優しい時間

ときのはるか

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第3章 ゆるやかな流れの中で

ゆるやかな時の流れ(第3章・完結)

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 榊はその夜、瞬の告白の様子を何度もモニターをチェックして繰り返し見ていた。

 自分がシャワーを浴びている間に、瞬がどのように魔法の言葉を唱えたのかを、知りたかったのと、その様子を堂島に最後の日報として報告しなければならなかったからであった。

 それは榊が教えてやったものよりだいぶアレンジされていたが、瞬の告白は堂島にとってそれ以上の破壊力だったと思う。

 そして告白に至る前の一人で着替えをするように言われた言い付けを、瞬は教えられてもいないのに、主人の前で堂々と逆ストリップを仕掛けてみせたのだった。

 あれが演技ではないのだから、天然とは恐ろしいものだと思う。

 目の前で服を焦らし焦らし脱いでいくのも確かに官能的ではあるが、一糸纏わない姿から焦らしつつ下着を一つ一つ着けていく様も、男の欲望を刺激するには十分だった。

 しかも自分で触る事は禁じられている性器に自ら手を伸ばし、そこを主人の前でこんなにも熟していていると、早く解放してくれなきゃ苦しいとまでアピールするとは、さすがの榊だってそれは想定外だった。
 これが日常の躾けの最中だったらお仕置きものではあったが、、それも結果オーライという事です見逃してやるしか無い。

 これでも堂島が迎えに来なかったら、最悪お仕置きと称して榊が瞬のそこをわざと見せつけるように剥いて逝かせてしまったかもしれない。

 とにかく、瞬の言葉も仕草も堂島の重い腰を動かすには十分効果があったという事だった。

 その画像を最後の瞬の躾けの日報としてデータをまとめ堂島に転送してやった。

 これで榊の任された瞬の躾けはほぼ完了したも同然だった。

 明日は普通に朝起きて瞬の排泄を手助けしてやり、そして朝食を食べさせる。
 もうそれくらいしか榊に残された瞬の躾けは無いのだった。
 その後、少しの雑談くらいならする暇があるのかもしれないし、それすら無いかもしれない。
 遅かれ早かれ、明日の午後にはここに瞬の姿は無くなっているという事だった。

 それからの瞬の時間は全て主人である堂島のものとなる。
 それが瞬に課せられた運命なのだった。

 堂島はきっと遠くない未来にその手で瞬の戒めを解くだろうと思う。
 そして今まで放っておいた罪を、堂島が瞬に深々と懺悔する姿が目に浮かぶようだった。
 それで榊の三年と瞬の三年という歳月が堂島によって幕が降ろされるのである。
 それによってまるでここでの三年間が無かった事のように、あっさりと過去のものとなるのだろう。

 時間をかけてこの手に収まるものなら離しはしない、だが納める先が決まった届け物をいつまでも預かるのはもう懲り懲りだった。

 特にナマモノであるなら尚更だと思う。

 瞬は引き渡すにはちょっと熟れすぎてしまった預かりモノかもしれない。

 熟し具合に多少舌が痺れる事もあるかもしれないが、それは引き取りに来なかった堂島の責任でもある。
 こちら側は再三にわたって瞬の熟し具合を知らせて来たのに、のらりくらりとそれを交わして来たのは堂島自身だった。

 そんな頑なだった堂島もとうとう天使の囁きに見事に陥落したのだから、後はその熟れた瞬を煮るなり焼くなり好きにすればいいと思う。

 それを榊は自分の気持ちはさて置き、躾け士としては喜んで送り出してやらねばならない事だと、深く心に言い聞かせていた。


 ***


 翌日、約束通り堂島は早々に瞬を迎えに来た。

 逆にこちら側の支度が伴わず、慌ただしく瞬を着替えさせたり、最後にもう一度トイレに行かせたりと、堂島を有栖川に託し待たせてしまったくらいだった。

 そして支度が整い、堂島に初めて対面した瞬は、これが三年もここに預けられていた子供には到底見えなかった。

 白いベレー帽に白いケープ付きのコート。
その下は学院と同じ型の色違いの制服。
 それを着た瞬はきっと学院の関係者が見たら直ぐにそれと分かる外見をしていた。

 昨日までのどこか自信の無さげな顔は微塵も無く、そこには誰からも愛される、その学院の象徴とも言える天使の役割を担う慈愛に満ち溢れた笑顔を浮かべた瞬が居た。

 そのお陰なのか堂島は初めてきちんと会うはずなのに、…あんなに会う事さえ恐れていただろうはずなのに、その笑顔には勝てず、その頬を上気させ瞬の手を取ると強く引き寄せ、その小さな身体を固く抱き締めたのだった。

 瞬もそれに何の抵抗も見せずにさもそれが当たり前のように堂島の腕に抱かれていた。

 そこに佇む瞬は、あの写真に写っていた天使がそこから抜け出して来たように、そこだけ時が止まっているかのようにも見えたのだった。

 それは本人を知る有栖川にさえそう見えていたらしい。
 ならば当然、堂島にもそう見えていたのだろう。

 その結果、瞬が満面の笑みを浮かべているのに反し、堂島の方が感極まってしまい涙ぐんでいたくらいだった。


 瞬は終始笑顔を絶やさなかった。
 きっとここで泣いたら堂島がせっかく迎えに来てくれたのに気分を悪くするとでも子供ながらに気を遣っていたのだろう。
 瞬というのは、そういう子供だった。

