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美形アイドルを狂わせる平凡くんの話 後編
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そうして無理やり連れてこられた雪弥くんのマンション。
僕が何を言おうが雪弥くんは力強く僕の腕を掴み、離すことはなかった。そして自分の部屋に僕を押し込んだ。
玄関先に尻餅をつく。見上げた。
「お帰り。今日からここが瑞希の家だよ。
一生のね」
すごく嬉しそうに笑う雪弥くんは、僕が知ってる雪弥くんじゃなかった。
掴まれていた腕がじんじんと痛む。既にうっすらと赤い跡になっていた。
『ヤンデレ愛の終着点』
一歩、また一歩とにじり寄ってくる雪弥くんが本当に怖い。
「瑞希。俺と離れてる間、何してた?」
「べ、っべんきょう」
僕は後ずさるようにして後ろに下がった。
「嘘だ」
ふいにキツく僕を見据えた双眸。
「っ嘘じゃない」
「嘘だ!じゃあ受験が終わった頃に俺に連絡くれたら良かった。ブロック解除して!その時に連絡くれてたら、俺はこんな風に追い詰められなかった」
雪弥くんの震える声が、彼の心情を物語る。
でも。
「そんなのし、知らないよ!!」
「瑞希は酷い。瑞希は意地悪だ。俺を夢中にさせて振った。じゃあどうして俺に優しくした?」
感情を爆発させた雪弥くんはふいに距離をつめ僕に襲いかかってきた。押し倒された僕。こ、殺される!って思ったけど、甘かった。
「瑞希を俺のモノにするって決めたんだ!」
僕に乗り上げた雪弥くんは、僕の襟首に手を掛けるとワイシャツのボタンを全部引きちぎって一気に開けた。
「!!」
冷たい外気が肌を刺す。
ぐいと胸を捻りあげられて変な声が出た。
「あっ!」
え、ま、まさか。
「瑞希、みずき。優しくするから」
はふはふと興奮した様に首筋に吸いつかれて体がビクリと硬直した。待って頭がついていかない、けどこれはヤバい!
「やっやだよ何考えてんだバカ!!!はなっせよ!」
「怖がらないで良いよ。俺上手いから。痛い思いなんかさせない。だから俺に全部任せて」
手が滑り込んでくる。圧倒的な体格差だった。勝てそうもなくて涙が滲む。せめて背中バンバン叩いた。
「そんなんで抵抗したつもりなんだ?かーわい」
ズルんてズボン脱がされて下半身が顕になる。
「ヒッ!」
「さ、始めよっか?」
端正な雪弥くんの顔。前は大好きだったけど今はただこわい。
まじ本当にヤバい!!誰か、神様仏様!!!!!!
「だっだれかーーー!!!」
その時。ちょうどチャイムが鳴った。何度も。ピタリと止まった雪弥くん。
「…マネージャーだ。来んなって言ったのに。…はあ、良いとこだったのに。なあ?瑞希」
しぶしぶとどいた雪弥くん。僕は超急いで服を着た。
神タイミングで訪れてくれたマネージャーさんに心から感謝した。
僕は別室に追いやられて、外から鍵を閉められた。
内側からは開かない部屋が最初から準備されていることに心底ゾッとした。ここが僕の部屋ってこと…?洒落た内装。準備周到なのが怖すぎて涙出そうになる。
雪弥くんは外でマネージャーさんと話しているっぽかった。助けを求められそうにない。
良い案はないかとウロウロするもしかし何も浮かばなかった。しばらくして雪弥くんが戻ってきて、ガチャとドアが開いた。
「ごめんお待たせ」
「ヒッ!雪弥くん…」
「そんな怯えないでよ。…マネージャーがさあ、ウチの鍵持ってんだよ。何かあった時のために。それでさっきは一回中断したんだよ。恋人の恥ずかしいとこ見せたくないじゃん?」
綺麗な顔立ちでふふと笑いかけられてゾワゾワが止まらない。僕ら、恋人じゃないでしょ?何言ってんの…?
しかし変に刺激しちゃダメだ。また押し倒される。次は本当に喰われてしまう。
世間話で持ち堪えろ!そしてかわせ!
「そ、そうなんだあ。ちなみにマネージャーさん、どんな用で?」
「んー?調子どうだ、いつ芸能活動再開するかって。もう俺アイドルなんか辞めるってずっと言ってんのに」
え…
「ゆっ雪弥くん、アイドル辞めちゃうの!?」
「うん」
「どうして!?」
「瑞希と住むから。恋人とはずっと一緒にいたい。24時間365日。ずっといつまでも」
つ…と背中に冷たい汗が伝った。マジで…言ってんの…?
