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番外編SS

えちち洞窟 その4

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 それは、ほのぼのとした秋の日。

 例によって謎の洞窟に子供が迷い込んでしまったと報告を受けたリュカは(どうせアレだろうな)と思いつつも黄金麦穂団と白銀魔女団を連れて現地へ向かった。

 そして案の定『えちち洞窟』と書いてあった石碑を無視し、渋々と中へ入っていったのであった。

(今回はなんだろ。あんまりくだらないのも腹立つけど、媚薬系のハードなのも勘弁してほしい……)

 散々えちち洞窟の餌食になってきたリュカは、イカ耳になりながらビクビクと怯えて道を進む。するとさっそく紫色の靄が発生し、第一のえちち舞台へと飛ばされた。

「ん~……場所移動はないパターンか」

 目を覚ましたリュカは辺りを見回してそう呟いた。土の地面に岩肌の壁、靄が出てきた場所と変わりない。ヴァンとピートをはじめ団員たちもその場で眠っていて、次々に目を覚まし始めていた。

「リュカ様、ご無事ですか? 今のはいったい……?」

「眠らされたみてーだけど特に変化はなさそうだな」

 目を覚ましたヴァンとピートが注意深く周囲を窺う。

「モンスターの気配はありませんね」

「魔法のトラップとか? どっちにしろ油断ならねーな」

 どうやら近くにベッセルとロイもいたようで、ふたりは剣を構えながら警戒を強める。

「何が起きるかわかんないけど、とりあえず先に進もう」

 どちらにしろえちちなことが発生しなければここからは出られないのだ。唯一それを知っているリュカは立ち上がって法衣の土埃をパンパンと払うと、さっそく歩き出そうとした。――すると。

「わっ!?」

 なんとリュカは法衣の裾を踏んでしまい、その場に転びそうになる。

「おっと」

 そう言って咄嗟に身を屈め受けとめてくれたのはピートだった。

「大丈夫か?」

「う、うん。ありがと」

 彼の懐に飛び込んだ形になったリュカは顔を上げようとして独特の感触に気づいた。

 柔らかで張りがあり、妙な安心感を覚えるこの感触。これは――雄っぱいだ。

 リュカは自分がピートの逞しい胸筋に顔をうずめていることに気づいた。えっちのあと、彼の胸にもたれて眠ることがあるからこの感触はよく知っている。

「わ、ごめんね」

 なんとなく恥ずかしくなってしまい、リュカはパッと身を起こした。別に男同士なのだし不慮の事故なのだから照れることはないのだが。

(うーん、相変わらずすごい胸筋だ。ピートって巨乳だよな……)

 これもえちち洞窟の影響だろうか、妙な感想を抱いてしまう。すると、それを見ていたヴァンが一歩前へ出て苛立った様子を見せた。

「しっかりしてください。もう法衣など十年以上着てるのですから、いい加減裾を踏むような失態はなさらないでください」

 リュカの粗忽さに目も当てられないのか、それともピートに受けとめられたのが気に食わないのか、ヴァンは厳しく叱責する。リュカは拗ねたように唇を尖らせると「わかってるよう」と投げやりに返事した。

