モフモフ異世界のモブ当主になったら側近騎士からの愛がすごい

柿家猫緒

文字の大きさ
上 下
59 / 92
番外編SS

オオカミ彼氏の愛し方

しおりを挟む


※謎時空。たぶん第4章から第5章の間くらい。

=================================


 リュカはしみじみと思う。自分はヴァンが心底大切なのだなあと。


「お待ちください、リュカ様」

 そう言ってヴァンは、式典へ向かおうとするリュカの足を止めた。
 そして近くにいた侍従にブラシを持ってこさせ、リュカの後ろに回って「失礼」と尻尾を手に取る。

「尻尾のおぐしが乱れております。大衆の前に出るのですから、身だしなみにはいつも以上にお気をつけください」

 フワフワの尻尾に手早く丁寧にブラシがかけられると、わずかに跳ねていた毛が収まって見事な黄金の毛並みになった。

「ありがとう、ヴァン」

 リュカが微笑んで礼を言っても、彼の厳しい表情は崩れない。
 ヴァンはブラシを侍従の手に戻すと今度は前面に回って、リュカの法衣の襟元を軽く整える。

 いつものことではあるが、周囲で待機している侍従や他の騎士たちは(相変わらず団長殿は過保護だ)と心の中で呟く。リュカの身の回りの世話をしている者は大勢いるが、侍女や教育係でもここまで世話焼きではない。もはや幼子に対する母親レベルだ。

 ようやく納得のいく状態になったのか、ヴァンは独り満足げに頷くと、「では参りましょう」と言ってリュカの後ろに控えて歩き出した。


 その日の夜。

「ヴァン。俺もこの決済が終わったら寝るから、きみも仮眠を取りなよ」

 リュカは執務机で束になっている書類に目を通しながら言った。
 普段リュカの警護はヴァンとピートが半日ずつ交代で行っている。しかし昨日から第二護衛騎士団は年に一度ある特別訓練に入っていてピートも不在なので、ずっとヴァンがつきっきりなのだ。

 それでも本来なら副団長と半日ずつ交代で警護するものなのだが、ヴァンは『私ひとりで十分だ』と言ってリュカのそばを離れようとしない。

 ヴァンの執着心が強いことは知っているが、リュカは困ってしまう。彼はリュカが寝ている間も夜警を務め、昨日からろくに仮眠もとっていない。体が心配になるのも当然だった。

 しかしヴァンはスンとすました表情のまま「お気遣いいただき恐縮です。しかし私の心配をする暇があるのなら、どうぞ早く仕事を終わらせて床に就いてください。あなたこそ昨夜は遅くまで決済をしていてあまり寝ていないでしょう」と返してきた。
 リュカは少しだけむくれて、書類から顔を上げて言う。

「俺はもう寝るってば。それに昨日だって短いけどちゃんと寝てるし。ヴァンはちっとも寝てないだろ。体調崩したりしたらどうするんだよ」
「二日や三日寝なくてもなんともありません。オオカミの体力をみくびらないでください。私が体調を崩してあなたの警護を休んだことがありましたか?」
「あった! 十一歳のときの夏、式典の護衛で頑なに日陰に入らず熱中症になりかけたじゃん!」

 リュカが間髪入れずにそう言うと、ヴァンの顔が一瞬引きつった。四六時中一緒の幼馴染というのはお互いに弱点だらけなのだから、虚栄は通じない。

「……っ! だが休みはしなかった! 少し休憩はとったが、お前のそばを離れはしなかったぞ!」

 ヴァンの口調が砕けたのは、ムキになっている証拠だ。誇り高い第一護衛騎士団長から、幼馴染の顔に変わる。

「問題はそこじゃないでしょ! 無理して意地張って体調崩すなって言ってるの!」
「もう子供じゃないのだから自分の体調管理ぐらいできている! お前こそ私が見てやらなければ就寝時間はどんどん遅くなるし、菓子を食べすぎて晩餐は入らなくなるし、寝癖をつけたまま人前に出ようとするし、誰彼構わず話しかけるし、気がつくと裸足になってるし、机の中で蛙を飼ったりするし、自己管理以前の問題じゃないか!」
「今それ関係なくない!? てか蛙って何年前の話だよ!」