「うん?あっは、瑞希、何その顔。お金はねえ腐るほどあるから心配しないで良いよ。俺たちここで一生2人っきりで過ごす分の金はある。
一歩も出なくたって平気だよ。ミズのこと他の誰にも見せたくもないしね。
冗談だと思ってる?あっははかーわいい。
俺は本気だよ」
ミズって何だよ、変な愛称つけんなよ。
って言葉はカラカラになった喉の奥から出ることはなかった。
「さて…」
雪弥くんの手が僕にのびる。後ろはベッドなんだ。
やばい!
「ゆきやくん!!!荷物っ!搬入、しないと…!」
パチ、と目を瞬いた雪弥くん。次の瞬間にはとろりとした笑みに変わった。
「あ、ああ。そうだったね。ミズ、乗り気になってきた?良かった。ミズなら分かってくれると思ってた。良い子だね」
抱きしめられてキスされた。キスだけは本当に優しくて、僕らってホントは恋人同士だったっけ、だなんて錯覚を覚えてしまっていた。
「あ、そう言えば。ミズ、これプレゼント」
「え?」
ふいにカチャンとつけられた細いおしゃれな腕輪。みたいなもの。
「それセンサーついてるから。ウチから出るとアラート鳴って俺に知らせがくる。もちろんGPSも。俺から逃げようだなんて思わないでね」
甘い勘違いは消え去り、僕は自分が地獄にいることを再度認識した。
***
せっせと僕の荷物を運び入れてくれた雪弥くん。
「ってかどうやって引っ越し屋さんに化けたの…?」
「大手の事務所に所属してると色んなツテが出来るんだよ。個人情報だってどうとでも取れる。それだけ」
そんな訳あるかと声が出かけて辞めた。
他に一体何を知られてるというのだろう。怖い。
はいと渡されたクッションを受け取る。僕のお気に入りで実家から持ってきたやつ…。
「だからね、俺は何でも知ってるよ。ミズが何歳で初恋したか、相手が誰だったか、告白したのかしていないのか、お気に入りのエロサイトは何か?何を妄想して抜くか?初体験がまだなことも全部」
「辞めてよ!!!!」
声がひっくり返ってクッションを叩きつけた。身体中が鳥肌だった。
「今のはさすがに嘘だよ。素直だなあ、ミズは」
にこにこ苦笑されて震えた。
「俺はミズの進学先・新しい住所。それに初体験まだなことしか知らないよ。そこだけは知っときたいなって思って。どうにかして調べたよ」
思いもよらない情報を握られている。どうやって調べた?そんなこと。
僕はこれからどうなってしまうんだろう。
手首の腕輪がチャリ、と金音を立てた。
僕の部屋、と称されたそこでふたり並んで座る革張りのソファ。深く沈んだ。ソファの背もたれに腕を回されている。
巨大なテレビで映画を流しているのを、全く頭に入ってこない状態で見つめていた。
せめてもの時間稼ぎに『映画見たい!デートっぽいことしたいし!?』とねじ込んだのだ。
映画は進んでいく。悲恋がテーマだ。海辺で恋人が去って行くのを、男の方がプライドが邪魔して追いかけられない。そんな中盤のシーンで雪弥くんはポツリと言った。
「男なら追いかけろよなあ。裸足でも何でも。欲しいものは捕まえなきゃ」
ドクンと心臓が跳ねた。僕のことを暗に言っているのだろうか?
何も言えないでいる僕を、雪弥くんは後ろから抱きしめた。
「…俺ね、家庭にずっと居場所がなかったんだ。弟がいてね、すっげ優秀なんだよ。それで両親は弟ばかりに期待していた。
俺の方を見て欲しくて俺なりに勉強は頑張ってきたんだけど、やっぱりダメでさ。
そんでついに『お前なんて上っ面だけだ、ガッカリした』って親に言われて…」
雪弥くん…。
彼の出身校は知っているけれど難関校だ。あそこでダメって言われるなんて、さぞ辛かっただろう。
「んでもう家に帰っていなくていい、って言われてばあちゃん家に預けられてさ。お前にはもう期待してないって、言われて…。
…あ、でもな、じゃあそこまで言われるんだったら、もう上っ面だけで勝負してやろう!って思ってアイドルを目指したって訳。
オーディションにはすぐ受かった。でもアイドルは山ほどいる。多少歌って踊れるくらいじゃダメなんだよ。
デビューしてもなかなかファンてのは集まらなくて…。
あー、俺って誰からも必要とされないんだって心底ガックリ来てた。最初の方、観客席なんかホントまばらでさ。哀しいくらい。人生で2回目の絶望だったな、あん時…」
雪弥くんの大きな身体が小さく感じられた。
「でもさ、そんな時に来てくれたのがミズだった。ファンレター、人生で初めてもらってさ。
俺飛び上がるくらい嬉しかった。家で何度も読んだよ。
しかもミズは俺の上っ面じゃなくて、中身を見てくれた。俺を必要としてくれた。嬉しかったんだ。本当に」
雪弥くん…。そうだったんだ。僕自身、平凡な人間で中身を見てもらえることなんてあまりなかったから、雪弥くんの気持ちは手に取るように分かった。僕までしんみりしてしまう。
「…あ、そうだ、ミズに見てほしいものがあるんだ。ちょっと待ってて」
ふと出ていってすぐに戻ってきた雪弥くん。手には厚いファイルを抱えている。何だろう?
