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星逢のゆふべ
老紳士の話 Ⅱ
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今日はどこか周りが沸き立つ土曜日だ。しかし、外はあいにく梅雨らしい雨模様だ。
ぼんやりと眺めていると、数日前に訪れた雑貨屋を思い出す。もみじ茶は飲みきってしまった。それのおかげで、私の頭にはいくつかの思い出が帰ってきた。それは私の心をじんわりと温めるものであったが、同時にあの日の後悔を色濃く呼び起こすものだった。
「魔法道具、か」
居なくなった人ともう一度会える。そんな道具はないのだろうか。現実では亡くなった人と関わることなどできっこない。それは自然の摂理に反するというものだ。
だけど、『魔法』なら。出来るのだろうか。
ふらりと立ち上がり、上着を羽織り傘を持つ。そして私は、再びあの雑貨屋へ向かった。
前回と同じ道のりで行けば問題なくたどり着くことができて安心する。「魔法の店」というものは日によって場所が変わるというのがよくある。妻の読んでいた本に出てくるその類いの店は、軒並みそうだった。
前と同じようにがちゃりとドアを開けると、カウンター内の存在が顔を上げた。
「こんにちは。またお会いできましたね」
「あぁ、こんにちは。先日はありがとうございます」
「とんでもないです。俺はこの店として当然のことをしているだけですから」
「それでも私は嬉しかったんですよ。お兄さん。…他の雑貨を見てもいいですか」
「もちろんです。お好きなだけどうぞ」
もう一度お礼を言い、陳列された商品を眺める。
花びらの浮かべられた小瓶。木箱。動物の形のクッキー。着物柄の千代紙。可愛らしい封筒に入った植物の種。青いリボンをかたどった髪留め。押し花の栞。じっくり見ていれば、色とりどりの道具が溢れている。
書いてある商品名も気になる物ばかりだ。視線を巡らせていると、金色のハンドベルのようなものが目に留まった。
「これは…」
すると、店の奥から軽やかな足音がする。何となく顔を上げれば、リュックを背負った女子高生らしき子が居た。初めて自分以外のお客を見たせいで、その子を少し長く眺めてしまった。ばちりと目が合う。
「おっと…」
気恥ずかしくなり、帽子に手を掛けその子に笑いかけた。すると、少し驚いた顔をした彼女も微笑み返し、会釈をしてくれる。何となく胸が温かくなった。
その子は、出口に向かいながら青年と声を交わす。
「…あの、電話ありがとうございました。もうすぐバスの時間なので帰りますね」
青年は顔を上げ、彼女を見つめ返した。
「…そうですか。また来て下さい。お待ちしています。気をつけて」
彼女は、少し弾んだ声で返事をすると店から立ち去った。すると入れ違いに、ランドセルを背負った女の子が現われる。今日はお客さんが多い日だなとぼんやり思う。女の子は少し所在なさげに視線を彷徨わせ、店内を見ていた。
私はカウンターに向かう。
「どうしましたか?」
「…あの、聞いても良いでしょうか。例えば、亡くなった人ともう一度会える魔法道具などはありますか?」
青年がはっと目を見開いた。その表情に、自分がとんでもないことを言ったようで慌てて取り繕う。
「いや!すみません。無いですよね。そんな都合の良い道具なんて」
「ありますよ」
事もなげに言われ、今度はこちらが唖然としてしまう。青年は売り場から金色のハンドベルのようなものを持ってくる。
「それ…」
「これは、呼び出しベルという道具です」
「呼び出し、ベル?」
「はい。これは会いたい方を一日だけ、この場に呼び込むことが出来ます。亡くなった方も例外ではありません。それに、同姓同名の方が居たとしても、使用者が会いたいと思った人物のみを正確に連れてくることができる」
「本当に、そんなことが出来るんですか」
「はい。ただ、これが使えるのは七月七日の七夕の日だけです。その日にこのベルを三回振り、会いたい方を強く思い浮かべながら名を呼べば、七夕の日だけ再会することができます」
「…七夕伝説のまんまですね」
