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第二章 イクシールを求めて
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件の戦以降、レーゲンス姉妹に少しだけ光明が見えた。
シルフィが城内を自由に行動できることになったことで、彼女の理解者たちはみな手を叩いてリジョイスした。
一番変わったのはリリィ自身だろう。
妹に対してどこか距離を感じていたが、王宮内の一室を与えると同時に牢屋の清掃員を引退させ、王族に相応しい立ち振る舞いや格好をするよう指示した。
近いうちに専属の近習もつけるという。
これはあくまで憶測だが、セレディナでのハロルド戦でグリューンが胸に傷を負ったとき、咄嗟に治療に行ったことで一命を取り留めた。
もう少しタイミングが遅ければ傷口が広がっていたそうだ。
きっとそれがリリィにとってのひとつの契機だったのだと思う。
王宮内の中庭にあるパビリオンに座り、秋風と太陽の光を浴びながら聴こえてくる小鳥のせせらぎ。
そこで飲む紅茶に舌鼓を打つ。
隣で鼻歌を口ずさむシルフィはいつもより機嫌が良い。
「姫様、本日はご機嫌が麗しいようで」
「あら、そうかしら?」
笑顔でこんな軽口を言い合えるのは楽しい。
実家でありながら長い間籠鳥雲を望んでいたに等しい彼女にとって、新しい景色を見られる最高の機会だろう。
王族の娘に相応しい家に住まわすこと。
これがイーリスに提示したもう一つの交換条件。
これでようやく本来の王族の娘としての生活に戻った。
僕も王宮内で働かせてもらうことになって嬉しかったが、同時に寂しさもあった。
一時的ではあったが彼女と一緒に住んでいた茅葺き屋根の家の物音が減った。
なし崩し的な同棲生活は刹那たるものだったとはいえ良い想い出。
無音の空間に一人で住むことに慣れるにはまだまだ時間がかかりそうだ。
その日の夜、僕はレネたち兵団数人と王都の酒場に来ていた。
二階建ての酒場はすでに満席状態だったが、運良く一席だけ空いていたので一階の奥に案内される。
正直レネは得意ではない。
口悪いし偉そうだし言葉足らずだし、何よりイケメンだし。
しかし、第一戦で戦いながらも軍を率いる立場上、情報収集に敏感。
ヘメリアの動向を知るにはレネから得るのが効率的なので誘いを断ることはしなかった。
地上に戻るための手がかりが何か掴めるかもしれないから。
ここ数日、シェラプトでは妙な噂が流れていた。
「この国にスパイがいる」
その噂が流れたのには大きな理由があった。
中立国アンピエルスでハロルドが処刑されるとき、「ヘメリアはいずれランカウドに占拠される」と言っていたらしい。
最初は処刑される前の戯言だと思っていたが案外そうでもなかった。
各国に送り込まれたスパイによって情報が漏洩していたのだ。
同じ時期にもうひとつの噂も広がっていた。
『クリスティン王子暗殺』
クリスティン・ランカウド。
リリィの婚約者でランカウド王国の王子。
彼は正義感が強くまっすぐな人物のため、誰よりも平等や平和を望んでいる。
世界中の優秀な科学者を集めて治療薬を作らせ、多くの人の病を治してきた。
人望も厚く国民からの信頼も厚かった彼の暗殺の噂は瞬く間に広まった。
氷の国ランカウドはヘメリアの北東にあり最も寒い土地として知られている。
一番隣の国からでも片道三時間以上かかり、シェラプトからだと半日かかるほどの距離。
多くの治療薬を開発する技術力はどの国よりも勝る。
そんな国の突然の王子の暗殺の噂にランカウド王国はひどく混乱しているらしい。
これからシェラプト内の動きは慌ただしくなるだろう。
スパイを見つけ首謀者を誘き出し、リリィの婚約者であるクリスティンの生存確認をする必要がある。
話題はスパイ疑惑の話からリリィの話に変わっていた。
クリスティンとリリィは政略結婚のために付き合っていたと勝手に思い込んでいたが実は違ったらしい。
お互いに王位継承権を得る前から親交があり、クリスティンの一目惚れで付き合うことになった。
しかし、遠距離であることや互いの王位継承のこともあって一度別れる決断をしたらしいが、クリスティンの再アプローチによってもう一度付き合うことになった。
そんなクリスティン暗殺の情報を耳にしたリリィは動揺している様子は全く見せず泰然自若としているそうだ。
本来ならもっと動揺してもおかしくないはずなのにどうして彼女はこうも平然としているのだろう。
好きな人に永遠に会えなくなるのは誰だって辛いはず。
もしかして暗殺の噂は嘘?
