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第四章 Re:Birth
(7)繋いだバトン
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大会運営の本配信上では、ゲームセット画面から実況席へと切り替わった。主催者でありゲーマーの一人でもあるVtuberと、顔出しもしている有名プロゲーマー二人は、三者三様のリアクションをしている。
運営サイドとしての出演者への心配や、ゲーマーとしての興奮、プロとしての厳しい眼差し。
それでも彼らの口から発された第一声は『優勝おめでとう』だった。
『まずZig-soyさん、今回の大会を振り返っていかがでしたか』
『降下地点から緊迫していましたね。注目していたチームと被らないところを選べたのですが、自分たちが狙われている側だったことは盲点でした。謙虚すぎるのも考え物でしたね』
リーダーのジグが、立ち上がり後の接敵についてユーモア混じりに振り返る。続いて女性Vのアオイへと立ち回りの意識についてマイクが回り、やがて狩人の番が回って来る。
『カリュートさん、目は大丈夫でしょうか?』
「だいぶ落ち着いてきました。ご迷惑おかけしてすんません」
椅子に座り直してモーションキャプチャーを繋げ直したカリュートが、頭を下げる。
『カリュートさんは先日、夢拍症候群であることを告白されましたが……大変な状況の中、最後に踏ん張れた要因などは何でしたか?』
「やっぱり、仲間の存在ですかね」
狩人は気恥ずかしそうに頬を掻いて、まず綺楽々を見て、それから凪たちへと振り返った。
「ジグさんやアオイさんももちろんマジ感謝なんすけど、自分のことのように応援してくれた仲間がもう三人いるんです」
『ほう、ご友人とか?』
「うす、戦友って書いてダチと読むタイプのやつっすね。実は今オレ、最近ちょっと話題になってる夢拍症候群の支援学校に通ってて」
そのセンシティブな発言に、実況席が強張った表情に変わった。カリュートの配信に流れるコメント欄も、驚きや困惑、冷やかしに憎悪というさみだれを集めて、速さを増している。
「……すんません、えぐいのぶっ込んだなって自分でも思います。でも言わせてください。オレたちはこの学校に、あの先生に、仲間たちに、救われたんす。踏ん張れた最大の理由は、間違いなくそれです。仲間たちにバトンを繋ぐために」
真っ直ぐ、ゆっくりと言葉を紡ぐ狩人の真剣な声に、コメント欄の動きがぴたりと止まる。
「あと、もう一つすんません。競技プレイヤーとしてのカリュードは今日で引退になります。これからもゲームには関わりますが、活動形態を変えていくことになります。本大会を見ている皆さん、よければこれからもよろしくお願いします」
『……そうだったんですね。カリュードさん、ありがとうございました』
「ありがとうございました」
狩人はまた頭を下げた。運営とのディスコードが切れたことを確認し、マイクをミュートしてから、ふうっと大きく息を吐いてヘッドホンを外した。
「悪い、さすがに乙花ちゃんのライブの宣伝までは出来んかったわ」
「狩人くん……」
「ま、やることはやったし? 次はお前たちの番。気張れよ!」
そう言って、両こぶしを突き出してくる。キーボードやマウスの操作で力が入り、ところどころ赤くなっている、仕事人の手だった。
それに凪たちは、頷いて拳を突き合わせた。
* * * * *
件の学校にカリュートが通っていたという情報は、あっという間に界隈に広がった。
膨れ上がった噂というのは思っていたよりもずっと嗅覚が鋭く、時を同じくしてライブ配信の告知をしたNANOKAに対しても疑いの目を向けられるのは時間の問題だった。
「すごいな、考察動画まで作られてる……」
迎えた七月七日、七夕の夜。学校のプールサイドに集まってライブのセッティングをする合間にSNSの流れを追っていた凪は、感嘆を漏らした。NANOKAが支援学校に通っている学生だという根拠を並べているゆっくり解説動画のようだ。
夢一匁からの出前で腹ごしらえをしていた乙花は、乙花は既に知っていたように頷いている。
