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霞たなびく
彼女の話 Ⅳ
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話すだけ話してしまうと、どこかすっきりした気持ちだった。店員さんは私の話を聞き何やら考え込んでいるようだ。何だか不安になって声をかけると、彼はこちらを見る。
「…君は、自分が嫌い?」
「え?」
「君は、自分のことを人との距離が分からない欠陥品って言ったな。知らず知らずに人を傷つけてしまうって。でも、かすみ」
「はい…?」
名前を呼び捨てにされても嫌な気はしないが、言われた言葉の意外さに変な声が出てしまった。
「誰が誰と付き合うのかはその人の選択でしかない。例えば、コハルさんやユズキさんが君と付き合うことにしたのも本人の選択だ。だから、彼女たちの友達が言う『君に友達を取られた』という言葉は、多分正確じゃない。それは君が悪いという訳でもないと俺は思う。だけど、かすみは?どう思う」
そんなことを聞かれても、答えは一つしか無い
「…あの、『私は悪くない』って言ってくれてありがとうございます。でも、やっぱり私が、もっと上手くやれれば良かったんだと思います。上手い距離を取れれば良かった。皆が苦しくないようなそんな距離感を、私が分かっていれば良かったんだと思うんです。店員さんの言う通り、私はそういう自分が嫌いなのかもしれません。だから、私は人との距離が上手く取れるような道具が欲しいです。そういうのはありますか?」
厚かましいと思った。でも、それ以上に助けて欲しかったのだ。そういう道具があれば、もう友達の泣き顔なんて見なくて済むのだろうか。
「…そうか。でも、俺は、かすみが欠陥品だとは思わないよ。この店で会った二人の人を覚えてるか?」
「あ、はい。お爺さんと女の子でしたよね?」
照れくさそうに私に微笑んだお爺さんと、ドアを押さえていてくれた優しい女の子。
「あぁ。あの二人に君がした行動は、きっと彼らの心を少し楽にした」
「どういうことですか…?だって、私はあの人たちに特別何もしてないじゃないですか」
「言葉のままの意味だよ」
ますます分からなくなる。だって、私がしたのは笑いかけてくれたお爺さんにつられて会釈を返したのと、ドアを押さえてくれる女の子にお礼を言ったくらいだ。そんな当たり前のことしか私はしていない。
「君には当たり前のことでも、何かに悩んでいたり傷ついたりしている人には、思った以上にそういう優しさは響くものだ。君が何気なくした行動で、二人は本当に嬉しそうに笑ってた。今も『友達を泣かせたくない』と思える君は、ちゃんと人のことを考えることが出来る。かすみは、当たり前のように人に優しさを向けることが出来る人間。俺はそう思ったよ」
息を呑んだ。その真っ直ぐな言葉は嬉しかった。本当に泣きたいほどに嬉しかったのだ。だけど、それを素直に飲み下すことが出来ない。そんな自分もまた嫌になる。
「でも、でも、私っ…」
意味の無い言葉を零す私を、低い声が静かに宥めた。
「いいんだよ。人からいくら言われたって、自分では飲み込めないこともある。かすみが、自分を嫌いなことも否定しない。でも、そう思ってない人もいるってことを伝えたかっただけなんだ」
店員さんは、くすりと笑みを零す。その否定も肯定もしない言葉には、焼け付くような熱さではなく、じわじわと染みこむような暖かさがあった。
店員さんは、急にかがみ込むと、引き出しから何かを取り出した。
そこには、澄んだ青の髪留めと花の栞があった。さらに美しい小瓶も出てくる。
「それは…?」
「先に言っておく。悪いが、この道具達には君の求めるような『人との上手い距離感が分かる』ような効果は無い。でも、今の君に、まず必要だと思う効果がある道具だ。お守り代わりにさ、受け取って貰えるか?効果は使えば分かる」
『今の私に必要なもの』という言葉に心臓が脈打った。こくりと頷き受け取る。
「綺麗…。ありがとうございます」
帰ろうとして足が止まる。突然不安になった。もし、駄目だったら?もし何も変えられなかったらどうすればいい?
そんな私の心を見抜いたのか、彼が口を開く。
「大丈夫だ。ここにもいつでも来ればいい。君が苦しくても苦しくなくても、君が求めるなら黎明堂はずっとここにある。だから、心配することはない」
その言葉に何度も頷く。
「はい。行ってきますね」
そう笑えば、彼も少し笑った。
「あぁ。行ってらっしゃい」
そして、黎明堂を後にした。
〈黎明堂雑貨メモ〉
『人魚姫の髪留め』:??