 そして再び歩き出そうとしたときだった。

「わ、わわ!」

「! リュカ様!」

 どういうわけかリュカは何もないところでつまづき、再び転びそうになる。

 目の前にいたヴァンは咄嗟にそれを受けとめようとしたが、なぜだか動きが一拍遅れてしまった。そのせいで倒れかかってきたリュカに突っ込んでいく形になり……。

「「わぁあっ!」」

 ふたりは不自然にもつれあって地面に倒れた。

「いたた……ごめん、ヴァ」

 そこまで言いかけたリュカは、自分が独特の柔らかい箇所に顔を押しつけていることに気づく。同時にヴァンもとんでもない体勢になっていることに気づいて顔色を変えた。

「「わぁぁぁぁああああっ!!!?」」

 前のめりに転びそうになったリュカはヴァンの懐に支えられるはずがタイミングがズレてしまい、懐より下……股間に向かって倒れ込んでしまったのだ。

 その結果、リュカに押される形で尻もちをついたヴァンの股ぐらに思いっきり顔をうずめた体勢になってしまった。

 さすがにこれには両者驚いて、飛び跳ねるように体を離す。

「ごめっ、あの、変なとこに、あの、本当にごめんっていうか」

 事故とはいえこれは恥ずかしい。リュカは顔を赤くして動揺しまくり、ヴァンも首まで真っ赤になりながら言葉の出てこない口をパクパクさせている。

 その顛末を見ていたピートは思いっきり吹き出し、ロイまで一緒になって肩を震わせている。ベッセルはどうしたらいいものかリュカとヴァンを見ながらオロオロとしていた。

「~~っ、何をしているんですか!!!! しっかり! 両脚を! 地面につけてください!!」

「はいっ!」

 激怒するヴァンに、リュカは直立の姿勢で返事する。股間に倒れてしまったのは不可抗力だが、さすがにこれは申し訳なかった。部下たちの前で彼に恥を掻かせてしまったと思い反省する。

「本当にごめん……。あの、痛くなかった?」

 大事なところにダメージを負わなかったか心配で声をかけたが、ヴァンは背を向けて答えなかった。もはやこの話題には金輪際触れたくないようだ。

 猛省したリュカは二度と転ばないようにその場で足踏みをする。そして一歩一歩慎重に歩こうと決意してから「みんな、お騒がせしてごめん。気を取り直して行こう」と皆に呼びかけた。

 ヴァンもいつまでも私的な感情を引きずっているわけにもいかず、気持ちを切り替えて騎士団の隊形を整え直そうとする。

 そしてリュカが一歩足を踏み出したときだった。

「はわっ!?」

 着実にバランスをとって片脚を上げたと思ったのに、どういうわけか体がグラついて否応なしに倒れていく。

 リュカはそこでやっと気がついた。これが今回の〝えちち〟なのだと――。

(さっ、最悪~~~~~!!!!!!)

 やっぱり今回も碌でもないと思いながら、リュカは0、3秒の間に体勢を何とか立て直そうとする。せめて倒れるならピートのほうだ、ヴァンにもう一度同じことをしたらどれほどキレられるかわからない。

「ぐぬぬ……わぁああ~」

 なんとか体を半回転させたがそれが限界だった。「「うわぁああ!」」という声と共にリュカと一緒に倒れ込んだのは今度は……

「いつつ……」

「わー!! ベッセルごめんねーー!!!!」

 体を半回転させたリュカは、ちょうど近くにいて背を向けていたベッセルに倒れ込んでしまった。その結果――なんとベッセルの尻に顔をうずめてしまったのである。

 瞬時に起き上がったリュカだったが、周囲は唖然としているし事態を把握したベッセルは固まっている。

 インセングリム兄弟に相次いで恥を掻かせてしまい、リュカは申し訳なさのあまり彼らの実家に謝罪に行きたい気持ちだった。

「……お、お気になさらず」

 ベッセルはそう言って立ち上がったが、羞恥なのか冷や汗なのか顔は汗まみれだ。

 リュカはそばにいるヴァンの顔が恐ろしくて見れない。ピートもさすがに呆れているだろうと思うと、怖くてそちらも見れなかった。しかし。

「だいじょーぶですか、リュカ様。なんか変な呪いにかかってるんじゃないスか?」

「えっ」

 笑うでも引くでもなく、そう言ってくれたのはロイだった。顔を上げると複雑そうながら、ヴァンもピートも心配そうな目を向けている。

「さすがにこれは不注意とかそういうレベルじゃねーよな」

「リュカ様、眩暈かふらつきはありますか?」

 さっきから一歩歩くごとにコロコロと転んでいるのだ、いくらなんでもおかしいと皆も気づき始めたようだ。

 リュカは光明を見たような気持ちでコクコクと頷く。

「そ、そうなんだよ! さっきからなんか変なんだ! 勝手に体が転んじゃって……」

 おそらくここは、リュカが一歩歩くたびに転んで誰かの体……性的な場所へダイブするゾーンのようだ。ならばどうするべきか、歩かなければいいのではないかと考える。

「眩暈とかはないよ、体調は大丈夫。でも転ばされる呪いにかかってるんだと思う。多分この場所限定だと思うから、誰か俺のこと運んでくれない?」

 リュカはそう言って誰かにおぶってもらおうと両腕を伸ばした。ヴァンとピートがすぐに近づいて来ようとしたが、それより先に近くにいたロイがリュカを両腕に抱きかかえる。

「よいしょっと。俺が運んであげますよ。リュカ様、軽いなー」

「あ、ありがと……」

 てっきりヴァンかピートにおぶってもらうつもりでいたリュカは、予想外のロイに、しかもおんぶではなく姫抱っこされたことに内心びっくりする。

「ロイ、貸せ。リュカ様は俺が運ぶ」

 ピートがすぐさま咎めたが、ロイは「団長が両手塞がってたら敵襲に対応できねーじゃん。いいからここは俺に任せとけって」とニッと笑った。

 確かに得体の知れない場所で団長の動きが制限されるのは得策ではない。ロイの言うことは一理あると思ったのか一瞬ピートが黙った隙に、ロイはリュカを抱きかかえたまま軽快な足取りでホイホイと先へ進んでいった。

