暁を願う

わかりなほ

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鬼雨

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 6月30日。朝から断続的に雨が降り続けていた日だ。6月はもう終わるのに、未だに梅雨が明ける気配は無い。おにぎりを口に放り込み、2人で作った様々なおかずを食べながら、私たちは他愛のない話をしていた。こういう時間もひどく懐かしいのだ。その時。外から何かの足音が聞こえた。それも、かなり大勢だ。
「何…? 」
「外、出てみるか」
戸棚に立てかけていた武器を取る。玲は日本刀、私は弓矢と短刀だ。
そして、目の前の光景に凍り付いた。そこには、尋常では無い量の妖が溢れかえっていた。
骸骨、化け鳥、獣のような姿のもの。どれも、人に害を成す存在だと言うことが直感的に分かった。その大群から1人の和服を着込んだ男が歩み出る。
「…おい。そこの人間。宵風雪と影山玲という名に覚えはあるか」
その男は、隣の建物から出て来た、文さんと源さんに問いかけているようだ。
「何だい。不躾な客人だね」
文さんはわずかに顎を反らし、男を見返す。
源さんも男を睨み上げる。
「生憎だがそんな名前に覚えは無い」
「無駄な抵抗はよせ。この町にそいつらがいることは既に分かっている。大人しく引き渡せばこの場は去る」
そこで文さんはふっと嘲るような笑い声を零した。
「そうかい。なら尚更渡すわけにはいかないね。あの子たちは私らの宝だ。どこに自分の子どもを得体の知れない奴に渡す親がいる?」
「そういうことだ。お引き取り願おうか」
源さんも好戦的な笑みを浮かべる。ああ。胸が、締め付けられる。
「ほぅ。ならば力尽くで…くっ!」
私の放った矢が男を掠める。玲の斬撃が、男の脇にいる鳥の妖を消す。
私たちは、2人を庇うように立った。
「雪!玲!」
焦ったような2人の声。
「私たちは逃げも隠れもしませんよ」
「力尽くで連れて行く…だったか?望み通り、相手してやるよ」
そう言って短刀と日本刀の切っ先を向ける。
「アンタら…少しは年寄りに、格好つけさせな」
そんな文さんの声に笑いが零れてしまう。
「もう十分ですよ。ちゃんと親孝行しますね」
「ババア、ジジイ。最高の孝行息子と孝行娘を見とけよ。とっとと他の奴ら連れて逃げろ!」
「分かったよ。良いかい?絶対に帰ってくるんだよ」
「待ってるからな。手当ならいくらだってしてやる」
そう言い残して2人はその場から立ち去った。
「…やれ」
男の声で妖が襲いかかる。
「妖怪百鬼夜行ってか?」
「ふふ。久しぶりだなー。玲と戦えるの」
そして、踏み込む。
私は身をかがめ、鳥の妖たちの隙間を縫うように走る。その胴体に素早く一撃。短刀の手応え。崩れ落ちる鳥の妖。
その背後からガシャドクロが現われる。
「おらぁぁっ!」
上空から振り下ろされるのは重い一撃。ガシャドクロの身体は粉々に砕けた。
「玲は、相変わらずパワーがすごい」
彼の一撃はとにかく重く破壊力がある。私の軽い一撃とは全く違う。そんな彼の戦い振りをずっと見てきた。紛れもなく目の前には、あの頃のままの「玲」がいる。
タン、と倒れた妖怪たちの身体を踏み台に、飛び上がる。ふわりと身体が浮いた。決して外さない。
私は弓に手を添え狙いを定める。
「そこだ」
放った矢は、上空へ避けた私を追ってぶつかり合った獣たちが集まっているど真ん中を撃ち抜いた。
ドサドサと音がして、致命傷を受けた獣たちは折り重なるように倒れる。
「お前は相変わらず身軽だな。すげー速い」
「速さだけが取り柄だもん」
そんな風に言葉を交わしている頃には、妖は全て消え去っていた。
「最後は、貴方」
「覚悟しろ」
グッと男が顔を歪めた。その瞬間。

ドスッ

「が…はっ」
「うぐっ…」
腹部に強烈な衝撃を感じる。直後、私たちの身体は壁に叩きつけられた。口内を満たす鉄の味。
一体、何が。

カツンという足音。叫び声。
「申し訳ありませっ…お許しを…ぐッ…ぐあぁぁ!」
先ほどの和服の男の首に長い爪がかかっている。
「…くどい。我の命を果たせない者に存在意義は無い」
バキッと小枝を折るような音。もう男は動かなかった。

「な…にが…起こって…」
叩きつけられた衝撃で回らない頭に声が反響する。
「この衝撃を受けても意識を失わないとは。さすがだな。宵風雪、影山玲」
低い声がじっとりと耳に纏わり付いた。
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