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◆浮気な彼氏シーズン2#5 私じゃないと
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◆浮気な彼氏シーズン2#5
紫乃さんの挑戦的な瞳が僕を捉える。どうしよう、何か言わなきゃ。なんて言おう。僕は愛されているはずだ!
「紫乃!!」
いつもの声、らしくない怒声。ハッと振り向いた。暁都さんがいた。息を切らして汗の粒が光っている。
「俺達に関わるなって言っただろ、何しに来たんだよ!」
「だってあなた、全然電話出てくれないんだもの!」
ぷすんとむくれてみせた紫乃さんに、暁都さんは心底イヤそうにハアッと大きくため息を吐き、言った。
「そらそうだろ!…勘弁してくれよ!」
暁都さんはウオオとぐしゃぐしゃとウェーブがかった髪をかきあげた。馴染みの動作を元奥さんさと共有してるというのが、僕はたまらなく嫌だった。
『私じゃないと』
「ま、良いじゃない。随分久しぶりなんだからあなたも座ってよ」
「もう『あなた』じゃない」
心底イヤそうに暁都さんは言った。
「言葉の綾ってやつじゃないのよ。暁都。これで良い?」
「もう俺のことは苗字の『加賀美さん』呼びにして欲しいけどね」
「ずいぶん他人行儀ねえ」
「お、お前…!!!」
ギリギリと拳を握っている。
いつも人を食ったような話し方をしてる暁都さんがこんな風になってるところを、初めて見た。夫婦漫才…なんて良いもんじゃないだろうけど、昔は暁都さんが振り回されていたのだろうか。
「ほら。早く座って。皆見てるわよ?」
女性にはキツくなりきれない様子の暁都さん。しぶしぶ座った。
空気を伺いながらやってきたウェイターさんにアイスコーヒーを頼んだ。珍しい。いつもはホットコーヒーなのに。
「煙草、まだちゃんと辞めてるのね」
「……誰かさんのおかげでね」
ピンときた。紫乃さんの妊娠の時に多分辞めたんだろうな。
ズキッと胸が痛んだ。一歩間違えば(?)まだ夫婦だったはずのふたり。
いやでもこの話題、禁句なんじゃ…僕はオロオロ、ひやひやしていた。
すぐに運ばれてきたアイスコーヒー。
暁都さんは入れすぎじゃないってくらいドロっとガムシロを入れた。
「あらやっぱり」
「…何が」
「禁煙しててもお口がさみしいからって、イライラするとそうやってガムシロップ大量に入れるのよね」
変わってないわあと笑った紫乃さん。苦虫を噛み潰した顔の暁都さん。
僕はもういつ暁都さんが爆発するんじゃないかってドキドキしていた。
「…それで?何しに来た訳。そんな大昔にあげた指輪なんかわざわざしてさ。あ、質屋にでも入れに?」
ストローを咥えてそっぽむいたまま暁都さんは少し意地悪く言った。
「これね、気に入ってるのよ。あなたがくれたから。質屋になんか入れないわ」
「あっそ」
宙を見つめたまま険しい顔をしている。あれは多分、怒鳴ってしまいそうな自分をどうにか制してる顔だ。どうしよう、ブチギレちゃったらさすがに僕が羽交締めにして止めなきゃかな!?
「冷たいのね。私はお話したいのに」
「俺には話すことなんかない。ってか子供は。…誰だか知らん男のさ」
暁都さんは一応声を落としてヒソヒソと言った。
そうだ、思い出した。紫乃さんは、暁都さんの元親友と浮気しつつ、別の人とも浮気してて、妊娠したのはそっちの子供だ。勘違いしてた。
うう、思い出すだけで身震いする。まさに本当にあった怖い話だ。
チラ、と紫乃さんは僕の方を見た。僕は居た堪れなくて目を逸らした。
すみません、あなたの事情は大体知ってます…。
「…暁都ったらお口が軽いのね。子供は今日は実家に預けてるわ」
「へえ、かわいそうに」
「仕方ないのよ。…夫がね、ちょっと前に亡くなったの」
エッと僕も暁都さんも紫乃さんの方を振り向いた。
「だから今はシングルって訳」
「……」
唖然とした顔を暁都さん。やり込めるひと言でも言うか迷って辞めたようだ。普段の暁都さんなら『お前が殺したのか』くらい言うところだ。
「女手ひとつで育てるのって大変だわ…働くにも預ける場所がなくちゃいけないし。それに私、ちゃんと働いたことなんてなかったから尚更…」
紫乃さんはシュンとした顔で自身の指先を見つめた。この人結構お嬢様だったのかな?
ちょっとかわいそうかも、とウッカリ思ってしまっている自分がいた。
でもそれって、なあ…。
「俺とやり直したいって散々電話かけてきてたのは生活のためか」
苛立ちと軽蔑と同情を織り交ぜた声で暁都さんはポツリと言った。『俺は知らん、二人して路頭に迷え』とバッサリ捨てれる程、彼は冷たくなりきれない。
「あら、それだけじゃないわ。やっぱりあなたが良いって思ったの。火遊びなんてもうしないわ……暁都」
じっと暁都さんを見つめる彼女。
一瞬見つめ合ったふたりに、ドキッとした。
いやだ、そんな。まさか。あり得ないよね?
途端にドクドクと波打ち出す弱気な心臓に喝を入れた。暁都さんを信じろよ!
「無理。…まあでも仕事ならその、どっか紹介くらいなら…」
心底嫌そうに顔を歪めた暁都さんは、頬杖をついてチラっと彼女を見下ろしたのだが…。
彼女はその手を取って両手で握りこう言った。
「あなたのお家、後継者問題あるじゃない。あなたのお家には私くらいじゃないとダメよ」
続く
紫乃さんの挑戦的な瞳が僕を捉える。どうしよう、何か言わなきゃ。なんて言おう。僕は愛されているはずだ!