 ところが。

「リュカ様マジで軽――」

 数歩ほど進んだロイは平坦な地面で突如足を縺れさせた。その瞬間リュカは悟る、えちち洞窟の執念深さを。リュカが己の足で歩かなくとも、この洞窟は執拗にえちちを仕掛けてくるのだ。

「「うわーーー!」」

 ロイはリュカを抱きかかえたまま転んだ。反射神経の高い彼はリュカの体を地面に打ちつけないよう咄嗟に半回転し、自分の体を下敷きにしてリュカを守った。

 その結果、リュカは彼に覆いかぶさる形になり――偶然にもロイの唇がリュカの頬に押しつけられてしまった。

「「ロイ!!!!」」

 はたから見ればまるっきり抱き合ってキスをしている状態だ。ピートとヴァンは鬼の形相ですっ飛んできて、リュカとロイを引き離した。

「てめーは何してやがんだ!! リュカ様を危険な目に遭わせてんじゃねえよ!」

 ピートからげんこつを喰らったロイは涙目になりながら、「ちげーよ! これも呪いだよ!」必至に弁明する。

 ヴァンは怒り心頭になりながら、ロイにキスされたリュカのほっぺたをゴシゴシとハンカチで拭いた。

「ロイを怒らないで! 今のは本当に呪いだから!」

 結果的にロイに申し訳ないことになってしまったと思いつつ、リュカは心臓をバクバクさせる。

(危なかった~~、もうちょいズレてたら口同士でキスしちゃうところだった……)

 どうやらこのゾーンはリュカと一番そばにいる相手にえっちな接触をさせるルールのようだ。このままではリュカに近寄った者は誰彼構わず餌食になってしまうし、そうなれば不和や気まずさを生んでしまう。ひじょうに恐ろしい。

「みんな、俺に構わず先へ進んで。呪いがかかってる俺は自力だろうが他力だろうが動くと迷惑をかけちゃうから、ここにいるよ」

 そう言ってリュカはその場にしゃがみ込むと、膝を抱え尻尾を丸めて小さくなった。もはや洞窟に抗うにはこれしかない。

「リュ、リュカ様……」

 丸まってしまった主にヴァンやピートや騎士団たちが困惑したとき、紫色の靄が現れた。どうやらリュカが攻略法を見切ってしまったのでこのゾーンは終わりのようだ。

(相手を無作為に選ぶのはやめてほしいなあ、色々気まずいよ)

 そんなことを願いながらリュカは眠りに落ちていったのであった。



 次のゾーンは今までにない奇妙な場所だった。

 目が覚めて「なんだここは?」とキョロキョロしたのはリュカだけではない、騎士団全員が困惑していた。

 喋り声が反響するのに壁が見えない果てしなく広い空間。地面は剥き出しの土ではなく、毛足の短い赤い絨毯が敷かれている。そこにぽつりとあるのは、ゆったりとしたリクライニングチェアだ。ひざ掛けらしき毛布と、タオルと薬瓶の入った篭も置かれている。

「なんだこれ?」

 さっそくリュカが近づいてみると、ヴァンに「危ないから無闇に近づかないでください」と叱られた。まったくその通りだ。

 ヴァンとピート、騎士団が警戒しつつもそれらを調べた結果、特に危険はないものの奇妙なメモが見つかった。古語で書かれていたそれを、リュカが読み上げる。

「〝足つぼマッサージの部屋〟……足つぼマッサージの部屋???」

 あまりに予想外の言葉に、リュカは目を何度もしばたたかせる。しかし言われてみれば、リクライニングチェアも篭の中のタオルや薬瓶……おそらくオイルも、そのためのセットのようだった。

「あ、足つぼマッサージ?? 本当ですか? 誤訳じゃないんですか?」

 あまりの意味不明さにヴァンが怪訝そうな顔をする。

「ほんとだってば。だってほら、その椅子とかだってそれっぽいじゃん」

「……本気で意味わかんねー。この洞窟は何が目的なんだよ」

 思考の柔軟なピートもさすがに混乱しているようだった。無理もない、洞窟に入って主がコロコロと転んでいたかと思ったら、次は謎の部屋で足つぼマッサージなのだから。

(なんで足つぼマッサージがえちちなんだろ。マッサージしなくちゃ次のステージには行けないってことかな?)

