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番外編SS

ちっちゃいものくらぶ

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※2巻のあとくらい

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 騎士団の団員たちとは良好な関係を築いているリュカだが、中でも特に懇意にしている者が最近いる。

 それはチンチラ獣人のティッチだ。

 第二護衛騎士団で一番小柄な彼と仲良くなったのは、ガルトマン邸の牢から脱出した件がきっかけだ。

 オオカミ族インセングリムの一族をはじめ逞しい肉食獣人が多い騎士団では、ティッチのような小柄な者はなかなか珍しい。間違いなく全騎士団の中で一番小さいし、レイナルド邸の全従者の中でも小柄な方だろう。

 リュカは嬉しい。成人しても小柄で童顔というなかなか他の者には理解してもらえない悩みを、ティッチとなら分かり合えるのだから。

 そばかすと巻き毛が特徴的なティッチは、年齢も二十歳とリュカと近いせいもあって打ち解けやすかった。

 そんなわけでリュカは月に一、二度、多忙な公務の合間を縫って彼とお喋りする時間を楽しみにしている。話題は小柄ゆえに遭った不運な出来事の愚痴だったり、身長が伸びるという噂の共有だったり、小柄獣人の間で流行っているファッションのことだったりする。

 リュカはティッチとのお喋りの時間を心の中で『ちっちゃいものくらぶ』と勝手に呼んでいる。なんか前世で見たアニメが元ネタだった気がするがよく覚えていない。

 そして今日もリュカは中庭のガゼボでティッチとちっちゃいものくらぶを開催する。ちなみに今日の護衛はヴァンだが、彼は大きいので置いてきた。

「こないだの休暇に、新しくオープンした小柄獣人専用ブランドの服屋に行ってきたんですよ」

「えっ、どうだった? どうだった?」

「ガッカリでした。可愛い服しか売ってないんですよ。ウサギ獣人とかフェレット獣人とかがメインターゲットみたいです」

「あ~、ウサギやフェレットは可愛い系の恰好する人多いもんね」

「僕みたいな騎士の着る服なんか一着もありゃしない」

 ティッチは哀しそうに嘆いて、両手で持ったクッキーをサクサクと小気味よく食べた。

「小柄獣人向けの服って可愛いのばっかだよねえ。あとは地味なの」

 リュカも溜息をついて、ココアを飲む。

 ちっちゃいものくらぶ開催のときには、お互いにおやつを持ち寄ることが多い。もちろん背が伸びるようにカルシウムやたんぱく質豊富なものだ。今日はリュカの持ってきた黒ゴマクッキーと、ティッチの持ってきたミルクたっぷりココアを嗜んでいる。一緒に連れてきたルーチェもご相伴に預かれて満足そうだ。

「僕、私服はメンズブランドの子供服着てるんですよ。可愛い系よりはマシかなって思うけど、時々仲間にからかわれて……」

「そんなやつは蹴っていいよ! 俺が許可する!」

 小柄な獣人は草食系か草食寄りの雑食系獣人に多い。この世界の獣人はかなり人間らしく進化しているが、それでもやはり肉食獣は勇ましい性格が多く、草食獣はおっとりしている傾向がある。大局的に見ても、服飾の好みや就く職業にも影響しているほどだ。

 それゆえリュカやティッチのように小柄だけど男らしくありたい者の悩みは尽きない。

「あ、でも」

 ふいにティッチが特徴的な形の耳をピンと立ててリュカの方を振り向いた。ほっぺにはクッキーのゴマがついている。

「からかわれてたとき、リーガスが助けてくれたんですよ。『種族の特性を笑うな』って。あの人静かだけど迫力あるから、笑ってたやつらみんな黙っちゃって」

「リーガス? 黄金麦穂団の?」

 リュカは意外に思って、大きな目をパチパチしばたたかせた。

 リーガスは黄金麦穂団に所属するアラスカオオカミ獣人だ。インセングリム家の一員だが傍系で、本家のヴァンとは血筋的にあまり近くはない。年齢は二十七歳で、今の黄金麦穂団設立当初からいるが、とても寡黙な性格だ。

 アラスカオオカミ獣人ゆえに体格も大柄で、身長は196センチもある。顔立ちはなかなか整っているのだが大柄と無口さゆえに妙な迫力があり、密かにビビっている者も多いようだ。

