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   第二章 金と銀の騎士団長は仲が悪い


「リュカ様! 北西部の交易路にモンスターが出没したとの報告です! 首都への流通に影響が――」
「リュカ様、南部の農村から陳情団が接見を願い出ております。昨年のモンスター襲来の被害が大きく、税を軽減して欲しいと――」
「リュカ様、東部遠征騎士団より救援物資の追加要請が届いております。緊急にご確認を――」
「はいはい、ちょっと待ってちょっと待って!」

 四方八方から飛んでくる侍従たちの報告に耳を傾けながら、リュカは机の上の書類に片っ端からサインする。そして二本の指でけんを押さえ三秒ほど考えると、左から時計回りに侍従を指さして口をひらいた。

「北西部に第十五師団を派兵、到着まで商隊に被害が出ないよう半径五キロは交易路を封鎖、首都の物価が高騰しないよう屋敷の倉庫を適切に開放して。陳情団の接見は侍従長が代理を。財務官と相談して減税の提案を書面で報告して。東部遠征騎士団ってこないだも物資送らなかったっけ? は? どさくさに紛れて純金製の鎧とか要望書に書いてあるんだけど、これ誰か横領してない? すぐに調べて!」

 キビキビと出された指示を受けて侍従らが部屋を出ていくと、入れ替わりに別の侍従がやってきて、新たな書類の束をリュカの机にどっさりと置く。

「先月のモンスターによる被害報告です。緊急性の高い順にまとめておりますのでお目通しを」

 永遠に終わりの見えない仕事の山にリュカは眩暈めまいを覚えると、椅子から勢いよく立ち上がり天に向かって叫んだ。

「もう限界だ! 勇者だ、勇者を召喚しろー‼」


 子供の頃のリュカは思っていた。この世界はゲーム『トップオブビースト』の舞台だけど、モブである自分には関係ないと。たとえ魔王が出現したとて、ゲームに顔も出ない自分にはさほど影響もないだろうと、安穏あんのんと構えていた。
 ところが、そんな考えが幻想だと打ち砕かれたのは、彼が十五歳のときだった。
 ゲームの通り魔王が出現したまではよかった。しかし、魔王率いるモンスターは実に迷惑な存在で、世界中のあちこちで暴れ回っては被害をもたらしている。もちろんそれは、レイナルド家の領地も例外ではない。
 穏やかだった毎日は一変、当主である父グレゴールはモンスターの討伐やらその後始末やらに多忙を極めることになる。公子であるリュカも未熟ながら父を手伝わざるを得ず、領地の半分の管理を任され、否が応でも次期当主としての経験値を上げていくこととなった。
 リュカの受難はさらに続く。それから四年後、リュカが成人を目の前にした十九歳のとき、父が急逝したのだ。
 これにはリュカは驚愕した。ゲームにおいて勇者召喚の儀をおこなったレイナルド家の当主は、紛れもなくグレゴールだったのだから。
 ゲームと違う展開になった衝撃はもちろん、「モブだから」という安心感が打ち砕かれ、さらには勇者召喚という重責を負うことになったリュカの心境は察するに余りある。
 だが無情にも時は止まってくれない。リュカは悲嘆に暮れる間もなく二十歳になると同時にレイナルド家の正式な当主となり、毎日山のように届くモンスター関連の問題解決業務に忙殺されることとなったのだった。


 そんなわけで、今日も今日とてリュカは朝から目の回るような忙しさに追われていた。
 時計の針が正午からだいぶ過ぎた頃、ようやく一日の中で一番忙しい波を越えたリュカは、ぐったりとした体を執務室の椅子に預けながら遅い昼食にありつく。モンスターは夜行性のものが多く夜に問題が発生するため、緊急性の高い被害報告は朝に集中するのだ。
 とりあえず急を要する案件は片づき、刹那のあんを覚えたリュカは、緊張感からの解放と昼食後の満腹感から大きな欠伸あくびをひとつ零した。
 すると、後ろからコツンと頭を叩かれてあきれたような声を浴びせられた。