 この洞窟の罠がえちちだと知っているリュカでも少々困惑する。しかし大抵碌でもない結果になるので油断は大敵だ。

 団員たちが「いったいどんな意味が……?」と頭を悩ませる中、またしても先に動いたのはロイだった。

「とりあえずセットで用意してあるんだから、やればいーんじゃないスか。俺が実験台になってあげますよ」

 そう言ってロイは臆することなくヒョイっとリクライニングチェアに腰掛けようとする。しかし、見えないバリアがあったようでボヨンとロイの尻を押し返した。

「!? なんだコレ! 座れねーんだけど!」

 他の者も試してみたが、やはり見えない風船が置いてあるようにボヨンと跳ね返されてしまった。足つぼマッサージをしろとばかりにセットされているのに、着席を拒むとはいったいなんなのか。皆はますます混乱に陥る。

「……えーと、多分俺なら座れる気がする……」

 リュカは「トホホ」という表情を顔いっぱいに浮かべてそう言った。えちち洞窟のターゲットが自分だということをわかっているからだ。

「リュカ様、危険ですからおやめください」とヴァンに止められたものの、このままでは先へ進めない。体を害す危険はないとわかっているが、彼や周囲の心配を晴らすためリュカは椅子に浄化魔法をかけてから腰を下ろした。

 誰も彼もを弾いていた椅子は、リュカをあっさり受け入れた。周囲はおお……と歓声を上げ「さすがリュカ様だ」と感心していたが、本人は改めて自分がターゲットだと痛感しただけなので嬉しくもなんともない。

「で? リュカ様に足つぼマッサージをすれば何か起こるのか?」

 篭にはご丁寧に足つぼの部位別解説図までついていて、ピートがそれを眺めながら言った。

「多分そうじゃないかな。てかそれ以外なさそうだよね。まあやってみようよ、足つぼ押したくらいで危ないことはないだろうし」

 さっさと済ませてしまおうとリュカはポイっと両脚のブーツを脱ぎ捨て、脚衣を足首の上まで捲る。普段日に晒されない真っ白な足首と甲、それにピンクがかった小さな爪が露呈され、騎士団の何割かが密かに目を瞠った。

「リュカ様! むやみやたらと裸足になるなと、いつも言っているでしょうが!」

 団員らの視線を敏感に察知したヴァンがリュカの足もとに跪き、視線を遮るように自ら壁になる。

「やらねばならないと言うのなら私がリュカ様のおみ足をマッサージいたします。失礼」

 そう言ってヴァンは、まずはタオルでリュカの素足を拭いた。タオルはどういうわけかホカホカに温まっていて、拭かれるととても気持ちよかった。

 とはいえヴァンとて足つぼの知識などない。ピートから解説図を奪い、それを見ながらもにょもにょとリュカの足の裏を触っていった。

「ひゃ、ふふっ、ひゃ! くすぐったいよお」

「えーと……リュカ様は肩が凝られてることが多いから、まずは肩のツボから……」

 オイルを垂らし肌が傷つかないようにしてから、ヴァンは小さな足の小指の下あたりを軽く指圧する。すると。

「い゛っっ……!! た、たんま! たんま!」

 軽く押されたにもかかわらず、思わぬ強い刺激がリュカの足の裏を襲った。リュカはたちまち涙になり、ヴァンの手から足を引く。

「痛い痛い! もっと優しくして!」

「も、申し訳ございません。加減したつもりだったのですが……」

 足つぼマッサージは効く箇所ほど痛いものだ。それを知らないヴァンは焦ってあたふたし、たまたま知っていたピートはニヤリと口角を上げる。

「あーあーオオカミ団長は馬鹿力だからな。リュカ様の繊細なおみ足を折っちまうぜ。ほら、どきな。俺が優し~くやってやるよ」

 ピートもリュカの足もとに跪き、ヴァンにドンとぶつかって退かす。ヴァンは「貴様の方が馬鹿力だろうが」と言い返そうとしたが、実際リュカを痛い目に遭わせてしまった負い目があり渋々とその場から引いた。

