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愛の印
赤ちゃんの卵・本編(2)ボディピアス
しおりを挟む雫は股間の痺れにしばらく悶絶してしまった。
悠の話では『たいした電流じゃないからその内に慣れるだろう』と他人事だと思って軽く言われていたが、そう簡単にそんなものは慣れるはずもない。
なんと言ってもこの電撃が何の前触れも無く突然来るのだった。
気持ちの準備が出来ていないところに、ギュッと絞られるような刺激が走る事もあれば、ビビビと刺すような微弱電流の時もあって、この刺激に慣れるまでは相当な時間が掛かりそうだった。
しかも今は夕飯時なのだから料理でもしていて火でも使っていたら怪我したっておかしくは無い。
とは言ってもオール電化のマンションだったから火は出にくい。
だが揚げ物をしていたら大火傷になるかもしれないし、それは怒ってもいいだろいと思う。
でもそれさえ今日のメニューを考えればまた何か言い包められそうでムカつく!
だが絶対に何か文句言ってやらないと気が済まない雫は、悠の帰宅までの間に怒りの熱が冷めないように、言ってやる台詞を頭の中で整理していた。
悠は普段あまり喋らないくせに、いざ口論になったら雫がぐうの音も返せなくほどにコテンパンにやり込められてしまう。
ディベートは悠の得意中の得意の分野だった。
いつかその悠をギャフンと言わせてやるのが雫の密かな願望だった。
まあ…それにも長い時間は必要だった。
雫はようやく痺れが収まった可愛い息子を確認すべくはいていたスエットごとボクサーパンツのゴムを引っ張り、自分の股間に着いているそのピアスをちらりと眺める。
亀頭裏側から尿道の中を通って雫のペニスの尖端にこじんまりと小ぶりなリング型のピアスが垂れ下がっていた。
それの側面には無駄に光り輝くダイヤモンドが一粒彩られている。
それがなんとも嫌味だった…
ダイヤを贈るならもっと気の利いたものにしろと心底思う。
「これじゃプラチナとダイヤモンドも無駄遣いだろ!馬鹿悠っ!」
心で思った言葉が思わず口をついて出てしまうくらいには憤慨していた。
その局部のボディピアスホールに関してはもう結構前に開けられたものだから、今更穴が痛むと言う事は特に無いが、それをまじまじと見るとやはりピアッシングされた日の事を思い出してしまう。
きっとその時の衝撃は、生涯忘れる事は無いと思うのだった。
そう思うと自分はたかだかまだ二十年とちょいしか生きていないのに激動の人生を送っているなとしみじみ思う。
誰かの自殺未遂を目の当たりににしたり、軽井沢に拉致監禁されて犯されたり、挙句にそれも忘れかけた頃、悠に騙されるようにそこにピアスを着けられたのだった。
しかも着けられた場所は誰もそんな所でピアッシングなどしているとは想像も付かない場所だった。
雫がそこに穴を開けられたのは確かに清潔で安全な場所ではあった。
だがそこは普段からピアッシングを専門にしている場所ではない。
でも人間一度や二度は誰もが多分行った事がある場所でもある。
別に病気でなくとも、今は美容の為に行く人だっていっぱいいるくらいで、緊張はするけれどそこにいかがわしさは微塵も感じられない場所でもあり、悠に『たまには歯石でも取ってもらおうか?そこって腕のいい先生なんだって。だから小さな虫歯くらいだったら見つけたらその場ですぐ直してくれるらしい。希望すれば無痛治療もしてくれる。それにそこの助手はかなりの美人らしくて、その助手に手足を押さえてもらいたくてやって来る馬鹿な奴もいるんだって。そこの予約を取るのも大変なんだけど、特別に時間外でよければ歯石も取ってくれてホワイトニングもしてくれるって言うんだ。だから行くだろ雫』と、そう言われてしまったら何の疑いも持たず了承してしまった雫だった。
雫だって痛くならない限りはそこに滅多に行こうとは思わなかったが、たまには何も不具合が無くとも行っておいた方がいい事は一応医学を志す学生の端くれとしては理解していた。
だから断る理由も無かったのだった。
…そうなのだった。
雫のペニスにピアスの穴を開けたのは腕のいい歯科医師だったのだ。
そしてその美人な助手というのは、雫もよく知っていた人物だった事には更に度肝を抜かれる事にもなるのだった。
***
悠とその歯科医師とはたまたまお互いに歯科学会の開かれていたホテルの会場で出会ったのだった。
悠は大学の教授の代理として…とは言っても悠は工学部の学生で歯科医師では無いし大学教授も勿論違う、ただ工学部というのは色々なものの開発に手広く携わっていて、この日はインプラントという人間の人口歯の話がメインだったが、それを作る技術を提供していたのが悠の研究室であり、そのオブザーバー的立場で学会にも顔を出すように言われて渋々ながらその会議のメモ代わりに参加していたのが悠だった。
