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3巻
3-1
しおりを挟む第一章 リュカの長い一日
ここはウルデウス王国のレイナルド領にある、レイナルド公爵邸。その広い敷地内にある騎士宿舎前の広場では、騎士たちが訓練に励んでいる。
レイナルド家に所属する騎士たちは国王側近の護衛騎士団をはじめ、一流の剣の腕を持つ者ばかりだ。肉食獣も草食獣もいるが、みな体格に恵まれ、雄々しい強さに溢れている。
そんな右を見ても左を見ても筋骨隆々な騎士たちの中にひとり、もやしのような存在が交じっている。
「てやーっ!」
木でできた訓練用の短剣を構え、背の高い騎士に突進していくそのもやしこそ、レイナルド公爵家当主でもあり、この国の王であるリュカ・ド・レイナルドだ。
身長百三十九センチ、大きな瞳が特徴的な愛らしい見た目の彼だが、先月二十三歳になった。立派な成人だ。フェネックギツネの獣人ゆえに、小柄で外見がやたらと可愛いのである。
実はリュカには前世の記憶がある。日本に生まれた浅草琉夏という少年だったのだが、不運な事故で十六歳で早逝し、転生した先はなんと『トップオブビースト』というゲームの世界だった。
大貴族レイナルド公爵家の跡取りとして転生したリュカは、魔王と親友になったり、ゲームに隠された真実を暴いたりといくつもの波乱を乗り越えて、この世界の王となった。
現在は魔物はおらず、戦争もなく、とても平和だ。しかし国王と公爵家当主を兼任しているリュカは非常に多忙である。世界中から届く陳情書、嘆願書、報告書に目を通し、魔法の力で災害を取り除き、謁見や会議で人々の声に耳を傾け、時には自ら町や村の視察に行く。一日が二十四時間では足りないぐらいだ。
そんなリュカの体を気遣い、定期的に運動をしたほうがいいと側近が提言したのが、三ヶ月前のこと。机の前に座りっぱなしで運動不足を感じていたリュカは、週に一度、騎士団の訓練に交ぜてもらうことにしたのだった。
レイナルド家は魔法使いの家系だがやはりある程度は護身術も必要であると、リュカは二十歳で当主の座に就くまでは体術と短剣術を教育係に習っていた。基礎知識はもちろんあるし、魔物がいた頃に戦っていた経験もある。ド素人という訳ではなくそれなりに動けるが、やはり騎士が相手では実力は雲泥の差だ。リュカは側近騎士のヴァンに訓練相手になってもらい、短剣の打ち込みをしていた。
「やぁっ!」
「振りが大きい、左がガラ空きですよ!」
「ていっ!」
「もっと相手をよく見て!」
リュカの短剣を、ヴァンは片手に持った練習用の模擬剣で軽くいなす。
ハイイロオオカミ獣人のヴァンは体格がよく、身長は百八十一センチもある。そんな大きな彼にちょこまかと立ち向かっていくリュカの姿は、子供が駄々を捏ねながら大人に突進しているように周囲の目には映った。
しかし、リュカだけでなくヴァンも真剣だ。実力差が大きいからこそ、リュカに怪我をさせないように細心の注意を払っている。
ヴァン・ド・インセングリム、二十二歳。リュカの側近騎士であり、第一護衛騎士団・黄金麦穂団の団長だ。代々騎士としてレイナルド家に仕えてきたインセングリム家の長男である彼は、十歳の頃からリュカに仕えている幼なじみでもあり、たくさんの苦楽を共にしてきた。ヴァン以上にリュカを理解している人物はいないだろう。
ヴァンはリュカを主として尊敬し、生涯の忠誠を誓い、そして愛している。ヴァンは長年リュカへの恋心を募らせていたが三年前に成就し、リュカと恋仲になった。立場上、大っぴらにはできないが、体も心も深く愛し合っている関係だ。
「左、右、左を狙って!」
「えいっ、えいっ、やぁっ!」
