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隊長会議と怪我人の自覚がないチート
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浅海と共に春は足を止めて、襖の向こう側に耳を澄ませた。
鴉の声が響く。
「俺は、一か月は前線を離れろと医者に厳命されました。だから、しばらく休みます」
鴉の言葉に、春は息をのんだ。
正式に、春が隊長会議で発言した。
これで事実上、鴉隊は一か月は活動ができなくなる。
「鴉隊は、今は鴉一人の隊ではないだろう。残り二人、四十万と春はどうする?」
白虎の声が聞こえてくる。
「四十万は引き続き、俺に代わって書類の代行を。あと……春は、ええっと俺の部下は兄上。いえ、朱雀隊長にゆだねます」
鴉の言葉に、おそらくは朱雀に注目が集まったことが予測できた。
春も、朱雀隊長の言葉を待った。
なにせ、彼の一言でこれから一か月の自分の身の振り方が決まるのだ。
「わかった。春は、朱雀隊で一時預かる。首席卒業だ、邪魔にはならないだろ」
朱雀が、鴉の提案を是とした。
これで、春は朱雀隊の属することが決定した。
「……今後、いろいろ頼むぞ」
浅海は、冗談めかして呟く。
「まぁ、鴉隊のことはこれでいいとしましょう。肝心の消え鬼対策についてです」
青龍の声が響く。
その言葉で、部屋の空気が引き締まるのを春でも感じた。
「鴉が戦えないとすれば、作戦はどうするんですか。正直な話し、鴉がぼろぼろに負けた相手と戦えと言っても部下はついてこねーよ」
白虎は若干苛立っているようであった。
彼の言い分を春は理解できた。
鴉は火消のなかで、圧倒的な存在感を放っていた。その鴉が敗北した消え鬼に好んで挑みたがる火消は、あまり多くはないだろう。
「俺も、無謀な策に部下は送り込めない」
白虎の言葉に、緊張が走る。
下手をしたら白虎隊は消え鬼に対して、人を派遣しないという立場と取りかねないからである。
「消え鬼に対しては、弱点と思われる個所も見えてきています」
冷静な声で、青龍は告げる。
「まず一つは、出現し続けていられる時間です。前回、鴉を追い詰めた時でさえ消え鬼は三百を数えると姿を消していました。あそこまで鴉を追い詰めて姿を消すのならば、三百以上は姿を現し続けられないと考えるべきでしょう」
その意見に渋い顔をするのは白虎である。
「制限時間が分かったところでなんになる。消え鬼には知能がある。知能がある鬼に、抵抗するのは鴉でも無理だった」
「無理じゃないです」
白虎の言葉を返したのは鴉であった。
徹底的なまでに鬼に敗北した鴉に、誰も期待はしていなかった。それは、傷ついた鴉に対する優しい配慮であった。傷ついた鴉に何かを期待すれば、それだけ鴉に無茶をさせることになる。
だれも、今の鴉が無理をしていないとは思っていない。
だから、あえて誰もが鴉に期待をしていなかった。だが、鴉はあえて優しさを捨てる。
「次に会えば、消え鬼は倒せます。……倒していいですよね、兄上?」
小さく「こんな時でさえ、兄かい」と白虎の舌打ちが聞こえた。白虎は隊長各のなかでは、一番隊長歴が浅い人物である。しかも、若いころは破落戸連中をまとめていたと言われる人物である。誰にも頼らずにいた人だから、鴉のこういうところは苦手なのかもしれない。
「……わかった、倒せ」
朱雀は、静かに返事を返す。
「はい」
兄の言葉に、弟は返事をする。
「鴉、本当に倒せるのか?」
玄武が、鴉に尋ねる。
その声色には、心配の感情があった。
鴉は隊長歴こそ上から三番目に長いが、隊長たちのなかでは一番年下である。一方で、玄武は一番年上だ。だからこそ、玄武は鴉が無謀な作戦を立てないかを心配していたのだろう。