その会場の片隅に自分と同じように学会よりも何か他の事でやきもきと端末を睨みつけイライラとしている美麗な男に目が行ってしまった。
ちょうどその時悠も退屈な学会よりも雫の携帯に仕込んだ盗聴器から聴こえて来る会話を探る事に没頭していたから、彼の行動も直ぐにそれと察しがついたらしい。
そして気付かれないよう興味深く彼を観察していたら、それが確信へと変わっていった。
彼が目にしていたその端末にはある人物の画像がチラッと映ってはまた画像が揺れて天井などどうでもいい画像に切り替わってしまうらしく、それに忌々しげに悪態をついているようなのだった。
その気持ちは悠にも手に取るように分かる。
悠もよくこうして雫の持ち物に隠しカメラを仕掛ける事があったが、大抵はあまり美味しい画像は送ってはよこさない。
それもそのはずだった。本人には内緒で仕掛けているのだから盗撮なのである。
だから写して欲しい方向をいつも都合がいい向きでは送っては来ない。
それにその画像を終始見ているほど自分も暇では無かった。
だから最近は時間も無いしほとんど無駄な事だと分かっていたから、こうして暇つぶしになる時くらいしか盗撮は行わないようになってしまった。
浮気の心配も今はほとんど無い事も確信していたし、盗聴するのはそれを心地いいBGMにするくらいで、時々雫が悠に聞かれているともいないとも関係なく、自分の事に悪態をついているのも知っていたが、それも今では可愛いものだと思えるくらいには自分も落ち着いていた。
だが隣に座っている男は明らかにその暇つぶしを今やきもきとしながらも楽しんでいるように見えてしまったのだった。
それを目の当たりにしたら、確かに学会は退屈過ぎて今こそその盗撮のし時だった事を思い知らされる。
悠は今まさに雫の会話を盗聴する事に甘んじていた自分がいかに時間を無駄にした事に気付き頭を抱えてしまいそうにもなっていた。
盗聴したって別に何の面白みも無く授業中らしいそれは、どうでもいい爺さんの声が遠くから聞こえるだけだった。
雫の声も聞こえないそんな退屈な盗聴なんかもうやめようかと思っている時だった。
一つ隣の席の彼から『チッ』という小さな舌打ちが聞こえて来たのだった。
前には誰も座っていなくて聞こえていたのは多分自分だけだった。
そんな彼の手に握られた端末が悠にもチラッとだけ目に入ってしまった。
確かにその画面に写っていた人は美人だった。
だが単に美人というだけでは無いと悠の直感がそう告げていた。
そう思うと悠はそれが気になって仕方なくなってしまった。
学会の席は自由だったから、興味の無い悠はその会場の一番目立たない後ろの隅に座るとその彼も一つ飛ばしたその席に座った。
そしてお互いに気づかれないように盗撮と盗聴をしていたのだった。
そんな彼に興味を持ったのも何かの縁なのだとも思う。
そしてなんとなくこの人ともっと話しをしてみたいと悠は思ってしまったのだった。
だから悠は学会が終わって早々に立ち去ろうとするその彼をつかまえて、この後少しだけ上のバーに行かないか?と誘ってしまった。
そんな風に誰かを求めてしまったのは雫以外で彼が初めての事だったかもしれない。
だがそれには彼も同じ気持ちになってくれたらしく、少しなら良いいと優しく答えてくれたのだった。
彼も悠が学会そっちのけで耳に忍ばせたイヤホンで何かをジッと聞いているのに気が付いていたのだった。
お互いに惹かれるものを感じてホテルのバーに向かうと、滅多に他人に心を開く事の無い彼らが珍しく意気投合してしまうのに時間はそうかからなかった。
強いお酒の力も入り、互いに今付き合っている恋人の話を聞かせ合ってしまう。
それは恋人自慢大会とも言えるが、周りは人影もなく、誰に聞かれる事もなく警戒心が強い二人も安心してその話を続けていた。
悠にもその歯科医師にも、だいたい初めからお互いの趣味が合う事は勘でわかり合っていたのだろう。
そしてそれは、お互いに付き合う相手が女性では無い事もだった。
悠は雫の為に作らせたアダルトアクセサリーの事を自慢げに話して聞かせ、相手も自分の恋人にあるものを着けさせている事を匂わせる。
そしてついにその写真まで悠に見せてくれたのだった。
それを見た悠がそれに感銘を受けた事は言うまでもなかった。
そして偶然は重なるもので、雫とその彼の恋人とも出会うべくして出会っていた。
それは悠と歯科医師とが懇意になる少し前の事だった。
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