優しい時間

ときのはるか

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第3章 ゆるやかな流れの中で

タンポポ

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 瞬はご褒美と言われて榊と久しぶりに外に出られる事を素直に喜んでいた。

   トイレを済ませ鏡に向かって深い赤のリボンタイをキュッと締め直したりしていた。

   その姿を主人はどのように受け止めているのかと思いながらも、榊は初めてそれを結んだ日の事を思い出す、一生懸命に結んだのに長さもちぐはぐだった瞬の姿は滑稽だった。
   つい思い出し笑いを柄にも無くしてしまい慌てて気を引き締め直すが、どうしても少し口元が緩んでしまう榊であった。

   今では可愛らしくふんわりとリボンタイが結べるようにもなった瞬は鏡に映る自分を嬉しそうに誇らしげに見詰めていた。

   これで悲しい顔でもされたら榊も居たたまれなくなるところであるが、瞬はいつでも太陽のように明るい。

   月の光より太陽のの光が似合う天使だと榊は思うのだった。

   本来ならその制服も中等部のものに変えるべきところではあったが、瞬の身体のサイズを考慮してまだ初等部のものを与えていた。そうは言ってもここに居ては初等部だろうと中等部だろうと制服の違いなど瞬には分かってはいないだろう。
   そこに瞬の父親が自分の天使時代のアルバムでも見せていれば話は別であろうが、この親子の間には深い溝があり、それはないだろうと思われた。

   成長を抑える為、定期的にホルモン剤を投与していた瞬の身体は手足が細く、体毛も薄かった。細い手足の代わりに顔は幾分ふっくらとして見えるが、それは子供らしいと言った顔であり、その頭は大人の男の手で一掴み出来そうなくらい小さかった。

   その小さな頭に白い毛糸の帽子を被せるとまるで風に乗って飛んで行くタンポポの綿毛のようでもある。
   でも確かにいずれは瞬もその綿毛のように、ここから飛ばして上げなければならないと強く思う榊は、瞬の目の高さまで屈むとそっと耳打ちでもするように囁いてやる。

   瞬がそうやって貰うのが好きなのを熟知していた榊の悪戯のような、気遣いでもあった。

「季節はもうすぐ冬ですよ。
瞬は窓からしか見ていないから、外の寒さすら忘れてしまいますよね。瞬は身体に脂肪がありませんからそれもひとしおですよ。寒くないようにコートも羽織っておきましょう」

   そう言って瞬のお出かけの衣装がどんどん整って行く。

   それはまるで瞬がここへ連れて来られた日の逆のようにも感じた。

   それはそろそろ父の元へ返されるのではないかという兆しを感じてしまう。

   だが今までもそういった期待を感じた事は何度もあった。
 だが、その都度それは肩透かしにあって来た。これが終わればお父様の元へ行けるそう思って日々の躾けを頑張って来たのに、それは終わりのない無限のループのように終わることは無かった。

  だから瞬はそれをもう自分からは期待しない事に決めていた。

   榊がご褒美で散歩に行こうというなら、散歩なのだと自分に言い聞かせる。

   瞬は榊の表情ない顔に僅かながらの自分へ向けた申し訳なさと哀れみのようなものを感じてしまう。

   そしてどこか不安を感じた。



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