73 / 85
番外編SS
だってきみのこと全部知ってると思ってた
しおりを挟む※1巻八章の前辺り
※付き合い立てのヴァンリュカ
==================================
「昼間仕立屋さんが来たんだけどさ、『少し身長が大きくなりましたか?』って言われちゃった。俺も最近そんな気がしてたんだよね。1センチくらい伸びてるかも」
「あの仕立屋は毎回それを言ってるじゃありませんか。それに三日前に身体測定をして身長体重とも変化なしと確認したばかりでしょう」
「そんなのわかんないよ。三日で」
「伸びません、残念ながら」
そんな呑気な会話を交わしながら、ヴァンはリュカの尻尾にブラシをかけている。
風呂から上がり就寝前のこの時間、ベッドに腰かけたリュカの尻尾を梳かしながらお喋りするのが、昔からのふたりのコミュニケーションタイムだ。
風呂のときにリュカの尻尾は理尾師が手入れしてくれるのだが、ヴァンはこの時間のブラッシングを欠かさない。真面目なヴァンは仕事をさぼって無駄話をすることができないので、一応は主の世話をするという建前でお喋りの時間を確保しているのだ。それにリュカのモフモフ尻尾はどんなにブラッシングしてもいい。すればするほど艶が出る。
もちろんリュカも昔からこの時間を楽しみにしている。当主の責務から解放されてホッと寛げる大切なひとときだ。
「最近乾燥してるせいでしょうか、少し毛がパサついてますね。もう一度香油を塗っておきましょう」
そう言ってヴァンは尻尾の毛を指で擦って確かめたあと、引き出しから香油の瓶を取り出して蓋を開ける。
「これは……昨日薬屋が持ってきたという新しい香油ですね。今までのと匂いが違いますね」
それを手に垂らしたヴァンを見て、リュカはハッとして咄嗟に彼の手を掴んだ。
「待って! 俺、その香油苦手。ヌルヌルしすぎて毛が固まっちゃうんだ、もん……」
慌ててヴァンの手を止めたリュカは、言いながら段々顔が熱くなってきた。手を掴まれたヴァンの頬が、赤く染まっていくのを見たからだ。
「だから、あの……古いほう使って……」
近い距離で視線が絡まり合いながら、リュカの鼓動がドキドキと加速していく。
手が触れ合うことも、顔を近づけて喋ることも、この十年で何度もあったことだ。そんな日常の動作が、今さらこんなにも恥ずかしくて照れくさくて緊張する。
(な、慣れない……)
ヴァンと恋人になって数ヶ月。とはいえ、彼の想いを受け入れたあとすぐデモリエルにさらわれ半年近くも恋人らしい時間が過ごせなかったことを考慮すると、リュカとヴァンはまだ付き合い立てほやほやの初々しいカップルと言えるだろう。
彼がどれほど自分を想ってくれていたのかは充分伝わっているし、それを受け入れ体も結んだ。しかし友達であった時間が長かったせいか、リュカはヴァンに熱い眼差しを向けられるとやたらと恥ずかしくてモゾモゾとした気持ちになってしまうのだ。
「も、もう出しちゃったんだね。じゃあ今日はそれでいいや……」
小声でごにょごにょ言いながらリュカは目を泳がせ、掴んでいたヴァンの手を放す。
ところがヴァンは香油を纏った手で、離れていこうとするリュカの手を掴まえた。ぬるりとした感触と共に、骨ばった長い指がリュカの指の間に入り込んでくる。
「……本当だ。尻尾に塗るには粘度が高すぎるな」
そう呟くヴァンの声は、すでに熱い吐息交じりだ。
ヴァンは香油を塗りつけるようにリュカの指をさすり、揉み、大きな手で覆うように握る。そのたびに香油がヌチヌチと水音を立て、やけに卑猥に耳に届いた。
リュカの心臓はもう破裂寸前だ。たまらず俯いてしまえば、「リュカ」と小さく呼びかけられて、おずおずと顔を上げた。
首まで赤くなったヴァンの顔が近づいてくる。リュカはドキドキと大きな心音に体が揺れるのを感じながらギュッと目を瞑り、それからちょっと考えて顔を少し傾けた。
まるっきり性経験のなかったふたりは、キスやセックスに縺れこむのも下手くそだ。いい雰囲気になっても緊張しすぎてどちらからとも言いだせず、タイミングを逃がしてしまうこともよくある。
今日はヴァンが勇気を出してくれたおかげでキスができた。場所が寝室であることを考えれば、このままセックスという流れになるだろう。
しかしこの先の展開を考えてしまうと、リュカの頭はますます沸騰してしまう。
(ヴァンの唇やらかい……あ、舌。わ、舌入ってきた。わ、わ、わ、息できない。……あっ、ヴァンと目が合っちゃった。キスしながら目合うのめっちゃ恥ずかし~)
艶めかしい唇も舌も、間近で見つめる長い睫毛を湛えた情熱的な瞳も、よく知ったヴァンのものだと思うとものすごく緊張する。普段はリュカを守り世話を焼いてくれる手が今は淫靡に指を絡めてきて、ここから逃げ出したいほどリュカは恥ずかしかった。
「リュカ」
唇を離したヴァンが熱い吐息交じりに呼びかける。息遣いからも眼差しからも、彼が熱烈にリュカを乞い求めているのが痛いほど伝わってくる。
(ヴァン……た、勃ってる。ヴァンって俺に興奮するんだな……いや、それはそうだけどさ。でも恥ずかしいよう)
体を押し倒されながら再びされたキスは、さっきより激しさが増していた。ヴァンの理性のタガが外れかかっている。
クールで厳しくて怒りっぽくて優しくて過保護な幼馴染にこれから貪るように抱かれるのだと思うと、リュカは限界まで心臓を高鳴らせ、まな板の上の鯉のようにされるがままになるしかなかった。
四時間かけて三回ほどヴァンが射精したところで、この夜の営みは終わった。ヴァンとだとまだお尻だけでイケないリュカは一度射精したのみだが、四時間ほぼノンストップで抱かれ続けぐったりである。
