夜明け待ち

わかりなほ

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霞たなびく

彼女の話 Ⅵ

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 黎明堂で魔法道具をもらってから、私にはあるルーティンが出来ていた。1つは髪かバッグにできるだけ青い髪留めをつけていくこと。そして教室に入る前にハンドクリームをひと掬い塗り込むこと。
そうすると、なぜかほんの少し自分を好きになれ、気が楽になるのだ。

黎明堂を2度目に訪ねた日から、私はコハルちゃんたちだけでなく、他のクラスメイトの子とも少しずつ話せるようになった。文化祭の準備が始まると、何となくクラスの子と関わることも多くなり、私は楽しいと思える日々を送っていた。

 そして定期テストも終わり、遂に7月になった。
私は、夏休み前の最後のチャンスということで遅くまで残っての文化祭準備に取り組んでいた。
「かすみちゃん、この画用紙切り抜ける?」
ヒナタちゃんから声がかけられ、私は返事をして受け取った。しかし少し躊躇する。なかなか複雑な切り方をしなくてはいけない。元来不器用な私はハサミを持ち、どこから切ろうか逡巡していた。
「かすみちゃん?大丈夫?」
すると、コハルちゃんが優しく声をかけてくれる。
「あ、うん。あの、私、結構不器用でどうやって切ろうかなって思ってたの。ガタガタにしちゃったら作ってくれた子に悪いしさ」
「そうなんだ!じゃあさ、リコちゃんとヒナタちゃんと私の3人で画用紙は切ろうか?かすみちゃん、字が綺麗だしこっちの看板書く?」
コハルちゃんの申し出は素直にありがたく、私はお礼を言ってそうしようとした。しかし、ヒナタちゃんが不意に口を開いた。
「私らがかすみちゃんにこれの切り方教えて、4人でやればいいじゃん?」
その後をリコちゃんが引き継ぐ。
「私もそう思う。皆でやろうよ。看板書くのだって1人じゃ大変でしょ。私、かすみちゃんに切り方教えていい?」
「じゃあリコ、頼んだ!」
コハルちゃんと私をよそに話が進んでいき、ハサミを持ったリコちゃんが隣に座った。
「ね!一緒にやろ」
「あ、うん。ありがとう」
にっと笑うリコちゃんの横でコハルちゃんが取り繕うように笑った。


 帰宅してから、今日の2人の少し不思議な行動を思い返した。気を、使ってくれたのだろうか?ぼんやり考えていると、携帯がなった。ヒナタちゃんからLINEが来ている。

『リコと相談したんだけど、これからは3人と1人みたいなことはなしにしよって話になった!』
『私たち3人は確かに中学からの友達だけど、今はかすみちゃんもいれて4人で友達だから』
『今まで気まずい思いさせてごめん。これからもよろしくね』

その文章は本当に嬉しかったし昼間の2人の行動についても納得できた。なのに、なぜだか少しもやもやしたのはどうしてだろう。私はそのLINEに『ありがとう!そう言って貰えてすごく嬉しい。こちらこそよろしくね』と返し、眠りについた。