「武器の調整は必要ですが、たぶん勝てます。作戦によってですが」
息を飲む、音が聞こえた。
一度は負けた相手に、鴉は勝算があると言う。
「その作戦っていうのは、なんですかー」
あきれたような声で白虎は尋ねる。
どこか、無理をしているような声であった。自分は鴉に期待なんかしていない、という虚勢を態度で精一杯示しているかのようであった。考えてみれば、白虎は鴉と比較的仲が良いのである。彼なりに、鴉を心配しているのかもしれない。
「消え鬼が出現した時、火消たちが全員どこにいるかを把握していてもらいたいのです」
鴉の言葉で、全員に緊張が走ったように思われた。
つまり、鴉は火消のなかに消え鬼がいるかもしれないと思っているのだ。
「……同士を疑う理由はなんだ」
玄武は、鴉に尋ねる。
鴉は、首を傾げる。
どうやら、何故仲間を疑うのかを説明することになるとは思わなかったらしい。
「ええっと。だって、消え鬼は消えた後に人間に戻っているんですよ。白虎の考えが正しければですけど」
鴉の言葉に、春は息を飲む。
以前、白虎が言っていたことだ。
人が鬼になったら戻らないというのうが定石だったが、消え鬼は人に戻っている可能性がある。
他の隊長は、それに対して反論も意見もしなかった。どうやら、消え鬼が人間に戻ったというのは隊長たち全員が行き着いた結論であるらしい。
「本当に消えていなくなっているわけではないですし……。この間の消え鬼出現時、現場の一般人は大体が避難済みでした。ならば、火消のなかに消え鬼がいるって考えるのが普通だと……」
鴉は、言葉を切った。
もしかしたら、朱雀を見ているのかもしれない。
「確かに、筋は通っていますね」
青龍は、鴉が案に同意する。
「青龍隊は鴉の案を飲みます。隊の人間を疑うことは仕方ないことでしょう」
「青龍がそういうなら、玄武も了承する」
「……どうせ、朱雀も了承するんだろう。白虎も了承する」
「では、お願いします」
鴉は、頭を下げたようだった。
「あ。春は消え鬼がいたときに、俺と一緒にいたので容疑者から除外してください」
鴉は消え鬼が出現した時でさえ、春の行動を見ていた。どうやら、それは春が消え鬼であるかどうかを見極めるために監視していたらしい。一応、自分の隊から容疑者は出したくないとは鴉も思っていたらしい。
「……わかった。朱雀隊は、その提案を飲む」
これで、すべての定火消隊が自分の隊の人間を疑うという作戦を飲んだ。
「鴉、おまえはどうやって消え鬼に止めを刺すつもりだ?」
朱雀は、鴉に尋ねる。
再び、全員の視線が鴉に集まる。
誰もが、鴉の強さと速さに期待を抱いていた。たとえ一度負けたとしても、鴉こそが消え鬼を殺せる存在ではないかという期待があった。
「人間の時に、素早く止めを刺すつもりです」
鴉の声は、とても落ち着いたものであった。
そして、そのことに誰も意を唱えなかった。
「現実的だ。犯人探しは、他の隊員にはバレないようにな」
白虎の声も、やけに冷え冷えとしていた。
聞いてはいけないものを聞いてしまった。それを感じた春は、浅海を連れてその場を離れた。たぶん、隊長たちに春たちの気配は勘付かれてはいなかっただろう。それでも、あの話を聞いていたことが明らかになって――どう思ったのかと尋ねられることが春には怖かった。
「まぁ、当然の対応だろうな。現状では、消え鬼に対抗する手段はない。でも、人間の状態ならば簡単に殺せるはずだ。鴉が殺せなくとも、他の誰かが殺せる」
浅海は、落ち着いていた。
襖の向こう側にいた団長たちも落ち着いていて、未熟な春だけが一人で慌てていた。
「消え鬼を探して……人間でいる間に殺すか」
それが、一番成功率が高い。
分かっているが、隊長たちが人殺しを了承したことを春はまだ受け入れられない。
「鬼も、所詮は人だ。鬼退治だと思えば、いつものことだろう」
