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その日の晩、私はリリアーヌを問い詰めた。

「リリアーヌ、お母様の機嫌が悪かったのだけど、心当たりはないかしら?」

「全くありません。」

いけしゃあしゃあと答えるリリアーヌ。

「私がお母様といると息が詰まるなんて、デマを流したのは、あなたでなくって?」

「デマではありません。手段です。」

・・・。

「お嬢様のスケジュールを早期に改善させる為のものです。」

リ、リリアーヌ・・・、目的の為なら手段も択ばないのね。

「お母様は酷く落ち込んでいたようよ?」

「気のせいです。奥様は、そんな軟弱な精神ではありません。」

き、気のせいって、あんた・・・。

「奥様は社交界で、王妃様に対して唯一対抗派閥を形成しておられる女傑ですので。」

ちょっ、お母様。何やってんの・・・。
うん、聞かなかった事にしよう。

「それは別にしても、私とお母様の仲が拗れたら、困るでしょ?」

「特に?何か困りますか?」

まじか、リリアーヌ。

「奥様は、お嬢様に対して束縛が強いと感じました。多少の距離感は必要では?」

「うん、わかったわ。リリアーヌ、あなたは少し穏便という言葉を覚えて頂戴。」

「穏便に事を運んだのですが、お嬢様は、奥様との距離感を開けたくないという事でしょうか?」

「ええ、そうよ。」

「畏まりました。」

「わかって貰えて嬉しいわ。早速だけど明日は、商人が屋敷に来るそうよ。私もご一緒することになったわ。」

「了解しました。」

リリアーヌは、恭しく礼をした。


次の日、屋敷を訪れた商人は、30代前半といった若い商人だった。

「この度は、レントン商会へのお声掛け誠にありがとうございます。」

「宰相家ともなると、なるべく多くの商家へ話を回さないと醜聞をこうむるのよ。」

「なるほど。今日はお嬢様も同席されるという事で、嬉しい限りです。」

「侯爵家令嬢として、宝石を見る目を養わないといけないでしょう?」

そう言って、お母様は、ふふふと笑った。

「奥様のご慧眼に脱帽です。」

宝石を見る目?
ん?
そう言えば、通信教育で宝石鑑定の勉強してなかったか私?
様々な民間企業が宝石鑑定の資格を乱発していたけど、国家資格は日本には無かったはず。
小説かアニメを見て、何となく通信教育に申し込んだ私だったが。
チョロいな前世の私・・・。

目の前にいくつかの宝石が黒い宝石台の上に並べられる。

ダイヤ?
いまいちじゃね、これ?

ダイヤは無色透明。
もちろんカラー付きのダイヤもあるけど。
輝きを付加させるには、カッティング技術がものをいうのだが。

「ルーペはありますか?」

私がそう聞くと、商人がルーペを差し出してきた。

「やっぱり。」

ダイヤはカッティングが甘かった。
均一でないのだ。

「ど、どうかしましたか?」

商人が聞いてきた。

「これ均一に加工されてませんよ?輝きが台無しです。」

「えっ・・・。」

商人の顔が真っ青になった。

「精度は、どの程度でしょうか?」

「せ、精度ですか?」

「1/1000mmとか、あるでしょう?」

「1/1000mmなんて、とても・・・。」

えっ?嘘でしょ?
精密加工という言葉は、1/1000mmのスケールの加工精度を達成して初めて精密という言葉が使われるのだ。

つまり、どういうことかというと、精密加工って、うたっている町工場でさえ、当たり前の精度だ。
さすがに超精密は、機械が高い為、町工場でも使っている工場は限られるのだが。

