アマツヘグイ

雨愁軒経

文字の大きさ
上 下
32 / 38
第四章 ロクドウツジ

〈2〉断る理由なんてないわ

しおりを挟む
「俺達に話を聞きに来たんですか?」
「いや、懐かしかったから見学に来ただけ」
「え……」
「俺、ここの卒業生だから」
 紘彬が部室を見回しながら答えた。

「先輩ってことですか?」
「そ。可愛い後輩達の顔見に来たんだ」
 紘彬の言葉に反応に困った一史達は顔を見合わせた。
「ここんとこ部活出来なかったんだって? これ以上邪魔しちゃ悪いから帰るよ」
 紘彬はそう言ってから、
「あ、でも、それ渡してもらえるか?」
 聖子が持っていた紙を指した。
 差し出された紙を如月が手袋をめた手で受け取ると部室を後にした。

「あんなこと言ってたけど、刑事さんがあれ持って行ったってことはホントに見立て殺人って事?」
 弥奈が不安そうに言った。
「ここの部員が狙われ……」
「バカなこと言うんじゃない!」
 垂水が厳しい声で弥奈の言葉をさえぎる。

「でも、ここの部員の名字、被枕ひまくらにある名前ばかりだよねぇ」
 弥奈がそう言うと、
「え、朝霞に掛かる枕詞ってあった?」
 耕太が言った。
「朝霞は聞いたことないけど……」
「じゃあ、朝霞さんだけは大丈夫ってこと?」
 弥奈と耕太の言葉に部員達の疑うような視線が由衣に集まる。

「わ、わたしは……」
 由衣が慌てる。
「見立てが出来るほど和歌に詳しいのに自分だけ被害者から外れたら疑ってくれって言うようなものでしょ。それに結城だってないし」
 聖子がバカバカしいというように言った。
「え、あたしですか!?」
 今度は結城が狼狽うろたえたように言った。
「他にも無い人がいるって意味よ」
 聖子はぴしゃりと言って結城の言葉をさえぎった。
「…………」
 一史は何も言わずに全員の表情を見ていた。

「いい加減にしろ。部活を始めるぞ」
 垂水がそう言ったが部員達は心ここにあらずと言った様子で皆集中出来なかった。

 部活が終わり、垂水が職員室に戻ると紘彬と如月が職員室に入ってきた。

「学校を見て回られてたんですか?」
 垂水が訊ねた。
 紘彬のさっきの言葉を間に受けたようだ。
 母校というのは事実だが。

「いえ、署に戻ってたんです」
 小野以外に死亡した生徒がいるという話は聞いていなかった。
 警察署は近くだし、教師達に話を聞くにしても詳しいことは署で調べた方が確実である。
 それで一旦戻って調べてきたのだ。

「見立て殺人と言ってましたね。詳しい話を聞いても?」
「あ、いや、あれは生徒達の冗談で……」
「冗談なら話しても問題ありませんよね」
 如月にそう返されて垂水は言葉にまった。
 垂水は如月にうながされて渋々部活の一環として枕詞を書いた紙のことを説明した。

「その紙、まだありますか?」
 話を聞いた紘彬が垂水に訊ねた。
 垂水は一瞬迷ってから、机の引き出しから紙を取り出す。
「紙に書いてあったのが『あさじうの』で、倒れていた生徒が小野ですか」
 そして今日、部室の机に『ももしきの』と書かれた紙が置いてあった。
 被枕は『大宮』

「小野は棚の下敷きになったんですから事故でしょう?」
 垂水が言った。
「棚を固定している器具が古かったそうですし、細工した後もなかったと聞いてます」
 紘彬は否定も肯定もせずに、
「箱もお預かりしたいんですが」
 と言った。

「桜井さん、どう思いますか?」
 校門から離れたところで如月が紘彬に訊ねた。
 これから警察署に帰るのである。
 如月は枕詞の紙が入っている箱を抱えていた。
 この箱は証拠品である。

「小野と大宮に接点があるかだな。それと大宮が殺人なのかどうか」
 そうなのだ。
 調べてみたが大宮は階段から落ちたのが死因だった。
 駅の階段だから突き飛ばされた可能性もなくはないのだが――。

 わざわざ殺人を示すような紙を置いて連続殺人だと思わせたところでメリットがあるとは思えなかった。

五月二十一日――鞍馬の山――

 垂水は授業を終えて職員室の自分の席に戻った。
 椅子に座るとサプリを出して机の上のペットボトルの水でカプセルを飲み込む。

「それは?」
 カプセルを嚥下えんかした時、背後から声が聞こえた。
 振り返ると紘彬と如月がいた。
「これはビタミン剤ですよ」
 垂水はそう答えてから、
「何か?」
 と紘彬達に訊ねた。

「確認したいことがありまして」
 如月が答える。
「なんでしょうか」
「この箱と紙、先生が作った時のままですか?」
 如月が箱と証拠袋に入った大量の紙を置いた。

 垂水は箱を手に取って改めた。
 箱に変わった点はなかった。

 が――。

「『はるひの』は入れてない」
 垂水が言った。
「どうしてですか?」
「『はるひの』は『万葉集』にしか使用例がないから入れなかったんです」
「『はるのひの』なら……」
「間に『の』が入る場合、被枕は『春日かすが』じゃなくなるんです。ですが生徒達には授業で『はるひの』の被枕は『春日』だって教えてるので……」
 垂水が入れなかったというのが事実なら誰かが入れたと言うことだ。
 と言うことは――。

「部員に春日がいるんですか?」
 そう訊ねると垂水が深刻そうな表情で頷いた。
 紘彬と如月が顔を見合わせる。
 昨日紹介された中にはいない。
「最近休んでたので……」
 垂水が弁解するように答えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

受けさせたい兄と受けたくない妹(フリー台本)

ライト文芸
受験生になった妹がインフルエンザの予防接種を受けに行くことになったが

聖夜のアンティフォナ~君の声は、夜を照らすあかりになる~

雨愁軒経
ライト文芸
ある年の冬。かつて少年ピアニストとして世界を飛び回っていた高校生・天野冬彦は、缶コーヒーを落としたことがきっかけで、聾者の少女・星川あかりと出会う。 冬彦のピアノの音を『聴こえる』と笑ってくれる彼女との、聖夜のささやかな恋物語。 ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・地名とは一切関係ありません。 ※また、この作品には一般に差別用語とされる言葉が登場しますが、作品の性質によるもので、特定の個人や団体を誹謗中傷する目的は一切ございません。ご了承ください。

うちでのサンタさん

うてな
ライト文芸
【クリスマスなので書いてみました。】  僕には人並み外れた、ある能力を持っていた。 それは『物なら一瞬にして生成できてしまう』能力だ。 その能力があれば金さえも一瞬で作れてしまう、正に万能な能力だった。 そして僕はその能力を使って毎年、昔に世話になった孤児院の子供達にプレゼントを送っている。 今年も例年通りにサンタ役を買って出たんだけど…。 僕の能力では到底叶えられない、そんな願いを受け取ってしまう…  僕と、一人の男の子の クリスマスストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

処理中です...