浅海は、隊長たちの決断に張るほどの衝撃を受けていないようであった。
「浅海!」
後ろから声をかけられる。
振り向くと、そこには朱雀がいた。
「聞いてたか」
「すまん、旦那。鴉に差し入れを持って行こうとしたんだよ」
浅海の言葉に、朱雀は少しばかり困ったような顔をしていた。
そして、春の存在にもようやく気が付いたようであった。
「浅海、今のことは他言無用だ。そっちの鴉の部下にも伝えておいてくれ」
朱雀は、あまり春に興味を抱いていないようだった。春の名前すら覚えていないようだった。朱雀は、少しばかり悩みだす。どうやら、名前を思い出そうとしているらしい。
「春です。鴉隊の春です」
春の言葉に、朱雀は目をそむける。
朱雀には、春が強がっていることが知られたような気がした。先ほどの隊長たちの話を聞いて恐れをいだいているくせに、何も感じていないと強がっていることを。
「……今の話を聞いて何かを思うなら、まだお前は一人前の火消じゃない。鴉の代わりを務めないように、うまく立ち回れよ」
「鴉隊長の代わり?」
疑問を抱いた春に、朱雀は口を開く。
「鴉は鬼に対しては身体能力の高さから優位に立てるが、片手だ。だから、腕力が圧倒的に足りてない。道場剣術も苦手だから、補う術もない。それでも鬼は人より目とかが大きいから、まだ弱点が狙える。だが、人間相手だと腕力が足りなさを相手の弱点を突くことできない。勿論それでも強いが、相手が隊長ぐらいに強かったら危ないことになる。そのとき、おまえは鴉の代わりに人間を殺すことになるかもしれない」
鴉の言葉に、春は呆然とする。
「鴉は、そうはならないように動くだろうが……」
絶対にそうならないという確証はない、と朱雀は言う。
「朱雀隊長は、他の隊長が鬼かもしれないと考えているのですか?」
春は、朱雀に尋ねる。
隊長たちが消え鬼である可能性は低い、と思っている。消え鬼が出現したとき、隊長たちは全員が春の目の届くところにいた。青龍のみ現場にいなかった。だが、青龍は消え鬼が出現したときは自分の屋敷内で他の鬼の出現に備えていたはずである。
「隊長が消え鬼の可能性はほぼないだろう。でも、どこの隊にも隊長ぐらいは強いヤツはいる。そいつらが消え鬼だったら、鴉は負けるだろう。そうなったら、おまえは鴉を助けるために間に入る。そして、人を殺すことになるかもしれない」
春は、息をのむ。
朱雀の言っていることは、おそらくは正しい。
だからこそ、それほど冷静に物を見ることができる朱雀に聞きたかった。
「朱雀隊長は、浅海と鴉隊長の鬼火を見る目を信じているんですよね」
「……浅海に聞いたんだな」
ため息をつきながら、朱雀は浅海を見る。
浅海は、そっぽを向いた。
その仕草が酷く子供っぽくて、浅海が朱雀になついているのが見て取れた。親というには年が近く、兄と呼ぶには年が離れすぎている微妙な年齢。
だが、そんな壁を乗り越えるぐらいに浅海は朱雀を慕っていた。朱雀は、それを知っているからこそ困るという顔をしていた。その表情は、実の弟に接するときより優しい。たとえ身内でも鴉は男兄弟だし、浅海は他人の女の子だ。朱雀が、浅海に対して甘くなることに春は違和感を感じなかった。
「浅海、帰る準備をしていろ」
朱雀は、浅海に命じる。
彼女は荷物をまとめるために、朱雀と春の側を離れた。浅海の姿が見えないと確認してから、朱雀は口を開いた。
「鬼火を見る目は、信じてはいる。信じてはいるが、それが正しいと周りに証明する手段が俺にはないんだ。それに、浅海の目で人の生死を決定させたくはない」
春は、言葉に詰まる。
浅海や鴉の鬼火を見るという目の正しさを証明するということは、浅海の目の有用性を証明するということだ。間違いなく、浅海の目は利用される。