おお欠伸あくびなんかするな、みっともない。それにまだ書類の確認は半分も終わってないんだぞ」

 下唇を突き出し拗ねた表情で振り返れば、そこにはいつものようにけんに皺を刻んだヴァンがいた。

欠伸あくびくらい許してよ。ゆうべだって南の村のモンスター襲来の対応に追われて二時間しか眠れなかったんだ。俺、かなり頑張ってると思うけど?」
「甘えるな」

 上目遣いで訴えてくるリュカに、ヴァンは厳しく言い放つけれど、それが本気の叱責でないことはわかっている。リュカは書類だらけの机にうつ伏せると、腕の隙間からチラリと横目でヴァンを見て口角を上げた。

「それにおお欠伸あくびなんかするのはヴァンの前だけだって。他に人がいるときはもっとちゃんとするよ」
「そういう気持ちの緩みが、いつか身を滅ぼすんだからな」

 ヴァンは容赦ないお説教を浴びせながらも、部屋の隅にあったブランケットを取ってリュカの肩にかける。

「十五分経ったら殴ってでも起こすぞ」

 そして手近な椅子に座り、束の間の睡眠をとるリュカを見守った。
 ヴァンはリュカの成人に合わせて正式な護衛騎士となった。正確にはレイナルド家当主第一護衛騎士団『黄金麦穂団おうごんばくすいだん』団長だ。
 団の名前は、古くはオオカミが穀物神だったことに由来する。オオカミが黄金の麦を護るという伝説が転じて、黄金色の毛を持つキツネを護る騎士団に名づけられたのだそうな。
 代々レイナルド家当主の第一護衛騎士団である黄金麦穂団に入ることは、オオカミ族にとって何より名誉なことであり、ましてや騎士団長ともなれば、インセングリム家直系にしか与えられない栄誉職だ。インセングリム家嫡子の長男であり剣の腕も申し分なく、リュカとは旧知の仲であるヴァンの就任は妥当である。
 十歳のときから側仕えだったヴァンは、今やリュカの右腕同然だ。護衛騎士としてはもちろん、執務の補助や生活面の面倒を見ることも多々ある。
 幼かったあの日に彼に殴られて以来、リュカは次期当主としての自覚に目覚め邁進してきた。公子としての気品を習得し、人の上に立つための帝王学を学び、つらい魔法の実地訓練も乗り越えた。座学はもちろん、領主として将来受け継ぐ地のことは隅から隅まで学んだ。
 そんな努力の甲斐あって、十二歳になる頃には随分と次期当主らしく振る舞えるようになってきたといえるだろう。もっとも、幼い外見と厳格になりきれない性格のせいで威厳だけはどうしても醸せないけれど。
 その頃だった。リュカが常々言っていた「公の場以外では『リュカ』って呼んで欲しいし、気軽に喋って欲しい」というお願いを、ヴァンが受け入れてくれるようになったのは。
 はっきりと確認したわけではないが、リュカはヴァンを友達だと思っている。主従ではあるが、十年も一緒にいる彼は最大の理解者だ。ときに笑い合うこともあれば、兄のように叱責したり励ましたりしてくれることもある。流行り病で寝込んだときにずっとベッドに寄り添ってくれていたのも、魔法の習得に連続で失敗し泣いていたときに黙ってそばにいてくれたのもヴァンだ。
 リュカは彼に家族より深い絆を感じている。これはもう友達どころか親友かもしれない。
 そしてヴァンも、相変わらず厳格でややおこりっぽい性格ながらもリュカを誰より大切に扱っているのは、はたにも明らかだった。周囲の人々はヴァンのことを、忠誠心の高い騎士であり、リュカのよき友でもあり、まるで兄弟のようでもあると評していた。

