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番外編SS
+3.4センチ
しおりを挟むそれは、草木も眠るとある夜更け。
静まり返ったレイナルド邸の廊下に、ふたりの男が向かい合って立っている。
「――では、やはり貴様も気づいていたんだな」
「ああ、間違いねえよ」
ヴァンとピート、大陸最強の双璧騎士で国王リュカの側近騎士でもあるふたりは、薄闇の中緊迫した面持ちを浮かべている。時々辺りに目を配り、誰にも話を聞かれていないか警戒した。
ヴァンはこらえきれない感情が顔に浮かぶのを隠すように俯き、片手で口もとを覆った。
「……リュカ様の……リュカ様の……」
「……ああ」
「ケツが大きくなっておられる……!」
改めて言葉にするとそのあまりのエロさに、ヴァンはたまらず口角が上がるのを抑えきれない。
「バックでヤると前よりプルプル揺れるようになったよな。エロいのなんの」
リュカとの艶事を思い出しピートが笑みを浮かべて言うと、ヴァンが「貴様はエロい目で見るな。リュカ様の痴態を思い浮かべるんじゃない」と理不尽極まりない独占欲を発揮した。
しかしピートはそれを鼻で笑う。
「珍しく『相談がある』なんて俺を呼び出しといて、何事かと思ったら『リュカ様のケツがでかくなった気がする』なんて言い出したあんたに言われたくねーな。あんた今日一日やけに神妙な顔してたけど、ずーっとリュカのケツのこと考えてたんだろ。ドスケベ」
まったくその通りだったのでヴァンはぐうの音も出ないが、そこはプライドの高い彼のことなので無理やり反発した。
「わっ私は! リュカ様の健康を気遣ってだな……! 体型の変化がもし病の兆候だったら……」
「はいはい、でけー声出すな、リュカが起きちまうだろ」
ヴァンは奥歯を噛みしめたが息を吐き出し冷静さを取り戻すと、改めて正面のピートを見据えた。
「……本題はここからだ。リュカ様の尻が以前より肉付きがよくなったのは、その……性行為と関係があるのか?」
こういった事情にあまり詳しくないヴァンは、リュカに起きたこのエロい現象がエッチのせいなのか気になっていたようだ。ピートは腕を組み「だろーな」と軽い調子で返す。
「ケツでイキまくってると雌ホルモンの分泌が強くなるっていうからなあ。骨盤がメス化してきたんじゃね?」
「骨 盤 が メ ス 化 !!!??」
あまりに衝撃的なパワーワードに、ヴァンはうっかり大声を出してしまう。とんでもない言葉が暗い廊下に響き渡ったが、幸い誰も目を覚ますことはなかった。
「うっせーな、でけー声だすなっつの」
ピートが耳を背けて顔を顰めるが、ヴァンはそれどころではない。切れ長の目をまん丸く見開き「こっ骨盤がメス化とはどういうことだ……!?」と震える声で尋ねる。
「ヤられまくってるうちに体がメスだと勘違いして、骨盤が横に広くなってくんだとよ。まあジョーダンだと思うけど。けど、雌ホルモンの分泌が増えるってのはガチらしいぜ。肌が綺麗になったり髪がサラサラになったりするんだとさ」
「なんだ、冗談か……」とヴァンはホッとしたような、ちょっぴりガッカリしたような複雑なため息を零す。それから少し考えて「リュカ様はもともと肌も髪も綺麗だ」と答えた。
「まあな。ってか最初から雌ホルモン多そうだよな、リュカの場合。あとはまあ、胸や尻に肉がつきやすくなるらしいから、やっぱケツがデカくなったのはそれが原因かもな」
リュカはもともと体毛も薄く筋肉が付きづらく、雌ホルモンの多い傾向が見られた。けれど胸はぺったんこだし、尻もどちらかと言えば小さい方だった。それが体型にメリハリが出てきてしまったら、ますますメスっぽさが進んでしまう。
「エロいよなあ。俺はリュカのちっせえケツも好きだけど、デカいと『俺が育てた』って感じがしてすげえエロく感じるぜ。あー思い出したらヤリたくなってきた」
