モフモフ異世界のモブ当主になったら側近騎士からの愛がすごい

柿家猫緒

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番外編SS

オオカミ彼氏の愛し方

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※謎時空。たぶん第4章から第5章の間くらい。

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 リュカはしみじみと思う。自分はヴァンが心底大切なのだなあと。


「お待ちください、リュカ様」

 そう言ってヴァンは、式典へ向かおうとするリュカの足を止めた。
 そして近くにいた侍従にブラシを持ってこさせ、リュカの後ろに回って「失礼」と尻尾を手に取る。

「尻尾のおぐしが乱れております。大衆の前に出るのですから、身だしなみにはいつも以上にお気をつけください」

 フワフワの尻尾に手早く丁寧にブラシがかけられると、わずかに跳ねていた毛が収まって見事な黄金の毛並みになった。

「ありがとう、ヴァン」

 リュカが微笑んで礼を言っても、彼の厳しい表情は崩れない。
 ヴァンはブラシを侍従の手に戻すと今度は前面に回って、リュカの法衣の襟元を軽く整える。

 いつものことではあるが、周囲で待機している侍従や他の騎士たちは(相変わらず団長殿は過保護だ)と心の中で呟く。リュカの身の回りの世話をしている者は大勢いるが、侍女や教育係でもここまで世話焼きではない。もはや幼子に対する母親レベルだ。

 ようやく納得のいく状態になったのか、ヴァンは独り満足げに頷くと、「では参りましょう」と言ってリュカの後ろに控えて歩き出した。


 その日の夜。

「ヴァン。俺もこの決済が終わったら寝るから、きみも仮眠を取りなよ」

 リュカは執務机で束になっている書類に目を通しながら言った。
 普段リュカの警護はヴァンとピートが半日ずつ交代で行っている。しかし昨日から第二護衛騎士団は年に一度ある特別訓練に入っていてピートも不在なので、ずっとヴァンがつきっきりなのだ。

 それでも本来なら副団長と半日ずつ交代で警護するものなのだが、ヴァンは『私ひとりで十分だ』と言ってリュカのそばを離れようとしない。

 ヴァンの執着心が強いことは知っているが、リュカは困ってしまう。彼はリュカが寝ている間も夜警を務め、昨日からろくに仮眠もとっていない。体が心配になるのも当然だった。

 しかしヴァンはスンとすました表情のまま「お気遣いいただき恐縮です。しかし私の心配をする暇があるのなら、どうぞ早く仕事を終わらせて床に就いてください。あなたこそ昨夜は遅くまで決済をしていてあまり寝ていないでしょう」と返してきた。
 リュカは少しだけむくれて、書類から顔を上げて言う。

「俺はもう寝るってば。それに昨日だって短いけどちゃんと寝てるし。ヴァンはちっとも寝てないだろ。体調崩したりしたらどうするんだよ」
「二日や三日寝なくてもなんともありません。オオカミの体力をみくびらないでください。私が体調を崩してあなたの警護を休んだことがありましたか?」
「あった! 十一歳のときの夏、式典の護衛で頑なに日陰に入らず熱中症になりかけたじゃん!」

 リュカが間髪入れずにそう言うと、ヴァンの顔が一瞬引きつった。四六時中一緒の幼馴染というのはお互いに弱点だらけなのだから、虚栄は通じない。

「……っ! だが休みはしなかった! 少し休憩はとったが、お前のそばを離れはしなかったぞ!」

 ヴァンの口調が砕けたのは、ムキになっている証拠だ。誇り高い第一護衛騎士団長から、幼馴染の顔に変わる。

「問題はそこじゃないでしょ! 無理して意地張って体調崩すなって言ってるの!」
「もう子供じゃないのだから自分の体調管理ぐらいできている! お前こそ私が見てやらなければ就寝時間はどんどん遅くなるし、菓子を食べすぎて晩餐は入らなくなるし、寝癖をつけたまま人前に出ようとするし、誰彼構わず話しかけるし、気がつくと裸足になってるし、机の中で蛙を飼ったりするし、自己管理以前の問題じゃないか!」
「今それ関係なくない!? てか蛙って何年前の話だよ!」

