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第七章 聖夜のアンティフォナ

〈2〉

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 星を見るなら夜。
 半日近い時間を持て余すことになった僕たちは、準備と言う名目で一度解散した。
 あかりが帰ったことを確認して、僕は母さんの車に乗せてもらい、再び宝石店に向かっていた。店の自動ドアをくぐると、あの時と同じ店員さんが迎えてくれた。

「いらっしゃいませ……あっ、天野様、お体は大丈夫でしたか」
「はい、すみません。ご迷惑をおかけしました」

 頭を下げる僕に、店員さんは「いえいえ」と手を払い、僕をカウンターへと導いていく。
 ぼうっとした視界の中でも、店内のきらびやかさが目に痛い気がした。視力が悪くなっても明暗に関してはそのまま――いや、より強く感じるようになった気がする。
 あかりは耳が聞こえない分、笑顔や悪意といったものを敏感に感じ取っていたところがあったけれど、その気持ちが分かる気がする。前は営業スマイルと感じた店員さんの笑顔も、今は別の温かさが伝わってきていた。思い過ごしかな。

 僕がカウンター前に腰かけると、店員さんは濃紺の小箱を二つ取り出して、僕の前に置いた。

「こちらが、お選びいただいた商品になります。ご確認ください」

 言われるままにその一つを手に取って、ふたを開く。やっぱり思い過ごしじゃなかった。

「わあ、綺麗だ……」

 目で視ようとしなくても、瀟洒なデザインの方から目に飛び込んでくる。視覚では細部を捉えられていないのだけれど、放たれる風格というか、神聖な雰囲気が心に染みてくるだけで、改めて素敵な物だということを思い知った。

「ルビーのものにしたのね」

 母さんの耳打ちに頷いて返す。大丈夫、見えないけれど「視えて」いる。
 ふたを閉める。目を通せば薄透明にしか見えない宝石を、目に焼き付ける必要はなかった。
 もう一つも確認しておこうと手を伸ばしたところで、小箱を掴んだまま、手が止まった。
 こっちの小箱の方が、手で分かるほどに小さかったんだ。

「箱の大きさが違うんですね?」

 言うと、店員さんの申し訳なさそうな声が降ってくる。

「差し出がましいこととは存じておりますが、お客様の目については、お母様より伺っておりましたので」
「ああ、それで。ありがとうございます」

 中身の大きさが違うのだから、区別ができるのはすごくありがたかった。

「大き目の方が天野様用のサイズになっております。小さい方が、お相手のものです」

 現物の確認を済ませた僕は、会計のために財布を取り出す。
 そういえば、今回の支払いではクレジットカードを使うつもりだけれど、今後は買い物にも苦労しそうだった。もちろんクレジットカードでは、サインがままならないからパス。紙幣であればその下側両端に、千円札なら一本線、五千円札なら八角形の窪み模様があるんだけれど、正直、触ってみてそうそうわかるものじゃなかった。ただATMにも点字はあったから、僕は今後、どうにか紙幣と格闘しなければならないんだろう。
 指点字以外にも、覚えなくちゃならないことが多そうだ。







 すっかり陽も沈んでしまった頃、あかりと合流した僕は、笹丘に向かった。
 母さんも一緒だ。本人としては「何が悲しくて、クリスマスのデートに付いて行かなくちゃいけないのよ」とごねていたけれど、やっぱり突然目が見えなくなってしまったらと考えると、フォローできる人物が一人は欲しかった。

 坂道を徒歩で上らず、直接高台に乗りつける。車を降りると、冷たい風が出迎えてくれた。昼間には降っていた雪も今は止んでいた。空を見上げる。ああ、よく星が見える。
 ぼやけた視界で見る星は、その光が夜空ににじみ出て、プリズムのように優しく輝いているようだ。点の光より、こっちの方が好きかも知れない。

 母さんは目の届く範囲から、あくまでだんまりを決め込むつもりなんだろう。車から降りながらも、さっさとタバコに火を点けて、ボンネットに座り込んでしまった。
 二人になった僕とあかりは、あの日と同じように、笹飾りの台座脇をすり抜けて望遠鏡の下へと向かった。

 あかりは持ってきていた紙袋を足元に置くと、手で筒を作って目に当て、僕を覗き込む。

『どうしたの?』

 訊ねると、あかりは僕の手を取って、指点字を打ち始めた。

『ひこぼしさまをみつけた』
『やめてよ、恥ずかしい』

 照れ隠しに手を払って手話で返すと、あかりは無邪気に笑いながら、手にはあっと息をかけて温めた。僕の手のひらも一緒に。

 気が付けば僕は、星を見る目的を忘れて、あかりをじっと見つめていた。
 いや、目的は忘れていない。ちゃんと僕は、織姫星を見てる。

 ふと、何かを思い出したように手を打ったあかりが、足元に置いていた紙袋を掲げた。その中に入っていたものを取り出して、僕の首に巻きつける。

『マフラー?』

 白と、グレーと……うん、赤。きっとこれは、前にデパートで買っていた毛糸で作られたものなんだろう。とても、

『クリスマスプレゼント』

 暖かくって。温かくって。袖で涙を拭いながら、そのまま突き出していた腕の上で、右手を跳ねさせる。

『ありがとう』
『ふゆひこが、ゆびてんじをつかわなかったら、いみがないでしょ』

 呆れられてしまった。でも、どうしてだろう。あかりの表情は、笑い顔に見える。
 彼女はベンチへと僕の手を引いてくれた。
 ここからは町全体が見渡せる。聖なる夜の雰囲気に当てられて、夜景は活気づいていた。

『みえる?』
『うん、みえるよ』
『あのね』
『うん?』
『もうひとつ、プレゼントがあります』

 あかりは指をもじもじと僕の指に擦り付けて、気恥ずかしそうにはにかんだ。
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