「紫乃!!」
いつもの声、らしくない怒声。ハッと振り向いた。暁都さんがいた。息を切らして汗の粒が光っている。
「俺達に関わるなって言っただろ、何しに来たんだよ!」
「だってあなた、全然電話出てくれないんだもの!」
ぷすんとむくれてみせた紫乃さんに、暁都さんは心底イヤそうにハアッと大きくため息を吐き、言った。
「そらそうだろ!…勘弁してくれよ!」
暁都さんはウオオとぐしゃぐしゃとウェーブがかった髪をかきあげた。馴染みの動作を元奥さんさと共有してるというのが、僕はたまらなく嫌だった。
『私じゃないと』
「ま、良いじゃない。随分久しぶりなんだからあなたも座ってよ」
「もう『あなた』じゃない」
心底イヤそうに暁都さんは言った。
「言葉の綾ってやつじゃないのよ。暁都。これで良い?」
「もう俺のことは苗字の『加賀美さん』呼びにして欲しいけどね」
「ずいぶん他人行儀ねえ」
「お、お前…!!!」
ギリギリと拳を握っている。
いつも人を食ったような話し方をしてる暁都さんがこんな風になってるところを、初めて見た。夫婦漫才…なんて良いもんじゃないだろうけど、昔は暁都さんが振り回されていたのだろうか。
「ほら。早く座って。皆見てるわよ?」
女性にはキツくなりきれない様子の暁都さん。しぶしぶ座った。
空気を伺いながらやってきたウェイターさんにアイスコーヒーを頼んだ。珍しい。いつもはホットコーヒーなのに。
「煙草、まだちゃんと辞めてるのね」
「……誰かさんのおかげでね」
ピンときた。紫乃さんの妊娠の時に多分辞めたんだろうな。
ズキッと胸が痛んだ。一歩間違えば(?)まだ夫婦だったはずのふたり。
いやでもこの話題、禁句なんじゃ…僕はオロオロ、ひやひやしていた。
すぐに運ばれてきたアイスコーヒー。
暁都さんは入れすぎじゃないってくらいドロっとガムシロを入れた。
「あらやっぱり」
「…何が」
「禁煙しててもお口がさみしいからって、イライラするとそうやってガムシロップ大量に入れるのよね」
変わってないわあと笑った紫乃さん。苦虫を噛み潰した顔の暁都さん。
僕はもういつ暁都さんが爆発するんじゃないかってドキドキしていた。
「…それで?何しに来た訳。そんな大昔にあげた指輪なんかわざわざしてさ。あ、質屋にでも入れに?」
ストローを咥えてそっぽむいたまま暁都さんは少し意地悪く言った。
「これね、気に入ってるのよ。あなたがくれたから。質屋になんか入れないわ」
「あっそ」
宙を見つめたまま険しい顔をしている。あれは多分、怒鳴ってしまいそうな自分をどうにか制してる顔だ。どうしよう、ブチギレちゃったらさすがに僕が羽交締めにして止めなきゃかな!?
「冷たいのね。私はお話したいのに」
「俺には話すことなんかない。ってか子供は。…誰だか知らん男のさ」
暁都さんは一応声を落としてヒソヒソと言った。
そうだ、思い出した。紫乃さんは、暁都さんの元親友と浮気しつつ、別の人とも浮気してて、妊娠したのはそっちの子供だ。勘違いしてた。
うう、思い出すだけで身震いする。まさに本当にあった怖い話だ。
チラ、と紫乃さんは僕の方を見た。僕は居た堪れなくて目を逸らした。
すみません、あなたの事情は大体知ってます…。
「…暁都ったらお口が軽いのね。子供は今日は実家に預けてるわ」
「へえ、かわいそうに」
「仕方ないのよ。…夫がね、ちょっと前に亡くなったの」
エッと僕も暁都さんも紫乃さんの方を振り向いた。
「だから今はシングルって訳」
「……」
唖然とした顔を暁都さん。やり込めるひと言でも言うか迷って辞めたようだ。普段の暁都さんなら『お前が殺したのか』くらい言うところだ。
「女手ひとつで育てるのって大変だわ…働くにも預ける場所がなくちゃいけないし。それに私、ちゃんと働いたことなんてなかったから尚更…」
紫乃さんはシュンとした顔で自身の指先を見つめた。この人結構お嬢様だったのかな?
ちょっとかわいそうかも、とウッカリ思ってしまっている自分がいた。
でもそれって、なあ…。
「俺とやり直したいって散々電話かけてきてたのは生活のためか」
苛立ちと軽蔑と同情を織り交ぜた声で暁都さんはポツリと言った。『俺は知らん、二人して路頭に迷え』とバッサリ捨てれる程、彼は冷たくなりきれない。
「あら、それだけじゃないわ。やっぱりあなたが良いって思ったの。火遊びなんてもうしないわ……暁都」
じっと暁都さんを見つめる彼女。
一瞬見つめ合ったふたりに、ドキッとした。
いやだ、そんな。まさか。あり得ないよね?
途端にドクドクと波打ち出す弱気な心臓に喝を入れた。暁都さんを信じろよ!
「無理。…まあでも仕事ならその、どっか紹介くらいなら…」
心底嫌そうに顔を歪めた暁都さんは、頬杖をついてチラっと彼女を見下ろしたのだが…。
彼女はその手を取って両手で握りこう言った。
「あなたのお家、後継者問題あるじゃない。あなたのお家には私くらいじゃないとダメよ」
続く
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