75 / 85
番外編SS
うちの当主様
しおりを挟む
1巻第二章辺りのお話
========================
それは、第二護衛騎士団である白銀魔女団が設立されて、一ヶ月が経った頃の話――。
「ぶっちゃけリュカ様って、強いと思う?」
騎士宿舎の食堂で、白銀魔女団の団員であるジャッカル獣人がそう尋ねる。
共にいた騎士団の仲間たちはそれぞれ顔を見合わせ、「そりゃまあ公爵様だしな」「強いんだろ……多分」と口々に答えた。
しかしどことなく納得していないジャッカル獣人――ラスチェットは、首を捻りながら「でもさ」と言葉を続けた。
「見た目がちっさいせいかな、危なっかしく感じちゃうんだよね」
その意見には仲間たちも「あーそれはわかる」と小声で同意した。
彼らがリュカの護衛騎士団員になって一ヶ月。二度ほどリュカと遠征をしモンスターの討伐を行ったが、彼らはまだリュカが戦うところを見ていない。敵がさほど強くなく、騎士団だけでカタがついてしまったからだ。
二度の遠征でリュカが使った魔法は回復魔法と浄化魔法だけで、戦闘時は騎士団の後方に控え守られていただけである。
攻撃魔法の実力が見られなかったこともあるが、リュカはそのとき飛んできたスライムの粘液をひとりだけ避けきれず被弾し、悪臭まみれになったうえ法衣が駄目になりすっぽんぽんになるという、なんとも間の抜けた醜態を晒したのだ。
不敬なので口には出せないが、ドン臭い……もとい、戦闘能力があまり高くないとラスチェットたちが感じたのも無理はないだろう。
「リュカ様のいいところは朗らかで優しいところだけど、逆に言えば緊張感がないというか圧がないというか……」
ひとりの団員が言葉を選びつつ言えば、その場にいた仲間がうんうんと頷いた。
「でもあの方はそれでいいと思うぜ。ガルドマンやワレンガみたいにおっかない当主様よりずっといいや」
「そーそー。領民はみんなリュカ様のことが好きだもんな。愛され当主ってやつだよ」
「圧がないっていうなら、俺たち護衛騎士団が担えばいいんだよ。〝リュカ様ナメたら俺たちが承知しねーぞ〟ってすごむのも騎士団の仕事だろ」
「だよな。当主様ってーか、お姫様? リュカ様はみんなに守られてニコニコしてるのが合ってるんだよな」
もはや全員の意見が一致する。リュカは戦闘向きではない、守られていればいいのだと。
それは護衛騎士として正しい認識ではあるが、根底には不敬な驕りもある。出番がなかったとはいえ一緒に戦地に立つリュカを〝弱い〟と見下したも同然なのだから。
庇護欲は一歩間違えれば傲慢さの押し付けだ。守られる者は自分より弱く、強い者を恃みにして欲しいという危うい願望がある。しかしそれは仕えるべき主に対して抱く望みではない。
今に始まったことではないが、見た目で少々舐められるのはリュカに一生付き纏う問題でもあった。
翌月。
東の街道で旅人や商人がモンスターに襲われるという事件が相次いだ。
集めた情報によると敵の出現は日暮れから夜明けにかけて。どうやら大昔の処刑場から蘇ったリビングデッドらしい。十匹前後のグループで襲ってくることが多いが、ある隊商の馬車は二百匹近い集団に襲われたという。
これは大がかりな討伐が必要だと判断したリュカは護衛騎士団を引きつれ、自ら現地に赴いたのであった。
リュカはリビングデッドが現れるという街道を封鎖し、騎士団を配置して夜を待った。
リビングデッドは動きが鈍いので一匹一匹はさほど強くないが、集団で襲われるとこちらの動きも封じられるので注意が必要だ。おまけに毒を持っているので油断できない。
「数が少なければ右翼は黄金麦穂団に、左翼は白銀魔女団にそれぞれ任せる。数が多い場合は俺が魔法で一掃するから中央に追い込んで」