「まぁ、天の川の力を借りている道具ですので」
ごくりと息を呑む。会えるのだろうか。耳の奥で妻の声がはっきりと響く。私と結婚して良かったと言ってくれた優しい彼女。あの言葉にずっと「私もそうだ」と返してやりたかった。仏壇越しに何度も伝えた。でも、やはり面と向かって伝えたかったのだ。
「…でも、お兄さん。そんなの余りに都合が良くないですか。私は、この道具を使ってもいいんでしょうか?こんな簡単に会えてしまって良いのでしょうか」
「確かに、都合が良いと言われればそれまでです。でも、ミノルさん。貴方にはこれが必要なのだと思います。奥様と向き合って、貴方がこれから先、生きていく為に。奥様が安心して眠れる為に」
低い声がじわりと染みこんでいくようだ。青年のくすんだ緑の瞳が淡い光を帯びた。
「ここは、悩みを抱える者や傷ついた者がたどり着く場所。貴方の悩みを解決しましょう。1匙の魔法を添えて」
そしてベルを受け取った。ずしりとした重さが伝わる。
「はい。はい!分かりました。ありがとうございます」
青年はゆっくり頷いた。
不意に、背後から女の子の泣き声が聞こえる。振り向くと、先程店内に入ってきた女の子がぽろぽろと大きな目から涙を流していた。青年は、少女の目線に合わせて屈むとハンカチを差し出す。少女は礼儀正しくお辞儀をすると、涙を拭っていた。少しおせっかいがしたくなった。私は、少女にそっと声をかける。
「お嬢さん。これをあげよう。きっと元気になれるよ」
そう言って私は、鞄に入れていたべっこう飴の巾着を渡す。妻も私も大好きだった。少女は不思議そうに巾着を開け、宝石みたいに透き通った飴に目を輝かせると、口に含んだ。
「おいしい…!ありがとうございます!」
ぱっと花が咲いたように少女が笑う。その真っ直ぐな笑顔に私も笑みが浮かぶ。そして出口に向かいながら、振り返った。
「ありがとう。ここに来れて本当に良かった」
「思い、伝えられるといいですね。…またいつでも来て下さい」
「そうだね。ぜひまた来るよ」
そして、黎明堂を後にした。
〈黎明堂 雑貨メモ〉
呼び出しベル: 天の川の力を借り、会いたい人を呼び出す。七夕の日にしか使えない。
ぼんやりと眺めていると、数日前に訪れた雑貨屋を思い出す。もみじ茶は飲みきってしまった。それのおかげで、私の頭にはいくつかの思い出が帰ってきた。それは私の心をじんわりと温めるものであったが、同時にあの日の後悔を色濃く呼び起こすものだった。
「魔法道具、か」
居なくなった人ともう一度会える。そんな道具はないのだろうか。現実では亡くなった人と関わることなどできっこない。それは自然の摂理に反するというものだ。
だけど、『魔法』なら。出来るのだろうか。
ふらりと立ち上がり、上着を羽織り傘を持つ。そして私は、再びあの雑貨屋へ向かった。
前回と同じ道のりで行けば問題なくたどり着くことができて安心する。「魔法の店」というものは日によって場所が変わるというのがよくある。妻の読んでいた本に出てくるその類いの店は、軒並みそうだった。
前と同じようにがちゃりとドアを開けると、カウンター内の存在が顔を上げた。
「こんにちは。またお会いできましたね」
「あぁ、こんにちは。先日はありがとうございます」
「とんでもないです。俺はこの店として当然のことをしているだけですから」
「それでも私は嬉しかったんですよ。お兄さん。…他の雑貨を見てもいいですか」
「もちろんです。お好きなだけどうぞ」
もう一度お礼を言い、陳列された商品を眺める。
花びらの浮かべられた小瓶。木箱。動物の形のクッキー。着物柄の千代紙。可愛らしい封筒に入った植物の種。青いリボンをかたどった髪留め。押し花の栞。じっくり見ていれば、色とりどりの道具が溢れている。
書いてある商品名も気になる物ばかりだ。視線を巡らせていると、金色のハンドベルのようなものが目に留まった。
「これは…」
すると、店の奥から軽やかな足音がする。何となく顔を上げれば、リュックを背負った女子高生らしき子が居た。初めて自分以外のお客を見たせいで、その子を少し長く眺めてしまった。ばちりと目が合う。