まだ童貞と処女をすてたばかりのふたりは、射精のタイミングも同時に気持ち良くなる方法も体に負担をかけないやり方も模索中だ。相手がピートならば何もかもスムーズなのだが、ヴァンとベッドを共にしたあとはリュカは体力が尽きキスマークと噛み跡だらけで満身創痍なのがお約束だった。
リュカがベッドで半分意識を失っていると、ヴァンが桶に水を汲んできて濡れたタオルで体を拭いてくれた。中に出したものもちゃんと綺麗にしてくれている。
セックスの導入は不慣れ極まりないが、後始末はじつに手際がいい。十年間リュカの身の回りの世話をこなしてきた手腕が活かされている。
(体熱いから、冷たいタオルで拭かれるの気持ちいい……)
慣れているからだろうか、ヴァンのお世話はとても安心できる。
リュカがウトウトしている間に、体を綺麗にされ服を着せられ、乱れてしまった髪と尻尾を梳かして整えられた。そして布団をかけ直される頃になると、リュカはほぼ夢の中だ。
浅い夢に揺蕩いながら、すぐそばでヴァンが身支度を整えている音が聞こえる。リュカは就寝だが夜勤の彼はこのまま護衛の仕事を続けなければならない。
ベッドサイドのランプが消されヴァンが行ってしまうのを感じ、リュカは夢うつつに(淋しいな……)と感じる。すると。
「――おやすみ、リュカ」
小さな囁きと共に、頬に唇がふれた感触を覚えた。
そのままベッドから離れていってしまったヴァンは気づいていない。リュカが心臓をドキドキといわせながら一瞬で目が冴えてしまったことに。
何千回とかわしてきた「おやすみ」の挨拶。ただそれだけなのに、さっきのヴァンの「おやすみ」はたまらなく優しくて、泣きたくなるほど愛おしさの籠もった声だった。
(……ヴァンって、すっごい俺のこと好きなんだな……)
そんなことに改めて気づかされる。ヴァンの気持ちはもうわかっているつもりだったのに、まるで全身に少しずつ、けれども深く、彼の想いが沁み込んでいくみたいだ。
リュカが寝入っていると思っていたからこそ、素直な気持ちで囁かれた声。それは長い付き合いの中でも初めて聞いた声音で、リュカはヴァンの愛がこんなにも優しかったことに胸が熱くなる。
やっと冷めてきたのに、また顔が火照ってくる。気持ちがソワソワして布団の中で尻尾が勝手に揺れてしまう。
(う゛~~~なんだこの気持ち。胸がギューッとして背中がモゾモゾして泣きたいような笑顔になっちゃうような変な気持ち~)
そしてリュカはすっかり赤くなった顔を両手で覆うと、「ヴァン……好き……」と声に出さずに、独り言ちた。
20
お気に入りに追加
1,784
あなたにおすすめの小説
助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
時々おまけを更新しています。
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。
悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。
逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位
2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位
2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位
2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位
2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位
2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位
2024/08/14……連載開始
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
異世界で騎士団寮長になりまして
円山ゆに
BL
⭐︎ 書籍発売‼︎2023年1月16日頃から順次出荷予定⭐︎溺愛系異世界ファンタジーB L⭐︎
天涯孤独の20歳、蒼太(そうた)は大の貧乏で節約の鬼。ある日、転がる500円玉を追いかけて迷い込んだ先は異世界・ライン王国だった。
王立第二騎士団団長レオナードと副団長のリアに助けられた蒼太は、彼らの提案で騎士団寮の寮長として雇われることに。
異世界で一から節約生活をしようと意気込む蒼太だったが、なんと寮長は騎士団団長と婚姻関係を結ぶ決まりがあるという。さらにレオナードとリアは同じ一人を生涯の伴侶とする契りを結んでいた。
「つ、つまり僕は二人と結婚するってこと?」
「「そういうこと」」
グイグイ迫ってくる二人のイケメン騎士に振り回されながらも寮長の仕事をこなす蒼太だったが、次第に二人に惹かれていく。
一方、王国の首都では不穏な空気が流れていた。
やがて明かされる寮長のもう一つの役割と、蒼太が異世界にきた理由とは。
二人の騎士に溺愛される節約男子の異世界ファンタジーB Lです!
突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています
ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた
魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。
そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。
だがその騎士にも秘密があった―――。
その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。