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霞たなびく
彼女の話 Ⅲ
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私は、人との距離感が分からない。それを知ってしまったのは何時だっただろうか。それはきっと小5の頃だった気がする。元々私は人と話すのが好きだった。話せば話すほどたくさんの子のたくさんの顔を知ることが出来る。だから、小4まではいつも周りに人が居たのだ。私は友達がたくさんいて幸せ者だと思っていた。
小5に上がり、私は1人の子とよく話すようになった。その子は「ユズキ」と言う名前だった。本が好きで私と気が合うのだ。今までいろんな子と話していたがずっと一緒に居るような友達は居なかった。しかし、彼女は初めて私にとってそんな存在になった。お互いのお気に入りの本を紹介し合ってたくさん話をした。ユズキちゃんはある日、隣のクラスの女の子を紹介してくれた。その子は「サワ」ちゃんと言う名前で、ユズキちゃんと小4の頃からの友人だったのだ。サワちゃんも本が好きで、私たち3人はすぐに仲良くなった。3人で休み時間は図書室に遊びに行ったり、机に集まって絵を書いたりした。色々な子と話すのは楽しい。だけど、気の合う子たちと共通の好きなことについて話すことの楽しさに私は気づいた。公園に行けば、3人でシール交換をした。買い物に行った。交換ノートもした。
ある日、いつも通り3人でシール交換をしているとユズキちゃんが言った。
「かすみちゃん!前に持っていた和柄のシールある?私、あれ欲しいな。この大きいシールと交換しようよ」
そう言って、ユズキちゃんは自分の持っていたシールを私に差し出した。水の入ったキラキラシールを持っていたのは3人の中でユズキちゃんだけだった。
「あ、ごめん。和柄のシールは、前に遊んだ別の子にあげちゃって今は無いんだ」
少し辛い気持ちになりながらそう答えると、ユズキちゃんは一瞬悲しそうな顔をしたがすぐに笑って答えた。
「仕方ないなぁ。じゃ、その良い香りのシールで良いよ。はい!」
そして私の持っていた香り付きシールと水入りシールを交換した。
「ユズちゃん、私の和柄あげようか?」
横にいたサワちゃんがユズキちゃんに声をかける。ユズキちゃんは相変わらずの笑顔でそれを受け取らなかった。
「んーん。大丈夫!サワちゃんのはいらないかな。あ、でもその動物の欲しい!」
サワちゃんの表情が一瞬固まったがパッと笑顔になり、動物のシールを渡す。
「ありがと!サワちゃんにはこれあげる」
そう言ってユズキちゃんはサワちゃんに普通の可愛いシールをあげた。その時は気にならなかったが、帰り際、サワちゃんがポケットからレシートを落とした時に気がついた。そのレシートは近くの百円ショップのもので、「和柄シール」と描いてあった。私はひどく気まずくなりレシートの文字を見ない振りしてサワちゃんに返したのだ。そこからだろうか。仲良し3人組がきしみ始めたのは。
別の日、委員会の集まりでユズキちゃんはおらず、私はサワちゃんと2人で図書室に居た。不意にサワちゃんは私を本棚の奥まったところに手招きした。
「どうしたの?」
「あのね、ユズちゃん、かすみちゃんのこと嫌ってると思う」
「え?何で?」
予想外の言葉にポカンとした。
「この前、かすみちゃんがクラブ活動で一緒に帰れなかった時あるでしょ。その時にユズちゃんと一緒に帰ってたら急にかすみちゃんの悪口言い始めたの。多分前のシール交換のこと怒ってるんだと思う。友達がほしがってたのに他の子にあげちゃうなんて最低だって。かすみちゃんは、私のことが一番じゃないんだって」
あの時は笑顔だったが、本当は怒っていたのだろうか。
「私、びっくりしちゃって。その時は何も言えなかったんだけど、友達のことそういう風に言うユズちゃんの方が最低だよね。そう思わない?シールくらいでへそ曲げるなんて、何か子どもっぽいよ」
思わず頷きそうになり、ハッとした。ここで同意したら悪口になる。私はそれだけは嫌だった。
