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第二章 ゴリラと大空とバレンタイン・キッス
先輩と男心と乙女の秘密
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ジムで基礎トレーニングをこなし、夕日が傾いてきた頃、明日葉が小さめのボストンバッグを肩に提げてやってきた。放課後に直行してきたことは初めてだったから、こうして明日葉を出迎える側になるのは新鮮な気持ちだった。
「お疲れ様っす。けっこう早いんですね」
「今のところはね。都心のような動き方をするサークルがあるわけでもないし、大学生の一年次は、下手すれば高校生より時間あるのよ」
そう苦笑しながら、白基調のコート姿の明日葉は更衣室へと消えていく。
これまでウェアに着替えたところしか見ていなかったから、女の子らしいキレイめのカジュアルさでコーティングされていると印象が変わる。意外ともこもこしているのは、強い。
「あれで、グローブ付けたらゴリラなんだもんなあ……」
「人の心理を勝手に追記するんじゃありません」
肩越しに囁いてくる兎萌のしたり顔をひっぺがす。
「大体、失礼だろ。もう少し年上に敬意をだなあ」
「まあ、失礼ってのは同感。ゴリラ呼ばわりだなんて、程度が低すぎるもの」
「へ?」
思わず頓狂な声を上げた葵だったが、まーた経験者特有の言葉遊びかと、すぐに考えることを放棄した。
そんなこちらの様子に兎萌は笑いを堪えている。
「まあ、そのうち分かるわ。頼んでおいたし。今日は指導コースもないから、明日葉さんに付いてもらって色々教えてもらいましょ。手取り足取りずっこんばっこん丁寧に」
「言い方よ」
「私は構わないわよ」
不意に背後からかけられた声に、葵は驚いて振り返った。
早くもウェア姿に着替えてきた明日葉が、髪をヘアゴムでまとめながらこちらへやって来る。
「ええと、ずっこんばっこん……ですけど?」
おそるおそる訊ねると、彼女は気にする素振りもない様子で「ええ」と微笑んだ。
「葵くんをずっこんばっこん殴り倒せばいいんでしょう?」
「詭弁だあ……」
がっくりと肩を落とす。少しは期待していたんだぞチクショウ。
明日葉も兎萌と同類なのかと消沈していた葵だったが、練習が始まってみると、当初の印象通り物腰柔らかに指導してくれる彼女の優しさに、すぐに意気を吹き返した。ストイックな完成系を求めながらも、随所に激励の言葉をかけてくれるのは、まさに理想としていた女性インストラクターのそれである。
クラスメイトが携帯ゲームのボクササイズの話をしていたが、呼吸で上下する胸元と、汗を弾くデコルテと、真剣な眼差しのリアルには適うまい。
カッコよくてキレイで優しい。惜しむらくは、教えている内容が内容であるため、ちょいちょい言葉のチョイスがグロテスクなことだろうか。
「パンチで打つ目標は、表面ではなくて、中。例えば顔を狙う時には、常に相手の脳髄を狙うイメージでやってみてね」
「(の、脳髄……)」
自分が邪なことを考えていることが悪いのは重々承知だが、それでも、美人の口から「脳髄を殴れ」という言葉がついて出ることだけは、どうにも慣れない。
そんなことを考えていると、視界の端っこで、グローブを付けた兎萌が胸をドラミングしているのが見えた。
「ぶっふぅ!?」
「葵くん?」
「ごめんなさい違うんです! ――てめえ、それはずりぃって!」
「あれー? どこかで鼻の下伸ばしてたお猿さんがキイキイ鳴いているわね」
「伸ばしてねえし!」
「…………葵くん?」
明日葉の声のトーンが一つ下がり、目の奥へと黒く溜まった。
どうにか誤解を解いたものの、集中出来ていないことは事実と叱られ、ならば嫌でも集中できる環境に入れるしかないと、一転鬼コーチと化した明日葉のスパルタが加速した。まさか、パンチ・キック・ガード、三種の動作だけでブートキャンプができるとは思いもしなかった。
ようやく休憩に入ったところで、兎萌がタオルと、ボトルに薄めたスポーツドリンクを二人分持ってきてくれる。
「お疲れ様。どう、当ジム一番人気の梨郷先生は」
「いやもう最高だったんだけど、マジ疲れた……」
「ふふっ、私も楽しかったわ。人に教えることは刺激になるし、葵くんの筋もいいし」
首筋の汗にタオルを押し当てて言う明日葉に、兎萌がへえ、と感嘆のため息を吐いた。
「良かったじゃない。超絶筋のいい明日葉さんに褒められるなんて」
「そりゃあ嬉しいけれど、超絶って……?」
葵が首を傾げると、その返事は受付で事務作業をしている勇魚から返ってきた。