指さした人間が敵だと判断されて、殺される結末。
火消の鴉はそれに耐えきれるだろうが、浅海は耐え切れないかもしれない。他人を自分の責任で死なすかもしれないということに――幼い少女は耐え切れないかもしれない。
朱雀は、それを恐れている。
「朱雀隊長は、浅海の目を利用するために彼女を引き取ったんじゃないんですか?」
「憎めると思ったんだ」
ぽつり、と朱雀は呟く。
「同じ才能を持っている浅海なら、憎めると思った。なのに――今は普通に可愛い」
理解しきれず、春は目を点にする。
「あまり深く考えるな」
朱雀は、何故か悔やんでいるようであった。
自分が何かを抱けずにいることを心の底から悔い。それと相反する感情で、浅海のことを可愛がっていた。
「春……おまえが真面目に消え鬼を探したいなら、人が持っている感情に異様に執着している奴を探せ。鬼は、人に戻った時に鬼火を燃やしていた感情を失う。激しい感情を持っていたという記憶だけはあるから、失った感情に執着する傾向があるんだ」
朱雀の言葉に、春は驚きを隠せない。
そんな話は、今初めて聞いた。そして、そんな重要な話を朱雀は隊長会議でしなかった。それは、朱雀がその事実を隠しておきたかったからだ。
「朱雀隊長、あなたは何を知っているんですか?」
「……おまえは、鴉の部下だ。話せると判断したら、鴉は話すだろ。それまでは、死ぬなよ」
朱雀は、春に背中を見せる。
もう、語るつもりはないらしい。
「兄上!」
弾んだ声が聞こえてくる。
鴉のものであった。
兄を目の前にすると鴉はいつも嬉しそうな顔をする。今回も例にもれず、笑顔で朱雀の前に立つ。
「浅海から、もう帰るって聞きまして……春をよろしくお願いします」
ぺこり、と鴉は頭を下げる。
その横を朱雀は通り過ぎていった。
まるで、鴉に気が付かなかったような態度であった。
その態度があまりにもおかしいので、春は朱雀を呼びとめようとした。だが、それを鴉に止められる。
「いいんです。兄上が、俺に興味を持てないのはわかってます」
「興味って、今まで散々……」
思い起こせば、鴉と朱雀が共にいる時は必ず先に鴉が先にちょっかいをかけていた。朱雀がそれに反応していることがほとんどで、逆はほとんどない。まるで、鴉が意識して朱雀にかまわれようとしているかのようであった。
朱雀は、鴉の能力や弱点を熟知している。
しかし、その本人にまで興味は抱かないのである。
「春、兄上のところでもしっかりやってくださいね。俺も治療から頑張って逃げるから」
「隊長……逃げないでください」
春はため息をついた。
そして、気が付いた。
今、ごまかされた。
鴉の声が響く。
「俺は、一か月は前線を離れろと医者に厳命されました。だから、しばらく休みます」
鴉の言葉に、春は息をのんだ。
正式に、春が隊長会議で発言した。
これで事実上、鴉隊は一か月は活動ができなくなる。
「鴉隊は、今は鴉一人の隊ではないだろう。残り二人、四十万と春はどうする?」
白虎の声が聞こえてくる。
「四十万は引き続き、俺に代わって書類の代行を。あと……春は、ええっと俺の部下は兄上。いえ、朱雀隊長にゆだねます」
鴉の言葉に、おそらくは朱雀に注目が集まったことが予測できた。
春も、朱雀隊長の言葉を待った。
なにせ、彼の一言でこれから一か月の自分の身の振り方が決まるのだ。
「わかった。春は、朱雀隊で一時預かる。首席卒業だ、邪魔にはならないだろ」
朱雀が、鴉の提案を是とした。
これで、春は朱雀隊の属することが決定した。
「……今後、いろいろ頼むぞ」
浅海は、冗談めかして呟く。
「まぁ、鴉隊のことはこれでいいとしましょう。肝心の消え鬼対策についてです」
青龍の声が響く。
その言葉で、部屋の空気が引き締まるのを春でも感じた。
