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第一章 壊せないカンゾウ
弔えぬ念
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右近たちがアトリエの前まで帰ってきた時、ちょうど対面からやってきたスポーツカーがパッシングをしてきた。車の頭を振りながら、運転席のウィンドウを開けて女性が顔を出す。
「こんにちは、二人とも。もしかして予定を切り上げさせちゃったかしら?」
「気にしないでいいよ。散歩のようなものだったからね」
良かったと、サングラスを外して微笑んだのは、長南英。ショートボブで快活に整え、きりっと引き締まった眼差しが知性を醸し出している。実際に、彼女の肩書は刑事だ。
車を来客用ガレージに入れるのを待って、一緒に階段を上がる。
「英さんこそ、車で来るとは珍しいね。高速でも五時間くらいかかったんじゃないかい?」
「ちょっとこっちに用があってね。小回りが利いた方が楽なのよ。先に伝えておくと、今日の件の他に、もう一件頼むことになりそう」
英は体のラインに沿ったシャープなスーツを軽やかに着こなしていた。靴音のリズムも一定で、まるで海外ドラマの一幕を切り取ったような風格がある。
「むごい事件が……多いんですね」
「私のところにまで話が回るくらいのものなると、本当やるせないわ」
やり場のない感情に目を細くして、英は小さく嘆息した。
彼女のいう『私のところ』というのは、警察組織内で『捜査十三課』と呼ばれている、心霊現象や怪異絡みの事件を専門とする陰の捜査班のことである。遺顔絵師の仕事も、死者の魂に会ってその絵を描くという公的には在り得ないもののため、英を経由することが多い。
鍵を開けて招き入れたところで、何かを思い出したように声を漏らした彼女から、鞄と一緒に持ってきていた小さな保冷バッグを手渡された。
「はいこれ、差し入れ。良かったら食べて」
「おお、牛肉どまんなか弁当じゃないか!」
横からファスナーを開けてきた合歓の声が、わっと跳ねた。英の拠点である霊峰月山のお膝元・山形県の名物駅弁である。県ブランド米に、米沢仕立ての牛肉をぎっしり詰め込んだ逸品だ。
「車内クーラーも回してきたけれど、一応、食べる前に傷んでないか確認はしてね」
「大丈夫だよ。私の懸念点は、ただ一つ、煮物とたくあんだ」
「そこは好き嫌いせずに食べてください」
冷蔵庫に移しながら、右近は今夜繰り広げられるだろう攻防戦を想像して、頭痛を堪えた。
コーヒーを用意してリビング――今は応接室と呼んだ方がいいだろうか――へ戻ると、合歓と机を挟んで、英が資料のファイルを拡げているところだった。
「どうぞ、コーヒーです。あと、保冷バッグも」
「ありがとう。木蔦くんも来たことだし、説明を始めるわね」
資料の中から一枚を、指先でつうと前に押し出す。それはどうやら、企業のパンフレットのようだった。表紙には『柿津畑建設』と書かれている。
「柿津畑建設なら知ってるよ、ナントカって特許技術を取ったとかで、若社長が頑張っているところだろ。ここを建ててくれたのもそこだ」
「あら奇遇ね。依頼主は現社長、柿津畑一樹さんよ」
「現社長……ということは、遺影を描く対象は、前社長ですか?」
訊ねると、英はビンゴと指を鳴らした。
「一樹さんには、葉二さんという弟がいたの。その人が前社長」
「うへえ、きな臭い匂いがしてきたぞ。弟に社長の座を取られた怨恨とかじゃあないだろうな」
「安心して。鑑識の報告でそれは否定されているから」
コーヒーで舌を潤しながら、英は別の資料を差し出した。
二階建ての家の写真だった。ひどく焼け落ちていて、壁の塗装の色さえ見て取れない。窓はところどころサッシすらなく、生え変わった庭の草木の緑との対比が痛々しい。
「五年前、葉二さんの煙草の不始末が原因で全焼。冬の乾燥した空気と、深夜だったこともあって、近所の人が気付いた時には手遅れだったみたい」
