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家族とは
家族だから(3)
しおりを挟む悠の秘密なんてまだほんの一部しか知らないであろう雫は、 この新しいピアスのモニターとしての率直な意見をどうやって悠にブチまけてやろうかと、彼の帰りを今か今かと手ぐすね引いて待ち構えていた。
姉から聞いた話を悠に伝えるのはもっとよく考えて自分の答えが出てからでも遅くはない。
雫は一度に二つの事を追い求めてうまくいった試しがない事を重々承知していた。
しかも相手が頭の回転速度ではどう足掻いたって叶うはずがない悠なのだから当然だった。
…そう思うと、雫はもうすぐ帰って来るだろう家族の到着に備え、ラップを掛けた食器をチラッと見詰め、まだこれは実際悠が帰って来てからでもいいと視線だけ残して鍋に入ったスープから温めなおす。
答えが出ないものを考えるより、まずは目先の事だと思うのだった。
悠は夕飯を食べるとも食べないとも連絡は無かったが、取り敢えずこうして帰って来てくれる事は間違いないのだから、それを温かく迎える事が家族としての務めだと思う。
そんな時、家のチャイムが二回鳴った。
二回鳴るという事はもう誰かが家の前まで帰って来ているという証だった。
それが一回なら外部からの侵入者は建物外であるエントランスに居る知らせであり、その人物が何者かをモニターで確認するまでは返事を絶対にするなと言われていた。
宅配だろうと直接受け取らずともこのマンションにはそれ専用のロッカーもある。
もし見知った者だろうと連絡も無く訪ねて来るのであれば、それは侵入者と同じで出なくていいとも言われていた。
『厳しいだろうが男同士で付き合う以上、何がお互いの足を引っ張るかはわからないだろう』と言われると、悠も変わったなと雫は思う。
たが、悠はけして間違った事を言っている訳じゃ無いのだから、少し落ち着き過ぎてつまらなくも思うのだが、それが大人になる事なんだと雫も納得するしかなかった。
今のはインターフォンが二回鳴ったのだから、エントランスのセキュリティーを突破して誰かが勝手に家の前まで侵入して来ているという事だった。
ここはエントランスだけでなくエレベーターもセキュリティは厳重で、特に最上階であるここペントハウスに到着するエレベーターはエレベーターホールさえ他の一般住人とは別になっていた。それを使えるのはごく限られた住人だけになっていて、そこに入るのにもセキュリティキーが必要だった。
どうにかその住人に紛れて侵入しようとしても、真の住人がそれを許す事はまずない。
見ず知らずの者が何の証も無く入り込んで来たら不審者だと通報していい事に管理規約上もなっていた。
エントランスにも居住者又はその許諾された者以外の無断侵入を固く禁じる旨を柔らかく記されている。
だから真の住人が不審者だと思えば直ぐにセンター直結の緊急連絡ボタンを押してもいい事になっていて、勿論その室内は画像が記録されているから、いざ犯罪が起きたとしても犯人の面は割れてすぐ足が付くという事で、余程決死の覚悟でも無い限りここに勝手に乗り込んで来る者はまず無いだろう事が予想された…が、悠は雫に念には念を入れろと、始終口を酸っぱくして言われていた。
そしてこの特別なエレベーターは地下にも直接行ける。
地下には専用の駐車場があり、そこも一般区の住人とは区別されていた。
もともとそれはタレントや要人向けの物件としてのサービスとして設けられている物らしく、特別のエレベーターホールとこの駐車場はペントハウスの住人といくつかの特別な部屋の住人だけが専用キーを持っていて、たまたまそれが同乗してしまう事になった時はお互いにその専用キーを提示し、行く階を各自設定する事になっている。
しかしたいていはお互いに手の内は明かしたくは無いのだから、例えホールでかち合ってしまったとしても、余程急いでいない限りは先にいた者にそれを譲り、自分は次のを待つ方がスマートなやり過ごし方だった。
そんな厳重なセキュリティに守られているとは言っても、悠はその自宅の玄関すら開けなくていいと言う。
鍵を持っていなければ電話か何らかのしゅだで連絡を入れる、それが無ければ開ける必要は無いと言われていた。