もしかしてリリィが関与している?
圧倒的美貌と強さを誇るリリィ・フォン・レーゲンスだが、正直彼女のことを知るものはほぼいない。
一人でいるときは読者を嗜み、修行に励み、常に凛々しくしている。
自分のことを語らないし、弱みも見せない。それでいて人にも干渉しない。
気品と気高さ、少しの威圧感で集約されたリリィは謎だらけだ。
かといって誰も踏み込もうとしない。いや、その存在感から踏み込まないという表現の方が正しいだろう。
昔、しれっとレネが伺いを立てたことがあったが濁されたらしい。
それにしてもリリィはどうして実の妹であるシルフィに対してあんなにも冷たくするのだろう。
少し緩和されたとはいえ、シルフィ自身もどこかぎこちなさを垣間見せているように感じる。
長きにわたる姉妹喧嘩という風には見えず、もっと奥深くにある何かがあるように思えてならなかった。
「で、カナタはどうなんだ?」
主語がない。
レネはいつも主語を抜くから何の話かわからない。
眉を細めて訝しんでいると、
「シルフィのことだよ」
「僕がシルフィを好きだってこと?」
「よくもそんな恥ずかし気もなく言えるな」
「好きという気持ちを隠して何かメリットでもあるの?」
レネは少し顔を赤らめながら、
「気持ちがバレたら気まずいとか考えないのか?」
「どうして気まずくなるんだ?」
淀みも他意もない正直な気持ちを口にした。
「相手が自分のこと好きじゃなかったら気まずくなるじゃないか」
その気持ちがよく理解できない。
友達のいない僕にとって気まずいという概念はほぼ皆無なのだから。
「フラれたらまたいけばいい」
一度フラれたからといってそれで終わりなわけじゃない。
本気で嫌われるまで好きって言い続ければいい。
「極端な思考だな」
少し呆れた様子でそう言うレネだが、一度フラれたくらいで諦めるならそれは本気の恋じゃないと思う。
玉砕するくるいまで好きと言い続ければ伝わることもある。
一度も告白したことのない僕が言っても説得力がないのだけれど。
「僕の国には『当たって砕けろ』って諺があるくらいだから」
「カナタの国では恋愛は石と同じカテゴリーなのか?」
そういうことではないが、説明が面倒だからそういうことにしておいた。
「レネだってシルフィのこと好きだろ?」
「だ、だったら何だって言うんだ?」
どんなにイケメンでもどんなに強くても、相手の理想の男になるより、理想の男と思われる方が良い。
だから多少の無理はしても飾ることや取り繕うことはしない。
好きな人には一途でいたいから。
同じ席の兵士たちはすでに酩酊状態で鼾をかきながら眠っている。
起きているのは僕とレネの二人だけ。
「レネはシルフィとどうなりたいんだ?」
「ど、どうって?」
好きな人に対する欲がないなんて嘘だと思う。
誰よりも相手のことを知りたいし、そばにいたいと思うのが普通。
「僕はシルフィと付き合いたい」
「それだけ?」
僕の問いにクエスチョンマークがたくさん浮かんでいる様子のレネ。
「付き合うことがゴールだろ?違うのか?」
レネの疑問に疑問を抱く。
「レネはひどい男だな」
一瞬ムッとした後、
「どこがひどいんだ?」
そこがゴールなら何のために告白して何のために付き合うんだ?
その先の未来は?
「デートしたり、キスしたり、それ以外にも、その、特別なことができるじゃないか。カナタは違うのか?」
同調を求めつつも恋愛の話になるとどこか気が小さくなるように感じる。
「僕は誰よりもシルフィを笑顔にしたいし、色々なシルフィを知りたい。幸せを一緒に感じたい。そして、いつか彼女が空を飛べるようになって空から見える景色を見せてあげたい」
肉体的な幸福感のみは長く続きにくいがら、精神的な幸福感が交わることで心身ともに蓊鬱となる。
自身を満たすことも大切だが、相手を満たしてあげたいと思うことが幸せを感じる上で大切なことだと思う。
「なんかムカつくな」
ムカつく?
