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第四章 君にブーケを

わからない自分

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 頭蓋骨は、英が用意してくれた箱に収めた。奴が隠した金も、事件に関係するものとして一度警察が預かる運びとなった。

「いっそ燃やして、この世からなくしてしまえればいいのに」

 右近が呟くと、英は車のキーを遠隔操作しながら苦笑した。

「気持ちは解るけれど、残念ながら駄目ね。貨幣損傷等取締法違反」
「駄目でしたかー」

 特に期待もしていなかったため、右近はあっけらかんとしていた。あの男のことなんてどうでも良かった。関わり合いにならなくて済むのなら、それに越したことはないからだ。
 けれど、少しでも軽口を叩きたくなったのは、やはり自分の頭部を前にして緊張していたのかもしれない。
 そんな右近とは対照的に、アイリスが神妙な顔で様子を窺っている。

「あの……私、こうした仕事の現場を目の当たりにするのは初めてなのですけれど」

 おずおずと手を上げて、彼女は言った。

「木蔦さんの頭が戻っていない状態で、どうやって遺顔絵を描くんですの……?」
「えっ……?」

 右近たちは思わずアイリスの方を見た。
 そして合歓と英が、悪い冗談だろうと一蹴するような半笑いでこちらを見て、固まった。

「も、もしかして……」

 右近は自分の顔を指さして、彼女たちに訊ねる。
 残酷にも、返って来たのは一様に頷く彼女たちの気まずそうな表情だった。

「いや、だって……僕、頭を見つけたんだよ?」

 訳が分からなかった。失った体を取り戻しても、本懐を遂げられないというのだろうか。

「先ほどの髑髏されこうべが、他の方のものだったりする可能性はありません……?」
「落ち着けアイリス。そう何件も死体遺棄事件が起きてたまるか」
「警察としては、否定できないのが悲しいわね……けれど、少なくともさっきまでの木蔦くんは、これを自分の頭だと思っていたんだもの。心情的には満たされていたはずよ」

 四人で向かい合い、頭を抱える。
 埒の明かない空気を破るように、英が手を拍った。

「まずは、ご飯にしない? 時間がかかると思って、上のキャンプ場を押さえてるの」

 彼女の提案に、右近たちは山頂へ向かうこととなった。










 山頂のレジャースペースは複合施設になっていて、キャンプ用の広場だけでなく、少人数用のコテージや、テニスコートまで完備されていた。山の頂上付近を一蹴するウォーキングコースもあるらしい。
 この時期は日中の花見客こそ多いが、レジャー施設として利用されるのは夏からが本番。貸し切り状態だった。

「英さん、これは米沢牛かい、それとも尾花沢牛?」

 クーラーボックスを物色していた合歓が黄色い声を上げる。ドライアイスの蒸気が立ち昇る中、喜々として腕を掻き回している様は、さながら魔女のようだ。

「残念、山形牛よ」

 網の上に手を翳して熱を確認しながら、英が振り返る。

「ちぇ。違うのかい」
「こらこら、れっきとした山形ブランドの黒毛和牛なんだから。嫌なら食べなくていいのよ?」
「は、外れたことにがっかりしただけだもーん!」

 合歓はばっと居住まいを正して良い子アピールを取り繕った。紙皿やコップを出していたアイリスが、頭痛を堪えるようにため息吐いている。
 まさかの晩餐に、右近は驚いていた。

「もしかして、山形に帰ってからわざわざ戻ってきてくれたんですか?」

 元々、母の件などの対応のためにこちらへ延泊すると聞いていたため、てっきりそのつもりで甘えていた。気を遣わせてしまったのなら、申し訳なく思う。
 それに、英はいつもの笑顔で手を払う。

「いいのよ、私が行ったわけじゃないし。医者の知り合いが、こっちで学会があるって言うから、ついでに買ってきてーって頼んだの。私は駅で受け取って、会場までのアシをしただけ」

 随分とフランクな関係性の匂いを嗅ぎつけ、合歓が「男か!」と立ち上がったが、「残念、女よ」と一蹴された。またも外れたらしい。

「では、その方によろしくお伝えください」

 英は軽い調子でオッケーと答えると、合歓から肉のパックを受け取って、網の上に置いた。
 肉の焼ける瑞々しい音がリズミカルに鳴り、辺りに香ばしい匂いが漂っていく。
 人数分の飲み物を持ってきたアイリスは、不思議そうに鉄板の上を一瞥した。

「水を差したいわけではないのですけれど、大丈夫ですの? 喪に服すところでしょう」
「別に、宗派によっては生物ナマモノ生物セイブツも制限はないよ。せっかくのバーベキューで野菜だけ焼けってのかい、ダンテ・アイリスギエリ」
「……はい?」
「合歓は野菜嫌いなので、それを地獄だと言いたいみたいです」

 怪訝な顔で目を瞬かせるアイリスに、右近は補足した。彼女は数秒考えた後で、ああ、と納得したように頷く。

「心霊や怪異を相手取っていると、そうも言ってられないわよ? 食べられる時に精を付けておかないと」
「それは貴女の職務が特殊過ぎるのです……」

 アイリスは困り果てて、何も言うまいと諸手を挙げた。
 実際、英の仕事だけならず、遺顔絵師としても危険は付き物だった。人間社会の公的な記録に残せない治外法権の日常。食わねば死、とは決して大袈裟ではない。

「あまり考えすぎるとハゲるぞアイリス。ほれ、あーん」
「レディに向かって禿だなんて失礼――あむ」

 憎まれ口も、特上の肉には勝てなかった。
 満足そうに勝利の余韻に浸っていた合歓だったが、ふと何かを思いついたように、こちらを見てあっぱ口を開ける。

「はいはい」

 右近は網の上からいい焼き加減のものを選んで、たれに潜らせてから合歓に差し出した。
 至極ご満悦に頭を揺らして咀嚼すると、彼女は次に英を見た。

「どうして私を見るのよ。せっかくなんだから、彼に食べさせてもらいなさい」
「違う違う。私からアイリスにあーんをした。右近くんから私にあーんをした。なら次は英さんから右近くんにあーんする流れだろう」
「……常々思っていたのですけれど、彼女が時折バカになるのはどうしてですの?」

 アイリスが耳打ちをしてくる。右近は乾いた笑いを浮かべるばかりで、何とも言えなかった。

「聞こえてるぞー? 言っておくけれど、その次はアイリスから英さんにだ。モデル系美女とバリキャリ美女の掛け合いはご飯が進むぞ。よし、絵に描こう!」
「やめなさい」

 ポーズだけのおふざけだとは解っているが、右近は一応、合歓の首根っこを掴んでおいた。
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