下半身が催してきたピートをヴァンはひと睨みすると、咳払いをして声を潜める。
「おい。……このことはリュカ様に絶対言うなよ」
「は? ケツのことか?」
「そうだ。それから雌ホルモンがどうのこうのという話もだ」
ピートは煩わしそうな表情を浮かべ「なんでだよ、別に……」と言いかけたが、少し考えて口を噤んだ。
リュカは自分が可愛すぎることにコンプレックスを抱いている。本人としては「可愛い」ではなく「カッコいい」と言われたいし、ヴァンやピートのような高身長マッチョに憧れているのだ。
それなのにお尻でイキまくっているせいで体がメス化していると知ったら、絶対にエッチをしなくなってしまうだろう。ヴァンとピートにとって、それは由々しき問題だ。
「……だな。絶対に言わねえ」
ピートは納得して深く頷く。ヴァンは彼の人間性をあまり信頼していないが、この誓いだけは絶対に破らないだろうという確信があった。
「この件は我々の胸にしまう。いいな?」
「ああ、もちろんだ。あんたも口を滑らすなよ」
誰も知らない深夜二時。国王の側近騎士ふたりは国家機密より重大な秘密を隠し通すことを誓い合うのであった。
――しかし。その月の月末。
「リュカ様。ここ数ヶ月で少しずつ下半身のサイズが大きくなられてますね」
「えっ、そう? 太ったってこと?」
「体重は変わっておられませんが、臀部と腿回りが半年前に比べて太くなられてます」
レイナルド邸侍医のボンザールがリュカに向かってそう説明するのを、ヴァンとピートは驚愕の表情で見つめていた。
国王リュカは健康管理のため月に一度の健康診断がある。体重身長測定といった基本的なことから視力、聴力の検査など全身に及ぶのだが、その際に全身のサイズ測定もある。体の異常を発見する意図もあるが、リュカの服はオーダーメイドなので、ついでにサイズを定期的に図っておこうということなのだ。
「下半身だけ太ったってことかなあ?」
リュカは小首を傾げながら、法衣の上から自分の腿を撫でさすっている。それから「そういえば最近ちょっとパンツ食い込むかも……」と呟いて、無意識にヴァンとピートの劣情を煽った。
「あまり締めつけるとよくありません、仕立屋に新しいサイズで下着を発注されたほうがいいでしょう。それと、座る姿勢が長いと下半身に肉が付きがちです。時々運動されてはいかがですかな」
「運動不足か、それはあるかも。あんまお尻おっきいとカッコ悪いもんね。明日から少し体を動かす時間を作るよ」
ボンザールとリュカの会話を、ヴァンとピートは俯いて聞いている。その顔にはなんとも言えない表情が浮かんでおり、ふたりの耳は会話を聞いていられないとばかりに後ろを向いていた。
「ねえ、ヴァン、ピート。悪いけど明日から少し運動に付き合ってよ。……ってどうしたの?」
振り返ってそう言ったリュカは、ふたりが不自然なほどに口を引き結び眉根を寄せて、赤くなった顔を俯かせていることに気づいた。
ふたりは気を取り直すように咳払いをすると「「……承知いたしました」」となんとも弱弱しい小声で答える。
愛する人の体を抱いて変えた悦びと、尊敬する主のケツをでかくしたうえ本人がその理由を知らない罪悪感。複雑な感情が絡み合い、ヴァンとピートはどんな顔をしていいかわからない。
妙な反応を見せるふたりにリュカは小首を傾げたものの特に気にせず、ボンザールの診断が終わると仕事に戻るべく執務室へ向かった。
「最近忙しくて運動不足だなあとは思ってたんだよ。頑張って痩せなくちゃ」
診断結果の書類を見ながらリュカは廊下を歩く。大きな尻尾と、法衣越しにも丸みが窺える尻をプリプリさせながら。
リュカの後ろを歩くヴァンとピートの視線は自然と尻へ向く。そしてきっと効果は出ないだろう下半身ダイエットに、誠心誠意籠めて付き合おうと心に誓ったのだった。
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