「鴉が戦えないとすれば、作戦はどうするんですか。正直な話し、鴉がぼろぼろに負けた相手と戦えと言っても部下はついてこねーよ」
白虎は若干苛立っているようであった。
彼の言い分を春は理解できた。
鴉は火消のなかで、圧倒的な存在感を放っていた。その鴉が敗北した消え鬼に好んで挑みたがる火消は、あまり多くはないだろう。
「俺も、無謀な策に部下は送り込めない」
白虎の言葉に、緊張が走る。
下手をしたら白虎隊は消え鬼に対して、人を派遣しないという立場と取りかねないからである。
「消え鬼に対しては、弱点と思われる個所も見えてきています」
冷静な声で、青龍は告げる。
「まず一つは、出現し続けていられる時間です。前回、鴉を追い詰めた時でさえ消え鬼は三百を数えると姿を消していました。あそこまで鴉を追い詰めて姿を消すのならば、三百以上は姿を現し続けられないと考えるべきでしょう」
その意見に渋い顔をするのは白虎である。
「制限時間が分かったところでなんになる。消え鬼には知能がある。知能がある鬼に、抵抗するのは鴉でも無理だった」
「無理じゃないです」
白虎の言葉を返したのは鴉であった。
徹底的なまでに鬼に敗北した鴉に、誰も期待はしていなかった。それは、傷ついた鴉に対する優しい配慮であった。傷ついた鴉に何かを期待すれば、それだけ鴉に無茶をさせることになる。
だれも、今の鴉が無理をしていないとは思っていない。
だから、あえて誰もが鴉に期待をしていなかった。だが、鴉はあえて優しさを捨てる。
「次に会えば、消え鬼は倒せます。……倒していいですよね、兄上?」
小さく「こんな時でさえ、兄かい」と白虎の舌打ちが聞こえた。白虎は隊長各のなかでは、一番隊長歴が浅い人物である。しかも、若いころは破落戸連中をまとめていたと言われる人物である。誰にも頼らずにいた人だから、鴉のこういうところは苦手なのかもしれない。
「……わかった、倒せ」
朱雀は、静かに返事を返す。
「はい」
兄の言葉に、弟は返事をする。
「鴉、本当に倒せるのか?」
玄武が、鴉に尋ねる。
その声色には、心配の感情があった。
鴉は隊長歴こそ上から三番目に長いが、隊長たちのなかでは一番年下である。一方で、玄武は一番年上だ。だからこそ、玄武は鴉が無謀な作戦を立てないかを心配していたのだろう。
「武器の調整は必要ですが、たぶん勝てます。作戦によってですが」
息を飲む、音が聞こえた。
一度は負けた相手に、鴉は勝算があると言う。
「その作戦っていうのは、なんですかー」
あきれたような声で白虎は尋ねる。
どこか、無理をしているような声であった。自分は鴉に期待なんかしていない、という虚勢を態度で精一杯示しているかのようであった。考えてみれば、白虎は鴉と比較的仲が良いのである。彼なりに、鴉を心配しているのかもしれない。
「消え鬼が出現した時、火消たちが全員どこにいるかを把握していてもらいたいのです」
鴉の言葉で、全員に緊張が走ったように思われた。
つまり、鴉は火消のなかに消え鬼がいるかもしれないと思っているのだ。
「……同士を疑う理由はなんだ」
玄武は、鴉に尋ねる。
鴉は、首を傾げる。
どうやら、何故仲間を疑うのかを説明することになるとは思わなかったらしい。
「ええっと。だって、消え鬼は消えた後に人間に戻っているんですよ。白虎の考えが正しければですけど」
鴉の言葉に、春は息を飲む。
以前、白虎が言っていたことだ。
人が鬼になったら戻らないというのうが定石だったが、消え鬼は人に戻っている可能性がある。
他の隊長は、それに対して反論も意見もしなかった。どうやら、消え鬼が人間に戻ったというのは隊長たち全員が行き着いた結論であるらしい。
「本当に消えていなくなっているわけではないですし……。この間の消え鬼出現時、現場の一般人は大体が避難済みでした。ならば、火消のなかに消え鬼がいるって考えるのが普通だと……」