「話になりませんね。」

私は、ダイヤを置いて他の宝石を見た。

丸形は、綺麗な形はしているのだけど。
内部を見ると傷があったり、不純物が含まれていたりと、やや曇った感じの宝石ばかりだ。

「どれも三流品ですね。」

「い、いえ・・・。」

「これは内部に傷がありますし、こっちは不純物が混じっています。この程度なら、私でも見分けが可能ですよ?」

通信教育、ムダ金じゃなかったなあ。

「残念だわ。せっかくアウエリアのお披露目会用の宝石をお願いしようと思っていたのに。」

「お、お待ちください奥様。当店にいらして頂ければ、きっとお嬢様にも満足いく物がありますので。」

「そうなの?アウエリアどうする?」

「お披露目会用の宝石って何ですか?」

「12歳のお披露目用のアクセサリーよ。」

「いりませんが?」

「駄目よ。親が娘に用意するのが貴族の決まり事ですもの。何か困った時があった場合は、それを売ってお金にするのよ。」

「そんな習わしが・・・。」

「で、どうするの?違う商会を呼んでもいいのよ?」

「お母様、それって予算はいくらぐらいですか?」

「そうね、500万ゴールドくらいかしら?」

ご、五百万だとっ!!!
平民の年収が100万前後と言われてるのに、その5倍っ!!

「お母様、アクセサリーは要りません。お金ください。」

「駄目よ。あなたお金持ってたら、直ぐに寄付とかしそうだもの。」

いくら私でも、全額寄付なんてしない。
せいぜい半分くらいだ。

「レントン商会は何処にあるのでしょうか?」

私は真っ青で死にかけの顔をした商人が、気の毒になったので話しかけた。

「へ、平民街ですが、比較的、貴族街の近くにあります。お嬢様が御出ででしたら、当方で護衛を出しますので。」

ふむ、平民街にあるのか。それは魅力的だ。

「それでは一度、伺いますわ。」

後日、私は、レントン商会へ出向くことになった。




翌日、午前の家庭教師の授業も終わり、午後は時間が空いたので、再び厨房を訪れることにした。
何故かリリアーヌが着いて来ようとしたので。

「リリアーヌ、今日は屋敷から出る予定はないので、自分の仕事をしてください。」

「お嬢様の傍に居るのが仕事です。」

うん、リリアーヌには遠回しに言っても駄目だ。
それなら。

「四六時中、あなたに側に居られると息が詰まってしまうの。今から一人にしてもらえないかしら。」

私がズバッとそう言うと・・・。

何故か顔を寄せてきた。

「な、何?」

「息が詰まっているようには見えませんが?」

そう来たか・・・。
本当に息が詰まるわけではなく、心の表現なのに。

ぐぬぬ。

「私の事は空気だと思ってください。」

空気に目力なんて、ないわよっ!

仕方なく、私はリリアーヌを引き連れて厨房へと向かった。


バチバチバチっ!

視線と視線がぶつかりあい空気が震えた。

すげえな異世界・・・。

「こんなところで何をしてるの?」

リリアーヌが言った。

「私は休憩中です。あなたこそ何の用?」

ダリアがリリアーヌに言い返した。
周囲の料理人たちは、我関せずと目を合わせないようにしている。
サントンを含めた若手料理人は既に居ない。
ダリアが来た時点で逃げたのだろう。

「私はお嬢様の傍に居るのが仕事です。」

「お嬢様も、四六時中こんなのに居られたら息が詰まるでしょう?」

「ええ、その通りよ。どうにかならないかしら?」

「では、私がお嬢様の側仕えになりましょうか?」

「本当に?」

「私は旦那様から、命じられています。勝手に代わることなどありえません。」

リリアーヌが強く否定した。

「お嬢様から、旦那様に言ってもらえれば、簡単なことです。」

「そうかしら?」

「ええ。」

「そ、そんな。」

まさかの・・・。
まさかのリリアーヌが、驚愕の表情に変わり、その場に泣き崩れた。

「おーい、おいおいおい・・・。」

嘘くさい・・・。

「こんなにお嬢様に尽くしているのに、ぐすっ。」

下手だな泣き真似が・・・。

私が白々しくリリアーヌを見てるのと同様に、ダリアも料理人たちも全員が白々しく見ていた。

しばらくほっとくか・・・。

チラっ。

時折、こちらをチラ見するリリアーヌ。
なんだろう、ウザいな。

ウザくなったのか、ダリアが声を上げた。

「お嬢様、すぐ泣くような側仕えをどう思います?」

「鬱陶しいわね。」

「お嬢様、私が泣く訳ないじゃないですか?」

スクっと立ち上がって、何でもないような表情のリリアーヌ。

うん、あんたはそういう奴よね。

私はリリアーヌに呆れた。
もう、慣れてきたけどね。
だんだんと慣れてきてる自分が怖いわっ!
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