 草木も眠っているだろう深夜に、当主の執務室には元気な言い争いの声が響く。威厳も品位もないそれは、知らない者が耳にすればまるっきり少年同士の喧嘩だろう。

「ヴァンの馬鹿! 頑固者! 石頭の唐変木!」
「それが当主が口にする言葉か! だからお前はいつまでも当主の自覚が足りないんだ!」

 くだらない言い争いを夢中でしたふたりは、肩を揺らしながら息を乱す。無言のままお互い視線をぶつけ合い、それからリュカは顔をプイと背けた。

「もう勝手にすれば!」そう言おうとして口を開き……けれど唇を閉じて言葉を飲み下す。

 以前までのふたりならここで終わりだっただろう。ヴァンの過保護やリュカのいたらなさが原因で喧嘩するのは日常茶飯事で、特に仲直りをしなくてもすぐに元通りになった。
 けれどもう、ふたりは立派な大人だ。そしてリュカは、ヴァンのその頑ななまでの過保護と忠誠の理由を知っている。

 リュカは椅子から立ち上がるとヴァンの前まで歩いていき、そのまま彼の体にギュッと抱きついた。

「……わかってよ。ヴァンが俺を大切なように、俺もヴァンのことがすっごく大切なんだ。きみは一生俺のそばにいてくれるんだろ? だったらもっと自分を大切にして。俺より早くきみの寿命が尽きるなんて、絶対に許さないんだからな」

 想いは素直に伝えたい。それはリュカが身に染みていることだ。
 正直な気持ちを打ち明けたリュカに、ヴァンは首まで赤くなって固まってしまった。そしてモゴモゴと口を噤んでしまうと、リュカの体を恐る恐る抱きしめ返した。

「リュカ……」

 ヴァンは普段は怜悧なのに、感情が昂りすぎると言葉が出てこなくなる。けれど理性の仮面が崩れかけたキスからは、言葉以上に彼の想いが伝わる。

 弱々しく抱きしめる腕は、リュカを大切にしたいという気持ちと未だに僅かに残る葛藤の表れ。なのに激しく求め舌を甘噛みするキスは、抑えきれない渇望。

『愛してる。私はお前のことが自分の命より大切なんだ』

 彼のそんな心の声が伝わったのは、決してリュカの錯覚ではないだろう。
 リュカは背伸びをしヴァンの首に腕を回して、必死にキスを受けとめる。唇を離した隙に「ベッドがいい」と呟けば、ヴァンは即座にリュカの体を抱いて寝室へと運んだ。





 ヴァンに抱かれるとき、リュカは胸が苦しくなって泣きたくなる。

 彼の愛撫や抽挿がそれほど上手くないのは、不慣れだからという理由だけではないだろう。いつだってヴァンはリュカを抱くときは無我夢中で、我を失いそうになるのを必死にこらえている。ヴァンがリュカを抱くのは快楽のためではなく、魂の飢えを満たすためだ。

 血走った目で見つめられながら幾つも噛み痕を残され、激しく穿たれるたびに、リュカは自分がヴァンに食べられているような気持ちになる。それはとても幸福で、なのにどうしてか涙が出るほど切なくて。ヴァンの滾ったものが奥へ穿たれるたびに、心と体が痺れて砕けそうになる。

「好きだよ、ヴァン……ッ、ん……大、好き……」

 汗の滲む綺麗な顔を両手で包んで抱き寄せる。鎖骨を甘噛みされ、一瞬の痛みのあとにぬるい感触を覚えた。

 何年も己を律しすぎたせいで果てがなくなってしまった彼の飢えを、いつか満たしてあげたいとリュカは思う。
 たとえそれが何年、何十年かかろうとも、ヴァンのためならば構わない。


 ヴァンが二度ほど精を放ったあと、リュカはこっそりと彼に眠りの魔法をかけた。リュカの体を抱きしめたまま、ヴァンは抗えない眠りへと落ちていく。
 それからリュカは第一騎士団の副団長に部屋の外での護衛を頼み、ベッドへ戻ると寝ているヴァンの懐へ潜り込んだ。

