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第四章 ロクドウツジ
(7)星にかけた願い
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「愛しているんです。今でも」
微笑むと、季咲さんはんあ、と変な声を出して、危うくカーブを曲がり切れないところだった。落ち着いた人だと思っていたけれど、こんな顔するんだ。
「これはこれは、御馳走様。うん、あいつが虜になるわけだ」
愉快そうに膝を打つ。それから彼女は、カーステレオの音量ミュートを解除した。狙いすましたように、『風に立つライオン』のアウトロ。アメイジング・グレイスのアレンジ。
そういえば、お姉さんもさだまさしが好きだって、言っていたっけ。
途中で車をコンビニに止めて、季咲さんが外へタバコを吸いに行った。流れる曲に耳を傾けながら、ミラー越しのタバコの火を、ぼうっと眺める。
マルボロ。その名前の由来は『人は本当の愛を見つけるために恋をする』。
恋は、もうしてる。あとは愛を見つけるだけなんだけれど。
私は自分で解釈した『愛』の定義に納得をしたいんじゃない。たとえば、恋の行きつく先が愛なのか、とか、ある日突然生まれるのか、とか。後者なら恋と愛は両立されるのか、だとか、そんなものは必要なくて。栄助さんと一緒でなければ辿り着けない景色が見たい。
宝探しは一人でやっても面白くないのに。
まったく、肝心な時に、いないんだから。
戻ってきた季咲さんは、アクセルを踏みながら、そういえば、と手を打った。
「冬子ちゃんは、卒業したらどうするの。美容師の学校?」
ああ、もう、妬ける。栄助さんはどこまで話しているのやら。
「はい。仙台の専門学校に通う予定です」
「そっか、じゃあ、うちに住みなよ。奈緒ちゃんも実家を継ぐ勉強をするために帰るし、そうすると、部屋、一個空くしさ。たまーに、学校で習った技術で、私の髪を切ってくれればいい」
「髪は……ごめんなさい、できません」
頭を下げると、季咲さんは「うん?」と首を傾げた。
「学校以外で初めて切る髪は、栄助さん、って決めているので」
「くっ、ははは、あははははっ! そりゃそうだ、そうだね、うん。ごめんごめん」
ひとしきり笑ってから、やっぱり彼みたいな、真剣な瞳になった。
「うちに住むこと自体を断られたら、どうしようかと思ったよ」
「どうして。穀潰しはいない方がいいでしょう」
「穀潰しって……栄助みたいな言い回しするんだねえ。まあ、ここが、そのバカの一番バカなところなんだけれどさ。多分、君の体はもう、君だけのものじゃあないから」
目を閉じる。うん、気づいては、いた。
来なかった日に、あれっ、て思って。『シンデレラ』の甘酸っぱさが無性に欲しくなって、やっぱり、って思って。だから栄助さんに、お嫁さんになる権利、なんてとんでもないものをおねだりした。
さっき、季咲さんがわざわざ外にタバコを吸いに行ったのも、気づいてしまったんだろうなって。なんとなく、予感はしていた。
「せっかく弟に嫁ができて、姪だか甥だかは判らないけれど、まあそんな生命の奇跡とやらを拝めるんだ。義姉面をしてみたいしね」
「はい。不束者ですが。存分に」
そう言うと、季咲さんは「準備は長くなるぞ」と遠くを見つめた。
「本当に、長くなるぞ」
声が、少し湿っぽい。当たり前だ。大切な家族がいないんだから。気を揉まない姉なんて、いない。
私じゃあ、その穴を埋めることはできないけれど。穴を埋めるためのものの、拠り所にはなることができる。そうなりたいと、思っている。
「季咲さん。車の中、匂い付けてもいいですか」
「ん、ああ、うん。やっぱ、タバコ臭かったかな」
「そういうことではないので、ご安心を」
くたびれた鞄の奥底から、大切なものを取り出す。
雨が入らないように少しだけ窓を開けて、首元に一吹き。
「バラ……いや、チェリーブロッサムかな。いい香りだね。」
「でしょう。栄助さんが選んでくれたんです」
「あ、じゃあ、今のナシ」
「認められません」
弱まって来た雨音をさらに追いやるように、笑い合う。
今はまだ、羽ばたき方も分からないから。風を受けないと墜落してしまいそうだけれど。だからこそ、毎日、毎日、体に染み込ませるくらいに追い風の用意をしなきゃいけない。
彼が私にしてくれたように。今度は、私が彼のことを迎えに行く番。イザナギとイザナミの、交代。その日までに、据え膳の味付け、上手くなっておくから。
「季咲さんに、お願いがあるんですけれど」
「あいつが戻ってくるまで夜は慰めてくれ、っての以外なら、お安い御用だよ」
「なんですか、それ」
少し、面白そうと思ってしまった自分が憎い。
ごめんなさい栄助さん。一瞬、浮気しました。
「そうじゃなくて、この子の名前。栄助さんの代わりに、一緒に考えてくれませんか」
「おお、やるやる。考える。っていうか、あいつの息子の名前なら、おススメがあるよ」
とびっきりの悪戯を思いついた子供のように、にいっ、と歯を見せて、季咲さんはそれを教えてくれた。
後になって、旅館のチェックイン時刻に滑り込んでから、温泉に飛び込みたいのを堪えながらの彼女に、いそいそと種明かしをされるのだけれど。
「素敵。いいですね」