「ま、ちょっと痛いのは仕方ねーから我慢してくれ。足つぼマッサージってのはそういうモンだ」

 ピートはリュカの足にオイルを馴染ませながら言う。足つぼは初めてだが、指圧ならばスラム時代に娼婦にしてやったことがある。多少の自信はあった。

「あんたの肩凝りは目の疲れからきてるんだと思うぜ」

 そう言ってピートはリュカの足の人差し指の付け根を軽く押した。その瞬間リュカの体がビクンと跳ねる。

「いっ……! う、んん~……っ」

 さっきよりマシとはいえ、やはり痛かった。痛みに耐えようとすると口から自然に呻き声が出てしまう。

「痛いか?」

「も、もうちょっと優しく……」

「よしよし、じゃあ軽くほぐす感じでするな」

 オイルのついた指でピートがツボの周辺をさする。ヌルヌルした感触の合間にヌチヌチと水音がした。

「い、いた……あ、っ、いたい……」

「悪い箇所は痛いんだってよ。ほぐせば良くなるらしいからちょっとだけ我慢な」

「ん……あ、あ~っ! だめ、やっぱだめぇ……っ!」

 痛みに耐えるリュカは涙目で顔を赤くし、額に汗を滲ませている。息は荒く、痛みを訴える声は掠れて高くなっていた。

「…………」

 ベッセルは直立不動になりながら、リュカから目が離せなくなっていた。頭が熱くて心臓がドキドキと煩い。

「……うわ、やべ……」

 その隣ではロイが小さくそう呟いて、口もとを手で押さえながらリュカをガン見している。

 他の団員たちも初めは(何故足つぼ?)と訝しげな顔をしていたり、この空間を各々調べたりと様々だったが、いつの間にか誰もがリュカの痴態……もとい、痛みに耐える姿に目を奪われていた。

「やだやだ、待って! そこもうやだ、あぁッ!」

「ちっちぇえ足だな。俺の(指)じゃ大きすぎて(力加減が)キツイか」

「もう許してぇ……(足が)壊れちゃうよぉ……」

 なぜだか卑猥に聞こえる呻き声や悲鳴が、見えない壁にやたら反響する。団員はもはや不敬だとか失礼だとかという意識を失くし、ただひたすら異常なエロさを放つ主に注目していた。