玄関のチャイムを悠が鳴らすのは自分だと言う事を雫に知らせてモニターをチェックさせる為で、それさえ無く勝手に誰かがドアを開けて入って来た時は直ぐに自分に何らかの連絡を入れろと…そこまで言われていた。
どれだけ悠が雫を気遣い、もう二度と誰かに誘拐されたく無いという事が伝わっては来るが、雫は何もそこまで厳重にしなくてもとは思う。
だが前科持ちの身としては黙ってそれを受け入れるしか無いのだった。
「ただいま…」
玄関の鍵が開きようやく本人が帰ってきた事が分かると雫はすかさず玄関へと出迎えに行く。
「お帰りーーー!」
すると悠は抱きついて来る雫の腰に手を回し、よりその腰が密着するように引き寄せると、互いの頬を擦り合わせハグをするのだった。
そのハグはとても甘いもので、普段の悠からはどこかかけ離れていて意外だと雫は思う。
大学生になってからは、外でよそよそしい分、家の中ではこれは外国のホームドラマか? というようなシチュエーションを好むようになった悠だった。
もともとがアメリカからの帰国子女だし、そんなホームドラマはきっと腐るほど目にして来たのだろうと雫は推測していた。
だが目にして頭の中にその温かく幸せそうな家族がインプットされていただけで、それは悠の周りには無いものだった事は明白だった。
だから悠はきっとそれにどこか憧れを持っていたとしても不思議はなかった。
同棲してからそれを雫に求めて来た時は、やはり意外だとは思ったけれど、それだけは他の事とは違って雫もすぐに快諾したのだった。
…それは、雫だって一度や二度と以上目にした事があるテレビの中にある憧れていた家族のあるべき姿だったからだった。
お互いの利害が一致した事は迷わず率先して遂行するそれが二人のいいところでもある。
そんな雫は抱き寄せてくれる悠にピッタリと身体を合わせ、そしてその頸に鼻を押し当てた。
そうして帰って来たばかりの彼の匂いを嗅ぐのが習慣になっていた。
それは雫なりの悠のチェックだった。
自分だけが悠に監視されているのはやっぱりムカつくので、せめて匂いくらいは嗅いで何かやましい事をしていないかを毎回チェックしてやる。
そんな鼻を擦り付ける勢いで自分の今日一日の行動を探ろうとする雫に視線を落とすと、思わず口許が緩んでしまう悠だった。
別にやましい事は何もしてはいないけれど、いつまでも玄関でチェックされているのもそろそろ終わりにしようと、その頬を両手で掴むとその顔を上に向けさせた。
雫と悠の身長差はそれほどでは無い。
雫は175センチ前後、悠はその雫より五センチか、大きく見積もっても十センチは開きは無い180センチをちょっと超えたくらいのところだった。
そんなあまり身長差がない雫の頬を掴むと、すぐ目の前にそのジェリービーンズのようなぷるんとした唇がポカンと半開きになっているのが目に入ってしまう。
その半開きの唇に自分のものを合わせると遠慮なくその中をかき混ぜる。
すると待ち構えていたと言わんばかりに雫もそれに絡みついて来るのだった。
季節的に風邪とかインフルが流行している時は辞めなければとは思っているのだが、普段何も問題がない時はつい抑えがきかず、舌だって絡め合ってしまうのだが、一応その予防はしていた。
「うわっ!悠またチョコ食べて来たな!悠の口の中、超甘い!」
「駅前のアイスクリーム屋の誘惑につい勝てなかったんだよな…。ベルギーチョコソフト美味しかったよ。それにココアポリフェノールは免疫力を上げるって言われてるし、もうあの時みたいにインフルエンザに無様にかかるのは避けたいからな、予防だよ!予防!」
「そうだよね。僕もあの時みたいに義兄さんに二人の醜悪な姿は見られたくないよ…悠…」
「何?」
「あ!ご飯出来てるよ」
雫は義兄の事を思い出すとつい今日聞かされた姉からの話をしてしまいそうになって慌てて口を閉ざす。
「悠ってさ、そんな風には見えないくせに実は甘いもの好きだよね」
「これでも頭を使う事が多いからな。糖分が必要なんだよ」
「それってただ単に自分が好きで食べたいのを正当化する為の言い訳だと思うよ」
そんな顔に似合わない事をする悠を知っているのはたぶん自分だけだと思う。
それが誰に自慢できるものではなくとも、そんな秘密の悠を自分だけが知っているのかと思うと、正直それには優越感さえ感じてしまう雫だった。
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