むしろ、一層、そう思って。男の子がいいなって、思ったから。
露天風呂から見上げた星空に、願いをかけた。
微笑むと、季咲さんはんあ、と変な声を出して、危うくカーブを曲がり切れないところだった。落ち着いた人だと思っていたけれど、こんな顔するんだ。
「これはこれは、御馳走様。うん、あいつが虜になるわけだ」
愉快そうに膝を打つ。それから彼女は、カーステレオの音量ミュートを解除した。狙いすましたように、『風に立つライオン』のアウトロ。アメイジング・グレイスのアレンジ。
そういえば、お姉さんもさだまさしが好きだって、言っていたっけ。
途中で車をコンビニに止めて、季咲さんが外へタバコを吸いに行った。流れる曲に耳を傾けながら、ミラー越しのタバコの火を、ぼうっと眺める。
マルボロ。その名前の由来は『人は本当の愛を見つけるために恋をする』。
恋は、もうしてる。あとは愛を見つけるだけなんだけれど。
私は自分で解釈した『愛』の定義に納得をしたいんじゃない。たとえば、恋の行きつく先が愛なのか、とか、ある日突然生まれるのか、とか。後者なら恋と愛は両立されるのか、だとか、そんなものは必要なくて。栄助さんと一緒でなければ辿り着けない景色が見たい。
宝探しは一人でやっても面白くないのに。
まったく、肝心な時に、いないんだから。
戻ってきた季咲さんは、アクセルを踏みながら、そういえば、と手を打った。
「冬子ちゃんは、卒業したらどうするの。美容師の学校?」
ああ、もう、妬ける。栄助さんはどこまで話しているのやら。
「はい。仙台の専門学校に通う予定です」
「そっか、じゃあ、うちに住みなよ。奈緒ちゃんも実家を継ぐ勉強をするために帰るし、そうすると、部屋、一個空くしさ。たまーに、学校で習った技術で、私の髪を切ってくれればいい」
「髪は……ごめんなさい、できません」
頭を下げると、季咲さんは「うん?」と首を傾げた。
「学校以外で初めて切る髪は、栄助さん、って決めているので」
「くっ、ははは、あははははっ! そりゃそうだ、そうだね、うん。ごめんごめん」
ひとしきり笑ってから、やっぱり彼みたいな、真剣な瞳になった。
「うちに住むこと自体を断られたら、どうしようかと思ったよ」
「どうして。穀潰しはいない方がいいでしょう」
「穀潰しって……栄助みたいな言い回しするんだねえ。まあ、ここが、そのバカの一番バカなところなんだけれどさ。多分、君の体はもう、君だけのものじゃあないから」
目を閉じる。うん、気づいては、いた。
来なかった日に、あれっ、て思って。『シンデレラ』の甘酸っぱさが無性に欲しくなって、やっぱり、って思って。だから栄助さんに、お嫁さんになる権利、なんてとんでもないものをおねだりした。
さっき、季咲さんがわざわざ外にタバコを吸いに行ったのも、気づいてしまったんだろうなって。なんとなく、予感はしていた。
「せっかく弟に嫁ができて、姪だか甥だかは判らないけれど、まあそんな生命の奇跡とやらを拝めるんだ。義姉面をしてみたいしね」
「はい。不束者ですが。存分に」
そう言うと、季咲さんは「準備は長くなるぞ」と遠くを見つめた。
「本当に、長くなるぞ」
声が、少し湿っぽい。当たり前だ。大切な家族がいないんだから。気を揉まない姉なんて、いない。
私じゃあ、その穴を埋めることはできないけれど。穴を埋めるためのものの、拠り所にはなることができる。そうなりたいと、思っている。
「季咲さん。車の中、匂い付けてもいいですか」
「ん、ああ、うん。やっぱ、タバコ臭かったかな」
「そういうことではないので、ご安心を」
くたびれた鞄の奥底から、大切なものを取り出す。
雨が入らないように少しだけ窓を開けて、首元に一吹き。
「バラ……いや、チェリーブロッサムかな。いい香りだね。」
「でしょう。栄助さんが選んでくれたんです」
「あ、じゃあ、今のナシ」
「認められません」
弱まって来た雨音をさらに追いやるように、笑い合う。
今はまだ、羽ばたき方も分からないから。風を受けないと墜落してしまいそうだけれど。だからこそ、毎日、毎日、体に染み込ませるくらいに追い風の用意をしなきゃいけない。
彼が私にしてくれたように。今度は、私が彼のことを迎えに行く番。イザナギとイザナミの、交代。その日までに、据え膳の味付け、上手くなっておくから。
「季咲さんに、お願いがあるんですけれど」
「あいつが戻ってくるまで夜は慰めてくれ、っての以外なら、お安い御用だよ」
「なんですか、それ」
少し、面白そうと思ってしまった自分が憎い。
ごめんなさい栄助さん。一瞬、浮気しました。
「そうじゃなくて、この子の名前。栄助さんの代わりに、一緒に考えてくれませんか」
「おお、やるやる。考える。っていうか、あいつの息子の名前なら、おススメがあるよ」
とびっきりの悪戯を思いついた子供のように、にいっ、と歯を見せて、季咲さんはそれを教えてくれた。
後になって、旅館のチェックイン時刻に滑り込んでから、温泉に飛び込みたいのを堪えながらの彼女に、いそいそと種明かしをされるのだけれど。
「素敵。いいですね」
むしろ、一層、そう思って。男の子がいいなって、思ったから。
露天風呂から見上げた星空に、願いをかけた。
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