「おっと…」
気恥ずかしくなり、帽子に手を掛けその子に笑いかけた。すると、少し驚いた顔をした彼女も微笑み返し、会釈をしてくれる。何となく胸が温かくなった。
その子は、出口に向かいながら青年と声を交わす。
「…あの、電話ありがとうございました。もうすぐバスの時間なので帰りますね」
青年は顔を上げ、彼女を見つめ返した。
「…そうですか。また来て下さい。お待ちしています。気をつけて」
彼女は、少し弾んだ声で返事をすると店から立ち去った。すると入れ違いに、ランドセルを背負った女の子が現われる。今日はお客さんが多い日だなとぼんやり思う。女の子は少し所在なさげに視線を彷徨わせ、店内を見ていた。
私はカウンターに向かう。
「どうしましたか?」
「…あの、聞いても良いでしょうか。例えば、亡くなった人ともう一度会える魔法道具などはありますか?」
青年がはっと目を見開いた。その表情に、自分がとんでもないことを言ったようで慌てて取り繕う。
「いや!すみません。無いですよね。そんな都合の良い道具なんて」
「ありますよ」
事もなげに言われ、今度はこちらが唖然としてしまう。青年は売り場から金色のハンドベルのようなものを持ってくる。
「それ…」
「これは、呼び出しベルという道具です」
「呼び出し、ベル?」
「はい。これは会いたい方を一日だけ、この場に呼び込むことが出来ます。亡くなった方も例外ではありません。それに、同姓同名の方が居たとしても、使用者が会いたいと思った人物のみを正確に連れてくることができる」
「本当に、そんなことが出来るんですか」
「はい。ただ、これが使えるのは七月七日の七夕の日だけです。その日にこのベルを三回振り、会いたい方を強く思い浮かべながら名を呼べば、七夕の日だけ再会することができます」
「…七夕伝説のまんまですね」
「まぁ、天の川の力を借りている道具ですので」
ごくりと息を呑む。会えるのだろうか。耳の奥で妻の声がはっきりと響く。私と結婚して良かったと言ってくれた優しい彼女。あの言葉にずっと「私もそうだ」と返してやりたかった。仏壇越しに何度も伝えた。でも、やはり面と向かって伝えたかったのだ。
「…でも、お兄さん。そんなの余りに都合が良くないですか。私は、この道具を使ってもいいんでしょうか?こんな簡単に会えてしまって良いのでしょうか」
「確かに、都合が良いと言われればそれまでです。でも、ミノルさん。貴方にはこれが必要なのだと思います。奥様と向き合って、貴方がこれから先、生きていく為に。奥様が安心して眠れる為に」
低い声がじわりと染みこんでいくようだ。青年のくすんだ緑の瞳が淡い光を帯びた。
「ここは、悩みを抱える者や傷ついた者がたどり着く場所。貴方の悩みを解決しましょう。1匙の魔法を添えて」
そしてベルを受け取った。ずしりとした重さが伝わる。
「はい。はい!分かりました。ありがとうございます」
青年はゆっくり頷いた。
不意に、背後から女の子の泣き声が聞こえる。振り向くと、先程店内に入ってきた女の子がぽろぽろと大きな目から涙を流していた。青年は、少女の目線に合わせて屈むとハンカチを差し出す。少女は礼儀正しくお辞儀をすると、涙を拭っていた。少しおせっかいがしたくなった。私は、少女にそっと声をかける。
「お嬢さん。これをあげよう。きっと元気になれるよ」
そう言って私は、鞄に入れていたべっこう飴の巾着を渡す。妻も私も大好きだった。少女は不思議そうに巾着を開け、宝石みたいに透き通った飴に目を輝かせると、口に含んだ。
「おいしい…!ありがとうございます!」
ぱっと花が咲いたように少女が笑う。その真っ直ぐな笑顔に私も笑みが浮かぶ。そして出口に向かいながら、振り返った。
「ありがとう。ここに来れて本当に良かった」
「思い、伝えられるといいですね。…またいつでも来て下さい」
「そうだね。ぜひまた来るよ」
そして、黎明堂を後にした。
〈黎明堂 雑貨メモ〉
呼び出しベル: 天の川の力を借り、会いたい人を呼び出す。七夕の日にしか使えない。
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