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番外編SS
その頃リュカは
しおりを挟む※単行本1巻、リュカがデモリエルにさらわれたときのお話です。
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リュカがデモリエルにさらわれて一週間。
黄金麦穂団と白銀魔女団が中心となり四代公爵家が誇る騎士団とそれぞれの当主らが決起し、ついにゲヘナへ発つ日がやって来た。
「獣人の存亡をかけて、いざ参らん!!」
勇者がいないことが判明した今、総力戦は免れない。獣人たちは命を燃やし尽くす覚悟で死地へと赴く。誰の顔にも強い意志と勇ましさが溢れていた。
しかし誰より鬼気迫る表情を浮かべているのは、先陣を切る白銀魔女団の団長ピートと、殿を務める黄金麦穂団の団長ヴァンだ。
目の前で主をさらわれるという大失態を犯したふたりは、あの日から一秒も悔いることをやめていない。
リュカを無事に奪還することを胸に誓い、ヴァンは、ピートは、地獄までの道のりを踏みしめる。
――その頃リュカは。
「……ねえ、リュカ。なんか尻尾ゴワゴワしてるんだけど」
「そりゃそうだよ。手入れが行き届いてないもん」
尻尾をモフろうとしたデモリエルにクレームをつけられ、理不尽さに頬を膨らませていた。
「キツネ族の尻尾は毛量が多いから手入れが大変なんだよ。ブラッシングして、専用の石鹸で洗って、丁寧に乾かして、香油で保湿して。それでフカフカのモフモフを保ってるんだから」
魔王の根城であるゲヘナ城に風呂はない。魔王にもモンスターにも必要ないからだ。デモリエルはリュカをさらってから初めて『体を洗う』という概念を知った。
リュカの訴えにより毎晩清潔な水で水浴びはさせてもらえるようになったが、どこからか持ってきた石鹸はあまり質がよくなく、リュカはそれで頭から尻尾まで洗う羽目になっている。
ろくな手入れができない環境にさらっておきながら、毛が痛んでるとクレームをつけるとは何事かとリュカはプンプンする。デモリエルは無表情ながら僅かに眉根を寄せ、「どうすればもとのモフモフに戻るか教えて……」と教示を乞うのだった。
リュカがさらわれて一ヶ月後。
「帆を下げろ! 全速前進!! 船体ごと魔物の群れを突っ切れ!」
「落ち着け! 一匹一匹は雑魚だ、慌てずぶち殺せ!」
魔王討伐に向かう獣人たちは、ゲヘナへの入口がある小島へ向かう海上でモンスターの大群と戦っていた。
セイレーンの群れが船を沈めようと行く手を塞ぎ、上空からはハーピーが襲い掛かってくる。海は大しけで船体は波に翻弄され、誰もが死を覚悟する中、ヴァンとピートは的確に指示を出し指揮を上げていた。
海面が魔物の血で染まったこの戦いは、のちに『死の海戦』と呼ばれるほど酷烈だった。
――その頃リュカは。
「あれー? どこいっちゃったんだろー?」
デモリエルが留守の間、暇つぶしにともらったパズルをしていたが、最後の1ピースが見つからず部屋中を捜していた。
「あーん、ラストひとつなのに~」
部屋を隅から隅まで捜したものの見つからず、あきらめたリュカはベッドでふて寝したのだった。
※なお失くしたピースは、デモリエルの足の裏にくっついていた模様。
リュカがさらわれて二ヶ月が経った。
獣人らは海を越え、ゲヘナ城の入口がある小島へと到着した。しかし入口までの山は険しく、出現するモンスターのレベルも高い。長旅の疲れもあって、楽な道程ではなかった。
「――気持ちはわかるが無茶をするでない。先頭と殿は我が騎士団に任せ、両団は少し休まれよ」
デボイヤはヴァンとピートに向かってそう言った。
全団の先陣を切る白銀魔女団、敵の追撃を退ける黄金麦穂団。どちらも責任と負担の大きい役割だ。体力の消耗が他より激しいだろう両団を気遣い、公爵家の当主らが声をかけるが、ヴァンもピートも首を縦には振らない。
「お気遣い痛み入ります。しかし我が黄金麦穂団はリュカ様のために在る剣。リュカ様をお救いするまでは何があっても折れません。どうぞこのまま役割を全うさせてください」
「ご厚意に感謝します。けど、リュカ様をいの一番に助け出すのは白銀魔女団だって決まってるんで。どーぞお気遣いなく」