鴉は、言葉を切った。
もしかしたら、朱雀を見ているのかもしれない。
「確かに、筋は通っていますね」
青龍は、鴉が案に同意する。
「青龍隊は鴉の案を飲みます。隊の人間を疑うことは仕方ないことでしょう」
「青龍がそういうなら、玄武も了承する」
「……どうせ、朱雀も了承するんだろう。白虎も了承する」
「では、お願いします」
鴉は、頭を下げたようだった。
「あ。春は消え鬼がいたときに、俺と一緒にいたので容疑者から除外してください」
鴉は消え鬼が出現した時でさえ、春の行動を見ていた。どうやら、それは春が消え鬼であるかどうかを見極めるために監視していたらしい。一応、自分の隊から容疑者は出したくないとは鴉も思っていたらしい。
「……わかった。朱雀隊は、その提案を飲む」
これで、すべての定火消隊が自分の隊の人間を疑うという作戦を飲んだ。
「鴉、おまえはどうやって消え鬼に止めを刺すつもりだ?」
朱雀は、鴉に尋ねる。
再び、全員の視線が鴉に集まる。
誰もが、鴉の強さと速さに期待を抱いていた。たとえ一度負けたとしても、鴉こそが消え鬼を殺せる存在ではないかという期待があった。
「人間の時に、素早く止めを刺すつもりです」
鴉の声は、とても落ち着いたものであった。
そして、そのことに誰も意を唱えなかった。
「現実的だ。犯人探しは、他の隊員にはバレないようにな」
白虎の声も、やけに冷え冷えとしていた。
聞いてはいけないものを聞いてしまった。それを感じた春は、浅海を連れてその場を離れた。たぶん、隊長たちに春たちの気配は勘付かれてはいなかっただろう。それでも、あの話を聞いていたことが明らかになって――どう思ったのかと尋ねられることが春には怖かった。
「まぁ、当然の対応だろうな。現状では、消え鬼に対抗する手段はない。でも、人間の状態ならば簡単に殺せるはずだ。鴉が殺せなくとも、他の誰かが殺せる」
浅海は、落ち着いていた。
襖の向こう側にいた団長たちも落ち着いていて、未熟な春だけが一人で慌てていた。
「消え鬼を探して……人間でいる間に殺すか」
それが、一番成功率が高い。
分かっているが、隊長たちが人殺しを了承したことを春はまだ受け入れられない。
「鬼も、所詮は人だ。鬼退治だと思えば、いつものことだろう」
浅海は、隊長たちの決断に張るほどの衝撃を受けていないようであった。
「浅海!」
後ろから声をかけられる。
振り向くと、そこには朱雀がいた。
「聞いてたか」
「すまん、旦那。鴉に差し入れを持って行こうとしたんだよ」
浅海の言葉に、朱雀は少しばかり困ったような顔をしていた。
そして、春の存在にもようやく気が付いたようであった。
「浅海、今のことは他言無用だ。そっちの鴉の部下にも伝えておいてくれ」
朱雀は、あまり春に興味を抱いていないようだった。春の名前すら覚えていないようだった。朱雀は、少しばかり悩みだす。どうやら、名前を思い出そうとしているらしい。
「春です。鴉隊の春です」
春の言葉に、朱雀は目をそむける。
朱雀には、春が強がっていることが知られたような気がした。先ほどの隊長たちの話を聞いて恐れをいだいているくせに、何も感じていないと強がっていることを。
「……今の話を聞いて何かを思うなら、まだお前は一人前の火消じゃない。鴉の代わりを務めないように、うまく立ち回れよ」
「鴉隊長の代わり?」
疑問を抱いた春に、朱雀は口を開く。
「鴉は鬼に対しては身体能力の高さから優位に立てるが、片手だ。だから、腕力が圧倒的に足りてない。道場剣術も苦手だから、補う術もない。それでも鬼は人より目とかが大きいから、まだ弱点が狙える。だが、人間相手だと腕力が足りなさを相手の弱点を突くことできない。勿論それでも強いが、相手が隊長ぐらいに強かったら危ないことになる。そのとき、おまえは鴉の代わりに人間を殺すことになるかもしれない」