ヴァンに言われた通り短剣を振り抜くと、彼の構えている剣にヒットした。確実な手応えだ。もしこれが実戦ならば、敵にダメージを与えられたに違いない。
「お見事です、綺麗な型でしたね」
ヴァンが剣を下ろし、口もとを微かに緩める。リュカも構えを解き、引き締めていた顔を緩ませた。
「うん、自分でも今のは気持ちいい手応えだった。どうもありがとう」
ハァハァと肩で息をしながら、リュカは汗まみれの額を手の甲で拭う。するとヴァンはすかさず自分のベルトに挟んでいたタオルを取り、リュカの顔を拭いてきた。タオルだけ貸せばいいのに、ヴァンはリュカの顔を拭き、首を拭き、胸元まで拭く。
「しっかり汗を拭いてください。体を冷やしますから」
「わかってるよぉ」
ヴァンはリュカが愛しくて大切でたまらない。それゆえに過保護になってしまい、リュカと口論することもしばしばだが、それも仲のいい証拠だ。
ヴァンは近くにいた部下に大判のタオルを持ってこさせると、それをリュカに羽織らせて広場にあるベンチまで連れていった。
「水分も取ってください」
そう言って渡された水の皮袋に、リュカは口づける。その間もヴァンはリュカの体の汗を拭いていく。人目につきにくい場所に移ったので、今度は服を捲り背中や脇まで拭こうとする始末だ。
「あひゃっ、くすぐったいんだけど! 自分でやるからいいってば」
「私がやります。おとなしくしていてください」
ヴァンはリュカの世話を焼くのが大好きだ。国王であるリュカには身の回りの世話をする従者がいるが、旅などで従者がいないときにはヴァンが代わりをこなす。寝起きの身支度から就寝の準備まで、なんでも来いだ。
「もう大丈夫だって。それよりヴァンこそ自分の汗拭きなよ、風邪ひくよ」
リュカがさっぱりしたのを見て満足したのか、ヴァンはようやく手を放すと持っていたタオルを畳み直し、それで自分の体を拭いた。
名門貴族のお坊ちゃんであるヴァンは少々潔癖気味だ。自他ともに身だしなみや清潔さにうるさいし、自分の物を他人に触られるのも嫌いだ。ましてや何かを共有するなんてあり得ない。
それなのにリュカとだけは、汗を拭いたタオルも共有できるほど平気らしい。むしろ喜んでいる気配すらある。エッチのときには汗まみれの肌を触れ合わせているのだから理屈としてはわからなくもないが、それでもリュカはなんだか複雑な気分になる。
「こっち使いなよ、綺麗だよ」
リュカは自分も腰にタオルを下げていたことを思い出し、それを差し出す。しかしヴァンは「気持ちだけ頂戴します」と言って、受け取らなかった。
(ヴァンってちょっと変態だよな……)
彼の愛を知ってから、リュカは時々そう感じるようになっていた。エッチのとき、彼はリュカの体を隅々まで愛撫したがるし、興奮すると噛みついてくる。リュカを摂取したくてたまらないように思えるのだ。
(いつか俺、ヴァンに食べられちゃうかも)
そんなことを考えながら水を飲んでいると、大きな人影がリュカに近づいてきた。
「調子はどうだ、リュカ様」
「ピート!」
やって来たのは、ブチハイエナ獣人のピートだった。
ピート・ド・タオシェン、二十一歳。ヴァンに負けじと体格のよい身長百八十三センチの青年は、リュカのもうひとりの側近騎士だ。第二護衛騎士団・白銀魔女団の団長でもある。
彼との出会いは十三年前の幼少期だ。当時スラムに住んでいたピートはリュカに命を救われただけでなく、希望をもらった。その恩と憧れを抱いて、三年前、ピートは側近騎士になったのだった。
ピートにとって、リュカは眩しく温かい太陽のような存在だ。強く正しく優しい当主である彼に崇拝の念さえ覚えている。そして同時に、深い愛も抱いているのだ。