「もう五年早くキックと出会っていたら、今頃どうなっていたか分からんレベルだ」
「……マ?」
「ま。油断すると私も喰われるくらいよ。だってのにこの怪我。やってられないわ」
「絶対安静だからな。後遺症もそうだが、動きに変な癖が付くのが一番怖い」
「はいはい、承知しておりますよマイブラザー」
動きたいと叫ぶ心がむず痒そうに、兎萌は顔を顰めた。
軽い練習くらいなら、いいや軽くで済ませるタマじゃないだろう、と仲睦まじい兄妹ケンカを横目に、葵は明日葉の方へ顔を向ける。
――梨郷さんのことといい、羽付さんはどうしてこう、問題児ばかりに目を付けるのかしら。
――明日葉さんも、経験一年目でアマチュアの東日本大会で優勝した実力者。
彼女について分かっているのは、キックの経験が一年であるということ。数字だけで見ればほぼほぼ自分と同じくらいの新人であるが、指導を受けている感じ、その動きは素人目にも上級者たちと遜色ないように見える。
だから不思議だった。その熱量は、どこから来るのだろうかと。
「明日葉さんは、どうしてキックを始めたんですか?」
その瞬間、兎萌と勇魚の押し問答がぴたりと止まり、空気が張り詰めた。どうやらそれにまつわる事情を知っているらしい他の何人かのジム生も動きを止め、何かあったのかと便乗した他のジム生までもがやがて手を止めた。
変わらないのは、困ったように目を閉じ、はにかんでいる明日葉だけである。
「んー、乙女の秘密、なんて言って、誤魔化せば済むことなんでしょうけど」
居心地が悪そうに、リングでスパーをしている人たちに「どうぞ、続けて」と促してから、徐々に喧騒が戻ってきた中で、口を開いた。
「私ね、暴力事件を起こしたの」
「暴力、事件……」
葵はぽかんとしたまま、口を閉じることを忘れていた。兎萌が「『伝説の流血事件』、聞いたことあるでしょ」と補足してくれたことで、どれのことかは分かった。
入学してすぐ、GW明けの頃だったか。唐突に巻き起こった、三年のクラスで起きたという事件の噂だ。しかし、関係者各位が完全に口を閉じていて、誰が、何をしたのかも一切情報が出回らなかったため、今では半ば都市伝説として扱われている。
てっきり、与太話だと思っていたが。
「勉強一筋で生きてきたから、女っ気がない私みたいなのは、ずっといじめられていてね。それでも、GW前に告白してくれた人が出て来て、お付き合いすることになったんだけれど。連休が終わって学校に行ったところで、罰ゲームだったとバラされたの」
「酷い……そんなことが」
「マンガみたいって思うでしょう? でもね、本当にあるんだあ。びっくりだよね」
あっけらかんと笑って、明日葉はボトルのストローに口を付けた。まるで、喫茶店で思い出話の一つに花を咲かせたように、軽い調子で。
「それからは、彼もいじめのターゲットとなったの。別に私が服を脱がされるのは慣れていたんだけど、あの日、その矛先が彼に向いて、教壇に裸で立たされて、彼を的にしたロケット花火のダーツゲームが始まったの」
けれど、咲かせた花の色は、葵にはドス黒くしか見えなかった。
「それがどうしても耐えられなかった。別に恋心があったとかいうわけじゃあないのよ。ただ、初めていじめを見る側に回って、自分が人間でなくなる気がして――」
「明日葉さん、もう、いいです」
「私は、いじめの主犯格グループに向けて、机をぶん投げたの」
葵は顔を逸らした。こんな思い出話を、嗤って話す明日葉を直視できなかった。
「それから一人一人、血塗れになるまで殴って回って……結局、的にされた男子の体に描かれた得点表が証拠になって。地元の有力者であるいじめリーダーの親が、揉み消しに動いた」
そこで、はいおしまい、の合図のように手を打ってから、明日葉は「……んだけど」と、いつもの声の調子に戻って、柔らかく言った。
「バレちゃったんだよね。兎萌さんに」
「そりゃあ、葉桜の下で本を読んでる文学少女かと思いきや、餓えた狼みたいなギラッギラの眼をしてるんですもん。『ああ、やったのこいつだな』ってなりますよ」
「私は、感動したんだよ?」
「やめてくださいってば」
勘弁してくれと言わんばかりに、兎萌は苦い顔をして笑った。
「あの時の兎萌さんの言葉は、葵くんにも知って欲しかったから。だから話したの」
そう言って明日葉は目を瞑り、今度こそ思い出に綺麗な花を咲かせた。
――強くなりましょうよ、先輩。
――変なことを言うのね。私、男子相手にだって勝ったのよ。
――いいえ、手を出した時点であなたの負けです。本当に強い人はキレたりしませんよ。
――じゃあ、あのまま手を出さず、指を咥えて甘んじていろと?
