聖夜のアンティフォナ~君の声は、夜を照らすあかりになる~

雨愁軒経

文字の大きさ
上 下
34 / 37
第七章 聖夜のアンティフォナ

〈2〉

しおりを挟む
 星を見るなら夜。
 半日近い時間を持て余すことになった僕たちは、準備と言う名目で一度解散した。
 あかりが帰ったことを確認して、僕は母さんの車に乗せてもらい、再び宝石店に向かっていた。店の自動ドアをくぐると、あの時と同じ店員さんが迎えてくれた。

「いらっしゃいませ……あっ、天野様、お体は大丈夫でしたか」
「はい、すみません。ご迷惑をおかけしました」

 頭を下げる僕に、店員さんは「いえいえ」と手を払い、僕をカウンターへと導いていく。
 ぼうっとした視界の中でも、店内のきらびやかさが目に痛い気がした。視力が悪くなっても明暗に関してはそのまま――いや、より強く感じるようになった気がする。
 あかりは耳が聞こえない分、笑顔や悪意といったものを敏感に感じ取っていたところがあったけれど、その気持ちが分かる気がする。前は営業スマイルと感じた店員さんの笑顔も、今は別の温かさが伝わってきていた。思い過ごしかな。

 僕がカウンター前に腰かけると、店員さんは濃紺の小箱を二つ取り出して、僕の前に置いた。

「こちらが、お選びいただいた商品になります。ご確認ください」

 言われるままにその一つを手に取って、ふたを開く。やっぱり思い過ごしじゃなかった。

「わあ、綺麗だ……」

 目で視ようとしなくても、瀟洒なデザインの方から目に飛び込んでくる。視覚では細部を捉えられていないのだけれど、放たれる風格というか、神聖な雰囲気が心に染みてくるだけで、改めて素敵な物だということを思い知った。

「ルビーのものにしたのね」

 母さんの耳打ちに頷いて返す。大丈夫、見えないけれど「視えて」いる。
 ふたを閉める。目を通せば薄透明にしか見えない宝石を、目に焼き付ける必要はなかった。
 もう一つも確認しておこうと手を伸ばしたところで、小箱を掴んだまま、手が止まった。
 こっちの小箱の方が、手で分かるほどに小さかったんだ。

「箱の大きさが違うんですね?」

 言うと、店員さんの申し訳なさそうな声が降ってくる。

「差し出がましいこととは存じておりますが、お客様の目については、お母様より伺っておりましたので」
「ああ、それで。ありがとうございます」

 中身の大きさが違うのだから、区別ができるのはすごくありがたかった。

「大き目の方が天野様用のサイズになっております。小さい方が、お相手のものです」

 現物の確認を済ませた僕は、会計のために財布を取り出す。
 そういえば、今回の支払いではクレジットカードを使うつもりだけれど、今後は買い物にも苦労しそうだった。もちろんクレジットカードでは、サインがままならないからパス。紙幣であればその下側両端に、千円札なら一本線、五千円札なら八角形の窪み模様があるんだけれど、正直、触ってみてそうそうわかるものじゃなかった。ただATMにも点字はあったから、僕は今後、どうにか紙幣と格闘しなければならないんだろう。
 指点字以外にも、覚えなくちゃならないことが多そうだ。







 すっかり陽も沈んでしまった頃、あかりと合流した僕は、笹丘に向かった。
 母さんも一緒だ。本人としては「何が悲しくて、クリスマスのデートに付いて行かなくちゃいけないのよ」とごねていたけれど、やっぱり突然目が見えなくなってしまったらと考えると、フォローできる人物が一人は欲しかった。

 坂道を徒歩で上らず、直接高台に乗りつける。車を降りると、冷たい風が出迎えてくれた。昼間には降っていた雪も今は止んでいた。空を見上げる。ああ、よく星が見える。
 ぼやけた視界で見る星は、その光が夜空ににじみ出て、プリズムのように優しく輝いているようだ。点の光より、こっちの方が好きかも知れない。

 母さんは目の届く範囲から、あくまでだんまりを決め込むつもりなんだろう。車から降りながらも、さっさとタバコに火を点けて、ボンネットに座り込んでしまった。
 二人になった僕とあかりは、あの日と同じように、笹飾りの台座脇をすり抜けて望遠鏡の下へと向かった。

 あかりは持ってきていた紙袋を足元に置くと、手で筒を作って目に当て、僕を覗き込む。

『どうしたの?』

 訊ねると、あかりは僕の手を取って、指点字を打ち始めた。

『ひこぼしさまをみつけた』
『やめてよ、恥ずかしい』

 照れ隠しに手を払って手話で返すと、あかりは無邪気に笑いながら、手にはあっと息をかけて温めた。僕の手のひらも一緒に。

 気が付けば僕は、星を見る目的を忘れて、あかりをじっと見つめていた。
 いや、目的は忘れていない。ちゃんと僕は、織姫星を見てる。

 ふと、何かを思い出したように手を打ったあかりが、足元に置いていた紙袋を掲げた。その中に入っていたものを取り出して、僕の首に巻きつける。

『マフラー?』

 白と、グレーと……うん、赤。きっとこれは、前にデパートで買っていた毛糸で作られたものなんだろう。とても、

『クリスマスプレゼント』

 暖かくって。温かくって。袖で涙を拭いながら、そのまま突き出していた腕の上で、右手を跳ねさせる。

『ありがとう』
『ふゆひこが、ゆびてんじをつかわなかったら、いみがないでしょ』

 呆れられてしまった。でも、どうしてだろう。あかりの表情は、笑い顔に見える。
 彼女はベンチへと僕の手を引いてくれた。
 ここからは町全体が見渡せる。聖なる夜の雰囲気に当てられて、夜景は活気づいていた。

『みえる?』
『うん、みえるよ』
『あのね』
『うん?』
『もうひとつ、プレゼントがあります』

 あかりは指をもじもじと僕の指に擦り付けて、気恥ずかしそうにはにかんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)

チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。 主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。 ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。 しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。 その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。 「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」 これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...