鴉の言葉に、春は呆然とする。
「鴉は、そうはならないように動くだろうが……」
絶対にそうならないという確証はない、と朱雀は言う。
「朱雀隊長は、他の隊長が鬼かもしれないと考えているのですか?」
春は、朱雀に尋ねる。
隊長たちが消え鬼である可能性は低い、と思っている。消え鬼が出現したとき、隊長たちは全員が春の目の届くところにいた。青龍のみ現場にいなかった。だが、青龍は消え鬼が出現したときは自分の屋敷内で他の鬼の出現に備えていたはずである。
「隊長が消え鬼の可能性はほぼないだろう。でも、どこの隊にも隊長ぐらいは強いヤツはいる。そいつらが消え鬼だったら、鴉は負けるだろう。そうなったら、おまえは鴉を助けるために間に入る。そして、人を殺すことになるかもしれない」
春は、息をのむ。
朱雀の言っていることは、おそらくは正しい。
だからこそ、それほど冷静に物を見ることができる朱雀に聞きたかった。
「朱雀隊長は、浅海と鴉隊長の鬼火を見る目を信じているんですよね」
「……浅海に聞いたんだな」
ため息をつきながら、朱雀は浅海を見る。
浅海は、そっぽを向いた。
その仕草が酷く子供っぽくて、浅海が朱雀になついているのが見て取れた。親というには年が近く、兄と呼ぶには年が離れすぎている微妙な年齢。
だが、そんな壁を乗り越えるぐらいに浅海は朱雀を慕っていた。朱雀は、それを知っているからこそ困るという顔をしていた。その表情は、実の弟に接するときより優しい。たとえ身内でも鴉は男兄弟だし、浅海は他人の女の子だ。朱雀が、浅海に対して甘くなることに春は違和感を感じなかった。
「浅海、帰る準備をしていろ」
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彼女は荷物をまとめるために、朱雀と春の側を離れた。浅海の姿が見えないと確認してから、朱雀は口を開いた。
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春は、言葉に詰まる。
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指さした人間が敵だと判断されて、殺される結末。
火消の鴉はそれに耐えきれるだろうが、浅海は耐え切れないかもしれない。他人を自分の責任で死なすかもしれないということに――幼い少女は耐え切れないかもしれない。
朱雀は、それを恐れている。
「朱雀隊長は、浅海の目を利用するために彼女を引き取ったんじゃないんですか?」
「憎めると思ったんだ」
ぽつり、と朱雀は呟く。
「同じ才能を持っている浅海なら、憎めると思った。なのに――今は普通に可愛い」
理解しきれず、春は目を点にする。
「あまり深く考えるな」
朱雀は、何故か悔やんでいるようであった。
自分が何かを抱けずにいることを心の底から悔い。それと相反する感情で、浅海のことを可愛がっていた。
「春……おまえが真面目に消え鬼を探したいなら、人が持っている感情に異様に執着している奴を探せ。鬼は、人に戻った時に鬼火を燃やしていた感情を失う。激しい感情を持っていたという記憶だけはあるから、失った感情に執着する傾向があるんだ」
朱雀の言葉に、春は驚きを隠せない。
そんな話は、今初めて聞いた。そして、そんな重要な話を朱雀は隊長会議でしなかった。それは、朱雀がその事実を隠しておきたかったからだ。
「朱雀隊長、あなたは何を知っているんですか?」
「……おまえは、鴉の部下だ。話せると判断したら、鴉は話すだろ。それまでは、死ぬなよ」
朱雀は、春に背中を見せる。
もう、語るつもりはないらしい。
「兄上!」
弾んだ声が聞こえてくる。
鴉のものであった。
