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公爵家ご令嬢は悪役になりたい!

34.あ、うん、なんとなくわかってました

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「もう、どうしてこうなるのよっ」

 ヒステリック、とまではいかないが、現状に納得していないとても悲しそうな悲鳴が聞こえた。誰が言ったのかなんて大体予想が付く。ミーだ。
 シンシアは、「ミーさん……」と哀れむ表情を浮かべている。まあ確かに、あの得体のしれない奴らに囲まれているのだからしかたないことなのかもしれない。
 そんな哀れみさえ納得していないミーはキッと目を吊り上げてこちらを睨んできた。

「大体、なんでお前がそこにいるのよ。全部、全部台無しじゃない……」

 何が台無しなのだろう。ミーはアッシュをすごく睨んでいるのだが、こいつら知り合いなのだろうか。知り合い、魔王の関係者。大体魔王なんてものが本当に存在するのか怪しいと思えるけどな。
 ちらりとアッシュを見るが、こいつも何が何だかわかっていないようだ。どうして睨まれているのだろうかと首をひねっている。
 そしてミーの顔をじっと見つめるが、それでも思い出せないようだ。あと少しというところまで出かかっているのに出てこないもやもやとした気持ちに苛まれているように見える。

 だんだんと混沌とした状態になってきたパーティー会場に一人の男が静かにやってきた。
 その男はミーのそばに行き、優しく語り掛ける。

「はぁ、だから言ったでしょ。無理だって……」

「でも、だって……」

「だってじゃないよ。付き合わされて駄目だったんだから。こっちの身にもなってよ」

 ミーは両手を床についてとても悲しそうにしていた。あの男は知り合いなのだろうか。妙に親しげだ。その様子を見た何とか王子たちも、なんとも言えない奇妙な表情を浮かべている。そこは普通に驚いた表情であってほしかった。
 だがこの中で一番驚いているのは……シンシアだった。

「なんでここにいるんですか、神様……」

「え、あ。アレ? あの男が神様なの?」

「そうです先生。あの方こそ私に悪役令嬢になるのだと教えてくださった、神様ですっ」

 胸を張って言うことなのだろうか。というか、そもそもの話、神とは何なのだろう。地球にいた哲学者でも議論されていることである。そもそも神という存在は人の認知できる範囲の外にいるとされているのならば、その存在がいるのかいないのかすら俺達には分からない。

 つまり、「私は神であるっ」と名乗ったものが神という存在になりえるともいえるだろう。

「ということは、シンシア……騙されていたのか」

「騙されてないですよっ! だってあの人、夢の中に出てきたんですよ。どうやって現実の人が夢の中に入ってこれるんですか。神です。絶対に神様ですっ。それに夢の中で言っていたんですよ。我が神だと。人々に救いを与えてくれるのだとっ。そのために、悪役令嬢になる必要があるのだと言っていたのですっ」

「と言ってもな……そこんとこどうなのよ、アッシュ」

 まだに悩んでいるアッシュに話を振った瞬間、何かを思い出したかのように手をポンとたたいてすっきりとした表情を浮かべた。

「ジェネミーっ! ジェネミーじゃないか。魔王軍の幹部クラスにいるあのジェネミーだろう。確か双子の精霊と悪魔のハーフで、精神系の魔法が得意だったような……。そして姉のミーが異世界書物に大興奮だったことは覚えているぞ。薄暗いところでいつもニタニタ笑ってたからな」

「なっ! なんでそんなこと知っているのよ」

 アッシュの言った言葉は事実らしい。人に見られたくない姿を見られて羞恥心で真っ赤になっている誰かを思い出す。

「異世界の書物っ! 私も見たい」

 案の定というべきか、飛鳥がやって来て興味を示した。コイツも漫画、アニメに関しては剣術以上に情熱を注いでいたからな。この行動は当たり前だろ。ふらふらと近づいていきそうになったのをお供が止めていた。
 近づけないと分かった飛鳥は声を出して言う。

「あなた、どんなジャンルが好きなのっ! 私、乙女ゲーとか悪役令嬢は結構好きよ」

 飛鳥の言葉にミーがハッとした表情を浮かべる。その隣にいた、シンシアに神様と言われていた男は大きなため息をはいて顔を手で覆っていた。苦労していることがすごく伝わってくる。
 そしてミーから返ってきた返答は、予想通りのものだった。