(手がかかるのはきみの方だよ)

 苦笑をし、目の下に隈のできている恋人の頭をそっと撫でた。


 FIN
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

中身おっさんの俺が異世界の双子と婚約したら色々大変なことになった件

くすのき
BL
気がつけばラシェル・フォン・セウグになっていた俺。 ある双子を庇って負傷した結果、記憶喪失になった呈でなんとか情報収集しつつ、せめてセウグ夫夫の自慢の息子を演じるよう決意を新たにしていると、何故か庇った双子が婚約者になっていた。なんとか穏便に婚約破棄を目指そうとするのだが、双子は意外と手強く色々巻き込まれたりして……。 1話1笑いならぬ1くすりを極力自らに課した異色のコメディーBLです。 作中のキャラの名前ですが、名前・●・苗字の、●の部分はちょっとした理由により兄弟であっても異なっておりますのであしからず。 イイね!やコメント頂けると執筆の励みになります。というか下さい!(直球)

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます

ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜 名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。 愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に… 「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」 美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。 🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶 応援していただいたみなさまのおかげです。 本当にありがとうございました!

異世界で騎士団寮長になりまして

円山ゆに
BL
⭐︎ 書籍発売‼︎2023年1月16日頃から順次出荷予定⭐︎溺愛系異世界ファンタジーB L⭐︎ 天涯孤独の20歳、蒼太(そうた)は大の貧乏で節約の鬼。ある日、転がる500円玉を追いかけて迷い込んだ先は異世界・ライン王国だった。 王立第二騎士団団長レオナードと副団長のリアに助けられた蒼太は、彼らの提案で騎士団寮の寮長として雇われることに。 異世界で一から節約生活をしようと意気込む蒼太だったが、なんと寮長は騎士団団長と婚姻関係を結ぶ決まりがあるという。さらにレオナードとリアは同じ一人を生涯の伴侶とする契りを結んでいた。 「つ、つまり僕は二人と結婚するってこと?」 「「そういうこと」」 グイグイ迫ってくる二人のイケメン騎士に振り回されながらも寮長の仕事をこなす蒼太だったが、次第に二人に惹かれていく。 一方、王国の首都では不穏な空気が流れていた。 やがて明かされる寮長のもう一つの役割と、蒼太が異世界にきた理由とは。 二人の騎士に溺愛される節約男子の異世界ファンタジーB Lです!

異世界に来たのでお兄ちゃんは働き過ぎな宰相様を癒したいと思います

猫屋町
BL
仕事中毒な宰相様×世話好きなお兄ちゃん 弟妹を育てた桜川律は、作り過ぎたマフィンとともに異世界へトリップ。 呆然とする律を拾ってくれたのは、白皙の眉間に皺を寄せ、蒼い瞳の下に隈をつくった麗しくも働き過ぎな宰相 ディーンハルト・シュタイナーだった。 ※第2章、9月下旬頃より開始予定

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

不憫王子に転生したら、獣人王太子の番になりました

織緒こん
BL
日本の大学生だった前世の記憶を持つクラフトクリフは異世界の王子に転生したものの、母親の身分が低く、同母の姉と共に継母である王妃に虐げられていた。そんなある日、父王が獣人族の国へ戦争を仕掛け、あっという間に負けてしまう。戦勝国の代表として乗り込んできたのは、なんと獅子獣人の王太子のリカルデロ! 彼は臣下にクラフトクリフを戦利品として側妃にしたらどうかとすすめられるが、王子があまりに痩せて見すぼらしいせいか、きっぱり「いらない」と断る。それでもクラフトクリフの処遇を決めかねた臣下たちは、彼をリカルデロの後宮に入れた。そこで、しばらく世話をされたクラフトクリフはやがて健康を取り戻し、再び、リカルデロと会う。すると、何故か、リカルデロは突然、クラフトクリフを溺愛し始めた。リカルデロの態度に心当たりのないクラフトクリフは情熱的な彼に戸惑うばかりで――!?

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。