『一曲しか歌わないって言ってる時点でねえ。それよりも凪、その動画のアカウント画像、見覚えない?』
「アカウント……? あっ」
それはかつて路上ライブをしていたNANOKAに対し、大成しないと断じたSNSのアカウントと同じものだった。まさかと思ってチャンネルを見ると、その人はずっと前から時事ニュースの考察系チャンネルを運営していたようだ。
不意に乙花が横からスマホを操作し、例の動画を再生した。シークバーを指で滑らせ、動画の後半部分へジャンプする。
『私はNANOKAさんを応援するぜ!』
『随分な熱の入りようね、そんなに好きなのかしら?』
『実は私はNANOKAさんと思しき人を見たことがあるんだぜ。その時路上ライブをしていたんだが、いつも一曲だけで、歌い終わった後、人目を憚って吐血していたんだ』
『吐血って、歌う人には大変なことじゃないの!』
『今回のカリュートさんの件を聞いて、もしかしたらと思ったんだぜ』
魔女と巫女のキャラクターが、軽快なテンポで会話をしている。
『無駄じゃなかったね』
そう気恥ずかしそうに、乙花は笑った。
「――無駄にしなかった、が正確かな」
井出務が気怠げにあくびをしながら、コンビニ袋を片手にやってくる。今日のライブ配信、機材の扱いに長けた者がいないため、急遽オファーをかけていたのだ。
「努力が報われるとは限らないし、後ろ指を指されることもあるけれど、見てくれる人はいるんだ。その人の印象に残させたのは、他でもない君自身の努力だよ」
彼は乙花の肩にポンと手を置いて「楽しみにしてる」とボソッと声をかけると、足を止めることなく奥へと向かう。
向かう先は、外出許可を出されていた千石の下だった。
「久しぶり、純令。傷の具合はどう?」
「飛んだり跳ねたりしなきゃ平気だってさ。うちの生徒が随分世話になったらしいな」
二人は手を伸ばしても届かないくらいの距離で、視線を交わす。珍しく優しげな声音の井出務は、今日はメイクでもしたのか、クマを隠していた。
「幸せになれた?」
たった一言、井出務が問いかける。それに千石はわずかに目を見開いて、言葉を探すようにはにかんで髪を揺らし、やがてまた彼の方を見て、頷いた。
「こいつらを生徒に持ったんだ。命をかけられるくらいには幸せだよ」
「……冗談は笑いにくいとこ、変わらないね」
井出務は肩を竦めて足を踏み出すと、差し入れだと、袋いっぱいの飴を手渡した。
「お前の受け取る側のことを考えないところも変わらないな。どこに置くんだコレ」
ぶつくさ言いながらも、千石はまんざらでもなさそうにしている。見たことのない彼女の表情に、飛び込み台の1番に並んで腰かけて焼きおにぎりを食べていた狩人たちは、唖然とあっぱ口を開けている。
「はい先生! やっぱりお二人はお付き合いをされていたんですか!?」
「やっぱりとは何だ。学生時代の腐れ縁ってだけだよ」
でも、と食い下がろうとする綺楽々の好奇心は、閻魔のようなひと睨みによって出鼻を挫かれてしまった。ちゃっかり井出務がこちらへ避難してきていたからか、はたまた「やっぱり」の原因を作った者とみなされたか、何故か凪たちも睨まれた。
千石は呆れと照れを誤魔化すように小さく溜息を吐いて、腕時計を見やる。
「配信開始まで三十分を切ったぞ。準備は出来ているのか?」
「それが……照明係が足りないんです」
「はあ?」
「井出務さんが機材で、都築さんがスタイリスト兼カメラ係、俺が絵で……照明の片方は狩人がやることになっているんですが、もう一人が足りません」
今回の配信ライブは、先日清掃をしたプールを用いた屋外ステージになる予定だった。
現在のプランは乙花の要望で、流れ星の光が飛び交うようなイメージにしたいというのがコンセプトになっていた。それを実現するには、ライトを持ってプールサイドを駆け回る男子が二人は欲しい。
「そんなもの、計画段階で人員不足に気付かなかったのか?」
「いえ、気付いてはいたんですけど、乙花が『アテがあるから』って――というかお前もなんか言えって。お前が始めた物語だろ?」
肘でつついて急かしてみたけれど、乙花は落ち着いた様子で『大丈夫、さっき駅に着いたって連絡あったから』と答えた。
「え、駅ぃ……?」
一体どういうことかと、凪が問い詰めようと思った矢先だった。
