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いつかは俺が鴉になります

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 消え鬼の件から暫くたち、四十万と共に春は鴉の部屋を訪れた。
 鴉の怪我は案の定悪化しており、医者には「これ以上、悪化させようがありません。次は医者じゃなくて、死神のところに連れて行ってください」と言われた。
 つまりは、絶対安静である。
 鴉もさすがに命が危ないと思ったらしく、春が監視していなくともちゃんと大人しく寝ていた。浅海や他の隊長が変わるがわる見舞いに来ることもあって、鴉の病床は常に賑やかであった。たぶん、見に来ないと鴉が動き出すと思われているのであろう。
 だが、今日は誰も来なかった。
 だからこそ、春は今日切り出そうと思ったのである。
「鴉隊を離れようと思います」
 居住まいを正して、春は四十万と鴉にそう告げた。
 本来ならば、新人が勝手に隊を止めることは不可能である。ただし、隊長が「ウチの隊には合わない人材だった」と一筆書いてくれれば移動は可能である。
「隊長に憧れて、鴉隊に入ったのにですか?」
 四十万が、ぎろりと春を睨む。
 怒っているのではなく、疲労によるものである。なにせ消え鬼の件で書類が大量発生し、四十万はそれにつきっきりになっていまっているのだ。
「鴉隊で隊長を見つめていたら、俺はたぶん――鴉隊長の理解者にはなれると思います。でも、それは俺がなりたかった姿じゃない。俺は、鴉隊長を追い越したい。そのためにも、前衛の手が足りてない朱雀隊に行くべきだと思いました」
 鴉は、ふうっと息を吐く。
「いつかは気づくと思っていました……」
「憧れを近くで見ていても憧れにはなれない、気が付くのが遅すぎたと思います」
 情けなかった、と春は言った。
 皆が指摘してくれた。
 それでも憧れの側にいることが心地よくて、憧れを目指すつもりでぬるま湯につかっていた。これからは、自分を甘やかさない。
「たしかに俺の側についても、俺には慣れないでしょうね。俺は前衛を一人ですませますから、この隊では俺以外の前衛はいりませんし」
 あなたの目的は、鬼と戦う私ですもんねと鴉は言う。
「分かりました。一筆書きましょう」
 あっさりと、鴉は言う。
 それに春は、少しばかり寂しい気持ちになった。思っていた通り、自分は鴉隊に――鴉に何も残せていなかった。
「ありがとうございます」
 春は、書いてもらった書類を受け取って頭を下げる。
 この紙を提出するだけで、春は鴉隊から抜けられる。そして、他の隊に配属されるであろう。そのことが、寂しい。自分で決めたことなのに、とてもむなしいのだ。
「お礼を言うべきは、俺のほうです」
 鴉は、背筋を伸ばして頭を下げる。
 その突然の行動に、四十万も春も面食らった。
「ちょ、隊長!顔を上げてください。俺みたいな新人に頭を下げるなんて、何を考えているんですか!!」
 春は、鴉に頭を上げるように言った。
 だが、鴉は首をふる。
「いいえ、俺は春に礼が言いたい。霧人の前では、隊長は超えられていくべきものだと言いましたけど……俺は兄上さえいればよかった。後輩とか部下とか、持ったこともないから考え付かなくて、どうやって扱えばいいのかもわかりませんでした。――でも、あなたはこんな俺に真っ直ぐ憧れてくれた。初めて、俺は超えられたいと思いました。あなたの肥しになりたいと思いました」
 春は、鴉の言葉を驚きながら聞いていた。
 鴉は、ほどいた髪を揺らす。
「いつか、俺と兄上を超えてくださいね」
 いつか、朱雀が霧人と同じ道をたどったら――鴉は朱雀を殺せないだろう。それどころか、鴉は朱雀の味方をするかもしれない。そのとき、二人を殺す火消は――自分なのだろう。
「俺は――あなたを超えます」
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