「私も大好きよ。すごくいいわよね」

 ミーも少し興奮気味に言うのだが、その行動は自分から魔王軍の関係者ですと言っているようなものだ。さすがの何とか王子たちも困惑の表情を浮かべている。あいつらにとっては愛する人が人間ではなかったのだからショックが大きいのだろうけど、まあでも、なんとなくわかりきった結果だったな。

「ミー……いったいどういうことだ。私たちの間に真実の愛が……」

「あるわけないじゃない。私はね。悪役令嬢とヒロインの物語を体験したいのよっ! そのためにいろいろと仕込んで、気持ち悪いの我慢してやっとここまで来たのに……なんで想い通りにならないのよ」

 ミーは本気で悲しんでおり、両手を地面につけて涙を流していた。それを神を偽っていた男がそっと慰める。仲の良い姉弟のようだ。その光景を口から血を垂らしながらなんとか王子が見ていた。気持ち悪いけどなんか哀れ。愛する人に捨てられて、婚約者とはよりも戻せない。元々シンシアは何とか王子のことを嫌っていたわけだからな。彼のメンツは完全に丸つぶれだ。彼は完全に再起不能だった。

 それよりも問題はミーとあの男だ。アッシュの言うように、あいつらは魔王軍の幹部クラス、つまり敵だ。あいつらを倒せば……報奨金をもらえてお店を再建できる。
 俺と同じことを考えているリセとイリーナもやる気満々だった。

「あいつらボコって主殿との愛の巣作るんですっ!」

「諸刃のお家がやってきたっ!」

「リセは何言ってるか分からないけど、イリーナ、ちょっと待て。愛の巣とか言うのやめてっ!」

 ミーの暗い視線がこちらを向いていた。
 まるで邪魔者を妬むような視線だ。

「大体あんたら何なのよ。私の崇高な目的を台無しにして」

「崇高な目的?」

 そしてミーは高らかに語る。とてつもなくダメダメな目的を。隣にいる……ミーがジェネミーのミーだからジェネミーのジェネだろうか。あの神様を偽っていた男はマジで大きなため息をはいて嘆いていた。
 ミーが説明したいことは、なんというか、本当にろくでもないことだった。
 人間に異世界の勇者が召喚できるように、魔族には異世界の物資を召喚できる。それで出てくるものは様々であり、アッシュのような武器を手に入れている魔族もいれば、ミーのようなゲームや漫画を手に入れている奴だっている。もしかしたらその技術は気軽に使えるものなのかもしれない。

 さらに言えば、ミーは魔王軍の幹部クラス。異世界の物を頻繁に召喚することが可能であるとするならば、言っていることが少しだけ納得でき……なかった。

 ミーの目的、それはこの世界で乙女ゲー的展開を意図的に起こし、自分がその中心人物になることだった。そのために弟のジェネに無理をお願いしてシンシアの精神世界にもぐり込み、神様の真似事をした。そしてなんやかんやがあって今に至るらしい。彼女いわくーー

「どうして王子があんなに気持ち悪いのよ。ヒーローってね、そうじゃないのよっ! もっとちゃんとしてよ馬鹿っ」

「分かる、わかるよその気持ち。あれがヒーローの物語なんて、絶対にありえないよ」

「あなた、飛鳥と言ったわね。勇者だとか」

「ええ、そしてロマンス小説その他もろもろを愛するオタクでもある」

「同士、仲良くしましょう」

 いつの間にか近づいた飛鳥と握手を交わした後にハグをした。

 あ、うん、なんとなくわかっていた。まあなんだ、ミーも悪い奴ではないのかもしれない。だってこの作戦、魔王軍にメリットなんてあるのか、という疑問がわくからだ。
 相手があの何とか王子だし、ミーも目的が達成すれば飽きて出ていくだろう。
 そのまま王子を傀儡にできれっばいいのだが、そんなめんどくさいこと、あのミーがするわけがない。
 まあ失敗してしまった今、なんとでも言えるわけだからな。
 項垂れるミーたちにアッシュは叫ぶ。

「お前ら。これからどうするんだよ。こんな失敗したんだ。もう帰れないだろう」

「うう、そうよ帰れな……いいえ、帰れるわ。私にはね。漫画とかロマンス小説とかライトノベルが必要なの。そのために漫画など限定の簡易召喚魔法まで作ったけど、あれを使うより魔王軍にあるの使ったほうが楽だもの。あれ無しでは生きていけないわ。という訳で、アンタたちを倒してすべてなかったことにするわよ。リセットボタンっ! ていやっ」

 もういろいろとやけになったミーが攻撃を仕掛けてきた。その横で、ミーの弟であるジェネが大きなため息をはくのであった。
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