――そうではありません。奴らをコバエとでも思えるくらいに、強くなるんです。
「そうして、キックに誘われたの。伝説の木の下での告白みたいで、素敵だったわ」
「だから、やめてくださいってば! ああもう、昼にキレたばっかりだからむず痒い!」
おどけたようにうっとりしてみせる明日葉に、とうとう兎萌が根を上げて、肩に小突きを入れた。「あら、お昼にキレたの?」「キレてないですう!」と、お互い気恥ずかしそうに女子がじゃれる構図に、ようやく葵は胸を撫で下ろす。
「ははっ、なんか兎萌らしいな」
「おうっ? あんたまでそんなことを言いますか。ぃよーし分かった。罰として葵には、これから明日葉さんとスパーリングをしてもらいますか」
「どうしてそうなる!?」
「丁度いいわね。どのみち、次は軽くスパーに触れてもらおうかと思っていたから」
「明日葉さんまでっ!?」
あなたは味方側じゃなかったんですかと狼狽える葵に、兎萌が耳打ちをしてくる。
「ゴリラが呼ばわりが失礼って意味、知りたくない?」
「お疲れ様っす。けっこう早いんですね」
「今のところはね。都心のような動き方をするサークルがあるわけでもないし、大学生の一年次は、下手すれば高校生より時間あるのよ」
そう苦笑しながら、白基調のコート姿の明日葉は更衣室へと消えていく。
これまでウェアに着替えたところしか見ていなかったから、女の子らしいキレイめのカジュアルさでコーティングされていると印象が変わる。意外ともこもこしているのは、強い。
「あれで、グローブ付けたらゴリラなんだもんなあ……」
「人の心理を勝手に追記するんじゃありません」
肩越しに囁いてくる兎萌のしたり顔をひっぺがす。
「大体、失礼だろ。もう少し年上に敬意をだなあ」
「まあ、失礼ってのは同感。ゴリラ呼ばわりだなんて、程度が低すぎるもの」
「へ?」
思わず頓狂な声を上げた葵だったが、まーた経験者特有の言葉遊びかと、すぐに考えることを放棄した。
そんなこちらの様子に兎萌は笑いを堪えている。
「まあ、そのうち分かるわ。頼んでおいたし。今日は指導コースもないから、明日葉さんに付いてもらって色々教えてもらいましょ。手取り足取りずっこんばっこん丁寧に」
「言い方よ」
「私は構わないわよ」
不意に背後からかけられた声に、葵は驚いて振り返った。
早くもウェア姿に着替えてきた明日葉が、髪をヘアゴムでまとめながらこちらへやって来る。
「ええと、ずっこんばっこん……ですけど?」
おそるおそる訊ねると、彼女は気にする素振りもない様子で「ええ」と微笑んだ。
「葵くんをずっこんばっこん殴り倒せばいいんでしょう?」
「詭弁だあ……」
がっくりと肩を落とす。少しは期待していたんだぞチクショウ。
明日葉も兎萌と同類なのかと消沈していた葵だったが、練習が始まってみると、当初の印象通り物腰柔らかに指導してくれる彼女の優しさに、すぐに意気を吹き返した。ストイックな完成系を求めながらも、随所に激励の言葉をかけてくれるのは、まさに理想としていた女性インストラクターのそれである。
クラスメイトが携帯ゲームのボクササイズの話をしていたが、呼吸で上下する胸元と、汗を弾くデコルテと、真剣な眼差しのリアルには適うまい。
カッコよくてキレイで優しい。惜しむらくは、教えている内容が内容であるため、ちょいちょい言葉のチョイスがグロテスクなことだろうか。
「パンチで打つ目標は、表面ではなくて、中。例えば顔を狙う時には、常に相手の脳髄を狙うイメージでやってみてね」
「(の、脳髄……)」
自分が邪なことを考えていることが悪いのは重々承知だが、それでも、美人の口から「脳髄を殴れ」という言葉がついて出ることだけは、どうにも慣れない。