――そのとき。

「死にたくない奴は三秒以内に後ろを向け」

 剣を鞘から抜く音と共にヴァンの本気の殺意が籠もった命令が聞こえ、一瞬で我に返った団員たちは一斉にリュカに背を向けた。

 誰ひとりとしてリュカを見ていないことを確認したヴァンは、未使用のタオルをリュカの口もとにあててブチ切れる。

「変な声を出さないでください! 団員たちに聞かれたでしょうが、はしたない!」

「ははっ、そーいうあんたも股間滾らせながら聞き入ってたじゃねーか。ドスケベ」

「黙れ! そもそも貴様が痛くするからだろうが! 私に偉そうなことを言ってたくせに!」

「足つぼってのは痛いモンなんだよ。効いてる証拠だ」

「だったら私の施術も間違ってなかったということではないか! クソ、このペテン師め!」

「んうーんうぅー!」

 ヴァンはリュカのはしたない声が皆に聞かれないようにタオルで猿轡をすると、自分も足側へ回ってピートが揉んでいるのと逆の足を握った。

「右足は私がやる。いいですね、リュカ様」

「うぅんん! んんぁあぅん(そんな! ふたりがかり)!?」

 言うや否や、ヴァンは手にオイルを纏わせリュカの足をグッと揉んだ。内臓まで響きそうな痛みに、リュカは猿轡をしたまま悲鳴を上げる。

「んぅゥーーッ!! んー! んーーッッ!!」

 リュカは涙をポロポロと零しながらイヤイヤと首を横に振った。いくらマッサージとはいえつらすぎる。

 すると、そんな哀れなリュカの姿をヴァンもピートも言葉を失くしてジッと見ていた。

「ちょっ……てめーはもうやめろ、洒落になんねえよ」

「……いや、私は……足を揉んだだけ……」

 ふたりの頬が赤い。瞳は戸惑いを浮かべつつもリュカから反らさず、ゴクリと生唾を呑む音が聞こえた。

「やめろやめろ、俺は加虐趣味はねーんだよ。おかしなモンに目覚めさせるんじゃねえ」

「わ、私だってリュカ様を痛めつけたいわけがない! これはあくまでマッサージ……だ」

 ふたりがよくわからない会話をしている間に、リュカは猿轡を勝手に外して訴えた。

「こんなのもうやだぁ、全然気持ちよくない……お願いだからもうしないで……」

 べそをかいてしまったリュカに、ヴァンとピートはオロオロしながら慰める。ヴァンは「も、申し訳ございません。痛いの痛いの飛んでけ」とリュカの足をせっせとさすり、ピートは「よく頑張ったな。いい子いい子、強い強い」と頭を撫でる。

 耳だけリュカの方に向けていた団員たちも、もう振り返ってよさそうな気配を察知してベソベソしている主のもとへ駆けつけた。

「リュカ様、お気をしっかり……。もう大丈夫ですからね」

「リュカ様、飴ちゃん食べます? ほら、甘いっスよ」

 みんなに慰められていたリュカはだんだん複雑な気分になってくる。これは慰められすぎではないだろうかと。

(なんかみんな変に優しいな? てか足つぼマッサージっていつまで続ければいいの? さすがにもう続けたくないよ)

 リュカが心の中でギブアップ宣言をしたとき、ようやく紫色の靄が表れて苦痛なステージが終わったのだった。



(いったい何がしたかったんだろ。足つぼマッサージなんて全然えちちじゃないじゃん)

 団員たちの股間を熱くさせていたことに無自覚な文句を心で呟きながら、リュカは目を覚ました。

 最後のステージはやはりベッドルームだった。これはいつもの『〇〇しなければ出られない部屋』のパターンだろうと溜息をつく。

 しかし辺りを見回してリュカは思わず「えっ?」と声を上げた。

 今まではリュカとピートとヴァンの三人で閉じ込められるのが定番だったのに、今回はさらにベッセルとロイもいるのだ。

 リュカを除く四人はベッドの上で転がされたように眠っていたが、やがて全員が揃って目を覚ました。

「また紫の靄が……今度はなんだ?」

「また違う場所へ飛ばされたっぽいな。部屋……? ここも洞窟内なのか?」

「これも洞窟の呪いとか魔法なのでしょうか……」

「あれ? ひーふー……五人しかいねーぞ。他の団員どこいった?」

 目覚めた四人はさっそく困惑している。さっきまでべそをかいていたリュカを気遣いつつ、この謎の部屋の調査を始めた。

(さすがにベッセルとロイもいるのに、えっちなことはできないよ。ふたりの見てる前でえっちしなくちゃいけないとかだったらどうしよう)

 リュカはヒヤヒヤした気持ちで胸を押さえる。そしてお題が掲げられてるであろうドアの上を、えいっと気合を入れて見上げた。ほぼ同時に、他の四人もドアの上を見上げお題に気づく。

「……〝えっちな言葉で古今東西ゲームをしなければ出られない部屋〟……?」

 五人揃って読み上げ、五人揃って首を傾げた。この洞窟の仕組みを知っているリュカでさえ首を捻る。

 馬鹿々々しいとヴァンが憤慨し皆もまともに取り合わなかったが、結局どんなに出口を探しても開かない扉しかないことを悟って、古今東西ゲームを試すこととなった。

(なんか馬鹿らしいな~。まあ実際にえっちしなくていいのは助かったけど)

 リュカはそんなことを思いながら靴を脱いでベッドに座る。他の四人も同じようにベッドの上に座って車座になった。

 このやたらと大きなベッドは大柄な男が四人乗っても余裕なほど広い。ゲームをするだけならベッドルームじゃなくてもいいのでは……とリュカは思ったが、洞窟の考えることなど理解できない。