ピートもまたリュカの恋人であり、初体験の相手でもある。リュカの性的な経験や快楽はほとんどピートが仕込んだ。男であるリュカに抱かれる悦びを教えたのは、間違いなくピートだろう。
育ってきた環境のせいで見た目や言葉遣いはチャラいが、リュカに対する忠誠心と愛は本物だ。リュカもそんな彼のことを心から信頼している。
「今、短剣の稽古が終わったところなんだ。少しだけ待ってて」
今日は前半に短剣術の、後半に体術の訓練の予定だ。短剣術はヴァンに、体術はピートに教えてもらう。
リュカは残っていた水を飲み干すと、体の熱を冷まそうと襟もとを指で引っ張ってパタパタと扇いだ。それを見ていたヴァンとピートの視線が、少し艶を帯びたものになる。
普段は首もとまできっちり閉じた長丈の法衣を着ているリュカだが、今は運動のため、半袖のシャツと膝丈の脚衣姿だ。首や腕、脛をこんなに出すのは珍しく、少し大きいサイズのせいで細い体が余計に華奢に見える。
「あんたのその恰好、なかなか慣れねーな」
そう言ってピートは、リュカが肩にかけていた大判のタオルで首筋を隠す。
「だから私は長袖のシャツと長丈の脚衣を着るべきだと何度も申し上げてるのに、リュカ様は聞き入れてくださらない」
暑いのにタオルで覆われ、ヴァンにブツブツ文句を言われ、リュカは拗ねた気持ちで足をパタパタ動かす。
「また始まった~。もっと部下を信頼してあげなよ。うちの騎士団にそんな不埒なやつはいないよ」
ヴァンとピートはリュカの運動に協力的だが、この恰好については不服だった。露出が多すぎるというのだ。
彼らはリュカが団員からいやらしい目で見られるのを警戒しているが、リュカには理解できない。男性が男性に欲情することがあるというのはわかるが、たかが腕や脛、首ではないか。リュカの普段の服装が体を隠しすぎているだけで、日常的に出ていておかしくないパーツだ。そんなところに興奮するのはヴァンとピートだけだと思っている。
そもそも騎士団にリュカを性的に見ている者がいるのかさえ謎だ。レイナルド家の騎士団は恋愛も結婚も禁止していない。禁欲的な生活でもないのにわざわざ同性の、しかも主であるリュカに欲情する者がいるのだろうか。
しかしヴァンとピートは声を揃えて、鈍感なだけでリュカは注目されまくっていると言う。レイナルド公爵家の跡取りとして生まれたリュカは常に人目がある人生を歩んできたため、視線に慣れすぎて鈍くなってしまったのだ。敵意のこもった視線ならさすがに気づくが、情欲を隠した好意の視線には気づかない。そしてその鈍感さにリュカは無自覚だ。
しかもリュカは女性以上に可愛い顔立ちをしているのに、本人は無頓着ときている。むしろ可愛い扱いされることを嫌がって『俺、男だし!』と反発するのだから、ヴァンとピートの心労は尽きない。
「いい加減にご自分の容姿を理解してください。こんなことは言いたくありませんが、リュカ様は変態に狙われやすいお姿をしている。騎士団の中にだって、行動に移さないだけでそういった嗜好の者はおりますからね」
「変態だけじゃないぜ。ノンケだってリュカ様を可愛いと思ってるやつがほとんだ。その華奢な首筋や腕を見てムラっときたっておかしくねーからな」
呆れた溜息をついたふたりに、リュカは大きな耳を横に傾けて嘆く。
「あーあ、俺がもっと逞しかったらよかったのに。もっとヒゲがモジャモジャで、脛毛もいっぱいで、筋肉モリモリだったらふたりともそんな心配しないでしょ?」
これもフェネック獣人の特性なのか、はたまた個人の体質なのか。リュカは体毛が少ない。腕も脛もツルツルだし、あまつさえ脇まで生えていない。陰部は一応生えているが、それも申し訳程度だ。しかも二十三歳になってもヒゲが生えてこず、リュカはわりと本気で悩んでいる。そのうえ筋肉が付きづらい体質なのだから嫌になる。