駆けてくる足音が、プールサイドに飛び込んでくる。
「失礼します! 不肖東雲、ただ今到着しました!」
若い兵隊のようにきびきびとした動作で気を付けをしたのは、頭を丸坊主にした東雲だった。
運営サイドとしての出演者への心配や、ゲーマーとしての興奮、プロとしての厳しい眼差し。
それでも彼らの口から発された第一声は『優勝おめでとう』だった。
『まずZig-soyさん、今回の大会を振り返っていかがでしたか』
『降下地点から緊迫していましたね。注目していたチームと被らないところを選べたのですが、自分たちが狙われている側だったことは盲点でした。謙虚すぎるのも考え物でしたね』
リーダーのジグが、立ち上がり後の接敵についてユーモア混じりに振り返る。続いて女性Vのアオイへと立ち回りの意識についてマイクが回り、やがて狩人の番が回って来る。
『カリュートさん、目は大丈夫でしょうか?』
「だいぶ落ち着いてきました。ご迷惑おかけしてすんません」
椅子に座り直してモーションキャプチャーを繋げ直したカリュートが、頭を下げる。
『カリュートさんは先日、夢拍症候群であることを告白されましたが……大変な状況の中、最後に踏ん張れた要因などは何でしたか?』
「やっぱり、仲間の存在ですかね」
狩人は気恥ずかしそうに頬を掻いて、まず綺楽々を見て、それから凪たちへと振り返った。
「ジグさんやアオイさんももちろんマジ感謝なんすけど、自分のことのように応援してくれた仲間がもう三人いるんです」
『ほう、ご友人とか?』
「うす、戦友って書いてダチと読むタイプのやつっすね。実は今オレ、最近ちょっと話題になってる夢拍症候群の支援学校に通ってて」
そのセンシティブな発言に、実況席が強張った表情に変わった。カリュートの配信に流れるコメント欄も、驚きや困惑、冷やかしに憎悪というさみだれを集めて、速さを増している。
「……すんません、えぐいのぶっ込んだなって自分でも思います。でも言わせてください。オレたちはこの学校に、あの先生に、仲間たちに、救われたんす。踏ん張れた最大の理由は、間違いなくそれです。仲間たちにバトンを繋ぐために」
真っ直ぐ、ゆっくりと言葉を紡ぐ狩人の真剣な声に、コメント欄の動きがぴたりと止まる。
「あと、もう一つすんません。競技プレイヤーとしてのカリュードは今日で引退になります。これからもゲームには関わりますが、活動形態を変えていくことになります。本大会を見ている皆さん、よければこれからもよろしくお願いします」
『……そうだったんですね。カリュードさん、ありがとうございました』
「ありがとうございました」
狩人はまた頭を下げた。運営とのディスコードが切れたことを確認し、マイクをミュートしてから、ふうっと大きく息を吐いてヘッドホンを外した。
「悪い、さすがに乙花ちゃんのライブの宣伝までは出来んかったわ」
「狩人くん……」
「ま、やることはやったし? 次はお前たちの番。気張れよ!」
そう言って、両こぶしを突き出してくる。キーボードやマウスの操作で力が入り、ところどころ赤くなっている、仕事人の手だった。
それに凪たちは、頷いて拳を突き合わせた。
* * * * *
件の学校にカリュートが通っていたという情報は、あっという間に界隈に広がった。
膨れ上がった噂というのは思っていたよりもずっと嗅覚が鋭く、時を同じくしてライブ配信の告知をしたNANOKAに対しても疑いの目を向けられるのは時間の問題だった。
「すごいな、考察動画まで作られてる……」
迎えた七月七日、七夕の夜。学校のプールサイドに集まってライブのセッティングをする合間にSNSの流れを追っていた凪は、感嘆を漏らした。NANOKAが支援学校に通っている学生だという根拠を並べているゆっくり解説動画のようだ。
夢一匁からの出前で腹ごしらえをしていた乙花は、乙花は既に知っていたように頷いている。
『一曲しか歌わないって言ってる時点でねえ。それよりも凪、その動画のアカウント画像、見覚えない?』
「アカウント……? あっ」
それはかつて路上ライブをしていたNANOKAに対し、大成しないと断じたSNSのアカウントと同じものだった。まさかと思ってチャンネルを見ると、その人はずっと前から時事ニュースの考察系チャンネルを運営していたようだ。
