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番外編SS

リュカ様の夏休み

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夏である。レイナルド領にも夏はやって来る。

昔の西欧文化に近いレイナルド領では夏季休暇の文化が根づいており、レイナルドの屋敷でも七月、八月には大臣から下働きまで二週間程度の休みを取るのが恒例となっていた。

しかし、当主リュカとその護衛騎士だけは別である。

十五歳で当主の仕事を手伝うようになってから八年間無休だったリュカは、当然夏季休暇も取っていない。

モンスターがいた頃はそれこそ夏季休暇などと言ってる場合ではなかった。モンスターには夏も冬も関係ないのだから。

魔王を懐柔して平和を取り戻し、今年こそはゆっくりできるだろうと思った夏には、ルーチェを授かった。

初めての赤子の世話にてんやわんやになったり、継承権授与やお披露目式などバタバタしているううちに夏は過ぎ去った。

翌年の夏にはすでに国王になっていた。当主と国王を兼任してからリュカの忙しさは加速している。特に建国したばかりのこの頃は「休み?何それおいしいの?」状態で、夏季休暇どころか休日という概念が消失していた。

しかし。春に八年間無休という事実の発覚を経て「リュカ様に適切な休みを取らせねば」というレイナルド邸全員の固い決意により、リュカはとうとう八年越しの夏季休暇を取ることになったのであった。

ちなみに、側近騎士であるヴァンとピートの今までの夏季休暇も微妙なものである。

特にヴァンは子供の頃からリュカと離れるのが嫌で休暇を取りたがらないので、リュカが「ちゃんと休みを取りなさい! これは命令!」と厳命をくだす始末である。

ヴァンは「リュカ様は私がおそばにいなくても構わないとおっしゃるのですか、そうですか」と拗ねて渋々休むといった有様で、こんなにも嫌われる夏季休暇も珍しい。

本来、護衛騎士団員には二週間の休みが与えられるのだが、ヴァンが休むのはせいぜい一週間である。彼は上級貴族なので実家に帰ればなんだかんだと忙しいというのに。

一方ピートはわりとあっさり休みを取る。とはいっても彼も一週間しか休まないのだが。

ピートは護衛騎士以外にもやることが多い。今でもスラムのみなしごを支援している彼は、休暇中にスラムの子供たちや仲間に顔を見せに行く。帰省でもあり慈善活動でもあるといったところだろう。

ピート独自の人脈もあり、それを保つための付き合いも大切だ。もっとも、その人脈は結果的にリュカの助けになったりするものばかりだが。

しかし、休暇も三日を過ぎリュカが(三日も顔を見ないとさすがに淋しいなあ)と思い始めた頃、夜になるとピートは「元気か? 暑中見舞いに来てやったぜ」と寝室の窓から侵入してくるのだから、もはや連休の意味もない。

当然怒り狂ったヴァンが「不法侵入者め!」と本気で剣を向けてくるので寝室は大騒ぎなのだが、これもだんだんレイナルド邸の夏の風物詩になりつつある。



と、護衛騎士の夏休みはさておき。

八年ぶりに夏季休暇を取得するリュカであるが、予定を組むのもひと苦労である。

「うーん、本当に五日間も休んじゃって平気かなあ。心配だよ。せめてワレンガ領とガルドマン領の河川問題が解決してからのほうがいいんじゃないかあ」

「それの解決を待ってたらあと二年は休みが取れねーな」

「じゃあ南部の開拓問題を解決してから……」

「そういうことを言いだしたらキリがないですよ本当に」

社畜ならぬ国畜なリュカは仕事から離れることに慣れていない。どうしてもソワソワ不安になってしまうのだ。

そもそも予定では従者らと同じく二週間の休みだったのだが、そんなに休んだらあとが大変だからという切ない理由で五日になってしまった。ちなみにこの教訓は春の休暇で得たものである。

しかしたった五日の休みでもリュカは大いに頭を悩ませる。春のときはリュカとヴァンとピート三人だけの休みだったが、今回は屋敷の者たちの休暇ともかぶる。リュカのスケジュール次第で他の者たちのスケジュールも大きく変わってしまうのだ。

例えば五日間どこかへ旅行に行くとなれば護衛騎士団がつくだろう。場所や何泊かによって護衛の規模が変わってくる。当然ヴァンもピートもリュカに同行したがるだろう。ルーチェを預けるか否かによってサーサや従者のスケジュールも変わってきてしまう。

みんなを巻き込むのも悪いので屋敷でのんびり過ごそうかとも思ったのだけど、これはヴァンとピートに反対された。

「屋敷にいればリュカ様は『ちょっと顔出すだけ』と言って会議に加わるのが容易く想像できます」

「訪客があればあんたは絶対『せっかく来てくれたんだし』って言って謁見すると思うぜ」

「執務室に鍵をかけても庭のサマーベッドで書類の確認をするでしょうね」

散々な言われようであるが、腑に落ちてしまうのが悔しい。リュカの職場も住居もこのレイナルド邸だ。屋敷にいる限りリュカは絶対に仕事モードになってしまうし、周囲も迂闊に仕事をさせかねないだろう。