「はぁ、じつにくだらない。さっさと初めてさっさと終わらせましょう」

 この試みに一番否定的なヴァンが何度もため息をつく。潔癖な彼は下ネタも大嫌いだ、現状ものすごいストレスがかかっていることが窺えた。

「えっちな言葉かあ。いざ考えると難しいな……」

 リュカが口火を切ろうとしたが言葉が出てこない。というより微妙に羞恥心が邪魔をして言いづらい。

 するとピートが「そんじゃ俺からいくぜ。セックス」とドストレートな単語でスタートを切ってくれた。

「じゃー次は俺がいくっス。フェ〇チオ」

 続いたのはロイだ。まったく躊躇なく卑猥な言葉を口にする。そして車座の順番的に次はベッセルだが……。

「……っ、……」

 彼は真っ赤になって顔を俯かせている。膝の上で握りしめている手は汗がびっしょりだろう。

 そんなベッセルを、ロイがいじらないわけがない。

「おいおい副団長サマ~? 早くしてくださいよ~、いつまでもこんなとこにリュカ様を閉じ込めておくなんて、副団長サマの名折れっスよ~?」

 ニヤニヤしながら顔を覗き込んでくるロイを、ベッセルは「うるさい! 黙れ!」と手を振って追い払う。そして小さく咳払いをしてから、蚊が鳴くような声で「……生殖行為……」と答えた。

「あははははははははははは!!!!」

 案の定ロイは笑い転げているが、リュカはさすがにベッセルに同情する。この中で一番うぶなのは間違いなくベッセルだ。しかしリュカもヴァンとピートに抱かれる前は、彼に負けないくらいうぶだっただろう。ベッセルの羞恥と困惑が手に取るようにわかる。

「ロイ、笑わないの。人には誰にだって得手不得手があるんだから」

 リュカが注意するとロイは「はーい。リュカ様は優しーな」と素直に笑うのをやめて座り直した。

「次は私ですね。……陰部」

 ベッセルよりいささかマシではあるが、ヴァンも大概である。ピートは肩を震わせていた。

 どうにもお堅い環境で育ったインセングリム兄弟はこの手の話題が苦手なようだ。間違いなくこの古今東西は苦労するだろう。

「えーとじゃあ……おっぱい」

 照れながらリュカが言えば、四者四様の表情でそれぞれがリュカを見た。チョイスした言葉によって内面が暴かれるようで、これは案外嫌なゲームだなとリュカは悟った。

「シックスナイン」

「ベロチュー」

「……しょ、初夜……」

「……愛撫」

「えーとえーと、お尻」

 うぶなベッセル、お堅いヴァン、照れるリュカに比べ、ピートとロイのスラム組は一切臆することなくスラスラと続けていく。もしこれが対戦形式だったら、インセングリム兄弟とリュカはボロ負けだっただろう。そうでなくてよかったとリュカは密かに思った。

 ――しかし。

「ディルド」

「潮吹き」

「……っ、……」

「ほら、早くしろよ~」

「…………も、もう無理です……!」

 五周目でついにベッセルは行き詰った。彼の賢い脳みそには、もう登録されている淫語がないのだろう。彼の御尊父もまさか淫語の暗記が主を救う日が来るなど夢にも思わず、子息にそんな教育を施さなかったに違いない。

「ごめんなさいリュカ様、兄上……! 僕は黄金麦穂団副団長失格です!」

 顔を両手で覆ってさめざめと嘆くベッセルを、リュカは「いやいやいや、どう考えてもこの状況がイカレてるだけだから自分を責めないで」と慰めた。

「ひとりリタイアしても大丈夫なんか? っつーか、いつまでこれやればドアが開くんだ?」

 今更ながら尤もな疑問をピートが口にした。その言葉に全員ハッとなる。

「確かに。ゲームをすることが条件ならもうドアが開いててもいいはずだよね」

「僕、調べてきます」

 すかさずベッセルがドアを確認しに行ったが、残念ながらノブは変わらずビクともしなかった。

 全員ガッカリし、「とりあえず最後のひとりになるまでやってみよーぜ」というロイの提案に頷くしかなかった。



 ――それから十五分後。

「ドライオーガズム」

「ひかがみ」

「なんだそりゃ?」

「膝の裏の窪んでいる箇所だ」

 ベッドの上ではヴァンとピートが白熱した雰囲気で頂上決戦を繰り広げていた。

 ピートは想定内だったが、意外なことに最後まで残ったもうひとりはヴァンだった。てっきりエロ知識には疎いと思っていた彼だったが、なんと〝体の部位の名称〟を羅列するという必殺技を繰り出してきたのだ。

 初めは『胸鎖乳突筋』だった。当然ピートは『それエロか?』と異議を唱えたが、ヴァンの『人によってはすさまじく性的だ(訳:リュカ様の胸鎖乳突筋はエロい)』という説得に妙に納得して認めてしまったのだった。