やがて夏休みに入り、4人で出かけることになった。服を見たり可愛い雑貨を見たりして過ごしていれば、お腹がすいてしまい4人でカフェに入った。カフェではヒナタちゃんたちがゲームの話を始め、私は分からないなと思いつつ耳を傾けていた。やがて夜にオンライン対戦をしようという話になったのだ。コハルちゃんが慌てて口を開く。
「今日は普通に通話にしようよ!私、最近ゲームやりすぎで親に怒られちゃったし…」
コハルちゃんの気遣わしげな視線が私に向けられる。
「ねぇねぇ、かすみちゃんもゲームやろうよ。全然教えるし、アプリ入れるだけで無料で遊べるよ!」
リコちゃんが言う。これは前には無かった反応だ。私は少し躊躇して、でもすぐに頷いた。面白そうだと思ったし、新しいことに挑戦したくなったのだ。
「やってみたい!」
「よし。頑張ろーね!かすみちゃん。ね!そうしようよ。コハル」
ヒナタちゃんが笑い、コハルちゃんに視線を向けた。
「それは全然歓迎なんだけど、かすみちゃん、無理してない?」
「やってみたいなって思ったの!だから無理してないよ」
そう答えれば、コハルちゃんは困り顔に笑みを浮かべた。
「そっか。なら良いの!…ごめんね」
ゲームという自分たちの趣味に付き合わせたことを申し訳なく思っているのかも知れない。やっぱりコハルちゃんは優しい子なんだなと思い、私は全力で首を振った。
「謝る事なんてないよ!私、楽しみだし」
「…そうだよねー。かすみちゃん」
するとやや低い声でリコちゃんが私に呼びかけた。
「かすみちゃんはさ、やりたいって思ったから返事してくれたんだよね?」
当たり前のことを聞かれ、私は頷く。
「だよね!なのになんで、コハルはかすみちゃんに謝ったの?謝られたらかすみちゃんだって居心地悪くなっちゃうと思わない?」
突然話を振られたコハルちゃんの笑顔が固まった。
「え…」
「もうこの際だから正直に言うんだけど、私とヒナタ、6月にかすみちゃんに酷いこと言ったの。コハルを困らせないでって。友達を取らないでって」
「な、何でそんなこと!」
コハルちゃんが目をつり上げた。コハルちゃんの前に置かれた紅茶のカップが揺れ、ぱしゃりとソーサーに零れる。
「かすみちゃんがいつもおどおどしてるから、コハルは自分が悪くないのに謝るし、かすみちゃんに気を遣っちゃうんだと思い込んでたからだよ」
「何、それ!そんなの全然違う、私は、」
ヒナタちゃんが後を引き継ぐ。
「うん。そう。私たちもちゃんと分かったよ。かすみちゃんは何も悪くない。おどおどするような雰囲気を作ってるのは私らの方だってちゃんと分かった。馬鹿だったと思ってる。かすみちゃんにもそのことは謝った。一応許して貰ったよ。ありがとね。かすみちゃん」
またいきなり呼びかけられ私は首を振る。
「ううん。そんな…」
「かすみちゃんは優しいね。私からもありがとう。…でさ、コハル。かすみちゃんがおどおどしちゃうような雰囲気を作った『私ら』の中にさ、コハルも入ってるって気づいてる?」
リコちゃんの言葉に、ごくりとコハルちゃんも息を呑んだ。
「待って!リコちゃん。コハルちゃんは何も悪くないよ」
慌てて言えば、2人はなぜかこちらを宥めるような表情をする。
「何も悪くないってことはないと思うよ。思い出してみて。コハルがかすみちゃんに謝ってくる度にしんどくならなかった?コハルがかすみちゃんに謝って気を遣えば遣うほど、居心地悪かったんじゃない?それでかすみちゃんはもっとおどおどして、そんなかすみちゃんを見たコハルはさらに気を遣う。…私とリコは、そういう悪循環があった気がする」
 そんなことないと否定しないといけない。でも、ヒナタちゃんの言っていることは本質を突いていた。答えかねて視線を彷徨わせる。重苦しい沈黙が流れると、2人は我に返ったような顔をする。
「ごめんごめん!何か嫌な雰囲気にさせちゃった」
「ごめんね。2人とも。ちょっと言い過ぎたよね」
「あ、ううん。大丈夫」
私が返すと、コハルちゃんも首を振った。
「気にしないで!大丈夫」
「まぁ、とにかくさ、コハルの昔からのそのすぐ謝る癖は早く直そ」
リコちゃんが軽く言う。
「うん。気をつけるね」
コハルちゃんはいつものように小さく微笑んだ。

そして、その日は皆で帰った。高校に上がって初めて友達と遊んだ日。とても楽しかった。楽しかったのに、心は少し重い。そんな夕方だった。

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