暁を願う

わかりなほ

文字の大きさ
上 下
3 / 12

催花雨

しおりを挟む
 「はぁっ!はぁっ、はぁっ」
目を開ける。目の前には見慣れた自室の天井。
「あ…れ?」
「雪、起きたのかい」
そう言って部屋に入ってきたのは文さんだった。
「ゆ…め?」
「だろうね。だいぶうなされていたよ」
「文さん、私どうしたんですか?」
彼女はふっと笑うと、私の背に手を添えゆっくりと身体を起こさせた。
「覚えてないのも無理ないさ。あんた、妖退治の帰りに熱出して倒れたんだよ。それに妙な術にもかかっていたみたいでね。恐らく、悪夢を見せる術でも倒した奴にかけられたんだろう。それから2日間ずっと眠っていたよ」
そうだ。あの鳥の妖は悪夢によって人々を苦しめていた
「2日間…⁉️今はいつの何時ですか?」
「6月26日の午後1時だよ。で、あんたが倒れたのが24日だ」
我ながらよく眠ったものだと感心してしまう。
「ったく、だから無理するなって言ったんだよ。あんたは余程疲れていたってことだ。雪」
「えへへ。ごめんなさい」
やれやれという顔をした文さんの手がそっと額に触れた。
「まあ、熱は下がったみたいだね。そうだ。倒れたあんたを抱えてきたのはれいだよ」
「へ…?」
その名前に、一瞬呼吸が止まる。
「どうやらひょっこり帰ってきたみたいでね」
すると、外が騒がしくなり、部屋の扉がやや雑に開かれた。
「おい、ババア!飲み物とか買ってきた…ぞ」
そして彼は目を見開いた。
「相変わらず失礼な奴だね。あんたは」
呆れたように文さんがため息をつく。
「腹減っただろ?何か作ってくるよ。玲、雪のこと頼んだよ」
そう言って彼女は部屋から出て行き、玲と私の2人きりになった。玲はあぐらをかき、気まずげにちらりとこちらを見た。
「あー…。久しぶり、だな。雪」
「うん。久しぶり。玲」
懐かしい袴姿に、燃えるように赤い釣り目と端正な顔立ち。男性にしては珍しい、長い黒髪を高い位置で1つにまとめている。それは記憶の中の彼と何も変わっていなかった。
「全然変わらないね。連れ帰ってくれてありがとう」
「いや…構わねぇよ。でも、お前も変わらないな」
すると、彼の胸元で揺れる、瞳と揃いの色をした深紅の雫型の飾りがついたペンダントを見つけた。
「そのペンダント、まだ持ってたの?」
「ん?ああ。そういうお前もまだ持ってるんだな」
「うん。これは、私の宝物だから」
「そうか…。俺もだ」
しん、と沈黙が流れる。
「あのね、夢を見たの」
「夢?」
玲が怪訝そうに首を傾げる
「うん。夢。4年前のさ、私と玲が12と13の時の夢。恭さんと出会った時の夢だった」
あえて、もう1つの夢のことは言わなかった。それでも、壊れた私の涙腺からは涙が溢れてしまう。玲は、また視線を逸らした。
「なんで…泣くんだよ。お前らしくもない」
その言葉で何かが切れた。我慢してきたものが濁流のように溢れ出す。
「私らしいって何?わかんないよっ!恭さんもいなくなって、玲もいなくなって!私は、ただ皆といたかっただけなのに!何でそれすら叶わないの?恭さんがいないなら、玲がいないなら、私は、笑うことも泣くこともできないよ!!」
玲の、息を吸った音が響いた。カチリと視線が交わる。その瞳が哀しげに揺れた。

「…ごめん。ごめんな。俺は、お前に謝らなくちゃいけねぇんだ!あの日、恭哉を探しに行くと決めた日。お前を巻き込みたくなくて、俺はお前を傷付けた。雪が守られるほど弱くないなんて分かってたくせに。俺が、怖かった。誰も失いたくねぇと勝手に1人で怯えて!俺はっ…」
ああ。やっと、彼の気持ちを知れた。
「玲、もういいの。ありがとう」
「ゆ…き」
そうだ。私は最初から1人じゃなかった。
涙でぐしゃぐしゃの顔に笑みが浮かぶ。
「ねぇ、玲。髪、結んでよ」
ぐしぐしと着物の袖で涙を拭って、彼はにっと笑う。
「任せろ」
そして、玲は私の髪にぎこちなく触れた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

処理中です...