リュカはそう作戦を立て皆に指示した。街道は両脇を森と岩場に囲まれ死角が多い。騎士団はリュカを中央に据え、囲むように陣形を組んだ。
そうして日が暮れ夜も更けてきた頃。
「来たぞ! 四時の方向、十匹以上いる!」
「十時の方向もだ! 十……いや、三十匹はいるぞ!」
「六時の方向にも出現! 囲まれた!」
リュカと騎士団を包囲するように、リビングデッドの集団が現れた。騎士たちは予め配置された範囲のリビングデッドを次々に斬り伏せていくが、敵はまるで終わりなどないように続々と湧いてくる。
「陣形を崩すな! 確実に目の前の敵を倒せ!」
「ヤツら毒がある、噛まれるんじゃねえぞ!」
ヴァン団長とピート団長が騎士団にそれぞれ指示を出す。しかし延々と終わりのない敵の群れに、団員たちの疲労と恐怖が募り始めた。
「なんなんだこれ。ひとりでもう五匹以上は倒したはずだぞ」
「こいつら死体だから傷を受けても動きが衰えない。ちくしょう、こっちのほうが先にバテちまう」
ラスチェットもゼエゼエと肩で息をしながら剣を振るう。騎士になる前は用心棒をしていた彼はモンスターとの戦闘に慣れていたが、こんなに数が多い敵は初めてだ。
終わりの見えない戦いにラスチェットの思考が鈍り、剣の振るいかたが散漫になってくる。すると、騎士たちがリュカを囲う方円の陣を崩し横に広がっていくのが横目に見えた。
(なんだ? みんな疲労困憊で陣形がぐちゃぐちゃじゃねえか)
「右翼、左翼とも零時の方向に敵を誘導せよ!」
ヴァン団長の号令が響き、九時の方向にいたラスチェットは後ろを振り返る。
するとラスチェットの目に映ったのは、騎士団によって誘導されたリビングデッドの群れ――およそ三百はいるだろう――が、リュカに向かって突撃していくところだった。どういうわけかリュカの周りには騎士が誰もおらず、まったくの無防備な状態になっている。
(おいおいどうなってんだよ!?)
考える間もなくラスチェットはリュカに向かって駆けていく。そして「リュカ様危ない!!」とその身を挺しリュカの正面に躍り出た。――しかし。
「っ!? どいて!!」
正面に立ち塞がったラスチェットを、リュカは力いっぱい片手で除けた。と同時に、もう片方の手で持った錫杖から燃え盛る業火が勢いよく放出される。
炎は轟轟と唸りをあげてリビングデッドの群れを呑み込み、何百もの「ギャァアアアアア!!!!」という断末魔の絶叫が木霊する。凄まじい光景だった。夜闇は燃え盛る炎に赤く照らされ、消えぬ業火の中でリビングデッドたちの陰が蠢いている。
まるで地獄絵図のような威力を目の当たりにして、地面に尻もちをついていたラスチェットはゴクリと息を呑んだ。
しかし、リビングデッドの群れは炎に焼かれ三分の二は灰になったが、ラスチェットを除けたせいで魔法の軌道が逸れ、三分の一は残ってしまった。
「失敗だ! 誰も巻き込まれてない!?」
リュカはすぐに体勢を立て直して叫ぶ。「大丈夫だ!」というピートの声が聞こえ、再び錫杖を構えた。
数匹のリビングデッドがリュカの目の前まで迫ってきたが、後方から投げられたナイフが刺さって足を止める。その隙にリュカは集中力を高め、もう一度火炎魔法を錫杖から放った。
「……っはー……危なかった……」
今度こそ一匹残らず灰になったリビングデッドを見ながら、リュカは脱力してその場にへたり込む。後方にわずかに残ったリビングデッドも騎士団が全滅させたようで、皆リュカの周りに駆けつけてきた。
「リュカ様! ご無事ですか!」とすぐにリュカの安否を確かめたのは両団長だ。そしてリュカが無傷だとわかるとピートは振り返り、尻もちをついているラスチェットの胸ぐらを掴んで体を持ち上げた。
「てめえ、何やってんだ!! リュカ様と騎士団を殺す気か!? リュカ様が錫杖を構えたら魔法放出の合図だから絶対に前面へ出るなって基本のキだろうが!」
