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エピローグ

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「ただいま」

野菜を腕に抱えてシルフィが帰宅する。

母親の声に反応した娘の三羽みつばが両手をぱたぱたさせながら玄関まで迎えにくる。

「ママおかえりー」

「みっちゃんただいま。今日はクリームシチューだよ」

「しちゅー大好き!」

黒い髪とミントグリーンの瞳をした娘がぴょんぴょんと飛び跳ねながら黒く小さな羽を揺らしている。

あれからもう七年。

僕らは二十四歳になっていた。

三羽が生まれてから早四年。

シルフィの部屋も茅葺き屋根の古民家も残したまま、離宮の近くに小さな家を建て家族三人で暮らしている。

近習見習いだったイスカは現在レネ団長の近習として正式に仕えている。

「クリームシチューなんて久しぶりじゃん」

「アンピエルス産の黒豚を使ってみようと思うの」

「贅沢だね」

「うん。今日は特別な日だからね」

僕らはあまり贅沢をしない。

小さいころからそれに慣れているからかもしれないが、シルフィ自身王族の扱いをされるとちょっとむず痒くなるらしい。

どちらかというと平穏な日常に幸せを感じるそうだ。

とはいっても今日は特別な日だから例外。

「パパ、ゼータクってなに?」

「いつもよりいいものを食べることだよ」

「ゼータクゼータク」

意味を理解しているのかはわからないが、身体を左右に揺らしながら何度もゼータクと連呼する。

今日は僕とシルフィの結婚記念日。

三羽が生まれてからはこうして少しの贅沢を楽しんでいる。

式は挙げていないし新婚旅行と行っていないからいつか連れて行ってあげたいと思う。

付き合うまでほぼ料理をしなかったシルフィはお世辞にも美味しいものを作るとは言えなかった。

正直言うと飲食店でバイト経験(すぐ辞めたけれど)のある僕の方が盛り付けや味付けは上手だった。

でも、一生懸命な彼女が愛おしくて一緒に料理を作るうちにどんどん上手くなり、いまでは毎日美味しいご飯がテーブルに並ぶ。

四歳になった三羽は毎晩台所に立つようになり、

「三羽もおりょーりする」

そう言いながら踏み台に立って母と娘で一緒に料理を作る。

これが日課であり、微笑ましい瞬間の一つだ。

「じゃあみっちゃんはお野菜洗ってくれる?」

「あーい」 

手を高々と挙げて元気よく返事すると、ジャガイモの芽を綺麗に切り抜き、皮を剥いでみせる。

親の心配をよそに人参の皮もピーラーでスムーズに剥く。

将来はきっと良いお嫁さんになりそうだ。

嫁に出したくないのが父親としての本音だけれど。

二人が料理をしている間に僕がカトラリーを並べる。

シチューが完成するまでの間、三羽は僕の膝の上で甘えてくる。

それをシルフィが優しく見守る。

器に盛りつけ、両手でいただきますをすると、三羽は真っ先にブロッコリーを退けた。

「みっちゃん、ブロッコリー食べないと大きくなれないよ」

ブロッコリーが苦手な三羽のためにシルフィが食べやすい大きさにカットしていたが効果がなかったようだ。

「ビロコリきらい」

三羽はブロッコリーが言えず、いつもビロコリと言う。

それを聞くたびに僕らとシルフィの頬が緩む。

「パパ、みっちゃんがブロッコリー食べられるようになったらすごく嬉しいな」

「ビロコリ食べられるようになったら三羽とケッコンしてくれる?」

四歳でそんなことを言えるって我が娘ながら末恐ろしいと思いつつ、大きな瞳で見つめるその表情はシルフィに似てとても綺麗だった。

娘に愛されていると実感する瞬間。

こういうことを言ってもらえるのもあと数年かと思うと少し寂しい気もするが、いまは噛み締めておこう。

ごちそうさまをした後に三羽を連れてお風呂に入る。

湯船の中で、

「パパとママはどうしてチジョーで暮らさなかったの?」

直接話したことはないのだが、三羽は僕が地上から来たことをもうわかっていた。

僕らの会話を聞いて自然と理解したのだろう。

自分と母親にある羽が父親にはないのだから無理もないが。

家族で日本に住む。最初はそれも考えた。

でも、僕はこの地で生きる道を選んだ。

彼女と出会い、新しい家族と出会ったこの場所で暮らすことが一番幸せだと思っているし、僕自身この世界を気に入っている。

それに、ロベールの墓参りもしなきゃだし。

アーユスの力で多くの命を救ったシルフィの噂は瞬く間に広まり、厄災の天魔や片翼の魔女から天空の女神、導きの聖女などと呼ばれるようになり、一部の人たちから崇められる存在になっていた。

そんなシルフィのお腹には新しい命もある。

「三羽もいつかチジョーにいってみたいな」
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