「へー、ちょっと意外。リーガスって真面目だけど、進んで他人に関わるタイプじゃないかと思ってた」

 リュカはウトウトしているルーチェの背中をポンポンと撫でながら思い返す。騎士団の任務をしているときもリーガスが誰かと話しているのをほとんど見たことがない。それがまさかプライベートで、しかも白銀魔女団のいざこざに入っていくとは思わなかった。

 するとティッチは、指についたクッキーのゴマをペロリと舐めてから言った。

「それが、話してみるとあの人けっこう楽しいんですよ。甘いもの大好きだし。そのココア美味しいでしょう? リーガスが美味しく淹れる方法教えてくれたんです。丁寧に粉を練って、隠し味にバターをちょっとって。大きな手でちまちまココア練ってるのがなんか可愛くて、僕笑っちゃったんですけどね」

 ティッチは楽しそうに頬を染めて笑う。どうやら助けてもらったことをきっかけに、随分と親しくなったようだ。

「仲良しなんだね。楽しそうでなんかいいね!」

 厳格な黄金麦穂団と自由な白銀魔女団。リュカのためなら一致団結するが、普段はソリが合わないとブウブウ言う者もいる。そんな中、小さくて明るいティッチと大きくて寡黙なリーガスが友達同士というのはなかなか面白い組み合わせだった。

 ティッチ本人もそう思っているようで、目を細め空を仰ぎながら言う。

「僕たち身長差が五十センチ以上あるんですよ。性格も似てないのに、一緒にいるとなんか楽しいっていうか和むんですよね。それにリーガスってああ見えてすごく優しいっていうか……心配性? 僕のことすっごく気にしてくれるんです」

 それはもしかして過保護なのではないかとリュカは思う。そしていつも自分のそばにいて世話を焼きたがる誰かさんの顔が浮かんだ。過保護な性分はインセングリムの血筋なのだろうか。

「リュカ様ー! 午後の公務のお時間です!」

 そんなことを考えていたら、ちょうど思い出していた人物がリュカを呼びにやって来た。回廊から中庭に向かってやって来るヴァンを見て、ティッチはピョコンと立ち上がるとヴァンに一礼をしてからリュカにも礼をした。

「それじゃあリュカ様。僕はこれで失礼します」

「うん。また、ちっちゃ……お喋りしようね」

 ティッチが去っていくのを眺めてから、ヴァンは不満そうに口を開く。

「何故彼と歓談するときは私は席を外さねばならないんですか。そんなに隠したい密談でもされているのですか?」

 リュカはすっかり眠ってしまったルーチェを抱っこして、ポテポテと歩いて屋敷へ戻りながら答えた。

「ちっちゃいものくらぶの入会資格は身長141センチ以下なの。だからヴァンは駄目」

「……は? なんですかそれは」

 不可解そうに眉根を寄せるヴァンに答えず、リュカは次の開催日をいつにしようか考えていた。



 それから数日後のこと。

「んあ~、くたびれたぁ!」

 執務室で長時間机に向かっていたリュカは椅子から降りて大きく伸びをする。そして肩をコキコキと鳴らしながら、窓辺までやって来た。窓の外はそろそろ日が沈み始めている。

 外の空気でも吸おうと窓を開いたリュカは、ふと階下に見える人物に目を留めた。

 騎士団の宿舎から中庭に続くアプローチに伸びるふたつの影。仲良く並ぶその影はひとつはとても長く、もうひとつはとてもこぢんまりとしていた。

(ティッチとリーガスだ……)

 何か喋りながら前を歩くティッチの少し後ろを、リーガスがついていくように歩いている。角度的に表情は見えないが、リーガスが小さく頷いているようなので、ティッチのお喋りに相槌を打っているのだろう。

 その光景を見ていると、ノックをして書類を抱えたヴァンが執務室へ入ってきた。

「おや、ご休憩ですか?」

 書類の山を執務机に置いたヴァンがリュカに近づいていく。リュカは窓の外を見つめたまま「ねえ、ヴァン」と話しかけた。

「『大きい人は小さい人に惹かれやすい』っていう説、案外本当だと思わない?」

「はぁ?」

 奇妙な質問をしてきたリュカに、ヴァンは怪訝そうな表情を浮かべた。

 窓の外の光景にリュカは目を細める。きっと前を歩くティッチは気づいていないだろう、彼の後ろを歩くリーガスの尻尾が千切れんばかりに振られていることに。

 近いうち、ちっちゃいものくらぶの話題にはティッチの恋バナが加わるかもしれない。そんな予感に、リュカは胸をワクワクとさせた。

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