凄まじい剣幕で怒鳴られながら、ラスチェットはハッとする。それは騎士団に入団してから今までずっと教わってきた基本だ。疲れて思考が朦朧としていたのと、リュカを守りたい気持ちが先行して、すっかり失念してしまっていた。
「も……申し訳ございません……」
自分の大失態を悟ってラスチェットが青ざめながら言えば、ピートは表情を緩めないまま胸ぐらを掴んでいた手を離した。そしてクルリと踵を返し、リュカに向かって深々と頭を下げる。
「リュカ様、申し訳ございませんでした。団員への教育が行き届いてませんでした。俺の責任です」
皆の前でリュカに向かって頭を下げるピートを見て、ラスチェットは唖然とする。他の団員もだ。敬称は付けれどいつもリュカに対しほぼタメ口のピートが、真摯に畏まって謝罪している。その姿は衝撃だった。
そして普段なら多少のことでは動じず「気にしないで!」と笑って言うリュカが、真剣な面持ちでピートからの謝罪を受けとめていた。
「二度とこんなことがないように、しっかりね」
「はい。必ず」
辺りはシンと静まり返っている。するとリュカは今度はラスチェットの方を振り返った。
「も、申し訳ございませんでした……!」
慌てて頭を下げたラスチェットの前までやって来て、リュカは口を開く。
「俺を助けようとしてくれたんだよね。どうもありがとう。その気持ちには感謝するよ。けど、俺は当主できみは騎士団だ。当主と騎士団の戦い方には経験を重ね研究を重ね研磨してきたセオリーがある。それを外れれば味方を死なせかねない。今回は誰も巻き込まれず運がよかった。けど、二度目はないからね」
それは最後通告だ、もし今度勝手な真似をすれば即解雇だと。
大らかで優しい当主の厳しい言葉に、団員……おもに白銀魔女団は目を瞠り口を引き結んだ。
リュカは誰よりも優しいからこそ、凡ミスで仲間が犠牲になることを厳しく懸念している。そのことを痛感した団員達は自分たちもリュカの言葉を胸に刻むべく、姿勢を正し深くこうべを垂れた。
「話はこれでおしまい! さ、元気な人は残党がいないか辺りを見回りにいって! 怪我してる人は治療するからこっち来て!」
気を取り直したように明るく言ってリュカはみんなに呼びかける。
怪我をした団員を治療するリュカは優しく、笑顔は相変わらず愛らしい。魔法の火力が強すぎたのか、尻尾の先っぽの毛が少し焦げていて愛嬌を醸していた。
しかし白銀魔女団がリュカに向ける目は先ほどまでとまるで違う。もう誰ひとりとして、この小さな当主を〝弱い〟などと思ってはいない。
ラスチェットは振り返り、まだ煙の筋を立てているリビングデッドの群れを見た。黒焦げの灰になったそれは三百はあるだろうか。
自分たちがあんなに苦労して倒したモンスターを、リュカはたった一撃でその百倍を燃やし尽くしてしまったのだ。
敵を魔法の範囲に誘導したり、集中力を高める時間が必要とはいえ、その威力は凄まじい。しかもリュカはそれを二発撃ったうえ、味方に回復魔法をかける余力を残していた。
(……リュカ様って、怖いな)
ラスチェットは密かに身震いする。自分がとんでもない誤解をしていたことに気がついた。リュカは騎士に守ってもらう姫君ではない。仲間を、領民を守る誰より強い戦士だ。
初めてリュカの攻撃魔法を目の当たりにした他の団員も同じことを痛感しているようで、なんともいえない表情をしている者が幾人もいた。
そして畏怖の念を向けられていることに気づかず団員の治療を続けるリュカは、慣れない叱責をしたことに人知れず胃を痛くしていたのであった。
その翌月。
リュカを含む四大公爵は勇者召喚のため虚空の神殿へと集合していた。
もちろん各当主、護衛の騎士団や従者を引きつれている。しかし団長以外は祭壇の間へ入れないので、団員たちは神殿の内外でそれぞれ待機していた。
