上 下
15 / 29
家族とは

家族だから(3)

しおりを挟む



 悠の秘密なんてまだほんの一部しか知らないであろう雫は、 この新しいピアスのモニターとしての率直な意見をどうやって悠にブチまけてやろうかと、彼の帰りを今か今かと手ぐすね引いて待ち構えていた。

 姉から聞いた話を悠に伝えるのはもっとよく考えて自分の答えが出てからでも遅くはない。

 雫は一度に二つの事を追い求めてうまくいった試しがない事を重々承知していた。

 しかも相手が頭の回転速度ではどう足掻いたって叶うはずがない悠なのだから当然だった。

…そう思うと、雫はもうすぐ帰って来るだろう家族の到着に備え、ラップを掛けた食器をチラッと見詰め、まだこれは実際悠が帰って来てからでもいいと視線だけ残して鍋に入ったスープから温めなおす。

 答えが出ないものを考えるより、まずは目先の事だと思うのだった。

 悠は夕飯を食べるとも食べないとも連絡は無かったが、取り敢えずこうして帰って来てくれる事は間違いないのだから、それを温かく迎える事が家族としての務めだと思う。


 そんな時、家のチャイムが二回鳴った。

 二回鳴るという事はもう誰かが家の前まで帰って来ているという証だった。

 それが一回なら外部からの侵入者は建物外であるエントランスに居る知らせであり、その人物が何者かをモニターで確認するまでは返事を絶対にするなと言われていた。
 宅配だろうと直接受け取らずともこのマンションにはそれ専用のロッカーもある。
 もし見知った者だろうと連絡も無く訪ねて来るのであれば、それは侵入者と同じで出なくていいとも言われていた。

『厳しいだろうが男同士で付き合う以上、何がお互いの足を引っ張るかはわからないだろう』と言われると、悠も変わったなと雫は思う。

 たが、悠はけして間違った事を言っている訳じゃ無いのだから、少し落ち着き過ぎてつまらなくも思うのだが、それが大人になる事なんだと雫も納得するしかなかった。

 今のはインターフォンが二回鳴ったのだから、エントランスのセキュリティーを突破して誰かが勝手に家の前まで侵入して来ているという事だった。

 ここはエントランスだけでなくエレベーターもセキュリティは厳重で、特に最上階であるここペントハウスに到着するエレベーターはエレベーターホールさえ他の一般住人とは別になっていた。それを使えるのはごく限られた住人だけになっていて、そこに入るのにもセキュリティキーが必要だった。

 どうにかその住人に紛れて侵入しようとしても、真の住人がそれを許す事はまずない。

 見ず知らずの者が何の証も無く入り込んで来たら不審者だと通報していい事に管理規約上もなっていた。

 エントランスにも居住者又はその許諾された者以外の無断侵入を固く禁じる旨を柔らかく記されている。

 だから真の住人が不審者だと思えば直ぐにセンター直結の緊急連絡ボタンを押してもいい事になっていて、勿論その室内は画像が記録されているから、いざ犯罪が起きたとしても犯人の面は割れてすぐ足が付くという事で、余程決死の覚悟でも無い限りここに勝手に乗り込んで来る者はまず無いだろう事が予想された…が、悠は雫に念には念を入れろと、始終口を酸っぱくして言われていた。

 そしてこの特別なエレベーターは地下にも直接行ける。

 地下には専用の駐車場があり、そこも一般区の住人とは区別されていた。

 もともとそれはタレントや要人向けの物件としてのサービスとして設けられている物らしく、特別のエレベーターホールとこの駐車場はペントハウスの住人といくつかの特別な部屋の住人だけが専用キーを持っていて、たまたまそれが同乗してしまう事になった時はお互いにその専用キーを提示し、行く階を各自設定する事になっている。

 しかしたいていはお互いに手の内は明かしたくは無いのだから、例えホールでかち合ってしまったとしても、余程急いでいない限りは先にいた者にそれを譲り、自分は次のを待つ方がスマートなやり過ごし方だった。

 そんな厳重なセキュリティに守られているとは言っても、悠はその自宅の玄関すら開けなくていいと言う。

 鍵を持っていなければ電話か何らかのしゅだで連絡を入れる、それが無ければ開ける必要は無いと言われていた。

 玄関のチャイムを悠が鳴らすのは自分だと言う事を雫に知らせてモニターをチェックさせる為で、それさえ無く勝手に誰かがドアを開けて入って来た時は直ぐに自分に何らかの連絡を入れろと…そこまで言われていた。

 どれだけ悠が雫を気遣い、もう二度と誰かに誘拐されたく無いという事が伝わっては来るが、雫は何もそこまで厳重にしなくてもとは思う。

 だが前科持ちの身としては黙ってそれを受け入れるしか無いのだった。


「ただいま…」 

 玄関の鍵が開きようやく本人が帰ってきた事が分かると雫はすかさず玄関へと出迎えに行く。

「お帰りーーー!」

 すると悠は抱きついて来る雫の腰に手を回し、よりその腰が密着するように引き寄せると、互いの頬を擦り合わせハグをするのだった。

 そのハグはとても甘いもので、普段の悠からはどこかかけ離れていて意外だと雫は思う。

 大学生になってからは、外でよそよそしい分、家の中ではこれは外国のホームドラマか? というようなシチュエーションを好むようになった悠だった。

 もともとがアメリカからの帰国子女だし、そんなホームドラマはきっと腐るほど目にして来たのだろうと雫は推測していた。

 だが目にして頭の中にその温かく幸せそうな家族がインプットされていただけで、それは悠の周りには無いものだった事は明白だった。

 だから悠はきっとそれにどこか憧れを持っていたとしても不思議はなかった。
 同棲してからそれを雫に求めて来た時は、やはり意外だとは思ったけれど、それだけは他の事とは違って雫もすぐに快諾したのだった。