兄を目の前にすると鴉はいつも嬉しそうな顔をする。今回も例にもれず、笑顔で朱雀の前に立つ。
「浅海から、もう帰るって聞きまして……春をよろしくお願いします」
ぺこり、と鴉は頭を下げる。
その横を朱雀は通り過ぎていった。
まるで、鴉に気が付かなかったような態度であった。
その態度があまりにもおかしいので、春は朱雀を呼びとめようとした。だが、それを鴉に止められる。
「いいんです。兄上が、俺に興味を持てないのはわかってます」
「興味って、今まで散々……」
思い起こせば、鴉と朱雀が共にいる時は必ず先に鴉が先にちょっかいをかけていた。朱雀がそれに反応していることがほとんどで、逆はほとんどない。まるで、鴉が意識して朱雀にかまわれようとしているかのようであった。
朱雀は、鴉の能力や弱点を熟知している。
しかし、その本人にまで興味は抱かないのである。
「春、兄上のところでもしっかりやってくださいね。俺も治療から頑張って逃げるから」
「隊長……逃げないでください」
春はため息をついた。
そして、気が付いた。
今、ごまかされた。
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そして、これはあらゆる時の中で行われた、付喪人と呼ばれる“付喪神の能力を操り戦う者”達の戦いの記録の1つである……。
★女神によって異世界?へ送られた主人公。
着いた先は異世界要素と現実世界要素の入り交じり、ついでに付喪神もいる世界であった!!
この物語は彼が憑依することになった明山平死郎(あきやまへいしろう)がお贈りする。
個性豊かなバイト仲間や市民と共に送る、異世界?付喪人ライフ。
そして、さらに個性のある魔王軍との闘い。
今、付喪人のシリーズの第1弾が幕を開ける!!!
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力の宝玉を取り込めば力が増し。
体力の宝玉ならばスタミナがつくと言った感じだ。
その効果は絶大であり、スロットの数は=本人の優秀さに直結しているに等しかった。
スロットの数は現在確認がとれている中で最多は10。
最少は2である。
そんな中、シタイネン王国にスロット1という最低記録を更新したの超無能王子が生まれる。
彼の名はニート・シタイネン。
現王セクス・シタイネン140番目の夫人との間に生まれた第333王子だった。
彼の母親は庶子であり。
本人が無能な上に、王位継承権も333番目という味噌っかす。
国費の負担軽減のために真っ先に切り捨てられ、成人(16歳)の際に少額だけを渡され王家から追放されてしまう。
絶望に暮れた彼は死を決意する。
だがその時ニートは過去の記憶――前世の記憶と、神様から貰ったチートの事を思い出す。
そそれは宝玉を合成するというチートだった。
「これさえあれば、王家の庇護なんかなくても俺は一人で生きていける!」
宝玉の合成はその名の通り、宝玉を合成してより強力な宝玉を生み出す力だ。
確かにニ-トのスロットは1つしかなかったが、取り込む宝玉側を強化する事でいくらでもそのハンデは補える。
それどころかそれを他者に使わせる事で他人の強化も可能なその力は、やがて世界中から求められるようになっていく。
「おお、ニートよ。余は信じていたぞ。与えた試練を乗り越え、必ず我が元に帰って来る事を。お前は王家の誇りだ!」
「どちら様ですかね?僕は天涯孤独の身ですけど?あ、これから隣国のパーティーに呼ばれているんで。用件があるならちゃんとアポ取ってくださいね」
これは無能の烙印を押された第333王子が、チート能力で英雄と呼ばれ。
その力を世界から渇望される物語である。
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