「それにしてもさすがに四大当主が集合すると圧巻だな」
そんなことを口にしたのはワレンガ領の騎士だ。仲間の騎士らもウンウンと頷き「さすがは大陸安寧の四柱だ」などと相槌を打つ。そして「まあ圧倒的にデボイヤ様が強そうだけどな」と小声で言い合って得意げに口角を上げた。
近くにいたガルドマン領の騎士が、フンと鼻を鳴らし冷ややかな目をして呟く。
「我らが当主シュンシュ様のご威光は大陸一、神にも等しい。力が全てと思っている粗暴な者には理解できぬだろうな」
ワレンガ領とガルドマン領の騎士が睨み合いバチバチと火花を散らす横で、ヴェリシェレン領の騎士たちがクスクスと嘲笑う。
「護衛騎士がこんなに浅慮では、当主の器もたかが知れますね。我らは理知的なゴーフ様に倣い慎重に行動せねば」
獅子と鷲と蛇の騎士が三竦みで睨み合う。しかし彼らはチラリと横目でレイナルドの騎士を見ると、揃ってプッと噴き出した。
「まあ愛嬌しかない当主よりはマシだな」
「私は常々不思議だ、あの者たちは当主のどのような部分を尊敬し忠誠を誓ったのだろうか」
「守り甲斐、という点では随一なのでしょう。騎士というのは弱い者のために剣を振るうことが喜びですから」
もしここにヴァンやピートがいたら大変なことになっていただろう。もちろん血の気が多いレイナルドの騎士たちは腸が煮えくり返る思いである。
しかし彼らは口を噤む。ここで何を言ったとて彼らには伝わるまいと思っているからだ。
――リュカ様は強く尊く聡い、誰よりも。
黄金麦穂団の面々はもちろん、リュカの護衛を二ヶ月務めてきた白銀魔女団の団員たちもそれを十分わかっている。そしてその事実は彼に仕える騎士団と領民が理解していればいいことなのだ。
その場にいたラスチェットはリュカを嘲笑った騎士たちを横目で見て、フッと余裕の笑みを浮かべた。
(うちの当主様はとんでもなく強いうえに、優しくて愛嬌もあってみんなに愛されてて最強だな)
――世界がリュカの偉大さを知るのはこれより八ヶ月後。たったひとりで魔王を懐柔し世界に平和をもたらしたときである。
========================
それは、第二護衛騎士団である白銀魔女団が設立されて、一ヶ月が経った頃の話――。
「ぶっちゃけリュカ様って、強いと思う?」
騎士宿舎の食堂で、白銀魔女団の団員であるジャッカル獣人がそう尋ねる。
共にいた騎士団の仲間たちはそれぞれ顔を見合わせ、「そりゃまあ公爵様だしな」「強いんだろ……多分」と口々に答えた。
しかしどことなく納得していないジャッカル獣人――ラスチェットは、首を捻りながら「でもさ」と言葉を続けた。
「見た目がちっさいせいかな、危なっかしく感じちゃうんだよね」
その意見には仲間たちも「あーそれはわかる」と小声で同意した。
彼らがリュカの護衛騎士団員になって一ヶ月。二度ほどリュカと遠征をしモンスターの討伐を行ったが、彼らはまだリュカが戦うところを見ていない。敵がさほど強くなく、騎士団だけでカタがついてしまったからだ。
二度の遠征でリュカが使った魔法は回復魔法と浄化魔法だけで、戦闘時は騎士団の後方に控え守られていただけである。
攻撃魔法の実力が見られなかったこともあるが、リュカはそのとき飛んできたスライムの粘液をひとりだけ避けきれず被弾し、悪臭まみれになったうえ法衣が駄目になりすっぽんぽんになるという、なんとも間の抜けた醜態を晒したのだ。
不敬なので口には出せないが、ドン臭い……もとい、戦闘能力があまり高くないとラスチェットたちが感じたのも無理はないだろう。
「リュカ様のいいところは朗らかで優しいところだけど、逆に言えば緊張感がないというか圧がないというか……」
ひとりの団員が言葉を選びつつ言えば、その場にいた仲間がうんうんと頷いた。
「でもあの方はそれでいいと思うぜ。ガルドマンやワレンガみたいにおっかない当主様よりずっといいや」