 くだらない古今東西ゲームに乗り気ではなかったはずのヴァンだが、どんな勝負であってもリュカの前でピートに負けるのは嫌なのだろう。

 ベッセルのあとにリュカがすぐ脱落し、最後まで残ると思われていたロイが飽きてわざとギブアップしたあとは、ヴァンとピートの直接対決だ。ふたりはガチでエロ語バトルをしている。

「尿道プラグ」

「橈骨茎状突起」

「フラット貞操帯」

「腋窩」

 どんどんマニアックさを増していく単語は、もはや互いになんのことかわかっていないだろう。リュカもわかっていない。

 もはや理解できないリュカとベッセル、完全に飽きているロイは、ベッドから降りてテーブルにあったおやつを食べていた。

「このシュトーレンおいしい」

「焼き菓子が多いですね。冬祭りが近いからかな」

「ベッセル、俺にもコーヒーくれよ」

「お前は僕をなんだと思ってるんだ。自分で淹れろ」

 そんなふうにほのぼのとおやつを食べていると、ロイがジンジャークッキーを齧りながら歩いていって何気なくドアのノブを回した。

「開いてる」

 なんとドアはあっさり開き、リュカも食べかけていたシュトーレンを口に詰め込んでモグモグしながら「ほんとだ」とドアの前までやって来た。

 いったいいつから開いていたのか、開く判定はなんだったのか、全くの謎だ。もしかしたら洞窟もいつまでも続くマニアックな単語の応酬に飽きてしまったのかもしれない。

「おーい、開いたから行くよー」

 リュカがベッドに向かって呼びかけると、ヴァンとピートは「「は?」」と目をまん丸くした。まだ勝負はついていないのに何故ドアが開いているのだろうか。これでは火花を散らし合っていた自分が馬鹿みたいではないかと複雑な気持ちになる。

「……馬鹿々々しい。人生で一番無駄な時間を過ごした」

「そりゃこっちの台詞だっつーの。張り合うんじゃなかった、くだらね」

 ブツブツ文句を言いながらも、ヴァンとピートもドアから出る。そして五人揃って部屋を出たところで、紫の靄が発生したのであった。



 目が覚めたあとはいつものように迷い込んだ子供が解放され、問題は解決した。ヴァンとピートはじめ団員たちは「いったいなんだったんだ」と首を傾げ、リュカはやっと出られた安堵と、今回も馬鹿々々しかったという呆れをひとり胸に抱く。

 お約束で出現したスタンプカードには『実績解除――10・ラッキースケベ』『実績解除――11・足つぼマッサージ』と出ている。

(あのコロコロ転ばされるの、ラッキースケベだったんだ……。てかあれで実績解除なんだ? 古今東西は失敗だったの? クリアの基準がよくわかんないな~)

 この洞窟は意味がわからないなと思ったけど、そもそも存在からして意味がわからないのだから考えるだけ無駄だとリュカは思った。

「誰かの悪戯にしては大がかりすぎますね。もっと詳しく調査した方がよいのでは?」

「深く考えない方がいいと思うよ」

 帰りの馬車の中でヴァンは解せない様子だったが、リュカは凪いた目でそんな彼を宥める。すると。

「リュカ、帰ったらさっきの続きやろーぜ」

 向かいの席に座っているピートがニヤニヤとしながら言った。

「さっきの? エロ古今東西?」

「ちげーよ。きもちいいマッサージだよ」

 足つぼマッサージの恐怖が蘇り、リュカは冷や汗を滲ませブンブンと首を横に振る。

「やだ! もう二度とやらない!」

「だいじょーぶ、今度は気持ちよーくしてやるから」

「やだやだやだ!」

 戯れでも御免だと思ってひたすら首を振っていると、同じく向かいの席に座るヴァンが真剣なまなざしをリュカに向けてきた。

「リュカ様、私にもう一度やらせてください。今度こそ気持ちよくしてみせます。私ともあろうものがリュカ様を満足させられないなど、不甲斐なくてこのままでは引き下がれません」

「だからやだってば! もう足さわんないで!!」

 ヴァンまでリベンジを企み、リュカは涙目になりながら席の上で膝を抱え足を守る。

 しかしリュカを是が非でも気持ちよくさせないと気の済まないふたりは、帰宅後リュカのブーツを剥ぎ取り、足をモミモミしまくった挙げ句、最終的に「痛くてくすぐったくてちょっと気持ちいい」とリュカに涙目で言わせたのであった。

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