外追放でお願いします」
エレノアは、手から自然と漏れ出た魔力でティーカップを破壊すると、棒読み気味に国外追放を承諾した。
その二人の危うい会話を聞いていた、チャールズ司教は顔面蒼白になり、口から泡が漏れ出かけていた。
チャールズ司教がエレノアの説明によって、からくりに気づくと、怒りで声を荒げて、リチャードに詰め寄ろうとした。格式と伝統を重んじる彼らしい反応である。
予想が正しければ、先代聖女アリアが亡くなってから、三日のうちのどこかで、リチャードに手引きされたカレンが、極光の書に触れる機会があったという事になる。
極光の書は先代聖女だったアリアの手から離れ、三日間どのように管理されていたのだろうか。杜撰な管理だったのかもしれないし、極光の書の管理を担当した者がリチャードと繋がっていたのかもしれない。
あるいは今の聖王国では、リチャードが強要すれば、逆らえる者など居ないようにも思えた。今や彼は聖王国における実質上の最高権力者なのだから。
(……継承の正式な手順なんて民衆は誰も気にしていない。責めた処で、もう終わった事でしかない)
エレノアにとっても同じ事だった。由緒ある祭儀にこだわる司教と、抜け駆けの策略を講じた王子で好きなだけ口論すればいい。
極光の書の契約はやり直すことが出来ない。契約者が死ぬまで契約が破棄される事はなく、契約の上書きも出来ない。
聖女契約の儀という、形骸化した儀式の正当性がどうであれ、全ては終わった事。一つだけしかない椅子にカレンが先に座った。それだけの事である。
「……はは、ははははは。なるほど。契約を先んじたか。大した名探偵ぶりだねえ。……だが、証拠はないのだろう? いつ、どこで、誰が、どのようにしたんだ? エレノア、証拠はあるのか?」
リチャードは誤魔化すように、早口で捲し立てると、エレノアに対し証拠を要求した。
エレノアとしても憶測に過ぎず、これ以上暴き立てる気はなかったが、その物言いに苛立ちを覚え、さらに反論となる一石を投じる事にした。
「今からカレンに聞いてみればいいのでは」
「……は?」
「……リチャード王子、カレンは何処にいますか?」
「会わせるわけがないだろう? ……エレノア、わかったぞ。カレンを殺して聖女になろうとでも考えているのか!」
リチャードからは唐突にカレン殺しという物騒な台詞が飛び出した。確かに聖女カレンが命を落とせば極光の書の契約は空位となる。
そして、そのリチャードの台詞でエレノアは憶測が正しかったと確信に至った。
「リチャード王子、まるで空位になれば、極光の書に認められなかったはずの私が契約出来るような言い方ですが。……思い当たる節でも」
「……は? ……エレノアがカレンに横取りされたと思い込んでいれば同じ事だろう? カレンが居なかったら契約出来たという被害妄想でやりかねないな!」
その殺伐とした発想にエレノアは唖然としていたが、会わせないというリチャードの物言いで、ある事に気が付いた。
聖王国で暮らしていれば、今後カレンとはいずれ嫌でも顔を合わせる事になる。今隠そうとしても、いずれ問い詰める事は可能なのだ。
だが、そうさせるつもりがないという事は、近いうちに何らかの形で自分を聖王都エリングラードから排斥する腹積もりである。そうエレノアは察した。
「それに、エレノアの推理通り、契約を先んじたとしてもだ。カレンは極光の書に認められたのだよ? 聖王国名家の血筋である彼女が正当な後継といえるだろう。……エレノア、最初から君が要らなかったのだよ。君を育てると判断した父上が間違っていた」
「それでは、聖王様に謁見の許可を」
「駄目だ。父上が魔力枯渇によって伏せているのは知っているだろう。身体に障る。ましてや、エレノアが偽聖女だったなんて、知ったらどうなるかな? はは」
とりつく島も無いとはこの事だった。
だが、エレノアとしても、今更どうこうするつもりはない。聖女として責務を果たす資格を失った事により、目的を失った喪失感はあるが、もっと深い部分の本音を言えば、ほっとしているという思いもある。
この聖王国の救国という責務に縛られる必要がなくなった事で、一生続くはずだった肩の荷が思わぬ形で下りる事になったのだから。
ライバルだったカレンには祝福と激励の挨拶を。拾い上げてくれた聖王アレクシスには、育てて貰ったお礼と役目を果たせなかったお詫びをしたかったというのが本音である。
──だが、それをしたところで、自分の気持ちが一区切り出来るだけなのかもしれない。二人が望んだわけでもない。エレノアは既に聖王国でのあらゆる未来を諦めていた。
「リチャード王子……それで、偽聖女となった私は、これからどうすれば」
「……ふむ。正直言えば、君を聖女とする為に、父上がどれだけの投資をしたと思う? 聖王国の為に死ぬまで働いて貰わなければ割に合わないのだが」
「リチャード王子の仰るとおり。その事は感謝しています。では、光魔法を持って死ぬまで働きましょう」
そうはいったものの、リチャードは国内に留めておくつもりはないだろう。それを知った上でエレノアは皮肉を込めて、同じような言葉で返した。
「いや、聖王国に光術師は間に合ってる。光魔法レベル6認定だなんだといっても、この平和な国でそんなものは代わりが利くのだよ。それよりも君を最高魔力と讃える連中も少なくない。それは聖王国の安寧を脅かし、何より聖女カレンにとって火種になりかねない」
リチャードはチャールズに対する当てつけのような台詞を吐きつつ、わざとらしい深刻ぶった表情を浮かべた。
「よって国外追放としたい。……あるいは別案だが」
一拍置き、今度は目を細めて笑顔を浮かべた。
「君みたいな、はねっ返りを屈服させるのも一興だ。偽聖女エレノア。私に跪き服従を誓うといい。奴隷のように躾けてあげよう」
「国外追放でお願いします」
エレノアは、手から自然と漏れ出た魔力でティーカップを破壊すると、棒読み気味に国外追放を承諾した。
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