「そーそー。領民はみんなリュカ様のことが好きだもんな。愛され当主ってやつだよ」
「圧がないっていうなら、俺たち護衛騎士団が担えばいいんだよ。〝リュカ様ナメたら俺たちが承知しねーぞ〟ってすごむのも騎士団の仕事だろ」
「だよな。当主様ってーか、お姫様? リュカ様はみんなに守られてニコニコしてるのが合ってるんだよな」
もはや全員の意見が一致する。リュカは戦闘向きではない、守られていればいいのだと。
それは護衛騎士として正しい認識ではあるが、根底には不敬な驕りもある。出番がなかったとはいえ一緒に戦地に立つリュカを〝弱い〟と見下したも同然なのだから。
庇護欲は一歩間違えれば傲慢さの押し付けだ。守られる者は自分より弱く、強い者を恃みにして欲しいという危うい願望がある。しかしそれは仕えるべき主に対して抱く望みではない。
今に始まったことではないが、見た目で少々舐められるのはリュカに一生付き纏う問題でもあった。
翌月。
東の街道で旅人や商人がモンスターに襲われるという事件が相次いだ。
集めた情報によると敵の出現は日暮れから夜明けにかけて。どうやら大昔の処刑場から蘇ったリビングデッドらしい。十匹前後のグループで襲ってくることが多いが、ある隊商の馬車は二百匹近い集団に襲われたという。
これは大がかりな討伐が必要だと判断したリュカは護衛騎士団を引きつれ、自ら現地に赴いたのであった。
リュカはリビングデッドが現れるという街道を封鎖し、騎士団を配置して夜を待った。
リビングデッドは動きが鈍いので一匹一匹はさほど強くないが、集団で襲われるとこちらの動きも封じられるので注意が必要だ。おまけに毒を持っているので油断できない。
「数が少なければ右翼は黄金麦穂団に、左翼は白銀魔女団にそれぞれ任せる。数が多い場合は俺が魔法で一掃するから中央に追い込んで」
リュカはそう作戦を立て皆に指示した。街道は両脇を森と岩場に囲まれ死角が多い。騎士団はリュカを中央に据え、囲むように陣形を組んだ。
そうして日が暮れ夜も更けてきた頃。
「来たぞ! 四時の方向、十匹以上いる!」
「十時の方向もだ! 十……いや、三十匹はいるぞ!」
「六時の方向にも出現! 囲まれた!」
リュカと騎士団を包囲するように、リビングデッドの集団が現れた。騎士たちは予め配置された範囲のリビングデッドを次々に斬り伏せていくが、敵はまるで終わりなどないように続々と湧いてくる。
「陣形を崩すな! 確実に目の前の敵を倒せ!」
「ヤツら毒がある、噛まれるんじゃねえぞ!」
ヴァン団長とピート団長が騎士団にそれぞれ指示を出す。しかし延々と終わりのない敵の群れに、団員たちの疲労と恐怖が募り始めた。
「なんなんだこれ。ひとりでもう五匹以上は倒したはずだぞ」
「こいつら死体だから傷を受けても動きが衰えない。ちくしょう、こっちのほうが先にバテちまう」
ラスチェットもゼエゼエと肩で息をしながら剣を振るう。騎士になる前は用心棒をしていた彼はモンスターとの戦闘に慣れていたが、こんなに数が多い敵は初めてだ。
終わりの見えない戦いにラスチェットの思考が鈍り、剣の振るいかたが散漫になってくる。すると、騎士たちがリュカを囲う方円の陣を崩し横に広がっていくのが横目に見えた。
(なんだ? みんな疲労困憊で陣形がぐちゃぐちゃじゃねえか)
「右翼、左翼とも零時の方向に敵を誘導せよ!」
ヴァン団長の号令が響き、九時の方向にいたラスチェットは後ろを振り返る。
するとラスチェットの目に映ったのは、騎士団によって誘導されたリビングデッドの群れ――およそ三百はいるだろう――が、リュカに向かって突撃していくところだった。どういうわけかリュカの周りには騎士が誰もおらず、まったくの無防備な状態になっている。
(おいおいどうなってんだよ!?)