「おい、十五分経ったぞ。起きろ」

 大きな手が背を揺する感触で目を覚ましたリュカは、先ほどよりさらに大きな欠伸あくびを零しながら体を起こす。

「ああ、よく寝た。頭がスッキリしたよ」

 そう言いながら椅子から立ち上がり大きく伸びをしていると、何かに気づいたヴァンが腰を屈めて顔を覗き込んできた。

「……何?」
「馬鹿だな、書類の上で寝ただろう。ほほにインクが付いてしまってる」

 ヴァンはリュカの顔を片手で押さえると、ハンカチを取り出してクッキリと文字が転写したほほを軽くこすった。
 まるで母と幼子のようなやりとりだが、リュカは近い距離にあるヴァンの顔を直視できず、さりげなく視線を横にずらした。頭が熱くなっていって、自分のほほが赤く染まっていくのを感じる。

(……ヴァンは本当に綺麗な顔をしてるよな。近づかれると男同士なのになんか照れちゃう……)

 出会った頃から品のある綺麗な顔立ちだとは思っていたけれど、成長した今ではヴァンは美青年という言葉がしっくりくる容姿になっていた。尻尾の色と同じ銀色の髪はサラサラで絹糸みたいだし、男らしくもほっそりした輪郭に涼やかな目もとと薄い唇は、まさに〝クールビューティー〟だ。匂い立つような気品溢れる姿はいかにも育ちのいい貴族の令息という感じで、リュカは常々彼と並ぶと「どっちが名門貴族の公子かわからないな」とひそかに思っている。
 しかしゆうともいえる見目は、彼が剣を握れば一変する。敵を見据える金色の瞳は戦闘本能の炎を燃やし、獲物を狩るオオカミさながらの野性味を感じさせた。
 麗しさとワイルドさを持ち合わせた魅力は顔立ちだけに留まらない。ヴァンは着痩せして見えるせいで線が細い印象を受けるが、服を脱げばその肉体には鋼のような筋肉を纏っている。鍛えても筋肉のつきにくい体質のリュカは、彼の盛り上がった胸筋や六つに割れた腹筋が羨ましくてたまらない。しかもヴァンは高身長で、小柄なリュカとは四十二センチもの身長差があるのだ。一日だけでいいから彼の体と代わりたいと何度願ったことだろうか。

(もし俺が女の子だったら絶対にヴァンを好きになっちゃってただろうな。こんな綺麗で強くてカッコいい騎士が毎日そばにいたら、誰だって恋しちゃうって)

 そんなことを考えながらチラチラとヴァンの顔を見ていたら、ふと視線が合ってしまった。なんとなくあせる気持ちが湧いてきて、顔がますます赤くなってしまう。
 すると、ヴァンは唇を一瞬噛みしめ不快そうにまゆを寄せると、リュカの顔からパッと手を離して背を伸ばした。

「落ちない。水で顔を洗ってこい」
「あ、うん。ありがとう」

 彼の言葉におとなしく従ったリュカは洗面所まで行き、鏡で自分の顔を見つめる。拭いてもらったおかげで少し薄くなっているが、ひだりほほに『治水工事の進行』の反転した文字がくっついた顔はなんとも間抜けだ。

「はは、カッコ悪……。俺ってなんかしまらないよなあ」

 桶の水でジャブジャブと洗った顔を再び鏡に映しながら、リュカは軽く溜息をつく。
 十年間一緒に育ってきたヴァンはあんなに立派な青年に成長したというのに、自分は相変わらず〝永遠の少年〟のままだ。黒目がちな大きな瞳のあどけない顔立ちも、百三十九センチで止まってしまった身長も、とても成人には見えない。
 フェネックという種に生まれてきてしまったのだから、これはもうあきらめるしかないのだけれど、それでも時々、男らしさとか威厳とかとは程遠い自分が悲しくなる。

「幼いにしてもせめてこう、凛々しい造形だったらな。ひげでも生やしてみようかな」

 鏡を見つめながらリュカは指でまゆを吊り上げてみたり、あごを撫でさすってみたりした。そして散々顔を弄り回してみたあと、なかなか戻ってこないリュカを心配して洗面所までやってきたヴァンに、襟首を掴まれて部屋へ戻っていったのだった。


