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第2章 制服と征服
二人の天使の過去と今
しおりを挟む榊は机に並べられた二枚の写真に目が釘付けになっていた。
一枚はどこか古ぼけた写真
もう一枚は明らかに最近撮られたであろう子供のものだった。
日本人らしく艶やかな黒髪はサラサラと指の間をこぼれ落ちて行くことが想像できる美しさで、その黒髪を伸ばしたらさぞ見目麗しい日本人形のようになるのだろうと榊は思った。
この施設に躾けを依頼されてくる子供はだいたいこの日本人形タイプか、髪の色が明るくクルクルとはねっ毛が可愛い西洋人形タイプのどちらかの系統が多い。
主人が大金を掛け自分の好み少年に躾ける為に預けるのだから、その子供が普通の美しさではない事は周知の事だった。
だが、並大抵の見目麗しい子供も見飽きていた榊でも、その二枚の写真の子供は榊の心を惹きつけるものがあった。
その二枚の写真はシンメトリーのようだった。
まるで同じ人物が時空を超えて存在しているかのように、そっくりなのである。
そしてそのどちらも透けるような白い肌に紅く色付く小さな唇。
利発そうな黒眼が大きな瞳は、新しい写真の子の方は、どこか寂しげにこちらを見詰めているように見えた。
だが、笑えば薔薇が咲くように可愛いくなる事はもう片方の古ぼけた写真の彼がそれを証明していたのだった。
「この写真の二人は親子ですか?」
榊はお重い口を開く。
「そうです。この少年は私達の学年の天使でした」
「天使ですか?」
「榊は私の出た学校の事は知っていますよね。
この子の父親と今度この子の養父になる彼と私は俗に言う同級生と呼ばれるものでした。
そしてその学校では同じ学年の中から一人の天使を選ぶのです。
天使に選ばれた者はみんなから大切に扱われ崇めたてられる。
彼が穢れなきようにみんなで守るのですが、ようは寄宿制の男子校ですからね一人の美少年を天使として崇拝する遊びみたいなものですが、そうでもしなければ閉鎖的な空間に閉じ込められた若い精は捌け口を見失って手当たり次第に乱れても困りますからね。
そういった穢してはいけない天使を祀り上げて気を紛らわせていたのですよ。
それはあの学院独特の風習みたいなもので、同じ学年で無くとも天使は特別な存在としてみんなの心の拠り所になっていましたね。
卒業してもなお崇拝の対象とされる大天使もいます。
あの学院に居なければ理解は難しいとは思いますが、天使というのはそれくらいカリスマがある特別な存在なのです。
この子の父親はその中でもかなり人気の高い天使でした。
天使とは大切に守られるだけで決して手を出してはいけない存在なのです。
崇拝の対象にはなっても恋愛の対象にするのはご法度です。
だから性的な魅力がある子供ではなく、むしろ清楚で慎ましやかな者が天使に選ばれるのですが、中には本当に彼に深い想いを寄せる者も少なくはなかったです。
そうやって学院にいる間は、みんなで大切に守って来た天使が学院を出た途端に俗世の女に引っかかったとしたら、中には嫉妬に狂う男だっているかもしれないという事です。
ですが天使だって所詮は人間ですから、人として恋に堕ちる事を私は止める事は出来ませんでした。
だから彼を責めるつもりはなかったのです。ですが彼にそっくりなこの子が不幸になる事だけは止めてあげたいと言う人が居ましてね」
「この子とは、息子の方ですか?」
「そうです。依頼を受けて色々調べましたが、確かに彼が今置かれている状況はあまりいいとは言えませんでした」
「それで私に彼を躾けろということですか?」
「この子の実の父親であり元天使の実家の会社は破綻寸前だったそうです。後妻との間にも子供がいて、前の妻の子供であるこの子は家の中で疎まれた存在であったようです。
だからこの子の養父になる堂島が融資を申し出て、その代わりこの子を養子に差し出す事で借金もなくお互いに丸く収まったそうです。
それで彼の新しい養父からこの子の躾けを依頼されました。
私とは縁が深過ぎて躾けに私情を挟んでしまいそうで。
だから今回の躾は榊にやってもらいたいのです」
「融資をするくらいなら、その天使の子供をその学院に入れればいい事じゃないのですか?」
榊の疑問は最もだったが、それは難しい問題だった。
「あの学院は途中編入はありません。
この子がいくら天使の血を受け継ぐ子だとしても、例外は認められないのです」
勘のいい榊にはそれだけで大体の事態は飲み込めた。
「ではここで天使を躾けろという事ですか?」
有栖川はそれに少しだけ悲哀のこもった表情を浮かべた。
「この子の養父である堂島は天使の崇拝者でした。
彼の心は天使への深い執着と憎悪が入り混じった状態なのです。
手元に置いたらこの子を壊してしまう衝動にかられてしまうかもしれない。
だから、私達とは全く関係のない榊にこの子の躾けを任せたいのです。
ここで私の躾けを受けたあなたなら、この子を恥じらいを忘れず貞淑な新たな天使を躾けられると思うのです」
「主人を悦ばせる器ではなく、天使にですか?」
榊は有栖川に厳しい目を向ける。
「実はそれはまだ堂島も気持ちが定まらず、私に一任してきました。
ただし、これだけは確定なのですが、この子には射精は教えてないで欲しいとの事でした。
できる事ならこの子には一生射精はさせたくない、元凶である睾丸すら取ってしまいたい衝動にさえかられるそうです。
それくらい天使に深い執着を持っていた堂島の気持ちが鎮まるまでの間だけでも、どうかこの子に射精は教えないで欲しいのです。
後はこちら側の躾けに任せると言っています。
この子を主人に対する深い忠誠心を持ち、いかなる時も恥じらいと貞淑さを忘れない子供に躾けて欲しいのです」
榊は一瞬我が耳を疑った。
これから二次性徴を迎えようとしている育ち盛りの少年に、なんてことを仕込もうとしているのかとも思った。
いくら自分を拾ってくれた有栖川の頼みだろうとそんな躾けは聞いたこともやった事もない。
でも、自分に任せてくれたなら極限までそれを遅らせる事は出来るかもしれないとは思った。
榊は看護士の資格を持っていた。
だから多少の医学的な事の知識もある。
ここの施設の主治医に相談すればある程度の施術も施せるだろうと踏んだ。
「私でどこまでお役に立てるかはわかりませんが、ここならではの天使でよろしければ、この子を躾させていただこうと思います」
そして榊は瞬の躾けを請け負う事になったのだった。
(過去話でした)
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