「待て、五年前? 今日まで葬儀をほったらかしていたのかい」
「いいえ、すぐに執り行われたわ。ただ社長の話では、棺は空でやったそうよ。遺影も、まともなのは社内報に使っていた葉二さんの写真だけ。妻の綾芽さんは借りてきた学生時代の卒業アルバムからで、当時三歳だった双子のお子さんに至っては……」
英はそこで言葉を濁した。その先は聞かなくても想像はできた。大切な我が子だ。家さえ無事ならば、写真は余るほどあっただろうが。
「葬儀は済んでいるんですよね。なのに、五年経った今になって、どうして遺顔絵を?」
「それがねえ……この家、取り壊せないらしいのよ」
「取り壊せないって、どういうことですか?」
「そりゃあ右近くん、平将門の首塚と同じ現象だろう」
合歓の言葉をにわかには信じたくなくて、右近は英に視線を向けたが、返ってきたのは無慈悲にも肯定の眼差しだった。
「はじめは重機が倒れる程度――程度というのも変な話なのだけれど。最近では、社員が取り壊しの計画書を作ろうとした時点で、体調不良を訴えるまでになったそうよ」
「すごいな。それだけの執念が、この家に燻ぶったまま遺っているのか」
「でも妙ですよね。恨んでいるとしたら、弟さんに社長の座を奪われた側の、現社長では?」
右近が訊ねると、合歓は焼け跡の写真を見ながら難しい顔で唸った。
「背景事情が読み切れないね。霊障らしき現象があるから、まだ霊は彷徨っているんだろうけれど。遺顔絵を描くには、その原因を払拭して、綺麗な顔に戻ってもらう必要があるんだ」
「了解。柿津畑社長にアポを取ってみるわ」
「助かる。右近くんはバースデイケーキの手配を。四人家族だから、今日は五号でいこうか」
「かしこまりました」
画材の用意のために作業部屋に向かった合歓を見送るともなく、右近と英はめいめいに電話へと取り掛かった。
別件を抱えている英とは別れ、右近と合歓はタクシーで件の家に向かっていた。
車内から薄々勘付いていたが、周り近所のほとんどが売り家になっている。タクシーの運転手も「バタケンさんも気の毒にねえ」と同情を示してくれていたが、本音ではあまり近寄りたくなさそうだった。
家の外周は柿津畑建設のロゴが入ったパネルとシートで覆われている。それでも正面からはやや手前でタクシーは停められ、料金を払うとすぐに走り去られてしまった。
家の正面で力なく佇んでいた男性が、こちらに気付いて、一度驚いたように目を丸くしてから、深く頭を下げた。パンフレットではまだ三十代ということだったが、心労のせいか白髪交じりで、四十代といわれても頷けるくらいに老け込んでしまっている。
「柿津畑です。本日は、ご足労いただいて大変申し訳ありません」
「姫彼岸です。こちらこそ、急にお呼び立てしてしまい、すみません」
「その、失礼ですが……こちらの方は?」
「彼? ああ、彼はアシスタントの木蔦です。ほら、アシスタント、荷物持ちだ」
「え、ええっ?」
合歓が押し付けて来たキャリーバッグとケーキの箱を、右近は戸惑いながら受け取った。タクシーに乗り込むときにも頑なに自分で持とうとしていたのだが。先方の前で部下をこき使う様子を見せて心証を悪くしても知りませんよという抗議は、胸の中だけにしておく。
「そうだったんですね。ああいや、そうですよね。失敬。姫彼岸さんお一人という先入観が」
しかし柿津畑は、気を悪くした様子はなかった。むしろ気を遣ったような、気丈な笑みを浮かべてくれている。
「お気になさらず。それよりも、気を悪くされるかもしれませんが。この町はもしかして?」
「お察しの通り、事実上のゴーストタウンです。皆さん気味悪がって出て行かれました。一応は、格安で一軒家を手に入れられるとして、ちらほら移住者もおられますが」
心霊スポットにならないだけ救いですと、柿津畑は力なく肩を落とした。