何が?
「正直そんなこと思ったことなかった。付き合ってずっと一緒にいられればそれで良いと思っていたけど、その先のことまで考えてるなんてなんかムカつくよ」
意外な反応だった。
いつも否定ばかりくせに今日はなんだか素直だ。
自分だけが満たされる都合の良い人は恋人とは言えない。
「言っておくが、僕の方が付き合いは長いんだ。知ってるか?小さいころ空を飛ぼうと高い山の上からジャンプしたら大怪我してさ、そのとき背中の痣がまだ消えてないこと。リリィ様の真似して鎧を着ようとしたら重くて起き上がれなくなったこともあった。結構天然なところがあるんだ」
僕だって彼女の魅力を知っている。
料理したことないのに自信満々なとこ。
危険を顧みずに人を助けようとするとこ。
人を平等に扱うとこ。
きっとこれからもたくさん知っていくだろう。
大事なのはお互い想い続けるために気持ちを伝え合うこと。
少し酔っているレネに対し、お酒を飲めない僕は雰囲気で酔っていたが、面と向かって話したことでレネがシルフィを本気で好きだということを確信した。
やっぱりレネにだけは負けたくない。
酒場の扉を開けると冷たい夜風が身を凍らす。
王宮に戻る途中、後ろから声をかけられた。
振り向くとそこにはロベールとシルフィがいた。
頬を赤く染めた彼女はなぜか酔っている。
「ロベールさん、これは一体?」
「今日は少し飲みすぎたようです」
目がとろーんとしたままどことなくテンションが高く上機嫌に見えたシルフィだったが、呂律が回っていないせいで何と言っているのかさっぱりだった。
どうやら二人もあの酒場にいたらしい。
シルフィが唐突にお酒を飲みたいと言い出し、ロベールがそれに付き合わされたかたちだ。
二階の席から聞いていたらしく、アルコールのペースが上がったらしい。
あのときの僕とレネの会話が筒抜けだったわけだ。
ロベールさん、どうして言ってくれなかったんですか?
と、心の中で訴えてみたが、これで僕たちは遠回しに彼女に告白したことになる。
シルフィが城内を自由に行動できることになったことで、彼女の理解者たちはみな手を叩いてリジョイスした。
一番変わったのはリリィ自身だろう。
妹に対してどこか距離を感じていたが、王宮内の一室を与えると同時に牢屋の清掃員を引退させ、王族に相応しい立ち振る舞いや格好をするよう指示した。
近いうちに専属の近習もつけるという。
これはあくまで憶測だが、セレディナでのハロルド戦でグリューンが胸に傷を負ったとき、咄嗟に治療に行ったことで一命を取り留めた。
もう少しタイミングが遅ければ傷口が広がっていたそうだ。
きっとそれがリリィにとってのひとつの契機だったのだと思う。
王宮内の中庭にあるパビリオンに座り、秋風と太陽の光を浴びながら聴こえてくる小鳥のせせらぎ。
そこで飲む紅茶に舌鼓を打つ。
隣で鼻歌を口ずさむシルフィはいつもより機嫌が良い。
「姫様、本日はご機嫌が麗しいようで」
「あら、そうかしら?」
笑顔でこんな軽口を言い合えるのは楽しい。
実家でありながら長い間籠鳥雲を望んでいたに等しい彼女にとって、新しい景色を見られる最高の機会だろう。
王族の娘に相応しい家に住まわすこと。
これがイーリスに提示したもう一つの交換条件。
これでようやく本来の王族の娘としての生活に戻った。
僕も王宮内で働かせてもらうことになって嬉しかったが、同時に寂しさもあった。
一時的ではあったが彼女と一緒に住んでいた茅葺き屋根の家の物音が減った。
なし崩し的な同棲生活は刹那たるものだったとはいえ良い想い出。
無音の空間に一人で住むことに慣れるにはまだまだ時間がかかりそうだ。
その日の夜、僕はレネたち兵団数人と王都の酒場に来ていた。
二階建ての酒場はすでに満席状態だったが、運良く一席だけ空いていたので一階の奥に案内される。
正直レネは得意ではない。
口悪いし偉そうだし言葉足らずだし、何よりイケメンだし。
しかし、第一戦で戦いながらも軍を率いる立場上、情報収集に敏感。
ヘメリアの動向を知るにはレネから得るのが効率的なので誘いを断ることはしなかった。