ヒョロヒョロでツルツルな体はもやしみたいで情けなく思っているのに、欲情の対象にされるなどと説教されたら男としての自信が地に落ちてしまう。
すっかり拗ねてしまったリュカを見て、ヴァンとピートは困惑の表情を浮かべた。
「……申し訳ございません。口煩く言いすぎました」
「悪かった、もう言わねえよ。リュカ様は好きな恰好しな」
ふたりはリュカの前に屈みながら反省する。リュカの驚異的な可愛さは本人のコンプレックスでもあるのだ。あまり心配しすぎると彼を傷つけてしまう。
反省すると同時に、ヴァンとピートは密かに決意する。リュカがいやらしい目を警戒しないのなら、自分が盾となって守りきればいいのだと。
「さ、機嫌直してそろそろ行こうぜ。ばっちり稽古つけてやるからよ」
ピートが立ち上がってそう言うと、リュカもベンチからピョコンと飛び降りた。
「うん! よろしくね」
ちょっといじけたものの、リュカは気持ちを切り替える。ふたりの過剰な心配は自分を思ってくれてのことだとわかっているからだ。
リュカは歩きだそうとする前に、両脇のふたりの手を軽く握って上目遣いで見つめた。
「俺こそ、子供っぽい態度取ってごめん。心配してくれてありがと」
恥ずかしそうに、けれど素直に謝罪と礼を告げるリュカに、ヴァンとピートの胸がキュッと締めつけられる。
「あなたが謝ることではありませんよ」
「そうそう、あんたはそのままでいいんだって」
口ではそう言いつつも、ヴァンとピートは心中で頭を抱える。こういうところが天然の魔性なんだよなあ……、と。
リュカは再び広場に戻り、今度はピートと向かい合って構えた。
「さ、どっからでもかかってきな」
「行くよ!」
指で手招きするピートに、リュカは身を低くして突進していく。リュカの非力な腕や脚では、打撃はまず無意味だ。締め技も簡単に外されてしまう。力もなく小柄な者の有効な戦い方は限られている。それは急所を狙うことだ。
リュカはピートの脚の間に滑り込んで後ろを取ると、そのまま掌底で膝裏を打った。関節ならば、大きくない力でも相手の体勢を崩せる。
ピートはリュカの攻撃に従順に反応し、ガクンと膝を折った。本当はこのくらいなら容易く避けられるが、リュカに攻撃の流れを教えるためにセオリー通り動く。
リュカはバランスを崩したピートの肩を掴み、仰向けに倒して喉を狙おうとする。しかし大きな体は思うように倒せず、モタモタしている間にピートに手首を掴まれ、逆に組み敷かれてしまった。
「残念。関節を打ったところで、あんたの体重じゃ俺を引き倒すのは無理だぜ」
「う~……悔しい」
ピートはリュカの両手首を芝生に縫いつけたまま顔を覗き込んで言う。まるでベッドでの行為を思い起こさせるその仕草に、リュカはからかわれているような気がして頬を膨らませた。
「倒すなら、もう一回膝裏を打って前に倒すんだな」
アドバイスしながらピートは立ち上がり、リュカの手を引いて起こす。
「それか金玉狙え。一番確実で手っ取り早え」
あまりにもあけすけなアドバイスに、リュカは悩まし気に顔を曇らせた。
スラム出身のピートは喧嘩の達人だ。どんな手段を使ってでも勝つ術に長けている。箱入りで育ったお坊ちゃんのリュカには、その勝ち汚さがない。男の大事な部分を攻撃することにためらいが生まれてしまう。
「金的かぁ……気が引けちゃうんだよなあ。っていうか、訓練でもピートにそんなことできないよ」
「プロテクターつけてるに決まってんだろ。へーきだよ」
「それでもやっぱやだ。気持ちの問題だよ」
フルフルと首を横に振るリュカに、ピートは眉尻を下げて笑う。
「あんたの弱点は優しすぎるとこだな」