「ここを遊び半分で訪れた若者たちは、敷地に踏み入ろうとした時点で、立ったまま失神するんだそうです。ほんの数秒で目を覚ませるみたいですが……いくつか霊能者に頼ってみましたがダメで。そんな時、長南刑事から姫彼岸さんを紹介していただきました」
「ご期待に添えるか確約はしかねますが、話を伺って胸を痛めていたところです。善処します」
合歓の言葉に、柿津畑はほっと胸を撫で下ろした。
右近は心霊スポット化未遂の話を聞いた直後でおっかなびっくりとしながら、敷地の境界線に爪先を入れる。しかし、合歓は颯爽と跨いで行ってしまった。
「ちょ、ちょちょ、合歓さん! 危ないですよ」
「別に巫山戯半分や物見遊山で来たわけじゃあないんだ。堂々としたまえよ」
「それはそうですけれど……」
両足を敷地内に入れてから、一呼吸置いてみる。何事もないことを確認してから、ようやく普段通りの歩幅で合歓の後を追うことができた。
一行が玄関前まで辿り着くと、まるでこちらを迎え入れるように、焼けて歪んだドアが開いた。炭化した表面が乾いた音を立てて、コンクリートの上に跡を付ける。
右近はふと、視線を感じて上階を見上げた。吹き抜け状態の窓辺から、焦がしたベーコンのような肌のヒトガタがこちらを見下ろしている。髪も完全に燃えてしまったか、爛れた肌に張り付いているか、性別などの判断は出来かねるが、身長から考えれば両親のどちらかだろう。
こちらと目が合うと、彼ないし彼女は、すぐに消えてしまった。
「合歓さん、今の見ましたか?」
「ああ、歓迎されているらしいね。柿津畑さん、あなたも『視える人』ですよね。誰だったかは判別できますか?」
「いいえ、そこまでは。葉二には、私が勢い余って『殺してやる』と言ってしまったことがあります。実は綾芽は私たち兄弟の幼馴染なのですが……結婚前夜に、どうして葉二の方を選んだのかと罵ってしまったことも。どちらが私を恨んでいても不思議じゃない」
後悔を噛みしめるように涙を浮かべて項垂れる柿津畑の背中を、合歓が優しく叩いた。
「もしそのつもりなら、取り壊しの妨害なんてせずに、直接あなたが狙われていますよ」
気休めにしては物騒なジョークを言うと、合歓は先導するように玄関の敷居を跨いだ。
「こんにちは、二人とも。もしかして予定を切り上げさせちゃったかしら?」
「気にしないでいいよ。散歩のようなものだったからね」
良かったと、サングラスを外して微笑んだのは、長南英。ショートボブで快活に整え、きりっと引き締まった眼差しが知性を醸し出している。実際に、彼女の肩書は刑事だ。
車を来客用ガレージに入れるのを待って、一緒に階段を上がる。
「英さんこそ、車で来るとは珍しいね。高速でも五時間くらいかかったんじゃないかい?」
「ちょっとこっちに用があってね。小回りが利いた方が楽なのよ。先に伝えておくと、今日の件の他に、もう一件頼むことになりそう」
英は体のラインに沿ったシャープなスーツを軽やかに着こなしていた。靴音のリズムも一定で、まるで海外ドラマの一幕を切り取ったような風格がある。
「むごい事件が……多いんですね」
「私のところにまで話が回るくらいのものなると、本当やるせないわ」
やり場のない感情に目を細くして、英は小さく嘆息した。
彼女のいう『私のところ』というのは、警察組織内で『捜査十三課』と呼ばれている、心霊現象や怪異絡みの事件を専門とする陰の捜査班のことである。遺顔絵師の仕事も、死者の魂に会ってその絵を描くという公的には在り得ないもののため、英を経由することが多い。
鍵を開けて招き入れたところで、何かを思い出したように声を漏らした彼女から、鞄と一緒に持ってきていた小さな保冷バッグを手渡された。
「はいこれ、差し入れ。良かったら食べて」
「おお、牛肉どまんなか弁当じゃないか!」
横からファスナーを開けてきた合歓の声が、わっと跳ねた。英の拠点である霊峰月山のお膝元・山形県の名物駅弁である。県ブランド米に、米沢仕立ての牛肉をぎっしり詰め込んだ逸品だ。