不意に乙花が横からスマホを操作し、例の動画を再生した。シークバーを指で滑らせ、動画の後半部分へジャンプする。
『私はNANOKAさんを応援するぜ!』
『随分な熱の入りようね、そんなに好きなのかしら?』
『実は私はNANOKAさんと思しき人を見たことがあるんだぜ。その時路上ライブをしていたんだが、いつも一曲だけで、歌い終わった後、人目を憚って吐血していたんだ』
『吐血って、歌う人には大変なことじゃないの!』
『今回のカリュートさんの件を聞いて、もしかしたらと思ったんだぜ』
魔女と巫女のキャラクターが、軽快なテンポで会話をしている。
『無駄じゃなかったね』
そう気恥ずかしそうに、乙花は笑った。
「――無駄にしなかった、が正確かな」
井出務が気怠げにあくびをしながら、コンビニ袋を片手にやってくる。今日のライブ配信、機材の扱いに長けた者がいないため、急遽オファーをかけていたのだ。
「努力が報われるとは限らないし、後ろ指を指されることもあるけれど、見てくれる人はいるんだ。その人の印象に残させたのは、他でもない君自身の努力だよ」
彼は乙花の肩にポンと手を置いて「楽しみにしてる」とボソッと声をかけると、足を止めることなく奥へと向かう。
向かう先は、外出許可を出されていた千石の下だった。
「久しぶり、純令。傷の具合はどう?」
「飛んだり跳ねたりしなきゃ平気だってさ。うちの生徒が随分世話になったらしいな」
二人は手を伸ばしても届かないくらいの距離で、視線を交わす。珍しく優しげな声音の井出務は、今日はメイクでもしたのか、クマを隠していた。
「幸せになれた?」
たった一言、井出務が問いかける。それに千石はわずかに目を見開いて、言葉を探すようにはにかんで髪を揺らし、やがてまた彼の方を見て、頷いた。
「こいつらを生徒に持ったんだ。命をかけられるくらいには幸せだよ」
「……冗談は笑いにくいとこ、変わらないね」
井出務は肩を竦めて足を踏み出すと、差し入れだと、袋いっぱいの飴を手渡した。
「お前の受け取る側のことを考えないところも変わらないな。どこに置くんだコレ」
ぶつくさ言いながらも、千石はまんざらでもなさそうにしている。見たことのない彼女の表情に、飛び込み台の1番に並んで腰かけて焼きおにぎりを食べていた狩人たちは、唖然とあっぱ口を開けている。
「はい先生! やっぱりお二人はお付き合いをされていたんですか!?」
「やっぱりとは何だ。学生時代の腐れ縁ってだけだよ」
でも、と食い下がろうとする綺楽々の好奇心は、閻魔のようなひと睨みによって出鼻を挫かれてしまった。ちゃっかり井出務がこちらへ避難してきていたからか、はたまた「やっぱり」の原因を作った者とみなされたか、何故か凪たちも睨まれた。
千石は呆れと照れを誤魔化すように小さく溜息を吐いて、腕時計を見やる。
「配信開始まで三十分を切ったぞ。準備は出来ているのか?」
「それが……照明係が足りないんです」
「はあ?」
「井出務さんが機材で、都築さんがスタイリスト兼カメラ係、俺が絵で……照明の片方は狩人がやることになっているんですが、もう一人が足りません」
今回の配信ライブは、先日清掃をしたプールを用いた屋外ステージになる予定だった。
現在のプランは乙花の要望で、流れ星の光が飛び交うようなイメージにしたいというのがコンセプトになっていた。それを実現するには、ライトを持ってプールサイドを駆け回る男子が二人は欲しい。
「そんなもの、計画段階で人員不足に気付かなかったのか?」
「いえ、気付いてはいたんですけど、乙花が『アテがあるから』って――というかお前もなんか言えって。お前が始めた物語だろ?」
肘でつついて急かしてみたけれど、乙花は落ち着いた様子で『大丈夫、さっき駅に着いたって連絡あったから』と答えた。
「え、駅ぃ……?」
一体どういうことかと、凪が問い詰めようと思った矢先だった。
駆けてくる足音が、プールサイドに飛び込んでくる。
「失礼します! 不肖東雲、ただ今到着しました!」
若い兵隊のようにきびきびとした動作で気を付けをしたのは、頭を丸坊主にした東雲だった。
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