考える間もなくラスチェットはリュカに向かって駆けていく。そして「リュカ様危ない!!」とその身を挺しリュカの正面に躍り出た。――しかし。
「っ!? どいて!!」
正面に立ち塞がったラスチェットを、リュカは力いっぱい片手で除けた。と同時に、もう片方の手で持った錫杖から燃え盛る業火が勢いよく放出される。
炎は轟轟と唸りをあげてリビングデッドの群れを呑み込み、何百もの「ギャァアアアアア!!!!」という断末魔の絶叫が木霊する。凄まじい光景だった。夜闇は燃え盛る炎に赤く照らされ、消えぬ業火の中でリビングデッドたちの陰が蠢いている。
まるで地獄絵図のような威力を目の当たりにして、地面に尻もちをついていたラスチェットはゴクリと息を呑んだ。
しかし、リビングデッドの群れは炎に焼かれ三分の二は灰になったが、ラスチェットを除けたせいで魔法の軌道が逸れ、三分の一は残ってしまった。
「失敗だ! 誰も巻き込まれてない!?」
リュカはすぐに体勢を立て直して叫ぶ。「大丈夫だ!」というピートの声が聞こえ、再び錫杖を構えた。
数匹のリビングデッドがリュカの目の前まで迫ってきたが、後方から投げられたナイフが刺さって足を止める。その隙にリュカは集中力を高め、もう一度火炎魔法を錫杖から放った。
「……っはー……危なかった……」
今度こそ一匹残らず灰になったリビングデッドを見ながら、リュカは脱力してその場にへたり込む。後方にわずかに残ったリビングデッドも騎士団が全滅させたようで、皆リュカの周りに駆けつけてきた。
「リュカ様! ご無事ですか!」とすぐにリュカの安否を確かめたのは両団長だ。そしてリュカが無傷だとわかるとピートは振り返り、尻もちをついているラスチェットの胸ぐらを掴んで体を持ち上げた。
「てめえ、何やってんだ!! リュカ様と騎士団を殺す気か!? リュカ様が錫杖を構えたら魔法放出の合図だから絶対に前面へ出るなって基本のキだろうが!」
凄まじい剣幕で怒鳴られながら、ラスチェットはハッとする。それは騎士団に入団してから今までずっと教わってきた基本だ。疲れて思考が朦朧としていたのと、リュカを守りたい気持ちが先行して、すっかり失念してしまっていた。
「も……申し訳ございません……」
自分の大失態を悟ってラスチェットが青ざめながら言えば、ピートは表情を緩めないまま胸ぐらを掴んでいた手を離した。そしてクルリと踵を返し、リュカに向かって深々と頭を下げる。
「リュカ様、申し訳ございませんでした。団員への教育が行き届いてませんでした。俺の責任です」
皆の前でリュカに向かって頭を下げるピートを見て、ラスチェットは唖然とする。他の団員もだ。敬称は付けれどいつもリュカに対しほぼタメ口のピートが、真摯に畏まって謝罪している。その姿は衝撃だった。
そして普段なら多少のことでは動じず「気にしないで!」と笑って言うリュカが、真剣な面持ちでピートからの謝罪を受けとめていた。
「二度とこんなことがないように、しっかりね」
「はい。必ず」
辺りはシンと静まり返っている。するとリュカは今度はラスチェットの方を振り返った。
「も、申し訳ございませんでした……!」
慌てて頭を下げたラスチェットの前までやって来て、リュカは口を開く。
「俺を助けようとしてくれたんだよね。どうもありがとう。その気持ちには感謝するよ。けど、俺は当主できみは騎士団だ。当主と騎士団の戦い方には経験を重ね研究を重ね研磨してきたセオリーがある。それを外れれば味方を死なせかねない。今回は誰も巻き込まれず運がよかった。けど、二度目はないからね」
それは最後通告だ、もし今度勝手な真似をすれば即解雇だと。
大らかで優しい当主の厳しい言葉に、団員……おもに白銀魔女団は目を瞠り口を引き結んだ。
リュカは誰よりも優しいからこそ、凡ミスで仲間が犠牲になることを厳しく懸念している。そのことを痛感した団員達は自分たちもリュカの言葉を胸に刻むべく、姿勢を正し深くこうべを垂れた。
「話はこれでおしまい! さ、元気な人は残党がいないか辺りを見回りにいって! 怪我してる人は治療するからこっち来て!」
気を取り直したように明るく言ってリュカはみんなに呼びかける。