「車内クーラーも回してきたけれど、一応、食べる前に傷んでないか確認はしてね」
「大丈夫だよ。私の懸念点は、ただ一つ、煮物とたくあんだ」
「そこは好き嫌いせずに食べてください」
冷蔵庫に移しながら、右近は今夜繰り広げられるだろう攻防戦を想像して、頭痛を堪えた。
コーヒーを用意してリビング――今は応接室と呼んだ方がいいだろうか――へ戻ると、合歓と机を挟んで、英が資料のファイルを拡げているところだった。
「どうぞ、コーヒーです。あと、保冷バッグも」
「ありがとう。木蔦くんも来たことだし、説明を始めるわね」
資料の中から一枚を、指先でつうと前に押し出す。それはどうやら、企業のパンフレットのようだった。表紙には『柿津畑建設』と書かれている。
「柿津畑建設なら知ってるよ、ナントカって特許技術を取ったとかで、若社長が頑張っているところだろ。ここを建ててくれたのもそこだ」
「あら奇遇ね。依頼主は現社長、柿津畑一樹さんよ」
「現社長……ということは、遺影を描く対象は、前社長ですか?」
訊ねると、英はビンゴと指を鳴らした。
「一樹さんには、葉二さんという弟がいたの。その人が前社長」
「うへえ、きな臭い匂いがしてきたぞ。弟に社長の座を取られた怨恨とかじゃあないだろうな」
「安心して。鑑識の報告でそれは否定されているから」
コーヒーで舌を潤しながら、英は別の資料を差し出した。
二階建ての家の写真だった。ひどく焼け落ちていて、壁の塗装の色さえ見て取れない。窓はところどころサッシすらなく、生え変わった庭の草木の緑との対比が痛々しい。
「五年前、葉二さんの煙草の不始末が原因で全焼。冬の乾燥した空気と、深夜だったこともあって、近所の人が気付いた時には手遅れだったみたい」
「待て、五年前? 今日まで葬儀をほったらかしていたのかい」
「いいえ、すぐに執り行われたわ。ただ社長の話では、棺は空でやったそうよ。遺影も、まともなのは社内報に使っていた葉二さんの写真だけ。妻の綾芽さんは借りてきた学生時代の卒業アルバムからで、当時三歳だった双子のお子さんに至っては……」
英はそこで言葉を濁した。その先は聞かなくても想像はできた。大切な我が子だ。家さえ無事ならば、写真は余るほどあっただろうが。
「葬儀は済んでいるんですよね。なのに、五年経った今になって、どうして遺顔絵を?」
「それがねえ……この家、取り壊せないらしいのよ」
「取り壊せないって、どういうことですか?」
「そりゃあ右近くん、平将門の首塚と同じ現象だろう」
合歓の言葉をにわかには信じたくなくて、右近は英に視線を向けたが、返ってきたのは無慈悲にも肯定の眼差しだった。
「はじめは重機が倒れる程度――程度というのも変な話なのだけれど。最近では、社員が取り壊しの計画書を作ろうとした時点で、体調不良を訴えるまでになったそうよ」
「すごいな。それだけの執念が、この家に燻ぶったまま遺っているのか」
「でも妙ですよね。恨んでいるとしたら、弟さんに社長の座を奪われた側の、現社長では?」
右近が訊ねると、合歓は焼け跡の写真を見ながら難しい顔で唸った。
「背景事情が読み切れないね。霊障らしき現象があるから、まだ霊は彷徨っているんだろうけれど。遺顔絵を描くには、その原因を払拭して、綺麗な顔に戻ってもらう必要があるんだ」
「了解。柿津畑社長にアポを取ってみるわ」
「助かる。右近くんはバースデイケーキの手配を。四人家族だから、今日は五号でいこうか」
「かしこまりました」
画材の用意のために作業部屋に向かった合歓を見送るともなく、右近と英はめいめいに電話へと取り掛かった。
別件を抱えている英とは別れ、右近と合歓はタクシーで件の家に向かっていた。
車内から薄々勘付いていたが、周り近所のほとんどが売り家になっている。タクシーの運転手も「バタケンさんも気の毒にねえ」と同情を示してくれていたが、本音ではあまり近寄りたくなさそうだった。