「そっか…。えっと、教えてくれてありがと。サワちゃん。明日ちょっと考えるね」
すると、サワちゃんは僅かに顔をしかめ目を逸らした。
「…良い子だね。かすみちゃんは。まぁ、そうしたいなら止めないけどあんまり関わんない方が良いよ。私はユズキちゃんともうあまり話さないようにするけどね」
そしてその日は終わった。
次の日は金曜日だった。不安でいっぱいのまま登校すると、少し経ってユズキちゃんが教室に入ってくる。目が合い、身体が硬直する。でも、ユズキちゃんはいつものようにニコッと笑うと私の机に近づいてきた。
「おはよー!かすみちゃん」
「お、おはよ!」
いつも通りの態度。それはサワちゃんから聞いた話とは少し違っていて、何とも言えない気持ちになった。だけど同時にとても安心したのだ。その日の昼休みは、たまたま教室に残っていた別のクラスメイトも交えておしゃべりした。ユズキちゃんも楽しそうで、だけどサワちゃんは来なかった。教室に見にいっても会うことは出来ずその日は終わった。その日はサワちゃんがクラブ活動の日だったので、帰りはユズキちゃんと2人だった。
「ねぇ。かすみちゃん。土曜日3人で遊ぼうって言ってた日なんだけど、サワちゃんが習い事入って行けなくなったんだって」
「じゃあ別の日にしようか?」
「何で?2人で良くない?3人で行くのはまたの機会にしてさ」
何の躊躇も無く言われて、私は少し戸惑った。今まで、私の都合が悪ければユズキちゃんとサワちゃんは2人で出かけるが、ユズキちゃんかサワちゃんが行けない時はキャンセルという流れだったのだ。
「実は思ったんだよね。かすみちゃんだって私らの友達な訳じゃん?なのにかすみちゃんが行けない時はサワちゃんと行くけど、私とサワちゃんのどっちかが行けなければキャンセルって、不公平?だと思うんだ。そりゃ、私とサワちゃんは4年から友達だけど今は3人で友達じゃん。そういうの良くないと思ってさ。だからごめんね。かすみちゃん。嫌な思いさせて」
にっこりとユズキちゃんは笑う。それに心が熱くなった。嬉しくて私は何度も首を振った。
「ううん。そんなことないよ。でも、ありがとう。ユズキちゃん」
「えー?どういたしまして!」
そして迎えた土曜日は本当に楽しい時間を過ごせたのだった。
月曜日。いつも通りユズキちゃんと挨拶をして、土曜日のことを話していた。ユズキちゃんは委員会で、私はサワちゃんの教室を訪れた。
「かすみちゃん!ごめん。今行くね」
サワちゃんと久々に会った気がした。そして他愛のない話をしながら帰っていると不意にサワちゃんが足を止めた。
「…かすみちゃんさ、土曜日ユズちゃんと2人で遊んだんだよね。何で?私言ったじゃん。あの子、かすみちゃんの悪口言ってたんだよ?」
「うん、でも。あの後会ったユズキちゃんは全然そんな感じじゃ無かったの。それに嬉しいことも言ってくれたんだよ!」
そして私はユズキちゃんに金曜日に言われた言葉を伝えた。
「だからっ!私はユズキちゃんとサワちゃんとこれからも仲良くしたい!」
「…そんなの私の方が知ってる!ユズちゃんが悪口言うような奴じゃないなんて言われなくたって知ってるよ!」
倍の声でサワちゃんが言い返してきた。思わず後ずさる。
「え…、じゃあ何で…」
「ずるいよ。かすみちゃん!かすみちゃんにはたくさん友達がいるじゃん。それなのに誰彼構わず話しかけてさ。悪口も言わないし、すぐ仲良くなっちゃう。…ユズちゃんとだってたまたま同じクラスになっただけの癖に!」
ぎゅっとサワちゃんが手を握りしめた。涙に濡れた瞳がまっすぐ私を射貫く。
「もうとらないでよ。…私の友達をとらないで!」
ドンと衝撃。突き飛ばされたのだと気づく。サワちゃんはくるりと背を向け走り去った。
そこで初めて知ったのだ。私は何も考えずにユズキちゃんにも話しかけた。サワちゃんにも話しかけた。色々な子と仲良くなりたかったから話しかけた。でも、それで傷つく人も居る。私の行動が人を泣かせてしまったのだ。