敵の返り血で汚れた顔で、ふたりは微笑む。その瞳は主を救い出す意思が強すぎて、狂気さえ浮かんでいた。
リュカを助け出すまでこのふたりは止まらぬと悟ったデボイヤは「……わかった」と引き下がると、自軍の騎士に黄金麦穂団と白銀魔女団の援護をするよう命じた。
――その頃リュカは。
「あと……二十七周……」
ゲヘナ城の部屋へ閉じ込められて二ヶ月、リュカは運動不足を懸念し部屋の中をグルグルとウオーキングしていた。
ベッドとテーブルがメインのこの部屋はさほど広くない。前世で言うところの八畳くらいだろうか。リュカはこの部屋を毎日五十周歩くことにしている。とても目が回る。
「あと……二十……あれ? 二十五周だっけ? 十五周だっけ?」
同じ場所をグルグル回っているとだんだん頭がぼんやりしてくる。リュカは自分がどれだけ歩いたかわからなくなり、とりあえず目が回るまで歩き続けることにした。
※なお本人はカウントできていないが、この日は六十五周してしまった模様。
リュカがさらわれてから三ヶ月。
獣人一行はついにゲヘナの地へと降り立つことができた。ここまで来れば魔王のいる城まではあと一歩だ。
ゲヘナまでの道のりはまさしく地獄だった。辿り着いた者たちは公爵家当主らをはじめ皆歴戦の猛者だったが、誰しも無事ではなかった。鋼の肉体に増えた傷痕が、旅の過酷さを物語っている。
それでも、誰の目からも希望は消えていない。
「……やっとここまで来たぜ。魔王のやつ、手焼かせやがって。リュカをさらったことを死ぬほど後悔させてやるからな」
遠目に霞むゲヘナ城を見つめ、ピートが口角を上げて呟く。
「リュカ様……まもなくあなたの騎士がお助けします。それまでどうかご無事で」
ヴァンが手を組み神に祈りを捧げる。
もう一度主の笑顔を見るためならばこの命尽きたってかまわない。
地獄の地を踏みしめ、ヴァンとピートは騎士団の旗のもと前を見据え剣を構えた。
――その頃リュカは。
「今日は二月十五日、お天気は多分晴れ、と……」
ずっと監禁されていると日付の感覚がなくなりそうなので日記をつけることにしていた。
「えーと今日は……デモリエルに尻尾を吸われて、ご飯はカップケーキとミルクティーで、部屋を五十二周して、ひとりしりとりをしました。お肉が食べたいです……っと」
リュカの日常は基本デモリエルに愛玩動物にされ、甘いものを食べるだけだ。変哲がない。
特に書き記すこともないが、他にすることもないし、記録しておくことが何かの役に立つといいなと思う。しかし。
「……俺が存在してた証拠、ないほうがいいのかな」
リュカはデモリエルに、リュカが存在した記憶と記録を地上から消すように頼むつもりだ。これからどうなるかわからないが、万が一この日記が地上に流出するようなことがあったら混乱を招くかもしれない。
やっぱり燃やしてしまおうかと考えて、リュカは日記を部屋の隅の絨毯の下に隠した。
誰にも見つからないでほしい、でも忘れられたくない。そんな葛藤した思いの表れだった。
「もう寝よっと」
リュカは寝間着に着替えベッドへ潜り、魔法石のランプを消す。
魔王の愛玩動物として暮らすようになって三ヶ月が経った。安穏として退屈で寂しい日々は、きっとずっと続いていく。
ヴァンは、ピートは、領民は、皆どうしているだろう。考えればきりがないし不安に潰されそうになるから、リュカは硬く目を閉じる。
今はただデモリエルに従い地上からモンスターを失くすことしかできない。帰郷を望む姿を僅かにでも見せれば、デモリエルは激高して地上を滅ぼしかねないのだから。
だから今は愛しい人たちに会いたい気持ちを押し殺して、日々務めを果たす。ここから飛び出して逃げたい思いから目を逸らし、唇を噛んでやり過ごす。
「……明日は何をして過ごそうかな。踊りでも考えてみようかな。それとも、お昼からデモリエルが尻尾吸いに来る予定だから、尻尾のブラッシングでもしようかな」
緩やかな地獄に心が折れないように、リュカは明るい声で独り言ちた。それから目を閉じ、夢に落ちる寸前、音にせず吐息で会いたい人の名を呟いた。
魔王討伐、およびリュカ奪還作戦。獣人総攻撃開始まであと十二時間――。
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