優しい時間

ときのはるか

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第3章 ゆるやかな流れの中で

躾けの賜物

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 瞬が榊の首に抱きついて来たのは、まさにそれは衝動的な行動だった。

 考えて動くなんて事は皆無で、榊が対面で抱き上げてくれなければそんな衝動も湧いてこなかったと思う。

 だが目の前に端正な顔が迫って来て思わず気付いたらその首に手を回ししがみ付いていたのだった。
 これも躾けの賜物と言えば賜物だった。

 だいたい榊がこうして対面で抱き上げる時は榊の首に腕を回すように瞬は躾けられていた。
 躾け用の椅子に座らせる時もトイレに連れて行く時も、風呂に行く時も、だいたい向かい合わせで抱き上げられたら、瞬は反射的に榊の首に腕を回してしまうのだった。

 それを今更ながらに悔いても仕方がない。
そう躾けたのも榊だった。

 今日は苦笑する事がいっぱいだったが、瞬のその行動のお陰で榊も我に帰れた。

 榊は一瞬躾士としてあるまじき行いをしそうになっていたのだった。

 そしてそれは多分瞬が抱きついてくれなければ十中八九過ちを犯していただろう。

 榊も何が起こったのか分からず一瞬呆気に取られてしまったが、首に巻かれた慣れた感触を感じて身が引き締まる。

 抱きついて来た瞬の身体は思った以上に冷たくなっていたのだった。

 このままここに居ては瞬に風邪を引かしてしまうところだったと思う。

 さすがに陽が傾きはじめ、辺りもだいぶ冷え込んで来たようで、瞬の頬も耳も心なしか赤く色付いて見えた。
 榊もコートを下に敷いていた為、随分肌寒くなって来たと感じていた頃でもあった。
 脂肪も筋肉も無い瞬はコートを着ていたとしてもそれはもうそろそろ限界かと思われた。

 だがそんな事も失念していたのだった。

 実は瞬が抱きついてくれなければ、このまま榊は多分、瞬の柔らかな唇に口付けていただろうと思う。

 ここで口付けたとしても誰に知られる事も無い、それに瞬だって主人に言いつけるような子では無かった。

 瞬にはお父様に会った時の練習ですとでも言えば多分納得するだろう。
 
 そして榊のそんな気持ちさえ受け止められる柔軟な心を持ち合わせているのが瞬だった。

 瞬は身体は子供でも心は周りの大人への気遣いさえできる子だった。

 そんな天使のような子供に躾けたのは他ならぬこの榊だった。

 ここまで仕上げておいて最後の最後にミスを犯していたかもしれない自分の詰めの甘さを、瞬に教えられたような気がしていた。

 でも最後にキスの一つくらい頂いても今までの報酬の一部だと思えば安いものだと思わなくもない、それくらいに榊だってこの三年もの間、休みなく一心に瞬をここまで躾けたのだった。

 それに瞬の躾けを終えたら、もう躾ける側は引退させてもらう事にもなっていた。

 今まで貰った報酬でもう一度医師の資格を取る為に大学に入り直す事に決めていた。


 ここを出た子供達は多分幸せに主人に愛されているとは思う、だが時にはメンテナンスも必要なのだった。

 普通の医者には診せにくいところもあるだろう、そんな時はやはり説明をせずとも分かってくれる主治医が必要であり、この施設にもコミュニティーと関わり合いがある医者もいた。

 その医師もここだけを診ている訳ではなく、一人で全てを診るのは厳しくなっていた。
 普通の病院の仕事の合間に施設の子供やここから巣立っていった子供の事まで一手に引き受けていては身体がいくつあっても足りない。

 瞬の躾けの前から榊に医師の資格を取る気はないかとコミュニティーからも度々その打診はあった。

 榊はもとより看護士の資格を持っていたから医学には明るいし、それなりに頭も良かったからコミュニティーとしても投資しがいがあると踏んでいたのだった。
 
 だが榊としてはコミュニティーの援助でそれを取ったら一生自分の自由は無くなってしまうだろう事は分かっていたし、資格くらいは自分の力でなんとしてでも取りたかった。

 その資金も瞬の躾けのお陰で十分に貯まったところでもある。

 瞬を送り出せば晴れて自由の身になる自分に今更ペナルティーが課せられようともう知った事ではない。

 ただ自分の躾士としてのプライドを捨てたような行為をしてここを去るのはそれはそれで心苦しかった。

 瞬にはあくまでも高めていいのは身体だけと言われていた。
 後ろの孔を柔らかく解そうと前を爆ぜさせる事は禁じられていたし、ダメだとは言われてはいなかったが、そうなると口で男を受けさせる事も教える訳にはいかない。
 とにかく射精に連動する事は避けて教えなければならなかったから、必然的にキスもした事も無かった。

 この可愛いらしい幼い唇をかき混ぜてしまえば、あっという間に股間に火が灯り爆ぜてしまうだろうと思う。

 今一瞬榊にも魔がさした事は事実だった。

 それは瞬が可愛らしい手で自分の髪に触れてくれたからだと思う。
 
 確かに榊も一瞬自分が躾けている立場である事すら忘れていた。

 瞬に不意に触られる事がこんなにも自分をただの男に貶めるのかと思うとゾクリとしてしまう。

 こんな天使との生活を十二年間も我慢し続けた堂島には本当に同情しそうだった。

 そして危ういところで瞬が目覚めさせてくれた事に感謝する榊だった。



 
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