次の日、教室に入ってきたユズキちゃんは私に何も話しかけなかった。でも帰り際に机に来ていつもと違う表情で「サワちゃんも呼んで一緒に帰ろう」と言いさっさと歩き出してしまった。
いくらも歩かないうちにユズキちゃんが口を開く。
「…ねぇかすみちゃん。サワちゃんから聞いたんだけど、私がサワちゃんのこと嫌ってるって言ったんだって?」
「え?そんなこと言ってないよ!」
「確かに最近かすみちゃんと居たけどさ、別にサワちゃんが嫌いになったとかじゃないから。適当なこと言わないでよ」
「知ってるよ!そんなの知ってる。私はそんなこと一言も言ってない」
「じゃあ、何で昨日サワちゃんが泣いてたの?昨日一緒に帰ったのはかすみちゃんじゃん。サワちゃん泣いて私に電話してきたんだよ。「私のこと嫌いなんて嘘だよね」って!」
昨日のサワちゃんが泣いた理由は確かに私のせいで。何をどう言ってもサワちゃんを傷つけるだけのようで。ふとサワちゃんに視線を送ると、ユズキちゃんの後ろで俯きながら泣いていた。肩が震えていて、相変わらずその手は固く握りしめられている。それを見て何も言えず、ぐっと息を詰めた。
「黙ってるって事はホントなんだよね。もう関わらないで。行こ。サワ」
そして2人は立ち去った。痛い。痛い。焼け付くように胸が痛い。私は声を押し殺して泣いた。
「私は無遠慮に距離を詰めすぎた。近すぎる距離は人を傷つけるんだって思ったんです。それで、私は人に近づきすぎないようにした。こちらから距離を詰めるのは止めようと思ったんです。そうしてから、中学まではそこそこ上手くやれていたんです。でも、」
また涙が落ちる。店員さんは黙って私の手からハンカチを取り、その涙をただ拭う。
「…距離を取り過ぎても人を傷つけてしまった。近くても駄目。遠くても駄目。なら私はどうしたらいいんでしょう?どうしたら、誰も傷つけなくて済むんですかね。もう、分からないんです」
感情の読めないオリーブの瞳。初対面の人に聞くことでもないし、する話でも無かった。だけど何かに操られたように口から言葉が零れる。
「…1匙の魔法があれば、何か変わるんでしょうか?」
思わず縋るような言葉になってしまう。微かに店主さんの口角が上がった。ぽすとハンカチを渡し、彼はその不思議な瞳で私を再び見つめた。
「ここは、そういう場所だから」
思わず私の口元にも笑みが浮かんだ。
小5に上がり、私は1人の子とよく話すようになった。その子は「ユズキ」と言う名前だった。本が好きで私と気が合うのだ。今までいろんな子と話していたがずっと一緒に居るような友達は居なかった。しかし、彼女は初めて私にとってそんな存在になった。お互いのお気に入りの本を紹介し合ってたくさん話をした。ユズキちゃんはある日、隣のクラスの女の子を紹介してくれた。その子は「サワ」ちゃんと言う名前で、ユズキちゃんと小4の頃からの友人だったのだ。サワちゃんも本が好きで、私たち3人はすぐに仲良くなった。3人で休み時間は図書室に遊びに行ったり、机に集まって絵を書いたりした。色々な子と話すのは楽しい。だけど、気の合う子たちと共通の好きなことについて話すことの楽しさに私は気づいた。公園に行けば、3人でシール交換をした。買い物に行った。交換ノートもした。
ある日、いつも通り3人でシール交換をしているとユズキちゃんが言った。
「かすみちゃん!前に持っていた和柄のシールある?私、あれ欲しいな。この大きいシールと交換しようよ」
そう言って、ユズキちゃんは自分の持っていたシールを私に差し出した。水の入ったキラキラシールを持っていたのは3人の中でユズキちゃんだけだった。
「あ、ごめん。和柄のシールは、前に遊んだ別の子にあげちゃって今は無いんだ」
少し辛い気持ちになりながらそう答えると、ユズキちゃんは一瞬悲しそうな顔をしたがすぐに笑って答えた。
「仕方ないなぁ。じゃ、その良い香りのシールで良いよ。はい!」
そして私の持っていた香り付きシールと水入りシールを交換した。
「ユズちゃん、私の和柄あげようか?」
横にいたサワちゃんがユズキちゃんに声をかける。ユズキちゃんは相変わらずの笑顔でそれを受け取らなかった。
