駄女神がいる日常~就職浪人してたが死んだら駄女神の旦那にされました。え、俺同意していないんだけど~

日向 葵

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第二十七話~芋虫転生ってそりゃないよ~

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 再びラーメンにチャレンジしようと思った。思ってしまったんだ。ラーメンを作るうえで大切なのはスープだ。スープをよりおいしくするためには、出汁が重要となってくる。
 どんな具材を掛け合わせてうまみ成分を抽出し、よりおいしいスープを作るか、そしてそのスープに合う麺を用意するかがおいしいラーメンを作るためのポイントだと、実感した。

 どうせならいろんな出汁を作ってみよう。とりあえずチャレンジだ。
 昆布だしは、主にグルタミン酸といううまみ成分が含まれている、日本人の心の友達。このグルタミン酸と掛け合わせることでうま味が倍増すると言われているうま味成分、それがイノシン酸。
 イノシン酸はカツオや煮干しなどに含まれており、動物性うま味成分なんて言われているらしい。洋食なんかはこのイノシン酸が多く含まれた料理が多いとかなんとか。
 ちなみに和食はグルタミン酸だ。
 俺はベースを昆布に、掛け合わせに煮干しの出汁を使おうと思っている。
 正直、干しシイタケに多く含まれると言われているグアニル酸についてあまり記述を見つけられなかったから使う気になれなかった。
 ちゃんと調べていないということもあるが、今回は昆布と煮干しを使うので、干しシイタケはいいだろう。

 という訳で、昨日水につけて一晩おいといた煮干しと昆布を冷蔵庫から取り出した。
 煮ずとも水だしで簡単に出汁が取れるんだから、煮干しや昆布は楽だよな。
 そこでふと気が付く。
 この煮干しと昆布……どうしよう。
 まだ煮たら使えるような気はするが、水出しで作った出汁があるから、これ以上作る必要はない。かといってこのまま捨てるのももったいない。
 昆布はそのまま食べるとしても、問題はこの煮干しだよな……。

「ダーリン、また何か作っているの?」

「ああ、サクレか。今日は特に作ってないぞ。出汁について追求してみようかと思ったんだが、出汁を取り終わった煮干しと昆布が気になってな」

「何か有効活用するの?」

「昆布は砂糖と酢で煮詰めて酢昆布にでもする。煮干しは……どうしよう」

「私はダーリンが作ってくれる手料理が大好きだから、何か作ってくれると嬉しいわ」

 サクレはさりげなく笑顔をこちらに向けてくるから困る。この前の一件で、サクレをちょっとだけ意識してしまい、胸がどきどきする。まるで乙女にでもなった気分だ。
 っは、これが乙女心というやつなのだろうか。いや、そんなふざけている場合じゃない。

 俺は一応旦那認定されているが、それはサクレが勝手に言っているだけ。だからサクレを適当に扱って、自分の好きなことだけをやっていたのだが、毎回構っているうちに、意識するようになってしまったのか。
 まさか、洗脳されているっ!

 まあ、笑顔を向けられてちょっとドキッとしたのは確かだけど、それよりも気になるものがあると、なんだろう、急激に冷めてくるというかなんというか、そんな気分になる。
 俺は気になって仕方なくなってしまったので、あれを指さしてサクレに訊いてみることにした。

「ところでサクレ、その手に持っているそれは何」

「えっと、捕まえたっ!」

 何をっ!

 サクレがさりげなく持ってきていたもの、それは虫かごだった。いや、かなりクリアなケースに入っているので、水槽のようにも見えるのだが、虫かご特有のあの大きな蓋があるので、ぎりぎりで虫かごだと認識できた。
 その虫かごに三センチほどの厚さになるよう土が敷き詰められており、中には葉が木の枝ごと入っていた。
 そして、虫かごの中には、うねうねと動く存在Ⅹがいる。

「もう一度聞くぞ。サクレ、それはなんだ」

「んっと……捕まえたっ!」

 だから何をっ!

 サクレに何度か訊いてみたが、「捕まえた」としか返事せず、何を捕まえたかは言ってくれなかった。
 まあ、虫かごがきれいだから、何が入っているか見えているんだけどな。
 サクレが持っている虫かごの中には、珍しい色をした芋虫が入っていた。ちょっと綺麗な色合いが毒々しさを感じさせる。
 あれは絶対に蛾の幼虫だな。

「えへへ、こんなにきれいな存在Ⅹなんだから、きっと成長したらきれいな蝶になるんだろうなー」

「いやそれ、蛾の幼虫だろう」

 煮干しの使い方が結局思いつかず、オイルサーディンを作ることにした。
 俺は水に浸していた煮干しを別のさらに移し替える。

「ちょっとダーリン、蛾ってひどくない。あんな気持ち悪いの」

「お前、それ悪い癖だぞ」

「え、何よ、別に悪いことしてないじゃん。怒るの? ダーリン怒っちゃうの」

 おちょくっているような口調だが、サクレの表情は今にも泣きそうになっていた。
 駄女神が泣き虫女神に進化した件。なんか、小さい子が「え、お菓子買ってくれないの」と小さな声で言っているかのようだ。
 あれ、そう考えるとちょっとかわいい。

