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2章 |空蝉《うつせみ》に|泡沫《うたかた》に

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-紫苑Side-

ある日授業中に知らない番号から電話がかかってきた。

なんとなく嫌な予感がしたので教室を抜けて電話に出た。

「はい、もしもし?」

「もしもし、神法さんでしょうか?突然のお電話失礼いたします。わたくし、滝野川第一病院の東雲しののめと申します。実はさきほど、雪落 慶永さんが事故に遭いまして……」

事故という2文字に戦慄した。

「彼は、けいくんは無事なんですか!?」

思わず声を荒げた。

廊下にいた学生たちに見られたが、彼のことが心配すぎて周りのことなどどうでもよかった。

「安心してください。幸いにも大きな怪我はされていませんので」

彼に会いたい。

いてもたってもいられずそのまま病院に向かった。

駅前でお花とフルーツを買い、タクシーに乗って彼のもとへ向かう。

病院に着くと1人の女性がやってきた。

「あなた、神法さん?」

「はい。そうですけど」

「先ほど電話した東雲です。雪落なら奥の部屋にいますよ」

彼のことを呼び捨てにしたことが一瞬気になったけれど、それよりもいまは彼のことが心配。

エレベーターで待っている時間すら惜しい。

汗も拭かずに階段を駆け上がり病院へと入ると、入れ替わるようにスーツを着た1人の若い女性が出てきた。

すれ違いざまにお辞儀をされたので私もお辞儀をしたが面識はない。

この人は誰だろう?

と思いながら彼のもとへと向かう。

「紫苑、どうしたの?」

私の心配をよそにポカンとしている彼。

「怪我大丈夫?」

「大丈夫。ただの打撲だって」

彼は何事もなかったかのようにニコニコしながら怪我した足をトントンと叩いている。

それを見た途端、安心して泪が出てきた。

「よかった……」

「何で泣いてんの?」

「だって、もしかしたらって思ったら心配で……」

「紫苑を置いて死ねないからな」

その言葉が嬉しくて止めようとした泪がまた出てきた。

「雪落、愛されてるねぇ~」

いじるような声色で扉の方からナース服の女性がやってきた。

電話をくれた東雲さんだ。

「うっせ」

「まったく、雪落ってば本当素直じゃないんだから」

この2人どういう関係?

看護師と患者とは思えないくらいに距離感近くない?

彼の方に向けていた身体を私の方に向け、

「神法さん。改めまして、東雲 美咲です。雪落とは小・中のときのクラスメイトだったので何でも聞いてくださいね」

クラスメイト。
なんだ、そういうことだったんだ。

ちょっと安心した。

「けいく……慶永さんとお付き合いさせていただいている神法 紫苑です」

「そんな結婚の挨拶みたいにかしこまらなくていいよ」

ふふふっと笑いながらそう言われた。

結婚の挨拶と言われて嬉しさと恥ずかしさと切なさの入り混じる複雑な気持ちになった。

彼にはもう家族がいない。

もし将来一緒になれたとしてもご家族に挨拶をする機会がないし、仮に挙式をあげられたとさても新郎側に家族はいないから。

「こいつ中学のときに何人かから告られたんだけど全部フッたの」

「そうなんですか?」

「そのフッた理由がマジウケるんだけど、当時すっごく綺麗な教育実習の先生がいてね、『俺は先生と結婚するから』って言ってフッたの。当時告った子たちはみんなドン引き」

「あのとき本気でそう思ってたんだから仕方ないだろ」

「告った方の気持ちも考えてあげなさいよ。女の子が告白するなんてどれだけの勇気がいると思ってるの?」

「中学生のときにそんなことわかるかよ」

美咲さんは真面目な顔をしながら楽しそうに続ける。

「だいたいさ、中学生が先生と付き合えるわけないじゃん」

「それはわかんないだろ」

「いや、ないから」

冷静になったらその可能性は限りなく低い。

でも中学生のときにそんな思考は持ち合わせてないのも事実。

「でね、結局その先生とは何もなく終わったんだけど、先生がいなくなってから1週間くらいこいつずっと抜け殻のようになってて、それがまぁ面白くて面白くて」

「美咲、笑すぎ。ってか紫苑の前でそんな話しないでくれ」

彼の耳はみるみるうちに赤くなっていった。

うつむきながら恥ずかしそうにしている彼の表情は普段の強面とのギャップがあって可愛かった。

「紫苑ちゃん、聞きたいよね?」

嫌そうな表情の彼とは裏腹に美咲さんは話したくて仕様がないようだ。

本音を言うと彼の過去を知りたかった。

朴訥ぼくとつという表現が正しいのかはわからないけれど、彼は口数がそんなに多くないし、必要以上に自分の話をしないから良い機会だと思った。

「聞きたいです」

私の返答に彼は呆気に取られている様子だった。

「そっから数週間経ってやっといつもの雪落に戻ったんだけど、こいつにフラれた1人の子が学年でもなかなか気の強い女でさ、みんなその女に逆らえないからこいつのこと無視したりしてあまり近寄らなくなったの」