「んーん。大丈夫!サワちゃんのはいらないかな。あ、でもその動物の欲しい!」
サワちゃんの表情が一瞬固まったがパッと笑顔になり、動物のシールを渡す。
「ありがと!サワちゃんにはこれあげる」
そう言ってユズキちゃんはサワちゃんに普通の可愛いシールをあげた。その時は気にならなかったが、帰り際、サワちゃんがポケットからレシートを落とした時に気がついた。そのレシートは近くの百円ショップのもので、「和柄シール」と描いてあった。私はひどく気まずくなりレシートの文字を見ない振りしてサワちゃんに返したのだ。そこからだろうか。仲良し3人組がきしみ始めたのは。
別の日、委員会の集まりでユズキちゃんはおらず、私はサワちゃんと2人で図書室に居た。不意にサワちゃんは私を本棚の奥まったところに手招きした。
「どうしたの?」
「あのね、ユズちゃん、かすみちゃんのこと嫌ってると思う」
「え?何で?」
予想外の言葉にポカンとした。
「この前、かすみちゃんがクラブ活動で一緒に帰れなかった時あるでしょ。その時にユズちゃんと一緒に帰ってたら急にかすみちゃんの悪口言い始めたの。多分前のシール交換のこと怒ってるんだと思う。友達がほしがってたのに他の子にあげちゃうなんて最低だって。かすみちゃんは、私のことが一番じゃないんだって」
あの時は笑顔だったが、本当は怒っていたのだろうか。
「私、びっくりしちゃって。その時は何も言えなかったんだけど、友達のことそういう風に言うユズちゃんの方が最低だよね。そう思わない?シールくらいでへそ曲げるなんて、何か子どもっぽいよ」
思わず頷きそうになり、ハッとした。ここで同意したら悪口になる。私はそれだけは嫌だった。
「そっか…。えっと、教えてくれてありがと。サワちゃん。明日ちょっと考えるね」
すると、サワちゃんは僅かに顔をしかめ目を逸らした。
「…良い子だね。かすみちゃんは。まぁ、そうしたいなら止めないけどあんまり関わんない方が良いよ。私はユズキちゃんともうあまり話さないようにするけどね」
そしてその日は終わった。
次の日は金曜日だった。不安でいっぱいのまま登校すると、少し経ってユズキちゃんが教室に入ってくる。目が合い、身体が硬直する。でも、ユズキちゃんはいつものようにニコッと笑うと私の机に近づいてきた。
「おはよー!かすみちゃん」
「お、おはよ!」
いつも通りの態度。それはサワちゃんから聞いた話とは少し違っていて、何とも言えない気持ちになった。だけど同時にとても安心したのだ。その日の昼休みは、たまたま教室に残っていた別のクラスメイトも交えておしゃべりした。ユズキちゃんも楽しそうで、だけどサワちゃんは来なかった。教室に見にいっても会うことは出来ずその日は終わった。その日はサワちゃんがクラブ活動の日だったので、帰りはユズキちゃんと2人だった。
「ねぇ。かすみちゃん。土曜日3人で遊ぼうって言ってた日なんだけど、サワちゃんが習い事入って行けなくなったんだって」
「じゃあ別の日にしようか?」
「何で?2人で良くない?3人で行くのはまたの機会にしてさ」
何の躊躇も無く言われて、私は少し戸惑った。今まで、私の都合が悪ければユズキちゃんとサワちゃんは2人で出かけるが、ユズキちゃんかサワちゃんが行けない時はキャンセルという流れだったのだ。
「実は思ったんだよね。かすみちゃんだって私らの友達な訳じゃん?なのにかすみちゃんが行けない時はサワちゃんと行くけど、私とサワちゃんのどっちかが行けなければキャンセルって、不公平?だと思うんだ。そりゃ、私とサワちゃんは4年から友達だけど今は3人で友達じゃん。そういうの良くないと思ってさ。だからごめんね。かすみちゃん。嫌な思いさせて」
にっこりとユズキちゃんは笑う。それに心が熱くなった。嬉しくて私は何度も首を振った。
「ううん。そんなことないよ。でも、ありがとう。ユズキちゃん」
「えー?どういたしまして!」
そして迎えた土曜日は本当に楽しい時間を過ごせたのだった。
