優しい時間

ときのはるか

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第3章 ゆるやかな流れの中で

別れの兆し

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  森に出てしまえば、監視の目も手薄になる。
  榊はカメラの死角に向かって歩きはじめた。
  今日のこの散歩はいちいち主人の了解など得ていない。
  だがもうそれも気にしなくてもいいと榊はどこか吹っ切れて居たのである。

  手を繋いで瞬が転ばないように支えてやる。

  瞬は筋肉を余り付けさせてはいないため、少しの段差でも足がおぼつかないのだった。
  筋肉を付けさせないのも主人である堂島の希望だった。
 ここにいる間だけでも瞬の天使たる時間を止めておきたいのだろうが、それは堂島ただのエゴであった。

 瞬だって本来ならこれだけの敷地の森をスキップでもして飛び回りたいところだろうが、それを榊の手を握る事で我慢をしているのだ。
  榊としてもここまで主人の要望に忠実に仕上げた預かりものを、最後の最後に怪我をさせるわけにはいかなかった。

 瞬は僅か十一歳の時にここへ連れられて来て、その日のうちに躾けが始められた。

 何度も涙を流す事もあったが、そのたびに躾け役の榊の励ましで、一つ一つその壁を乗り越えて来た。

 その瞬もとうとう十五歳を迎えようとしていた。

 はじめの約束では二、三年の事だという事になっていたのだが、主人である堂島の決心がつかず、結局期間は満了し、それでもズルズルと躾けが長引いていた。
 榊には瞬を躾けるのは楽しいと思う事が多かった。

 だから自分の休暇が無くとも瞬が健気に頑張る姿を見せつけられたらついそれに応えてしまった。

 だがそれは瞬にとっては長引けば長引くほど辛い時間が延びるのと同じだった。

 榊はこのまま堂島が怖気づき瞬の手を放してくれないかとも思う。

 そうすればコミュニティは他の誰かに瞬の養育を譲渡するだろうと思うのだった。

 そうなれば自分が瞬の主人になってもいい。榊にだって瞬を養うくらいのお金は十分にあった。

 だがそう簡単に事が運ぶはずもなく、榊は言われた通り瞬を躾けるだけだった。

 いくら成長を抑える薬を与えてはいても、瞬の身長は確実に伸びていたし手足もひょろっと細いがその分長くも見える。
 ただ体重だけは余り増えてはいなかったが、それは食事の量が厳密に計算され尽くしていて太らないように管理されていたからだった。

 それもここまでだと思う。瞬は外に出た瞬間に成長するだろうと榊は思っていた。

 ここから出て三年もしたら今の可愛らしい瞬は消えて無くなっているだろうと思う。

 そんな瞬の先々を考えてしまうくらい別れはもうそこまで来ているという事だった。

 榊はこの後、瞬の主人へ嘆願書を送るつもりでいた。

 このままここに預けていてももう何もする事がないという躾け役からの最後通告みたいなものだった。

 今までは有栖川の顔を立て、堂島の深い瞬の父親への憎愛を考慮して、甘んじて瞬の躾けを長引かせて来たが、これ以上は瞬も自分も限界だと思った。

 瞬が確実に自分へのほのかな想いを寄せているのは榊だって感じていた。

 そして榊だって時間が長引け場長引くほど、瞬を手放し難くなる。

 これだけ長い間一緒に過ごしていれば、お互いに気持ちが通って当然だった。

 だがその想いは叶わないならば、本来あるべきところに返すのが筋だった。



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