相手の痛みをもろに感じてしまう戦い方は、少々ビビりな自分には向いていないなとリュカは思う。願わくは、これからの人生で体術を使う場面に出くわしたくない。
そんなリュカの心境を察したのかピートは、掴まれたときの抜けだし方や隙を作る攻撃の仕方など、最低限の護身術を教えてくれた。
「あ~、今日はクタクタだよ~」
その日の夜、執務室で書類の決裁を終えたリュカは椅子から立ち上がって大きく伸びをした。週に一度の運動はリフレッシュになるが、体力も使う。体がいつもより疲れていた。
「お疲れ様です。入浴になさいますか?」
部屋で一緒に書類の整理を手伝っていたヴァンが尋ねる。リュカは凝った首筋を手で押さえながら「そうする」と答えた。
リュカの浴室はレイナルド邸の三階にある。レイナルド邸は一階が広間や謁見室、正餐室などの公務機関で、二階はレイナルド一族傍系の居住区と従者の休憩室、三階は当主とその家族の居住区となっている。
現在、三階にはリュカと次期当主ルーチェが住んでいる。一歳八ヶ月のルーチェは魔王がリュカの遺伝子から作った子供だが、諸事情から神の子ということにしてある。リュカとヴァンとピートはルーチェの父親代わりとなり、屋敷の者の手を借りながらも三人で育てているのだ。
ヴァンが従者に風呂の支度を命じるために部屋から出ていくと、それと入れ替わりでピートがやって来た。
「ルーチェ、寝かしつけてきたぜ」
「ありがとう、助かるよ」
リュカには二十四時間、側近騎士であるヴァンとピートのどちらかが付いている。日勤と夜勤に分かれるのだが、夜勤担当はルーチェの風呂と寝かしつけを済ませてからリュカの護衛にあたるのが最近の流れだ。
一時期は夜泣きが酷くてリュカたちを悩ませたルーチェだが、一歳半を過ぎた頃から運動量が増え、夜はほとんど起きなくなった。昼間はわんぱくで目が離せないが、そのぶん夜ぐっすり寝てくれることは助かる。寝室も、もうリュカとは別々だ。
リュカは欠伸をしながら時計を見る。夜の九時、護衛交代の時間だ。部屋に戻ってきたらヴァンを上がらせようと思う。……ところが。
「入浴の準備が整いました。参りましょう」
どういう訳か、ヴァンはリュカの着替えを手に持って、一緒に浴室へ行こうとするではないか。
「どうしたの? もう今日は上がっていいよ」
不思議に思い尋ねると、ヴァンはまるで当然とばかりに答えた。
「風邪が流行っているようで、本日は入浴担当の従者が数人休んでいるとのことです。なので、私が代わりを務めます。念のため他の入浴担当の者にも休みを取らせました。すべて私が担いますのでご安心を」
「は?」
リュカは目をパチクリさせた。王であるリュカには入浴時に、髪を洗う者、手足を洗いマッサージする者、尻尾を洗い整える者、入浴後に肌にクリームを塗ったり着替えを手伝ったりする者など何人もの従者がつく。それらをみな休ませ、ヴァンがすべて代わるというのだ。
「そんな、悪いよ。入浴の手伝いはヴァンの仕事じゃないし、そもそもきみの業務時間は終わりだよ」
「お気になさらず。いついかなるときでも、リュカ様に尽くすのが私の務めですから」
「いや、それは騎士としてだよね?」
旅中で従者がいないときならまだしも、屋敷でまでヴァンに面倒を見てもらう必要はない。そもそもリュカは誰の手も借りず、ひとりで入浴できるのだ。従者の手に委ねるのも王の仕事なので任せているが、ないならないで構わない。
すると、ピートが一歩前に進み出てヴァンに向かって口を開いた。てっきりヴァンの過保護を窘めてくれるのかと期待したリュカだったが――
「リュカ様の入浴を手伝うだと? そんなおもしろそうなことは俺にやらせろ」
「んんん?」