家の外周は柿津畑建設のロゴが入ったパネルとシートで覆われている。それでも正面からはやや手前でタクシーは停められ、料金を払うとすぐに走り去られてしまった。
家の正面で力なく佇んでいた男性が、こちらに気付いて、一度驚いたように目を丸くしてから、深く頭を下げた。パンフレットではまだ三十代ということだったが、心労のせいか白髪交じりで、四十代といわれても頷けるくらいに老け込んでしまっている。
「柿津畑です。本日は、ご足労いただいて大変申し訳ありません」
「姫彼岸です。こちらこそ、急にお呼び立てしてしまい、すみません」
「その、失礼ですが……こちらの方は?」
「彼? ああ、彼はアシスタントの木蔦です。ほら、アシスタント、荷物持ちだ」
「え、ええっ?」
合歓が押し付けて来たキャリーバッグとケーキの箱を、右近は戸惑いながら受け取った。タクシーに乗り込むときにも頑なに自分で持とうとしていたのだが。先方の前で部下をこき使う様子を見せて心証を悪くしても知りませんよという抗議は、胸の中だけにしておく。
「そうだったんですね。ああいや、そうですよね。失敬。姫彼岸さんお一人という先入観が」
しかし柿津畑は、気を悪くした様子はなかった。むしろ気を遣ったような、気丈な笑みを浮かべてくれている。
「お気になさらず。それよりも、気を悪くされるかもしれませんが。この町はもしかして?」
「お察しの通り、事実上のゴーストタウンです。皆さん気味悪がって出て行かれました。一応は、格安で一軒家を手に入れられるとして、ちらほら移住者もおられますが」
心霊スポットにならないだけ救いですと、柿津畑は力なく肩を落とした。
「ここを遊び半分で訪れた若者たちは、敷地に踏み入ろうとした時点で、立ったまま失神するんだそうです。ほんの数秒で目を覚ませるみたいですが……いくつか霊能者に頼ってみましたがダメで。そんな時、長南刑事から姫彼岸さんを紹介していただきました」
「ご期待に添えるか確約はしかねますが、話を伺って胸を痛めていたところです。善処します」
合歓の言葉に、柿津畑はほっと胸を撫で下ろした。
右近は心霊スポット化未遂の話を聞いた直後でおっかなびっくりとしながら、敷地の境界線に爪先を入れる。しかし、合歓は颯爽と跨いで行ってしまった。
「ちょ、ちょちょ、合歓さん! 危ないですよ」
「別に巫山戯半分や物見遊山で来たわけじゃあないんだ。堂々としたまえよ」
「それはそうですけれど……」
両足を敷地内に入れてから、一呼吸置いてみる。何事もないことを確認してから、ようやく普段通りの歩幅で合歓の後を追うことができた。
一行が玄関前まで辿り着くと、まるでこちらを迎え入れるように、焼けて歪んだドアが開いた。炭化した表面が乾いた音を立てて、コンクリートの上に跡を付ける。
右近はふと、視線を感じて上階を見上げた。吹き抜け状態の窓辺から、焦がしたベーコンのような肌のヒトガタがこちらを見下ろしている。髪も完全に燃えてしまったか、爛れた肌に張り付いているか、性別などの判断は出来かねるが、身長から考えれば両親のどちらかだろう。
こちらと目が合うと、彼ないし彼女は、すぐに消えてしまった。
「合歓さん、今の見ましたか?」
「ああ、歓迎されているらしいね。柿津畑さん、あなたも『視える人』ですよね。誰だったかは判別できますか?」
「いいえ、そこまでは。葉二には、私が勢い余って『殺してやる』と言ってしまったことがあります。実は綾芽は私たち兄弟の幼馴染なのですが……結婚前夜に、どうして葉二の方を選んだのかと罵ってしまったことも。どちらが私を恨んでいても不思議じゃない」
後悔を噛みしめるように涙を浮かべて項垂れる柿津畑の背中を、合歓が優しく叩いた。
「もしそのつもりなら、取り壊しの妨害なんてせずに、直接あなたが狙われていますよ」
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