 そんな瞬を最後に榊が見たのは、運転手付きの車に乗り込み、主人の膝に抱き上げられ天使の微笑みを浮かべ幸せそうにしている瞬だった。

 榊と目が合うとペコッと頭を下げた。あえてお互いに多くは語らず、ただ目だけで感謝と別れを告げていた。

 もう瞬の目の前には待ちに待った主人が迎えに来てくれたのだから、榊に泣いて縋るのはお門違いというものだった。

 それを瞬は言われなくとも、よくわきまえていた。
 機転がきく瞬に感服してしまうと同時に、それを見させられたら、やはりもう自分の出る幕は無いと悟るしかなかった。

 その笑顔に榊自身も魅入ってしまいそうにもなりながら、機械的に別れを告げる。

 そうやって余りにあっけなく二人を送り出してしまいと、やはり急に辺りが静かになってしまったように感じた。

 元から瞬は静かな子供ではあったが、それでも可愛い声で話をしてくれる無邪気な子供でもあった。

 それが急に居なくなってしまうと、さすがの榊もどこか胸にぽっかりと穴が空いたように寂しさが込み上げて来る。

 そんな榊を有栖川は優しく肩を抱き寄せると、榊を送り出した時、自分もそんな気持ちになったと言ってくれた。

 瞬と自分とではそれはまったく違うだろうと言ってやりたい気持ちは山々だったが、榊は黙りこむ。

 ただ瞬にはけして自分のようにはなって欲しく無いと、ただそれだけは願っていた。

 榊だって主人を早くに亡くしてさえいなければ、ここには居ないはずだった。

 だから瞬には主人に長く愛され、幸せな未来を過ごして欲しいと思う。

 こんな誰かの元へ送る子供を躾ける役にだけは、就かせたくは無いとそう思うのだった。

 有栖川は堂島の気持ちも分かるらしいが、榊の気持ちにも寄り添ってくれていた。
 だから有栖川が居なければ、榊も最後まで瞬を躾ける事が出来たかどうかあまり自信は無かった。

 そんな自分の精神が今回ばかりはかなり疲弊しているのを否めない。

 その榊を有栖川は親身になっていつも労ってくれていた。
 時々この人が自分の主人だったらと思う事も昔はあったかもしれなかったが、今はもうそんな夢など追わない。

 有栖川という男は、誰も自分の内側に本気で入れる事はしない人だと榊にも分かってしまった。
 だからこんな施設を任されても飄々としていられるのだろうとも思う。

「榊。ありがとう。こちらの我儘ばかり君に押し付けてしまった」

「いえ。大丈夫です…と言いたいところですが、今回ばかりは正直もう少しで限界だったと思います」

 そんな榊の言葉に有栖川は心底申し訳ないという顔をした。

「君にはコミュニティーも感謝しているよ。
 その分、報酬も弾ませてもらった。
 それと君が医大に行く費用は要らないというから、せめて開業する時の足しにして欲しいと口座に相応の額を振り込ませてもらった。
 今回の事は堂島も榊に申し訳ない事をしたと君への報酬とは別に貰った分もあるんだ。
 それも一緒に振り込んでおいたので、心おきなく使って欲しい。
 医者になるには金がかかるだろうし、開業するにも金がかかる。
 君は今は要らないと思うだろうが、持っていて損は無い。
 どうしても必要が無ければ、その時は福祉に寄付でもすればいいさ」

 このコミュニティーの人間は所詮みんな金に困ってはいないお気楽な者の集まりだと思う。

 その彼らの道楽と歪んだ慈善事業という名のもとに、生きる環境に恵まれない子供が巻き込まれているだけだとも思う。

 だがそんな子供だった自分が今あるのは皮肉な事に、やはりコミュニティーのお陰だった。

 他の施設にいたら、大学に行く事は難しかっただろうし、周りの環境も最悪だった。

 そして歪んでいようと心から子供を愛し育てようとしてくれる主人に出会う事も無かった。

 だから榊は有栖川には逆らわない。
 というよりは、逆らえ無いのだった。

 そもそも榊を躾けたのは有栖川であるのだから、主人亡き今、榊を支配できるのは有栖川ただ一人だと言っても過言では無い。

 榊の心と身体に刻み込まれた躾けは、今でも榊の中で強く息づいている。
 その中で榊にとって有栖川の命令は絶対だった。

 言われた事は従うしかないのである。

 今回だって有栖川から瞬を躾けてくれと頼まれなければ、榊はそれを引き受ける事もなかったであろう。

 だが、榊は有栖川を恨みはしない。

 むしろ瞬という天使に出会えた事は自分の人生の中で、生涯忘れる事が出来ない至福の三年間だったとあとで落ち着いた時に、そう思い出すと思うのだった。

 大変な三年間だったからこそ、懐かしく想う時がきっと来る。

 榊の中では、既に自分が有栖川に躾けられていた事さえ、懐かしく想う時があるのだから、多分この三年間もそうなるだろうと思うのだった。

 有栖川はそんな榊の気持ちを知ってか知らずか、黙って聞いている榊に追い打ちのような言葉をかける。

「榊。君は本当に私の躾けた中で一番だったと思うよ。この先、君を超える子供は私には現れない。
 そして多分、君にとっての瞬がきっとそうなるだろうね」

 時々、有栖川はどこか不思議な事を言う人だと思う。

 何の脈絡もなく未来を見ているかのように…そんな事を言うのだった。



(第3章・完結)


 







(作者より)

続きは
ちょっとお時間をください。

10/21のJ庭の新刊の執筆があり
しばらくこちらのお話はストップします!

そっちが入稿できたら、続きを
書いていこうと思っています。

ここまでお読みいただきありがとうございました!


ときのはるか


 
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