なんだか斜め上の展開になってきて、リュカは目をしばたたかせた。
「これは私の役目だ。貴様はしゃしゃり出てくるんじゃない」
「てめーこそ護衛交代時間は過ぎてんだよ。今は俺とリュカ様の時間だ」
リュカを挟んでヴァンとピートが火花を散らす。このふたりはいつもこうだ。名門貴族出身で厳格な性格のヴァンと、スラム出身で奔放な性格のピートはとても相性が悪い。そのうえリュカを取り合っているのだから、些細なきっかけですぐに争い合う。
「はいはい、喧嘩しない。選択肢はみっつ、じゃんけんで決めるか、ふたりで一緒に手伝うか、どちらの手も借りず俺がひとりで入浴するか。選んで」
この三角関係ももう三年、リュカはふたりの仲裁にもすっかり慣れた。ヴァンとピートにとってリュカは絶対なので、おとなしく言うことに従う。
結局ふたりはじゃんけんをして十七回ほどあいこを繰り返したところで、リュカに「俺、眠くなってきちゃった……もう寝ていい?」と言われてしまい、しぶしぶふたり揃って入浴の手伝いをすることに決めた。
レイナルド邸の浴室は贅沢だ。それは装飾が華美という意味ではなく、温かいお湯がなみなみと溢れているからである。
科学の発達していないこの世界での風呂は、別室で沸かした湯を浴槽に注いで溜めるのだから大変だ。しかし魔法使い一族の住むレイナルド邸は、魔力で水を汲み上げて湯を沸かす給湯機のような装置を備えている。おかげでいつだって温かいシャワーを浴びたり、湯に浸かったりすることができるのだ。
そんな訳で、リュカの浴室のバスタブには程よい温度の湯がたっぷり張られている。洗身用の液体石鹸が入れられており、浴室中いい香りだ。
ヴァンとピートは上着を脱いでシャツの袖を捲ると、まずはリュカの法衣を脱がせた。もちろんリュカはひとりで脱ぐことができるが、従者に手伝わせるのもまた王の務めなのである。
「リュカを脱がせるのは慣れてるけど、これはなんか新鮮だな」
ピートがいらんことを呟く。確かにふたりにはもう数えきれないほど服を脱がされているけど、今日のように業務の一環として脱がされるのは初めてだ。意識してしまうとたちまち恥ずかしくなってくる。
「変なこと言わないでよ、もー……」
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「はー、気持ちいい」
温かい湯が疲れた体に沁みる。バスタブに寝そべるように凭れかかっていると、「失礼します」と言ってヴァンがリュカの髪を洗いだした。ヴァンはリュカの大きな耳を避けつつ器用に洗う。長い指が髪を丁寧に擦り、頭皮を適切な力加減でマッサージする。心地よくなってリュカはうっとりと目を閉じた。
「失礼します」
ピートはリュカの体を洗ってくれる。洗身用のスポンジを使い絶妙な力加減で首筋から肩、腕を擦っていった。
頭と体を洗ってくれるふたりの手が気持ちよすぎる。心を許している相手だからだろうか、いつもよりリラックスした気分でリュカはウトウトと浅い眠りに落ちた。……すると。
「ひゃっ」
数分ほど眠っていたのだろうか、ふいに下半身にゾクリとする刺激を感じてリュカは目を覚ました。見ればピートが泡立てた手で陰茎を包むように洗っているではないか。
「わ! わ! そこはいいよ、自分で洗うから!」
普段から下半身だけは従者の手を借りずに洗っている。相手がピートとはいえ、さすがに股間を洗われるのは恥ずかしい。
しかしピートは「いーから、任せとけ」と手を放さず、リュカのそこを丁寧に洗う。丸々とした小さな睾丸からうぶな色をしている竿の部分まで、指の腹を使って擦っていった。洗身の一環だとわかっていても、体は従順に反応してしまう。しかも硬くなりだした竿の先端に泡をつけクチュクチュと弄るものだから、リュカはたまらず熱い吐息を零した。