「蛾を気持ち悪いというが、蛾は蝶の仲間、同じ生物なのに蛾を気持ち悪いと言って差別するのは女神としてどうなんだよ」

「…………え、蝶って蛾なの」

「いや、蛾が蝶ともいえるかもしれない。というか生物学上、蛾と蝶という分類はされていない。蛾を気持ち悪く、蝶を綺麗というのは一部の特殊な国の人たちだけだそうだ。別の国では、蝶も蛾も同じ扱いらしいぞ」

「蛾と蝶って……なに?」

「さぁ、それは俺にも分からん」

 何故生物学上同じ生物である生き物が蛾と蝶で分類されているのか、一体どういった経緯があったのか、俺は生物学者じゃないから分からん。いや、生物学者でも蛾と蝶の分類が生まれた経緯について知っている者は少ないのかもしれない。

「私、思うの」

「どうしたサクレ」

「あのね、蛾って虫に我って書いて蛾だよね。ということは、羽が怖い感じの模様になっている奴らをきっと蛾っていうのよ。だって自己主張激しそうじゃん。そうじゃなきゃあんな派手な羽にしないよ? 生物的に自己主張の激しい奴らが蛾というに違いない」

 なんだろう、確かに羽が怖い感じの奴らが蛾だという説明はなんだか納得できる。けどちょっと待て、ヒメウラナミジャノメって、茶色に黒と黄色の丸い点々が付いている、いかにも自己主張激しそうな模様をしている奴も蝶と呼ばれているぞ。それにイチモンジチョウなんてオレンジと灰色、うっすらといた青も混じっている、自己主張激しそうな色をしているじゃないか。その持論、おかしくねぇ。

「そして蝶は虫に葉。つまり葉っぱに擬態する奴らが蝶ってことなのよっ」

 サクレはドヤ顔でそういった。いや待て、草冠がないから、蝶は虫に葉ではないぞ。確かに、蝶の成り立ちから見て、蝶という感じの右側は木の葉を表しているが……。
 それに葉に擬態する種目は蛾のほうが多いぞ。

「というかサクレ、知ってるか。チョウ目に分類される蝶は260種類ぐらいで、ほかの2600種目以上の総称を蛾というんだぞ」

「…………え」

「ちなみに、蝶みたいなやつでも蛾の場合があるぞ。だって同じ分類に入る生物だし、明確な基準があるわけでもないからな」

 そう言うと、サクレはなんだか残念そうな顔をした。圧倒的に蛾の種類が多いと聞いて、見つけて来た芋虫の成体が蛾かもしれないとでも思ったのだろう。
 別に綺麗ならどっちでもいいと思うんだけど。

「はあ、それにしても、また迷える魂が来ないわね」

 唐突に話を逸らしたサクレ。きっと蛾の幼虫については触れられたくないんだろう。俺はあえて触れるけどなっ。

「そうだな、サクレが見つけて来たその芋虫ぐらいだからな」

「ま、まあね。天界には虫一匹いないから、とても珍しいはずよ。だから綺麗な姿になってくれるはずなのよっ」

 サクレは無い胸を張ったが、俺はそれよりもサクレの言葉に引っかかるものを感じた。
 天界には虫一匹いない?
 じゃあお前が拾ってきたそれはなんだ。
 ここは転生の間。俺とサクレ以外には迷える魂以外に存在しない…………あれ?

「なあサクレ」

「なあに、ダーリン」

 俺はフライパンの上に、煮干しを並べ、オリーブオイルを投入しながら、サクレに呟いた。

「その芋虫、迷える魂じゃねぇ」

「…………あ」

 万物を見通すサクレアイで芋虫を見ることにしたらしい。そして、芋虫が今回の転生対象者、つまり迷える魂だということが分かってしまった。
 芋虫が来たって気が付けねぇよっ。

 ちなみに、その芋虫は元人間だったらしい。
 その芋虫に転生した奴が語っていた。

 芋虫に転生してしまったので綺麗な蝶になる夢を見ていたが、実は蛾の幼虫だった件。

 なんだろう、とても可愛そうな気がした。

「今度はちゃんと蝶の幼虫に転生させてあげるわ」

「いや、人間がいいです。もうあんな危険な生活は……」

 芋虫は聖なる光に包まれて、消えていった。
 なんか「人間がいい」的なことが聞こえたような気がするが、まあいいや。

「ダーリン、力使ったからおなか減った」

 俺はちょうど煮干しのオイルサーディンが出来上がり、瓶に詰めているところだった。まだ漬かってないから、これを渡すのも気が引ける。もうちょっとつけたほうがおいしい……。
 ちらりと視界に入るのは、昆布出汁と煮干し出汁だ。
 しかたない。

「待ってろ、今何か作ってやる」

「わーい、ダーリンのご飯だぁ!」

 つくづく俺はサクレに甘いんだなとこの時初めて実感した。
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