となるとやはり屋敷を出てどこかに旅行すべきだが……。

「またお忍びで行こうかなあ。そうすれば騎士団じゃなくきみたちだけが護衛についてくれればいいし」

「賛成です。私がお供いたしましょう」
「そいつはいいな、俺に任せとけ」

ヴァンとピートの声が同時に重なり、早速睨み合って火花を散らし合う。リュカは休みを五日間に設定したことを後悔した。

前回の休みは一週間だったので、二泊ずつ二回のデート旅行ができた。しかし五日では二回デート旅行をするとなると一泊二日になってしまう。

電車も車もないこの世界で一泊旅行というのはかなりせわしない。ワープゲートはあれど大体の移動手段は馬か徒歩なのだから。

となると五日をフルに使って旅行するのがベストなのだが、そうなるとどちらと行くかが問題になってくる。一番厄介な問題だ。

「やっぱ旅行はやめた……」

目の前でメンチを切り合う護衛ふたりを見ながら、リュカは執務机に突っ伏した。なぜ夏季休暇を取るのがこんなに面倒で難しいのか。なにがなんだかよくわからなくなってきた。

「休むなら誰にも迷惑にならずに休みたい~」

机の天板にほっぺを押しつけて嘆くリュカに、ヴァンもピートも眉根を寄せる。そんなことは気にせず堂々とバカンスを満喫すればいいのにと思うが、それができる性格なら八年間無休などという失態を犯さないだろう。

(騎士団や従者のスケジュールに影響せず、特に護衛の必要もなくて、近場で、でも屋敷じゃなく寛げるとこに旅行がしたいなあ)

我ながら無茶な願望だとリュカがしょんぼり耳と尻尾を垂らしたとき、ハッと奇跡的なアイデアが浮かんだ。

「あっ!! いいこと思いついたかも!」

ガバッと体を起こしたリュカのほっぺには、やっぱり書類のインクがくっついているのであった。



八月某日。今日から五日間リュカの夏季休暇が始まる。

「それじゃあいってきまーす!」とウキウキ尻尾を振って単身で向かうのは、なんとレイナルド邸の敷地内にある騎士宿舎だ。

騎士宿舎は敷地内に全部で五棟あり、一棟に大体百人前後が暮らしている。

しかし宿舎には何かあったときのために必ず空き部屋がいくつか用意してある。リュカが宿泊するのは黄金麦穂団と白銀魔女団が暮らす第一宿舎の空き部屋だ。

考えてみればリュカは用事のあるときしか騎士宿舎に来たことがなかった。ヴァンの部屋には入ったことがあるがそれ以外の部屋にお邪魔したことはなく、食堂に入ったことはあるが腰を下ろしたことはない。こんなに身近にあるのに案外未知の場所だったのだ。

初めにこの提案を聞いたときヴァンとピートは揃って「えぇ……」と困惑したが、リュカとしてはまさに理想的なバカンス先だった。

なんたって騎士宿舎である。宿舎内はもちろん、宿舎の外も騎士宿舎で、見渡す限り騎士だらけだ。わざわざ護衛をつける必要もない。

ルーチェのことは基本は屋敷で預かってもらうが、ルーチェがリュカに会いたくなったら騎士宿舎に連れてくればいい。すぐそこなのだから。ヴァンもピートもいるし、団員もみんなルーチェを構ってくれるだろう。特に人手を割く必要もない。

それに同じ敷地内とはいえ、リュカにとって慣れない騎士宿舎での寝泊りは新鮮だ。屋敷と違い仕事と精神的にも物理的にも離れられる。もし訪客があったとしても「リュカ様はご旅行中だ」という理由が立つ。

リュカにとって騎士宿舎への小旅行はまさに理想の旅先であった。

こうして四泊五日も騎士宿舎で過ごしたリュカは気持ちをリフレッシュさせただけでなく団員と楽しい思い出を作り、思わず夏休みの日記をつけてしまうほど満足したのであった。



【リュカ様の騎士宿舎旅行での一例】

AM7時、起床。二度寝。

AM10時、起床。団員が持ってきてくれたブランチをベッドで食べながら、まったり読書(読書の内容はミステリー小説。流行ってると聞いて購入してきた)。

PM0時半。モソモソと身支度を済ませて、宿舎の庭と訓練場を散歩。途中で昼休憩中の団員とお喋り。

PM1時半。リュカに会いたくなったルーチェが連れてこられる。今日は暑いので裏庭で盥に水を張り、一緒に水遊び。とても楽しい。

PM2時半。ルーチェとおやつ。リュカはよく冷えた麦酒を飲んじゃう。最高に美味しい。

PM3時15分。裏庭にサマーベッドを並べてルーチェとお昼寝。

PM4時。お目覚め。パラソルからはみ出していたらしく日焼けしていた。「キツネ色のキツネ」というギャグを思いつく。

PM4時15分。ルーチェが屋敷に帰ったので、部屋に戻って再び読書。小説を読み終えたがイマイチだった。ちょっとエッチなシーンが印象的だった。明日はホラー小説を読む。

PM6時。再びブラブラとお散歩。他の騎士宿舎にも行っちゃう。

PM7時。風呂。団員用の浴室を使うのはヴァンとピートに固く禁じられているので、彼らの部屋のシャワールームを使わせてもらう。自分で尻尾の手入れをしてみる。

PM8時。食堂で早番上がりの騎士団員たちと晩ごはん。最高に楽しい。上機嫌でみんなにワインを大盤振る舞いする。「キツネ色のキツネ」というギャグはそんなにウケなかった。

PM9時。踊る。楽しすぎ。

PM10時。酔いつぶれたリュカをヴァン(またはピート)が部屋まで運ぶ。以降イチャイチャタイム。

AM2時。抱き潰されてスヤスヤ。

【リュカの感想:すごく楽しい1日でした。来年もまた騎士宿舎に泊まりたいです】

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