そんなことを考えていると、視界の端っこで、グローブを付けた兎萌が胸をドラミングしているのが見えた。
「ぶっふぅ!?」
「葵くん?」
「ごめんなさい違うんです! ――てめえ、それはずりぃって!」
「あれー? どこかで鼻の下伸ばしてたお猿さんがキイキイ鳴いているわね」
「伸ばしてねえし!」
「…………葵くん?」
明日葉の声のトーンが一つ下がり、目の奥へと黒く溜まった。
どうにか誤解を解いたものの、集中出来ていないことは事実と叱られ、ならば嫌でも集中できる環境に入れるしかないと、一転鬼コーチと化した明日葉のスパルタが加速した。まさか、パンチ・キック・ガード、三種の動作だけでブートキャンプができるとは思いもしなかった。
ようやく休憩に入ったところで、兎萌がタオルと、ボトルに薄めたスポーツドリンクを二人分持ってきてくれる。
「お疲れ様。どう、当ジム一番人気の梨郷先生は」
「いやもう最高だったんだけど、マジ疲れた……」
「ふふっ、私も楽しかったわ。人に教えることは刺激になるし、葵くんの筋もいいし」
首筋の汗にタオルを押し当てて言う明日葉に、兎萌がへえ、と感嘆のため息を吐いた。
「良かったじゃない。超絶筋のいい明日葉さんに褒められるなんて」
「そりゃあ嬉しいけれど、超絶って……?」
葵が首を傾げると、その返事は受付で事務作業をしている勇魚から返ってきた。
「もう五年早くキックと出会っていたら、今頃どうなっていたか分からんレベルだ」
「……マ?」
「ま。油断すると私も喰われるくらいよ。だってのにこの怪我。やってられないわ」
「絶対安静だからな。後遺症もそうだが、動きに変な癖が付くのが一番怖い」
「はいはい、承知しておりますよマイブラザー」
動きたいと叫ぶ心がむず痒そうに、兎萌は顔を顰めた。
軽い練習くらいなら、いいや軽くで済ませるタマじゃないだろう、と仲睦まじい兄妹ケンカを横目に、葵は明日葉の方へ顔を向ける。
――梨郷さんのことといい、羽付さんはどうしてこう、問題児ばかりに目を付けるのかしら。
――明日葉さんも、経験一年目でアマチュアの東日本大会で優勝した実力者。
彼女について分かっているのは、キックの経験が一年であるということ。数字だけで見ればほぼほぼ自分と同じくらいの新人であるが、指導を受けている感じ、その動きは素人目にも上級者たちと遜色ないように見える。
だから不思議だった。その熱量は、どこから来るのだろうかと。
「明日葉さんは、どうしてキックを始めたんですか?」
その瞬間、兎萌と勇魚の押し問答がぴたりと止まり、空気が張り詰めた。どうやらそれにまつわる事情を知っているらしい他の何人かのジム生も動きを止め、何かあったのかと便乗した他のジム生までもがやがて手を止めた。
変わらないのは、困ったように目を閉じ、はにかんでいる明日葉だけである。
「んー、乙女の秘密、なんて言って、誤魔化せば済むことなんでしょうけど」
居心地が悪そうに、リングでスパーをしている人たちに「どうぞ、続けて」と促してから、徐々に喧騒が戻ってきた中で、口を開いた。
「私ね、暴力事件を起こしたの」
「暴力、事件……」
葵はぽかんとしたまま、口を閉じることを忘れていた。兎萌が「『伝説の流血事件』、聞いたことあるでしょ」と補足してくれたことで、どれのことかは分かった。
入学してすぐ、GW明けの頃だったか。唐突に巻き起こった、三年のクラスで起きたという事件の噂だ。しかし、関係者各位が完全に口を閉じていて、誰が、何をしたのかも一切情報が出回らなかったため、今では半ば都市伝説として扱われている。