地上に戻るための手がかりが何か掴めるかもしれないから。
ここ数日、シェラプトでは妙な噂が流れていた。
「この国にスパイがいる」
その噂が流れたのには大きな理由があった。
中立国アンピエルスでハロルドが処刑されるとき、「ヘメリアはいずれランカウドに占拠される」と言っていたらしい。
最初は処刑される前の戯言だと思っていたが案外そうでもなかった。
各国に送り込まれたスパイによって情報が漏洩していたのだ。
同じ時期にもうひとつの噂も広がっていた。
『クリスティン王子暗殺』
クリスティン・ランカウド。
リリィの婚約者でランカウド王国の王子。
彼は正義感が強くまっすぐな人物のため、誰よりも平等や平和を望んでいる。
世界中の優秀な科学者を集めて治療薬を作らせ、多くの人の病を治してきた。
人望も厚く国民からの信頼も厚かった彼の暗殺の噂は瞬く間に広まった。
氷の国ランカウドはヘメリアの北東にあり最も寒い土地として知られている。
一番隣の国からでも片道三時間以上かかり、シェラプトからだと半日かかるほどの距離。
多くの治療薬を開発する技術力はどの国よりも勝る。
そんな国の突然の王子の暗殺の噂にランカウド王国はひどく混乱しているらしい。
これからシェラプト内の動きは慌ただしくなるだろう。
スパイを見つけ首謀者を誘き出し、リリィの婚約者であるクリスティンの生存確認をする必要がある。
話題はスパイ疑惑の話からリリィの話に変わっていた。
クリスティンとリリィは政略結婚のために付き合っていたと勝手に思い込んでいたが実は違ったらしい。
お互いに王位継承権を得る前から親交があり、クリスティンの一目惚れで付き合うことになった。
しかし、遠距離であることや互いの王位継承のこともあって一度別れる決断をしたらしいが、クリスティンの再アプローチによってもう一度付き合うことになった。
そんなクリスティン暗殺の情報を耳にしたリリィは動揺している様子は全く見せず泰然自若としているそうだ。
本来ならもっと動揺してもおかしくないはずなのにどうして彼女はこうも平然としているのだろう。
好きな人に永遠に会えなくなるのは誰だって辛いはず。
もしかして暗殺の噂は嘘?
もしかしてリリィが関与している?
圧倒的美貌と強さを誇るリリィ・フォン・レーゲンスだが、正直彼女のことを知るものはほぼいない。
一人でいるときは読者を嗜み、修行に励み、常に凛々しくしている。
自分のことを語らないし、弱みも見せない。それでいて人にも干渉しない。
気品と気高さ、少しの威圧感で集約されたリリィは謎だらけだ。
かといって誰も踏み込もうとしない。いや、その存在感から踏み込まないという表現の方が正しいだろう。
昔、しれっとレネが伺いを立てたことがあったが濁されたらしい。
それにしてもリリィはどうして実の妹であるシルフィに対してあんなにも冷たくするのだろう。
少し緩和されたとはいえ、シルフィ自身もどこかぎこちなさを垣間見せているように感じる。
長きにわたる姉妹喧嘩という風には見えず、もっと奥深くにある何かがあるように思えてならなかった。
「で、カナタはどうなんだ?」
主語がない。
レネはいつも主語を抜くから何の話かわからない。
眉を細めて訝しんでいると、
「シルフィのことだよ」
「僕がシルフィを好きだってこと?」
「よくもそんな恥ずかし気もなく言えるな」
「好きという気持ちを隠して何かメリットでもあるの?」
レネは少し顔を赤らめながら、
「気持ちがバレたら気まずいとか考えないのか?」
「どうして気まずくなるんだ?」
淀みも他意もない正直な気持ちを口にした。
「相手が自分のこと好きじゃなかったら気まずくなるじゃないか」
その気持ちがよく理解できない。
友達のいない僕にとって気まずいという概念はほぼ皆無なのだから。
「フラれたらまたいけばいい」
一度フラれたからといってそれで終わりなわけじゃない。
本気で嫌われるまで好きって言い続ければいい。
「極端な思考だな」
少し呆れた様子でそう言うレネだが、一度フラれたくらいで諦めるならそれは本気の恋じゃないと思う。
玉砕するくるいまで好きと言い続ければ伝わることもある。