 …それは、雫だって一度や二度と以上目にした事があるテレビの中にある憧れていた家族のあるべき姿だったからだった。

 お互いの利害が一致した事は迷わず率先して遂行するそれが二人のいいところでもある。

 そんな雫は抱き寄せてくれる悠にピッタリと身体を合わせ、そしてその頸に鼻を押し当てた。
 そうして帰って来たばかりの彼の匂いを嗅ぐのが習慣になっていた。

 それは雫なりの悠のチェックだった。

 自分だけが悠に監視されているのはやっぱりムカつくので、せめて匂いくらいは嗅いで何かやましい事をしていないかを毎回チェックしてやる。

 そんな鼻を擦り付ける勢いで自分の今日一日の行動を探ろうとする雫に視線を落とすと、思わず口許が緩んでしまう悠だった。

 別にやましい事は何もしてはいないけれど、いつまでも玄関でチェックされているのもそろそろ終わりにしようと、その頬を両手で掴むとその顔を上に向けさせた。

 雫と悠の身長差はそれほどでは無い。

 雫は175センチ前後、悠はその雫より五センチか、大きく見積もっても十センチは開きは無い180センチをちょっと超えたくらいのところだった。

 そんなあまり身長差がない雫の頬を掴むと、すぐ目の前にそのジェリービーンズのようなぷるんとした唇がポカンと半開きになっているのが目に入ってしまう。

 その半開きの唇に自分のものを合わせると遠慮なくその中をかき混ぜる。
 すると待ち構えていたと言わんばかりに雫もそれに絡みついて来るのだった。

 季節的に風邪とかインフルが流行している時は辞めなければとは思っているのだが、普段何も問題がない時はつい抑えがきかず、舌だって絡め合ってしまうのだが、一応その予防はしていた。

「うわっ!悠またチョコ食べて来たな!悠の口の中、超甘い!」

「駅前のアイスクリーム屋の誘惑につい勝てなかったんだよな…。ベルギーチョコソフト美味しかったよ。それにココアポリフェノールは免疫力を上げるって言われてるし、もうあの時みたいにインフルエンザに無様にかかるのは避けたいからな、予防だよ!予防!」

「そうだよね。僕もあの時みたいに義兄さんに二人の醜悪な姿は見られたくないよ…悠…」

「何?」

「あ!ご飯出来てるよ」

 雫は義兄の事を思い出すとつい今日聞かされた姉からの話をしてしまいそうになって慌てて口を閉ざす。

「悠ってさ、そんな風には見えないくせに実は甘いもの好きだよね」

「これでも頭を使う事が多いからな。糖分が必要なんだよ」

「それってただ単に自分が好きで食べたいのを正当化する為の言い訳だと思うよ」

 そんな顔に似合わない事をする悠を知っているのはたぶん自分だけだと思う。

 それが誰に自慢できるものではなくとも、そんな秘密の悠を自分だけが知っているのかと思うと、正直それには優越感さえ感じてしまう雫だった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

性的イジメ

ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。 作品説明:いじめの性的部分を取り上げて現代風にアレンジして作成。 全二話 毎週日曜日正午にUPされます。

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

首輪 〜性奴隷 律の調教〜

M
BL
※エロ、グロ、スカトロ、ショタ、モロ語、暴力的なセックス、たまに嘔吐など、かなりフェティッシュな内容です。 R18です。 ほとんどの話に男性同士の過激な性表現・暴力表現が含まれますのでご注意下さい。 孤児だった律は飯塚という資産家に拾われた。 幼い子供にしか興味を示さない飯塚は、律が美しい青年に成長するにつれて愛情を失い、性奴隷として調教し客に奉仕させて金儲けの道具として使い続ける。 それでも飯塚への一途な想いを捨てられずにいた律だったが、とうとう新しい飼い主に売り渡す日を告げられてしまう。 新しい飼い主として律の前に現れたのは、桐山という男だった。

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

山本さんのお兄さん〜同級生女子の兄にレ×プされ気に入られてしまうDCの話〜

ルシーアンナ
BL
同級生女子の兄にレイプされ、気に入られてしまう男子中学生の話。 高校生×中学生。 1年ほど前に別名義で書いたのを手直ししたものです。

エレベーターで一緒になった男の子がやけにモジモジしているので

こじらせた処女
BL
 大学生になり、一人暮らしを始めた荒井は、今日も今日とて買い物を済ませて、下宿先のエレベーターを待っていた。そこに偶然居合わせた中学生になりたての男の子。やけにソワソワしていて、我慢しているというのは明白だった。  とてつもなく短いエレベーターの移動時間に繰り広げられる、激しいおしっこダンス。果たして彼は間に合うのだろうか…

処理中です...