 それから数日後、リュカは四大公爵家の当主合議に参加していた。
 この合議は魔王が出没してから、四大公爵家が連携しモンスター討伐などを話し合うため、定期的に開催されている。
 会場はそれぞれの屋敷の持ち回り制で、今回はヴェリシェレン家だ。距離的に各公爵家の屋敷は馬車で二ヶ月以上かかるほど離れているが、各家の敷地にはワープゲートがあり四大公爵家を結んでいるので移動は難しくない。
 今日の合議では、ついに勇者召喚の話題に及んだ。

「――それでは、来たる次の新月の夜。勇者召喚の儀を行う」

 二時間に渡る話し合いの末、ライオン族ワレンガ家の当主デボイヤが重大事項に相応ふさわしい重々しい声で決定を告げた。他の当主らも引きしまった表情で、しっかりとうなずく。いよいよ勇者という未知の存在を呼び出すことに、誰しもが高揚と緊張を抱いていた。
 そもそも勇者召喚は、いにしえより語り継がれる伝説の儀式だ。
 三千年以上昔、この大陸は獣とモンスターが混在する秩序のない大地だったという。日々血なまぐさい争いだけが繰り返されるこの大陸に、神は異世界よりひとりの人間を遣わした。
 人間は驚異的な力で残虐なモンスターを殲滅させ、獣たちに知性を与えてこの大陸の統治を四人の獣に託した。そして『今後世が乱れたときは、再び異世界より人間を呼ぶといい』と勇者の召喚術を四人の獣に託して、姿を消した……というのが、子供でも知っている獣人と四大公爵家の成り立ちである。
 しかし、これはおとぎ話でも神話でもなく、実際に起きたことだ。その証拠に四大公爵家には今でも代々当主に特別な力と、勇者召喚の儀式が継承されているのだから。
 ただ、現実とはいえ三千年以上前の出来事だ。果たして本当に勇者など召喚できるのか懐疑的な気持ちを持つのは否めず、四大公爵家が二の足を踏んでいるうちに五年の月日が流れてしまった。
 だが日々尽きることのないモンスター討伐と被害の後処理に、公爵家の当主たちはウンザリしている。リュカと同様に他の当主たちももう限界で、とうとう勇者召喚の決定に踏み切ったのだ。

「以上で本日の合議を終了する」

 大地に響くような重厚感のある声で合議を締めたのは、デボイヤだ。大きな体に似つかわしい威厳を纏う彼は渋みのある美丈夫だが、リュカとは六歳しか違わない。まだ二十代だというのに一族どころか四大公爵家の統率役である。

「それでは、私はこれで」

 ワシ族のガルトマン家当主シュンシュが、赤い衣装を翻しゆうに退室していく。いつも伏し目がちで、どこか神聖な雰囲気の漂う彼の年齢は不詳だ。六十とも五十とも聞いたことがあるが、見た目は三十前後にしか見えない。彼も外見が老いない種なのだろうかとリュカは勝手に親近感を覚えているが、なんとも近づきがたい雰囲気を醸し出しているシュンシュにそれを確認できたことはない。

「ではまた。皆、息災で!」

 ヘビ族ヴェリシェレン家当主ゴーフは快活な人だ。蛇はねちっこいなどと言われるが、彼は実に決断が早くサッパリとしている。年は三十代半ばで、見た目も蛇の尾がある以外はスッキリと爽やかな好青年という印象だが、ひとたび戦いとなればその身を巨大な龍に変えモンスターを瞬滅させるというのだから侮れない。
 三者三様ではあるが、皆、公爵家当主として申し分のない威厳と実力を持っている。リュカは四大公爵家の合議に出席するたびに、自分がここにいる場違い感を全力で感じずにはいられず、いたたまれない気持ちになるのだった。

「ヴァン、お待たせ。帰ろう」

 会議室を出た廊下には、それぞれの当主の護衛騎士たちがいる。リュカはヴァンの姿を見つけると手を振って声をかけた。ふと周りを見ると他の当主たちは護衛に声などかけず、ただ黙って後をついてこさせる。リュカはひとりだけ下校時の学生みたいなことをしていた自分が恥ずかしくなった。
 ワープゲートまで向かう馬車の中で、リュカは今日決まったことをヴァンに話す。