怪我をした団員を治療するリュカは優しく、笑顔は相変わらず愛らしい。魔法の火力が強すぎたのか、尻尾の先っぽの毛が少し焦げていて愛嬌を醸していた。
しかし白銀魔女団がリュカに向ける目は先ほどまでとまるで違う。もう誰ひとりとして、この小さな当主を〝弱い〟などと思ってはいない。
ラスチェットは振り返り、まだ煙の筋を立てているリビングデッドの群れを見た。黒焦げの灰になったそれは三百はあるだろうか。
自分たちがあんなに苦労して倒したモンスターを、リュカはたった一撃でその百倍を燃やし尽くしてしまったのだ。
敵を魔法の範囲に誘導したり、集中力を高める時間が必要とはいえ、その威力は凄まじい。しかもリュカはそれを二発撃ったうえ、味方に回復魔法をかける余力を残していた。
(……リュカ様って、怖いな)
ラスチェットは密かに身震いする。自分がとんでもない誤解をしていたことに気がついた。リュカは騎士に守ってもらう姫君ではない。仲間を、領民を守る誰より強い戦士だ。
初めてリュカの攻撃魔法を目の当たりにした他の団員も同じことを痛感しているようで、なんともいえない表情をしている者が幾人もいた。
そして畏怖の念を向けられていることに気づかず団員の治療を続けるリュカは、慣れない叱責をしたことに人知れず胃を痛くしていたのであった。
その翌月。
リュカを含む四大公爵は勇者召喚のため虚空の神殿へと集合していた。
もちろん各当主、護衛の騎士団や従者を引きつれている。しかし団長以外は祭壇の間へ入れないので、団員たちは神殿の内外でそれぞれ待機していた。
「それにしてもさすがに四大当主が集合すると圧巻だな」
そんなことを口にしたのはワレンガ領の騎士だ。仲間の騎士らもウンウンと頷き「さすがは大陸安寧の四柱だ」などと相槌を打つ。そして「まあ圧倒的にデボイヤ様が強そうだけどな」と小声で言い合って得意げに口角を上げた。
近くにいたガルドマン領の騎士が、フンと鼻を鳴らし冷ややかな目をして呟く。
「我らが当主シュンシュ様のご威光は大陸一、神にも等しい。力が全てと思っている粗暴な者には理解できぬだろうな」
ワレンガ領とガルドマン領の騎士が睨み合いバチバチと火花を散らす横で、ヴェリシェレン領の騎士たちがクスクスと嘲笑う。
「護衛騎士がこんなに浅慮では、当主の器もたかが知れますね。我らは理知的なゴーフ様に倣い慎重に行動せねば」
獅子と鷲と蛇の騎士が三竦みで睨み合う。しかし彼らはチラリと横目でレイナルドの騎士を見ると、揃ってプッと噴き出した。
「まあ愛嬌しかない当主よりはマシだな」
「私は常々不思議だ、あの者たちは当主のどのような部分を尊敬し忠誠を誓ったのだろうか」
「守り甲斐、という点では随一なのでしょう。騎士というのは弱い者のために剣を振るうことが喜びですから」
もしここにヴァンやピートがいたら大変なことになっていただろう。もちろん血の気が多いレイナルドの騎士たちは腸が煮えくり返る思いである。
しかし彼らは口を噤む。ここで何を言ったとて彼らには伝わるまいと思っているからだ。
――リュカ様は強く尊く聡い、誰よりも。
黄金麦穂団の面々はもちろん、リュカの護衛を二ヶ月務めてきた白銀魔女団の団員たちもそれを十分わかっている。そしてその事実は彼に仕える騎士団と領民が理解していればいいことなのだ。
その場にいたラスチェットはリュカを嘲笑った騎士たちを横目で見て、フッと余裕の笑みを浮かべた。
(うちの当主様はとんでもなく強いうえに、優しくて愛嬌もあってみんなに愛されてて最強だな)
――世界がリュカの偉大さを知るのはこれより八ヶ月後。たったひとりで魔王を懐柔し世界に平和をもたらしたときである。
28
お気に入りに追加
1,796
あなたにおすすめの小説
王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜
・不定期
宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている
飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話
アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。