てっきり、与太話だと思っていたが。
「勉強一筋で生きてきたから、女っ気がない私みたいなのは、ずっといじめられていてね。それでも、GW前に告白してくれた人が出て来て、お付き合いすることになったんだけれど。連休が終わって学校に行ったところで、罰ゲームだったとバラされたの」
「酷い……そんなことが」
「マンガみたいって思うでしょう? でもね、本当にあるんだあ。びっくりだよね」
あっけらかんと笑って、明日葉はボトルのストローに口を付けた。まるで、喫茶店で思い出話の一つに花を咲かせたように、軽い調子で。
「それからは、彼もいじめのターゲットとなったの。別に私が服を脱がされるのは慣れていたんだけど、あの日、その矛先が彼に向いて、教壇に裸で立たされて、彼を的にしたロケット花火のダーツゲームが始まったの」
けれど、咲かせた花の色は、葵にはドス黒くしか見えなかった。
「それがどうしても耐えられなかった。別に恋心があったとかいうわけじゃあないのよ。ただ、初めていじめを見る側に回って、自分が人間でなくなる気がして――」
「明日葉さん、もう、いいです」
「私は、いじめの主犯格グループに向けて、机をぶん投げたの」
葵は顔を逸らした。こんな思い出話を、嗤って話す明日葉を直視できなかった。
「それから一人一人、血塗れになるまで殴って回って……結局、的にされた男子の体に描かれた得点表が証拠になって。地元の有力者であるいじめリーダーの親が、揉み消しに動いた」
そこで、はいおしまい、の合図のように手を打ってから、明日葉は「……んだけど」と、いつもの声の調子に戻って、柔らかく言った。
「バレちゃったんだよね。兎萌さんに」
「そりゃあ、葉桜の下で本を読んでる文学少女かと思いきや、餓えた狼みたいなギラッギラの眼をしてるんですもん。『ああ、やったのこいつだな』ってなりますよ」
「私は、感動したんだよ?」
「やめてくださいってば」
勘弁してくれと言わんばかりに、兎萌は苦い顔をして笑った。
「あの時の兎萌さんの言葉は、葵くんにも知って欲しかったから。だから話したの」
そう言って明日葉は目を瞑り、今度こそ思い出に綺麗な花を咲かせた。
――強くなりましょうよ、先輩。
――変なことを言うのね。私、男子相手にだって勝ったのよ。
――いいえ、手を出した時点であなたの負けです。本当に強い人はキレたりしませんよ。
――じゃあ、あのまま手を出さず、指を咥えて甘んじていろと?
――そうではありません。奴らをコバエとでも思えるくらいに、強くなるんです。
「そうして、キックに誘われたの。伝説の木の下での告白みたいで、素敵だったわ」
「だから、やめてくださいってば! ああもう、昼にキレたばっかりだからむず痒い!」
おどけたようにうっとりしてみせる明日葉に、とうとう兎萌が根を上げて、肩に小突きを入れた。「あら、お昼にキレたの?」「キレてないですう!」と、お互い気恥ずかしそうに女子がじゃれる構図に、ようやく葵は胸を撫で下ろす。
「ははっ、なんか兎萌らしいな」
「おうっ? あんたまでそんなことを言いますか。ぃよーし分かった。罰として葵には、これから明日葉さんとスパーリングをしてもらいますか」
「どうしてそうなる!?」
「丁度いいわね。どのみち、次は軽くスパーに触れてもらおうかと思っていたから」
「明日葉さんまでっ!?」
あなたは味方側じゃなかったんですかと狼狽える葵に、兎萌が耳打ちをしてくる。
「ゴリラが呼ばわりが失礼って意味、知りたくない?」
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