「次の新月の晩、いよいよ勇者召喚の儀が行われるよ。なんか緊張しちゃうな、召喚の呪文を間違わないようにしっかり練習しておかなくっちゃ」

 地球と違い三ヶ月おきに満月と新月がやってくる『トップオブビースト』の世界では、月の見えない新月の夜は、いにしえの時代に神が人間を召喚した晩といわれ『誕生夜』と呼ばれている。そして勇者召喚の儀式は必ず新月の晩に行うとされているのだ。
 ゲームの内容を知っているリュカとしては勇者召喚に懐疑的な気持ちはないが、先代当主の父ではなく自分が儀式の一員になったことに不安はある。万が一にでも失敗してしまったらと考えると、ドキドキと不整脈が起きた。

「次の新月か。ならば先に第二護衛騎士団を設けた方がいいな」

 正面に座っていたヴァンはリュカの不整脈など知る由もなく、腕を組んで考え込みながら言う。リュカもあわてて「ああ、うん、そうだね」と相槌を打った。
 レイナルド家の者は当主の座に就くと、ふたつの護衛騎士団を持つようになる。ひとつはインセングリム家の黄金麦穂団。もうひとつは領地内外から人員を募集し、新たに設立する騎士団だ。
 黄金麦穂団が伝統と品格と実力を重んじるのに対し、第二護衛騎士団は実力のみが重要視される。一応貴族という枠組みはあるが、大陸の獣人なら誰でも応募資格があり、身体能力審査と試合が入団テストとなる。そして合格者の中から、最適と思われる人物を当主が団長に任命するのだ。
 第二護衛騎士団は当主の引退と共にお役御免となり、代々引き継がれることはない。それに先陣部隊として第一護衛騎士団の盾になる役割だ。伝統ある第一護衛騎士団と比べるとどうしても扱いに差が出るが、給金も補償も並の仕事に比べれば桁違いによいし、やはり四大公爵家の護衛という肩書は眩しい。毎回大陸のあちこちから応募者が殺到する。
 リュカが当主の座に就いてから三ヶ月が経つ。そろそろ第二護衛騎士団を創設する頃合いだろう。大陸中の腕に自信のある者たちが、きっと今か今かと団員の募集を心待ちにしているはずだ。

「屋敷に戻ったら団員募集のしらせを大陸中に出すように手配しよう。第二護衛騎士団か、どんな人たちが集まってくるかなあ」

 第二護衛騎士団長も、ヴァンと同じようにリュカの側近となる。それを考えるとなるべく温厚でとっつきやすく、年が近くて話の合う者がいいなどと要求が増えていく。

「腕に覚えがあるのはもちろん、礼節を重んじ、何よりあるじへの忠誠心が高いことが大事だ」
「……もっともだ」

 ヴァンの至極まっとうな意見を聞き、リュカは真剣な顔でうなずきながら自分の浅はかな要求をなかったことにした。

(でもまあ忠誠心はともかく、俺のことを好きになってくれる人だといいなあ。長い付き合いになるんだし相性は大事だよね)