「おい。私たちは入浴の手伝いをしているのだぞ。淫らなことをするな」
艶っぽい反応を示すリュカを見かねて、ヴァンが苦言を呈す。だがもちろん、素直に言うことを聞くピートではない。
「してねーよ。俺はリュカ様を洗ってやってるだけだ。大事なとこだから、丁寧にな」
ヴァンはムッとしながら、洗い終えたリュカの髪に手早くタオルを巻く。そして近くに置いてあったワゴンから歯ブラシを取ると、仰向けになっているリュカの顔を上から覗き込んで言った。
「リュカ様。口を開けてください。歯を磨かせていただきます」
「えっ!? そこまでやるの!?」
獣人、特に肉食獣人にとって歯はステイタスのひとつだ。歯並びはもちろん、犬歯は鋭く、顎が強くなくてはいけない。虫歯なんてもってのほかだ。一般の獣人でも歯を大事にしているのだから、王であるリュカは尚更である。普段の歯磨きに加え、三日に一度は専門の歯科医が点検し、歯を隅々まで磨いてくれる。
しかしまさか、ヴァンがそこまでしてくれるとは予想外だった。今まで色々面倒を見てきてくれた彼だが、歯磨きはさすがに初めてだ。
「歯はいいよ、今日は自分で磨くよ」
口を大きく開けて中を見られるのは、相手がヴァンでも気が引ける。むしろよく知ったヴァンだからこそ、なんだか恥ずかしい。
「どうぞお気になさらず、お任せください。さあ、あーん」
しかしヴァンはまったく引く様子がない。彼の世話焼きもここまで来たか……とリュカはあきらめの境地で、仰向けの体勢のままおとなしく口を開けた。その瞬間、ゴクリとヴァンが唾を飲み込んだ音がしたのは、気のせいだろうか。
片方の頬に手が添えられ、歯にブラシがあてられる。それが小刻みに動きながらシャッシャッという音を立て、リュカの小さな歯は一本ずつ丁寧に磨かれていった。奥に進むにつれて口の中を覗き込むヴァンの顔が近づき、唇の端を指で軽く引っ張られる。
リュカの小さな口の中は健康的なピンク色で、唾液にぬめっている。真っ白な歯が綺麗に並んでおり、左右対称の位置にピョコンと可愛い犬歯が見えた。歯ブラシを避けようとして、小さな舌がピクピクと動いている。
リュカは薄目を開けながら、間近にあるヴァンの顔を窺う。頬が赤く鼻息が荒くなっているように感じるのは気のせいだと思いたい。ピートがヴァンを横目で見て「変態」と呟くのが聞こえた。
しかしそのピートも、陰茎を洗い終えると今度は尻の割れ目へと手を伸ばしてきた。リュカは思わず体を起こしそうになったが、ヴァンの手が顔を押さえているために動けない。
(なんなんだこのシチュエーション)
リュカはヴァンに口の中を磨かれ、ピートに尻の孔を洗われながら思った。ふたりの指はどんどんリュカの奥へと進んでいく。
「リュカ様、動かないでください。もう少し口を大きく開けて……」
ヴァンは目を爛々とさせながらリュカの口内を覗き込み、奥歯と奥歯の隙間の汚れを丁寧に磨いた。
「脚もうちょっと開きな。中まで綺麗にしてやるから」
ピートはそう言うと孔の皺をなぞるように洗っていた指をズブズブと埋め、浅い位置で抽挿した。
「っ、あ……ぇあ……」
リュカは尻の刺激に喘ぎそうになるが、口を大きく開けている状態では呻くような声しか出せない。体を動かせず、ギュッとバスタブの縁を掴んでこの奇妙な状況に耐える。
「はい、終わりましたよ。うがいをしてください」
やがて歯磨きが終わり、尻からも指が抜かれ、リュカはホッとした。
しかしこのあとはヴァンによる耳掃除とピートによる足の洗浄が待っており、リュカはくすぐったさに死ぬほど耐える羽目になったのだった。