無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。
ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。
朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。
連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。
※6/20追記。
少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。
今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。
1話目はちょっと暗めですが………。
宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった
ミズノみすぎ
ファンタジー
「黒騎士ゼクード・フォルス。君を竜狩り精鋭部隊【ドラゴンキラー隊】の隊長に任命する」
15歳の春。
念願のS級騎士になった俺は、いきなり国王様からそんな命令を下された。
「隊長とか面倒くさいんですけど」
S級騎士はモテるって聞いたからなったけど、隊長とかそんな重いポジションは……
「部下は美女揃いだぞ?」
「やらせていただきます!」
こうして俺は仕方なく隊長となった。
渡された部隊名簿を見ると隊員は俺を含めた女騎士3人の計4人構成となっていた。
女騎士二人は17歳。
もう一人の女騎士は19歳(俺の担任の先生)。
「あの……みんな年上なんですが」
「だが美人揃いだぞ?」
「がんばります!」
とは言ったものの。
俺のような若輩者の部下にされて、彼女たちに文句はないのだろうか?
と思っていた翌日の朝。
実家の玄関を部下となる女騎士が叩いてきた!
★のマークがついた話数にはイラストや4コマなどが後書きに記載されています。
※2023年11月25日に書籍が発売しています!
イラストレーターはiltusa先生です!
※コミカライズも進行中!
僕だけの番
五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。
その中の獣人族にだけ存在する番。
でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。
僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。
それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。
出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。
そのうえ、彼には恋人もいて……。
後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。
名前のない脇役で異世界召喚~頼む、脇役の僕を巻き込まないでくれ~
沖田さくら
BL
仕事帰り、ラノベでよく見る異世界召喚に遭遇。
巻き込まれない様、召喚される予定?らしき青年とそんな青年の救出を試みる高校生を傍観していた八乙女昌斗だが。
予想だにしない事態が起きてしまう
巻き込まれ召喚に巻き込まれ、ラノベでも登場しないポジションで異世界転移。
”召喚された美青年リーマン”
”人助けをしようとして召喚に巻き込まれた高校生”
じゃあ、何もせず巻き込まれた僕は”なに”?
名前のない脇役にも居場所はあるのか。
捻くれ主人公が異世界転移をきっかけに様々な”経験”と”感情”を知っていく物語。
「頼むから脇役の僕を巻き込まないでくれ!」
ーーーーーー・ーーーーーー
小説家になろう!でも更新中!
早めにお話を読みたい方は、是非其方に見に来て下さい!
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
時々おまけのお話を更新しています。
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。