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悪役師匠は手がかかる!魔王城は今日もワチャワチャです

第三章 心の扉はまだ開かない

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 エルフの子が今までどんな目に遭ってきたのか、僕にはわからない。ただきっと、それは僕の想像するより遥かにつらいものなのだろうと、彼と暮らすうちにわかってきた。

 エルフの子が我が家にやって来てから一週間。

「ねえ、きみ。ご飯ここに置いておくね。少しでもいいから食べてね」

 彼は与えられた三階の部屋からずっと出てこない。みんなが寝静まったときにトイレだけは済ませているみたいだけど、それ以外は食事に呼んでも出てこないので、こうしてドアの前にご飯を置いておく毎日だ。

 オークション会場で囚われているよりはマシだと思ってうちまで来てくれたのだろうけど、エルフの子は僕らに対して警戒は解いていない。三人で交代でご飯を持っていったり話しかけにいくものの、ドゥガーリンには少し顔を見せてくれるけど僕と師匠には無反応だ。どうやら人間を特に恐れているらしい。

「怖いことあらへんって言うてんやけどな。『人間は嫌だ』っちゅうて怯えとる。まあ焦ってもしゃーないわな。あとメシ、好き嫌いやなく食欲ないんやと」

「そっか……」

 唯一エルフの子とコンタクトが取れているドゥガーリンがそう教えてくれた。彼の強力なコミュニケーション能力を持ってしても氷解は難しい。なんたってまだ名前も教えてもらえてないんだから。

「僕、ドア越しとはいえあんまり話しかけないほうがいいかな? 却って怖がらせちゃうかな」

「けど、ほたらいつまで経っても兄やんのことわかってもらえへんやん。こんままでええんちゃう? 知らんけど」

 夜、居間でそんなことを話し合いながら繕い物をしていたら、珍しく研究室から出てきた師匠が部屋に入ってきた。

「……まだ起きてたのか……」

 気がつけば時計の針は夜の九時を過ぎていた。そろそろ寝なくっちゃと思い、僕は止まっていた手を慌てて動かす。

「これ縫い終わったら寝ます。あとちょっとだから」

 繕っているのは僕の古着だ。もう小さくて着られなくなっちゃったけど、ちょっとほつれを直せばまだ全然綺麗。エルフの子にはちょうどいいサイズのはずだから、着替えに使ってもらえたらいいなと思う。

「お下がりも有効活用しないとね。節約節約」

 そう言うと師匠は僕の前で項垂れて「……すまない……」と呟いた。

 オークションで気前よくエルフの子を競り落とした師匠だったけど、あのお金なんと魔道具の売り上げの先払い金だったんだってさ。師匠の魔道具をいつも買ってくれるマニアな人がいるらしいんだけど、その人が定期的に商品を卸すことを条件に先払いしてくれたんだって。その期間ざっと百年! 百年逆ローン!

 つまり今まで入ってきた総売り上げの五割がこれからはなくなるわけで、僕たちは家族が増えたと同時に困窮生活に突入してしまったのである。

 もうちょっと計画性を持ってほしいとお説教したいところだけど、今回ばかりは仕方ないかな。結果としてエルフの子を救えたのだから。

「謝らなくていいですよ。それより師匠は頑張って今までの倍の薬と魔道具を作ってください」

「……頑張る……」

「ワイもしこたま肉獲ってくるけ、みんなでビンボー乗り越えようやあ」

 前向きに貧困に向き合ったところで、ちょうど繕い物が終わった。糸をハサミでチョキンと切って、服を綺麗にたたむ。

「よし、できた。じゃあ僕、これをあの子の部屋に届けてから寝ますね」

 そう言ってソファーから立ち上がると、ドゥガーリンも「ワイももう寝る~」と欠伸をしながら立ち上がる。僕らは揃って師匠に「おやすみなさい」の挨拶をして、一緒に三階へと向かっていった。

「……起きてる? あの、よかったらこれきみの着替え。僕のお下がりで悪いんだけど使って。ここに置いておくね」

 エルフの子の部屋のドアを軽くノックし声をかけてみたけど、やっぱり返事はない。

「もう寝とるんやない?」

「そうかも」

 明日の朝もう一回声をかけてみようと思いながら部屋から離れようとしたけれど、微かに物音がした気がして僕は足を止める。

「どないしたん?」

「んー、僕もうちょっとここにいる。ドゥガーリンは先に寝てていいよ。おやすみ」

 僕は眠たそうなドゥガーリンを部屋へ帰すと、回れ右してエルフの子の部屋の前へと戻った。その場に座り込んで静かにしていると、やっぱり微かに音が聞こえる。まだ起きてるんだ。
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