 草木も眠っているだろう深夜に、当主の執務室には元気な言い争いの声が響く。威厳も品位もないそれは、知らない者が耳にすればまるっきり少年同士の喧嘩だろう。

「ヴァンの馬鹿! 頑固者! 石頭の唐変木!」
「それが当主が口にする言葉か! だからお前はいつまでも当主の自覚が足りないんだ!」

 くだらない言い争いを夢中でしたふたりは、肩を揺らしながら息を乱す。無言のままお互い視線をぶつけ合い、それからリュカは顔をプイと背けた。

「もう勝手にすれば!」そう言おうとして口を開き……けれど唇を閉じて言葉を飲み下す。

 以前までのふたりならここで終わりだっただろう。ヴァンの過保護やリュカのいたらなさが原因で喧嘩するのは日常茶飯事で、特に仲直りをしなくてもすぐに元通りになった。
 けれどもう、ふたりは立派な大人だ。そしてリュカは、ヴァンのその頑ななまでの過保護と忠誠の理由を知っている。

 リュカは椅子から立ち上がるとヴァンの前まで歩いていき、そのまま彼の体にギュッと抱きついた。

「……わかってよ。ヴァンが俺を大切なように、俺もヴァンのことがすっごく大切なんだ。きみは一生俺のそばにいてくれるんだろ? だったらもっと自分を大切にして。俺より早くきみの寿命が尽きるなんて、絶対に許さないんだからな」

 想いは素直に伝えたい。それはリュカが身に染みていることだ。
 正直な気持ちを打ち明けたリュカに、ヴァンは首まで赤くなって固まってしまった。そしてモゴモゴと口を噤んでしまうと、リュカの体を恐る恐る抱きしめ返した。

「リュカ……」

 ヴァンは普段は怜悧なのに、感情が昂りすぎると言葉が出てこなくなる。けれど理性の仮面が崩れかけたキスからは、言葉以上に彼の想いが伝わる。

 弱々しく抱きしめる腕は、リュカを大切にしたいという気持ちと未だに僅かに残る葛藤の表れ。なのに激しく求め舌を甘噛みするキスは、抑えきれない渇望。

『愛してる。私はお前のことが自分の命より大切なんだ』

 彼のそんな心の声が伝わったのは、決してリュカの錯覚ではないだろう。
 リュカは背伸びをしヴァンの首に腕を回して、必死にキスを受けとめる。唇を離した隙に「ベッドがいい」と呟けば、ヴァンは即座にリュカの体を抱いて寝室へと運んだ。





 ヴァンに抱かれるとき、リュカは胸が苦しくなって泣きたくなる。

 彼の愛撫や抽挿がそれほど上手くないのは、不慣れだからという理由だけではないだろう。いつだってヴァンはリュカを抱くときは無我夢中で、我を失いそうになるのを必死にこらえている。ヴァンがリュカを抱くのは快楽のためではなく、魂の飢えを満たすためだ。

 血走った目で見つめられながら幾つも噛み痕を残され、激しく穿たれるたびに、リュカは自分がヴァンに食べられているような気持ちになる。それはとても幸福で、なのにどうしてか涙が出るほど切なくて。ヴァンの滾ったものが奥へ穿たれるたびに、心と体が痺れて砕けそうになる。

「好きだよ、ヴァン……ッ、ん……大、好き……」

 汗の滲む綺麗な顔を両手で包んで抱き寄せる。鎖骨を甘噛みされ、一瞬の痛みのあとにぬるい感触を覚えた。

 何年も己を律しすぎたせいで果てがなくなってしまった彼の飢えを、いつか満たしてあげたいとリュカは思う。
 たとえそれが何年、何十年かかろうとも、ヴァンのためならば構わない。


 ヴァンが二度ほど精を放ったあと、リュカはこっそりと彼に眠りの魔法をかけた。リュカの体を抱きしめたまま、ヴァンは抗えない眠りへと落ちていく。
 それからリュカは第一騎士団の副団長に部屋の外での護衛を頼み、ベッドへ戻ると寝ているヴァンの懐へ潜り込んだ。

(手がかかるのはきみの方だよ)

 苦笑をし、目の下に隈のできている恋人の頭をそっと撫でた。


 FIN
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