『ニチニチソウの栞』:??
『ミモザのハンドクリーム~竜骨ひと掬い~』:??
「…君は、自分が嫌い?」
「え?」
「君は、自分のことを人との距離が分からない欠陥品って言ったな。知らず知らずに人を傷つけてしまうって。でも、かすみ」
「はい…?」
名前を呼び捨てにされても嫌な気はしないが、言われた言葉の意外さに変な声が出てしまった。
「誰が誰と付き合うのかはその人の選択でしかない。例えば、コハルさんやユズキさんが君と付き合うことにしたのも本人の選択だ。だから、彼女たちの友達が言う『君に友達を取られた』という言葉は、多分正確じゃない。それは君が悪いという訳でもないと俺は思う。だけど、かすみは?どう思う」
そんなことを聞かれても、答えは一つしか無い
「…あの、『私は悪くない』って言ってくれてありがとうございます。でも、やっぱり私が、もっと上手くやれれば良かったんだと思います。上手い距離を取れれば良かった。皆が苦しくないようなそんな距離感を、私が分かっていれば良かったんだと思うんです。店員さんの言う通り、私はそういう自分が嫌いなのかもしれません。だから、私は人との距離が上手く取れるような道具が欲しいです。そういうのはありますか?」
厚かましいと思った。でも、それ以上に助けて欲しかったのだ。そういう道具があれば、もう友達の泣き顔なんて見なくて済むのだろうか。
「…そうか。でも、俺は、かすみが欠陥品だとは思わないよ。この店で会った二人の人を覚えてるか?」
「あ、はい。お爺さんと女の子でしたよね?」
照れくさそうに私に微笑んだお爺さんと、ドアを押さえていてくれた優しい女の子。
「あぁ。あの二人に君がした行動は、きっと彼らの心を少し楽にした」
「どういうことですか…?だって、私はあの人たちに特別何もしてないじゃないですか」
「言葉のままの意味だよ」
ますます分からなくなる。だって、私がしたのは笑いかけてくれたお爺さんにつられて会釈を返したのと、ドアを押さえてくれる女の子にお礼を言ったくらいだ。そんな当たり前のことしか私はしていない。
「君には当たり前のことでも、何かに悩んでいたり傷ついたりしている人には、思った以上にそういう優しさは響くものだ。君が何気なくした行動で、二人は本当に嬉しそうに笑ってた。今も『友達を泣かせたくない』と思える君は、ちゃんと人のことを考えることが出来る。かすみは、当たり前のように人に優しさを向けることが出来る人間。俺はそう思ったよ」
息を呑んだ。その真っ直ぐな言葉は嬉しかった。本当に泣きたいほどに嬉しかったのだ。だけど、それを素直に飲み下すことが出来ない。そんな自分もまた嫌になる。
「でも、でも、私っ…」
意味の無い言葉を零す私を、低い声が静かに宥めた。
「いいんだよ。人からいくら言われたって、自分では飲み込めないこともある。かすみが、自分を嫌いなことも否定しない。でも、そう思ってない人もいるってことを伝えたかっただけなんだ」
店員さんは、くすりと笑みを零す。その否定も肯定もしない言葉には、焼け付くような熱さではなく、じわじわと染みこむような暖かさがあった。
店員さんは、急にかがみ込むと、引き出しから何かを取り出した。
そこには、澄んだ青の髪留めと花の栞があった。さらに美しい小瓶も出てくる。
「それは…?」
「先に言っておく。悪いが、この道具達には君の求めるような『人との上手い距離感が分かる』ような効果は無い。でも、今の君に、まず必要だと思う効果がある道具だ。お守り代わりにさ、受け取って貰えるか?効果は使えば分かる」
『今の私に必要なもの』という言葉に心臓が脈打った。こくりと頷き受け取る。
「綺麗…。ありがとうございます」
帰ろうとして足が止まる。突然不安になった。もし、駄目だったら?もし何も変えられなかったらどうすればいい?
そんな私の心を見抜いたのか、彼が口を開く。
「大丈夫だ。ここにもいつでも来ればいい。君が苦しくても苦しくなくても、君が求めるなら黎明堂はずっとここにある。だから、心配することはない」
その言葉に何度も頷く。
「はい。行ってきますね」
そう笑えば、彼も少し笑った。
「あぁ。行ってらっしゃい」
そして、黎明堂を後にした。
〈黎明堂雑貨メモ〉
『人魚姫の髪留め』:??
『ニチニチソウの栞』:??
『ミモザのハンドクリーム~竜骨ひと掬い~』:??
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