一度も告白したことのない僕が言っても説得力がないのだけれど。
「僕の国には『当たって砕けろ』って諺があるくらいだから」
「カナタの国では恋愛は石と同じカテゴリーなのか?」
そういうことではないが、説明が面倒だからそういうことにしておいた。
「レネだってシルフィのこと好きだろ?」
「だ、だったら何だって言うんだ?」
どんなにイケメンでもどんなに強くても、相手の理想の男になるより、理想の男と思われる方が良い。
だから多少の無理はしても飾ることや取り繕うことはしない。
好きな人には一途でいたいから。
同じ席の兵士たちはすでに酩酊状態で鼾をかきながら眠っている。
起きているのは僕とレネの二人だけ。
「レネはシルフィとどうなりたいんだ?」
「ど、どうって?」
好きな人に対する欲がないなんて嘘だと思う。
誰よりも相手のことを知りたいし、そばにいたいと思うのが普通。
「僕はシルフィと付き合いたい」
「それだけ?」
僕の問いにクエスチョンマークがたくさん浮かんでいる様子のレネ。
「付き合うことがゴールだろ?違うのか?」
レネの疑問に疑問を抱く。
「レネはひどい男だな」
一瞬ムッとした後、
「どこがひどいんだ?」
そこがゴールなら何のために告白して何のために付き合うんだ?
その先の未来は?
「デートしたり、キスしたり、それ以外にも、その、特別なことができるじゃないか。カナタは違うのか?」
同調を求めつつも恋愛の話になるとどこか気が小さくなるように感じる。
「僕は誰よりもシルフィを笑顔にしたいし、色々なシルフィを知りたい。幸せを一緒に感じたい。そして、いつか彼女が空を飛べるようになって空から見える景色を見せてあげたい」
肉体的な幸福感のみは長く続きにくいがら、精神的な幸福感が交わることで心身ともに蓊鬱となる。
自身を満たすことも大切だが、相手を満たしてあげたいと思うことが幸せを感じる上で大切なことだと思う。
「なんかムカつくな」
ムカつく?
何が?
「正直そんなこと思ったことなかった。付き合ってずっと一緒にいられればそれで良いと思っていたけど、その先のことまで考えてるなんてなんかムカつくよ」
意外な反応だった。
いつも否定ばかりくせに今日はなんだか素直だ。
自分だけが満たされる都合の良い人は恋人とは言えない。
「言っておくが、僕の方が付き合いは長いんだ。知ってるか?小さいころ空を飛ぼうと高い山の上からジャンプしたら大怪我してさ、そのとき背中の痣がまだ消えてないこと。リリィ様の真似して鎧を着ようとしたら重くて起き上がれなくなったこともあった。結構天然なところがあるんだ」
僕だって彼女の魅力を知っている。
料理したことないのに自信満々なとこ。
危険を顧みずに人を助けようとするとこ。
人を平等に扱うとこ。
きっとこれからもたくさん知っていくだろう。
大事なのはお互い想い続けるために気持ちを伝え合うこと。
少し酔っているレネに対し、お酒を飲めない僕は雰囲気で酔っていたが、面と向かって話したことでレネがシルフィを本気で好きだということを確信した。
やっぱりレネにだけは負けたくない。
酒場の扉を開けると冷たい夜風が身を凍らす。
王宮に戻る途中、後ろから声をかけられた。
振り向くとそこにはロベールとシルフィがいた。
頬を赤く染めた彼女はなぜか酔っている。
「ロベールさん、これは一体?」
「今日は少し飲みすぎたようです」
目がとろーんとしたままどことなくテンションが高く上機嫌に見えたシルフィだったが、呂律が回っていないせいで何と言っているのかさっぱりだった。
どうやら二人もあの酒場にいたらしい。
シルフィが唐突にお酒を飲みたいと言い出し、ロベールがそれに付き合わされたかたちだ。
二階の席から聞いていたらしく、アルコールのペースが上がったらしい。
あのときの僕とレネの会話が筒抜けだったわけだ。
ロベールさん、どうして言ってくれなかったんですか?
と、心の中で訴えてみたが、これで僕たちは遠回しに彼女に告白したことになる。
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