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「ようやく帰って来れましたね」
「我が家だというのに随分と久しく感じるな」
「ええ、そうですね」

 無事に地区の問題を片付けて皇居まで帰ってくることが出来た。家を空けていたのは大体一ヶ月程度だろうか。随分と家を空けていたせいかこの皇居も懐かしく感じる。

「すいません、クロスさん。私、花を見に行きたいので、お先に失礼します」
「ああ、気にするな行ってこい」

 長い間家を空けていたということは花もずっと見てあげれてなかった。侍女に任せていたもののやはり自分の目で確かめなくては心配は払拭できない。裏庭に行くとちょうど侍女が水やりをしている最中であった。

「ありがとうございます。長い間、花の世話をやってくださり」
「いえいえ、気にしないでください。意外とこの作業も楽しかったですよ」
「そうですか。だったら、やってみます?」
「いいんですか?」
「ええ、ここの庭は広くて一人で全部埋めるのは大変でしょうから。空いている場所ならどこでも使っていいですよ」
「そうですか?ありがとうございます」

 いつも家を空ける際に頼っていた侍女も花の世話に興味が出たようだった。それならとこの一人にはあまりにも広大な庭を好きなようにしていいと言った。流石に一人だけでこの庭を花で埋めるのは厳しいものがあるし、その方がいいだろう。

 その侍女と談笑しているとあっという間に時間が過ぎてしまったようだった。

「あ、アデリーナ様」
「はい、どうかしましたか?」

 息を切らしながらこちらに来た一人の侍女に彼女は質問する。

「はい、公爵様がお呼びです。少し話したいことがあるようで」
「そうですか、分かりました。ありがとうございます。今行きますので」

 話したいこと。そのことについて彼女は心当たりがあった。きっと、結婚のことだろう。しかし、結婚と言ってもただこの国の聖女となるために必要な一つの工程に過ぎず、ただの流れ作業のようなものだ。だと言うのに、彼女は心臓がドクドクとうるさく鳴るほど緊張していた。自分にこれは一つの工程だと落ち着かせようとしても一つの考えがチラつき、鼓動は収まらない。

「来てくれたのか」
「まあ、ええ。大事なことですので」

 彼女はこの執務室に入る前に一つ呼吸を置いてから、入った。クロスはすでに椅子に座って、紅茶さえ淹れて準備万全の状態で待っていた。これでは逃げる術はなく、彼女もすんなりと椅子に座るしかなかった。

「帰って早々、気が早いかもしれないが、少し話したいことがある」
「結婚のことでしょうか?」
「ああ、そうだ」
「私は、構いません。これもこの国の聖女として認められるために必要なことですから」
「本当にそれでいいのか?」
「え?」
「いや、結婚の話をするたびにいつもとは違う表情を見せていたから、本当は嫌なのかと思っていた。私も無理にとは言わない。アデリーナがしたいようにしてくれればそれでいい」
「そんなふうに思ってしまうほど酷い表情してたんですね。すいません。ただ、結婚が嫌だというわけではないのです」

 彼女は胸の内を打ち明けるか悩んだが、この際言ってしまった方が楽になるだろうと思い、話すことにした。

「聞いてください、クロスさん」
「ああ、聞かせてくれ」
「私は結婚が嫌だというわけではないことをまず最初に言わせてください。私がそんな表情をしていたのはきっと、結婚することに対して緊張していたからだと思います」
「緊張?」
「はい。私は一度結婚したことがあります。ただ、それは形式的なもので結婚というものにそれほど深い意味はありませんでした。きっと今回の結婚もそういった意味のない形式だけのものなんだと思います。だから、別に何も思うことはないのに、凄くそのことに対して緊張しているのです。それはきっと、私があなたに対して、……恋しているからなんだと思います」

 彼女はようやく思いをクロスに打ち明けることが出来た。彼女が彼に恋愛感情を抱いたのはいつだろうか。それにその理由とはなんだろうか。

 国を追放されたことに傷ついた彼女の前に公爵が救いの手を差し伸べたからかもしれない。長い間傍にいたからかもしれない。今となっては彼女もいつ、どんな理由で好きになったのか忘れてしまったが、結局は彼のことを好きだという気持ちだけは忘れなかった。

「形式だけの意味のない結婚では嫌だと自然と思ってしまい、少し表情が乱れたのかもしれません」
「そうだったのか」

 彼は彼女が晒した本心に少し戸惑いを覚えた。よもや、自分がこんなにも愛されているとは思いもしなかったのだ。

 追放され、聖女の役はもう御免だと言った彼女に無理を言ってお願いしてこの役に就かせた。それは彼女にとっては嫌なことだったに違いない。しかし、今素直な思いを吐露されて自分の予想と全く真逆だったことに驚く。

「こんなこと言うのはおかしいかもしれませんが、意味のあるちゃんとした結婚にしたいと思うのです」
「素直に話してくれてありがとう。そうなら、私も応えるまでだ」
「嫌ではないのですか?」
「そんなことは微塵も思っていない。それどころか、私も嬉しい限りだ。君に認められたような気がして」
「そうですか。それなら、良かったです」

 彼女とて本心を打ち明かすのはだいぶ悩んだが受け入れてもらえて安心した。

「でしたら、早速話し合いをしましょう」

 一つの枷が外れたアデリーナはようやく緊張が解けて話し合いを進めようと提案した。クロスもまたそれの頷き、話し合いを進めた。
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