 そんなリュカのひそかな願いを込めた第二護衛騎士団の人員募集は、翌週、波乱含みの幕開けを迎えた。


 晴れやかな初夏の空の下、レイナルド家の屋敷前広場には第二護衛騎士団の入団希望者が七百人ほど集まった。彼らは三日に分けて身体能力を測られ、上位百人が一次試験合格者となる。
 二次試験はトーナメント方式で試合を行う。刃を潰した剣を用いるが補助的な武器も使用可能となっており、ほぼ実戦だ。そして勝ち進んだ五十人が団員となり、上位の者から順に団長、副団長、十人長が選抜される。
 試合の観覧と審査には、リュカをはじめ第一護衛騎士団長や常備軍の騎士団長らも同席する。大陸全土から腕自慢が集まっただけあって、皆の戦闘能力は高い。ヴァンに「ほう、なかなかだな」と唸らせる腕の持ち主もいた。しかし――
 ピート・ド・タオシェン。トーナメント一位の座を勝ち取った彼の強さは他の者と一線を画し、また、とんでもなく破天荒だった。
 剣の扱いは不埒で、型もへったくれもあったものではない。補助武器であるはずのナイフでとどめを刺したり、こぶしで殴り飛ばしたりとまるでチンピラの喧嘩で、対戦相手を皆ボコボコにしてしまった。礼儀にも欠け対戦相手に敬意を払わない態度は、見ているヴァンを何度イラつかせたことか。
 まったくもって規格外、不適切な人物としか言いようがないのに、彼は相手に易々と全勝してしまうほど、とにかく強いのだ。抜群の身体能力はもちろんのこと、まるで三秒先が見えているみたいに敵の攻撃を察知する能力がずば抜けている。おまけに腕力も相当強く、素手のこぶしで甲冑をぶち抜くほどだ。
 トーナメントの結果が出たあと、団長の選出会議は揉めに揉めた。
 類まれな強さを持つピート・ド・タオシェンを推す者もいたが、反対の声も強かった。特にヴァンは団員にすらすべきではないとまゆを吊り上げた。

「騎士とはただ強ければいいというものではない! 義も礼節もなければ、ならず者と同じだ! あんなやつにリュカ様を護れるものか!」

 ヴァンがここまで憤るのにはもうひとつ理由があった。トーナメントの決勝試合で優勝したとき、ピートは観覧席のリュカに向かって、なんと投げキッスをしたのだ。
 リュカは驚いただけだったが、あのときのヴァンといったら、観覧席から飛び出してピートを殴りにいきそうなげきぶりだった。

「ですが第二護衛騎士団は所詮、第一護衛騎士団の盾。ましてや今はいつモンスターに襲われるやわからぬ有事なのですから、少々礼儀知らずでも実力を重視すべきでは」
「礼儀を知らぬということは敬意も知らぬということだ! リュカ様に対する敬意がない者が、どうしてリュカ様を護れる⁉」
「ですが……他の合格者たちはピート・ド・タオシェンにすっかり畏怖の念をいだいております。彼を差し置いて団長を引き受ける者などいないでしょう」
「だったらタオシェンを不合格にしろ! あんな戦い方はルール違反だ、勝利はすべて無効だ!」

 会議はけんけんごうごうと数時間にも及んだ。いつまでも白黒つかない話し合いに辟易してきたリュカは、席から立ち上がるとそこにいる皆に告げた。

「俺が直接会ってくるよ。俺を護ってくれる気があるのか、騎士団長になったら礼儀を身につけてくれるのか、本人に確かめてくる」

 こういうことは周囲が決めつけてゴチャゴチャ話していても仕方ない。面接をして確認するのが一番だ。

「お待ちください! 危険です!」

 さっさと会議室を出ていこうとしたところをヴァンたちに止められたが、リュカは手にした錫杖しゃくじょうを揺らして微笑んでみせる。

「大丈夫だから。一対一にさせて」

 リュカとて大陸最強の魔法使い一族の子だ。いくら相手が強くても一瞬でやられるほどやわじゃない。
 それにヴァンは〝騎士の指輪〟を身につけている。これはあるじが危機を感じたとき、魔力が流れて石が光り装着者にしらせる代物だ。護衛騎士団長が叙任のときに賜るもので、これさえあればリュカに何かあったらヴァンがすっ飛んできてくれる。
 皆の心配そうな視線を背に浴びながらリュカは会議室を出ていき、合格者たちが待機している宿舎に向かった。そしてピート・ド・タオシェンの部屋をノックして、扉越しに声をかける。

「当主のリュカだ。少し話がしたいんだけどいいかな」
「入ってこいよ」

 返ってきたのはなんとも無礼な返事だった。部屋に入ると、ピートはベッドに腰かけてナイフの手入れをしていた。リュカは少しだけ警戒心を持って彼に近づく。


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