月曜日。いつも通りユズキちゃんと挨拶をして、土曜日のことを話していた。ユズキちゃんは委員会で、私はサワちゃんの教室を訪れた。
「かすみちゃん!ごめん。今行くね」
サワちゃんと久々に会った気がした。そして他愛のない話をしながら帰っていると不意にサワちゃんが足を止めた。
「…かすみちゃんさ、土曜日ユズちゃんと2人で遊んだんだよね。何で?私言ったじゃん。あの子、かすみちゃんの悪口言ってたんだよ?」
「うん、でも。あの後会ったユズキちゃんは全然そんな感じじゃ無かったの。それに嬉しいことも言ってくれたんだよ!」
そして私はユズキちゃんに金曜日に言われた言葉を伝えた。
「だからっ!私はユズキちゃんとサワちゃんとこれからも仲良くしたい!」
「…そんなの私の方が知ってる!ユズちゃんが悪口言うような奴じゃないなんて言われなくたって知ってるよ!」
倍の声でサワちゃんが言い返してきた。思わず後ずさる。
「え…、じゃあ何で…」
「ずるいよ。かすみちゃん!かすみちゃんにはたくさん友達がいるじゃん。それなのに誰彼構わず話しかけてさ。悪口も言わないし、すぐ仲良くなっちゃう。…ユズちゃんとだってたまたま同じクラスになっただけの癖に!」
ぎゅっとサワちゃんが手を握りしめた。涙に濡れた瞳がまっすぐ私を射貫く。
「もうとらないでよ。…私の友達をとらないで!」
ドンと衝撃。突き飛ばされたのだと気づく。サワちゃんはくるりと背を向け走り去った。
そこで初めて知ったのだ。私は何も考えずにユズキちゃんにも話しかけた。サワちゃんにも話しかけた。色々な子と仲良くなりたかったから話しかけた。でも、それで傷つく人も居る。私の行動が人を泣かせてしまったのだ。
次の日、教室に入ってきたユズキちゃんは私に何も話しかけなかった。でも帰り際に机に来ていつもと違う表情で「サワちゃんも呼んで一緒に帰ろう」と言いさっさと歩き出してしまった。
いくらも歩かないうちにユズキちゃんが口を開く。
「…ねぇかすみちゃん。サワちゃんから聞いたんだけど、私がサワちゃんのこと嫌ってるって言ったんだって?」
「え?そんなこと言ってないよ!」
「確かに最近かすみちゃんと居たけどさ、別にサワちゃんが嫌いになったとかじゃないから。適当なこと言わないでよ」
「知ってるよ!そんなの知ってる。私はそんなこと一言も言ってない」
「じゃあ、何で昨日サワちゃんが泣いてたの?昨日一緒に帰ったのはかすみちゃんじゃん。サワちゃん泣いて私に電話してきたんだよ。「私のこと嫌いなんて嘘だよね」って!」
昨日のサワちゃんが泣いた理由は確かに私のせいで。何をどう言ってもサワちゃんを傷つけるだけのようで。ふとサワちゃんに視線を送ると、ユズキちゃんの後ろで俯きながら泣いていた。肩が震えていて、相変わらずその手は固く握りしめられている。それを見て何も言えず、ぐっと息を詰めた。
「黙ってるって事はホントなんだよね。もう関わらないで。行こ。サワ」
そして2人は立ち去った。痛い。痛い。焼け付くように胸が痛い。私は声を押し殺して泣いた。
「私は無遠慮に距離を詰めすぎた。近すぎる距離は人を傷つけるんだって思ったんです。それで、私は人に近づきすぎないようにした。こちらから距離を詰めるのは止めようと思ったんです。そうしてから、中学まではそこそこ上手くやれていたんです。でも、」
また涙が落ちる。店員さんは黙って私の手からハンカチを取り、その涙をただ拭う。
「…距離を取り過ぎても人を傷つけてしまった。近くても駄目。遠くても駄目。なら私はどうしたらいいんでしょう?どうしたら、誰も傷つけなくて済むんですかね。もう、分からないんです」
感情の読めないオリーブの瞳。初対面の人に聞くことでもないし、する話でも無かった。だけど何かに操られたように口から言葉が零れる。
「…1匙の魔法があれば、何か変わるんでしょうか?」
思わず縋るような言葉になってしまう。微かに店主さんの口角が上がった。ぽすとハンカチを渡し、彼はその不思議な瞳で私を再び見つめた。
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