スクールカーストでいうところの1軍の女が狭い世界で威張る。

どこの世界にもいるんだろうけれど、色々な人に想いを寄せられるっていうのも大変だな。

「それって逆恨みですよね?」

「まぁそうね」

「かわいそう……」

「ただ美咲だけは変わらず接してくれたけどな」

「私、あの女が苦手だったし、それにこいつ優しいから冷たくするなんてできないし」

「美咲さんはけいくんのこと好きだったんですか?」

気をてらったかのような質問に驚いた様子の美咲さん。

「ないない。万が一、億が一、いや、兆が一にもないから」

兆が一って言葉はじめて聞いたんですが。

「否定しすぎじゃね?」

「雪落って案外女々しいからねぇ」

「うっせ」

この2人のやりとりを見ていると、お互い想い合っていることに気がつかず、何年も過ごしている幼馴染のように思えてきてちょっと嫉妬した。

「紫苑ちゃん、どうしたの?そんな怖い顔して」

件のことに集中しすぎて思わず眉間にしわが寄っていた。

「まさか、嫉妬してくれてる?」

「しとらんし」

彼に見透かされた感じに少しだけイラッとして低い声で否定した。

「紫苑ちゃん、マジでこいつだけはないから安心して」

「美咲はプーさんみたいな人が好きなんだもんな」

「そう。私はね、こいつみたいな犯罪者顔じゃなくて可愛らしくて抱きしめたくなるよつな垂れ目でふっくらした人が好きなの」

美咲さんはサバサバしていてどこか気品がある。

細くすらっとした身体だから包み込んでくれそうな男性がいいのかな?

「誰が犯罪者顔だ」

「あんた目つき悪いし、愛想ないし、他人なら絶対に近寄らないわね」

「口の悪さは相変わらずだな」

冗談なのか本音なのかどうかもわからなくなってきたけれど、彼が元気そうでよかった。

「それで、結局けいくんは?」

「新学期になってクラス替えがあってからは自然と消えていたわ。卒業するころには前と同じように普通に接するようになったの」

こんなに優しい人が孤立するなんて全然想像ができなかったから安心した。

「でもけいくんってモテるんですね」

「こいつ優しさだけが取り柄だからね」

「『だけ』って何だ。『だけ』って」

彼の優しさは私には十分すぎるくらい伝わっているけれどそれは昔からみたい。

三つ子の魂百までって言うけれど、彼の優しさは魂に染み付いているものなのかもしれない。

「そういえばその先生、この前結婚したよ」

「マジ!?」

「SNSで投稿してた」

「マジか……」

「ちょっと、何ショック受けてんの?いまはこんなに可愛くて大切に思ってくれる彼女がいるじゃない」

「それとこれとは別だ。憧れ芸能人が結婚したらショックだろ?あれと同じ感覚だよ」

「いや、全然違うし。いつまで未練あるのよ。本当女々しいんだから」

「美咲と話すと傷がえぐられるんだが」

「そんなこと言っていいわけ?誰が紫苑ちゃんに連絡してあげたと思ってるの?」

彼はばつが悪そうな顔をしている。

「雪落が病院に運ばれてきたときね、頭を強く打ったみたいで意識が朦朧もうろうとしてたんだけど、ずっと「紫苑、紫苑」ってつぶやいていたからきっと大切な人なんだなって思ってスマホ借りて電話番号控えさせてもらったの」

そうだったんだ。

それで私のところに連絡が来たんだ。

「美咲様、その節は本当にありがとうございます」

腰から上を美咲さんの方に向け、深々とお辞儀をする彼。

「わかればよろしい」

美咲さんは腕を腰に当てながら自慢気にそう言った。

すると、
「ちょっと東雲さん、仕事中ですよ」

先輩のナースに見つかり注意された。

堂々とサボっていたんですね。

「やば。じゃあ私戻るな。雪落、安静にしてるんだよ」

「へいへい」

病室を出ようとした美咲さんが一瞬立ち止まり、きびすを返して私の耳元で囁くささやく。

(こいつ、意外と鈍感だからちゃんと態度で示してあげてね)

それはどういう意味だろう?

美咲さんがいなくなった後、彼が思い出したよつに聞いてきた。

「ってか今日学校は?」

「それ、愚問」

学校よりも大切な人の怪我の心配するのは当然。

優梨には上手く誤魔化すようお願いしておいた。

しかし彼はなぜ愚問なのか理解していない様子で首をかしげている。

美咲さんの言っていた彼の鈍感ってこういうところかな。

「そうだ、フルーツ食べる?」

レジ袋からカットフルーツを取り出し、付属のプラスチックフォークで彼の口元まで運んであげる。

「手は怪我してないから自分で食えるよ」

そういうことじゃない。

私がしてあげたいだけ。

「欲しそうな顔してましたけど」

「マジ!?よだれ垂れてた?」

「うん。洪水のように漏れとった」

彼のジョークに乗っかりながら改めて口元に運ぶ。

「美味しい?」

「美味しい」

「よかった」

その後お花をそうと花瓶に目をやると、そこにはすてまにお花が挿してあった。

「これ、さっき職場の子が見舞いに来てくれてさ、私が全然仕事できないせいで残業ばかりさせてごめんなさいって」

「なんでこの人のせいでけいくんが残業しないといけんの?」

「あれ?言ってなかったっけ?」

彼によると、年度が変わったと同時に新入社員の教育係を任されることになったみたいなんだけれど、その新人が思ったよりも覚えが悪いみたいで、尻拭いを余儀よぎなくされて連日残業が続いていたらしい。

昨日も残業後にその人を送って帰ろうとしたときに事故に遭ってしまったそう。

なるほど。病室の入り口ですれ違ったスーツの人は職場の後輩だったんだ。

「いつごろ退院できると?」

「1週間くらいかな」

明後日からゴールデンウィーク。

彼と旅行に行く予定を立てていたが、持ち越すことになった。

「旅行、行けなくなってごめんな」

「ううん、よかよ。また今度行こう」

旅行には行きたかったけれど、それよりも彼が無事だったことが何より。
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