そうして十五分後。全身綺麗になり湯から上がったリュカだが、ふたりのお世話はまだ終わらない。ヴァンはガウンを着て椅子に座ったリュカの尻尾をブラッシングし、ピートはリュカの前に跪いて手足の爪を切っている。
(なんかいつものお風呂の百倍疲れた……)
羞恥のせいだろうか、やけに気疲れしてリュカは溜息をついた。色々と刺激されてしまったせいか体も疼いているし、目もすっかり冴えてしまった。
「よし、終わった。動いていいぜ」
爪を切り終えたピートがそう言って立ち上がる。ヴァンも尻尾を艶々にし終え、ブラシを置いた。
「ふたりとも、どうもありがとう。すっかり世話になっちゃったね」
彼らから志願したとはいえ、騎士らしからぬ仕事をさせてしまった。少し申し訳なく思いながら礼を告げると、ピートが突然リュカを腕に抱き上げた。
「いいってことよ。自分の食べるものは自分で下ごしらえしねえとな。隅々まで洗ってやった体、たっぷり味わってやるぜ」
やはりこれはエッチの前振りだったのかと、リュカは苦笑する。入浴の手伝いとはいえ、恋人の全裸をいじくり回したのだ。リュカも興奮していたがピートも興奮していて当然だ。そしてもちろん、ヴァンとて同じである。
「味わうのは私だ。貴様は引っ込んでろ」
ピートの肩を掴み、ヴァンが睨みつける。
「あんたが綺麗にしたのはリュカの髪と耳だろ。匂いでも嗅いでシコってな」
「ならば貴様はリュカ様の顔を見ることも口づけすることも許さん。リュカ様の顔を洗い、歯を磨いたのは私なのだからな」
そういう独占欲の競い方もあるのかと、リュカは感心してしまう。そして再び、じゃんけんで決めるか、ふたり一緒にエッチするか選択肢を与えた。ヴァンもピートもかなり性欲が高まっていたのだろう、じゃんけんのリスクを取るより三人でのプレイを選んだ。
……しかし。寝室までピートに抱えられながらリュカは思う。
(最近、三人ですることが多いな……)
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「黒騎士ゼクード・フォルス。君を竜狩り精鋭部隊【ドラゴンキラー隊】の隊長に任命する」
15歳の春。
念願のS級騎士になった俺は、いきなり国王様からそんな命令を下された。
「隊長とか面倒くさいんですけど」
S級騎士はモテるって聞いたからなったけど、隊長とかそんな重いポジションは……
「部下は美女揃いだぞ?」
「やらせていただきます!」
こうして俺は仕方なく隊長となった。
渡された部隊名簿を見ると隊員は俺を含めた女騎士3人の計4人構成となっていた。
女騎士二人は17歳。
もう一人の女騎士は19歳(俺の担任の先生)。
「あの……みんな年上なんですが」
「だが美人揃いだぞ?」
「がんばります!」
とは言ったものの。
俺のような若輩者の部下にされて、彼女たちに文句はないのだろうか?
と思っていた翌日の朝。
実家の玄関を部下となる女騎士が叩いてきた!
★のマークがついた話数にはイラストや4コマなどが後書きに記載されています。
※2023年11月25日に書籍が発売しています!
イラストレーターはiltusa先生です!
※コミカライズも進行中!
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性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
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(ムーンライトノベルにも掲載しています)
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