「はい、これ」
中に収められていたのは、僕が今まで送ったファンレターだった。
「ミズがくれたやつだけファイリングしてた」
「え…」
初めて最初に渡したものもあった。目も当てられない恥ずかしさだったけど。
…でも、思い出すあの日。初めて雪弥くんに出会って、恋に落ちてファンレターをウキウキ書いた、あの日のこと。
「ファンレター、ポケットに入れて何度も読んでたよ。だからこれとか端っこ、擦り切れてるでしょ。すっげお気に入りでさ、この手紙」
「ほんとだ」
雪弥くん…。
「俺はミズのファンレターを待ち侘びた。マネージャーに言って、事務所に届いたら真っ先に教えてもらってた。ミズは俺の生きがいだったんだよ」
そんな風に言われてドキッとした。こんな凡人が生きがいだったって言われて悪い気はしないのだ。
顎先を持ち上げられてキスされた。舌がねろりと入り込む。こんなの人生で初めてだ。雪弥くん、僕の憧れだった人…その気持ちは変わらない。その人と今キスしてる。ドキドキして頬が火照るのが分かった。
端正な顔が間近で言った。
「だからね?ミズが居ないといれない人間になっちゃったんだよ俺は。ちゃんと責任とれよなあ。
ブロックなんてナシだよ。
まあでもこれからは逃げられる心配ないんだよね。ミズ本人と一緒にいれるから。ミズがずっと側で俺を認めてくれるんだ。一生ここで。
ああ、なんて素晴らしいんだろう!?」
そんなことを蕩ける様な笑顔で言われて、ゾクと一気に背筋が冷えた。
好きと怖いが行ったり来たりで、僕はどうしたら良いのか分からない。
「ね、ミズ。お願い。言ってよ。俺のことが必要だって」
すがる様に言われて僕は声が出ない。
「なあ!お願いだ!ミズがそう言ってくれなきゃ俺は自分でいられないんだ!」
「…ゆ、雪弥くんは素敵な人だよ。皆が雪弥くんを必要としてる、ぼ、僕にとっても…」
かつて本心で言っていた言葉たち。
それを聞いて雪弥くんは獰猛なライオンみたいに僕を押し倒した。
「ああ、ありがとう。ミズ、ミズ、大好き。さ、はじめよっか」
逃げられそうもなく、僕は今度こそ観念して目を閉じた。
***
雪弥くんの白い肌、鍛えられた身体が僕を組み敷く。首筋を吸われれば長めの前髪が頬をくすぐった。キスは止まらない。ひどい目に遭わされるのではと思っていたけど、雪弥くんは意外な程に優しかった。敏感なところを焦らすように撫で、僕を昂らせてからズグ!と突っ込んだ。そこからは激しく抱かれて変な声もいっぱい出て、僕は熱に浮かされたまま初めてを終えた。
満足気に僕を見下ろし頬を撫でる雪弥くん。近くで見るとやっぱり相変わらず綺麗な顔だったのだけど。
「ミズの初めて貰った。男冥利に尽きるね。忘れられない記憶になれると思うと嬉しいよ」
僕は怖いのか嬉しいのか、訳の分からないドキドキでぽろりと涙を零した。
***
雪弥くんとの2人っきりの生活は、それから本当に始まった。
朝も昼も夜もずっと一緒。
携帯は取り上げられて、母さんや友達からの連絡には雪弥くんが適当に返信をしていた…。
僕はせめて食い下がって言った。
「僕、大学行かないと!せっかく頑張って入ったんだよ!?」
「大学なら大丈夫だよ」
「何で!」
「ミズの代わりの通うコ用意して、そのコにちゃんと大学行かせてあるから。ミズは俺といればいいんだよ」
…!!!!
うそ、やだ…誰かが僕になりすましてるの?
二の句が告げない。
僕はこのまま社会から消されてしまうのだろうか?雪弥くんの手で?
足がガクガク震えていた。
でもそんな風に怯えさせておいて、雪弥くんは僕を甘く優しく抱いた。『世界で一番大好き』って言われると絆されてしまいそうになる。その時だけは本当に恋人同士みたいだったけれど。
「じゃあね。ミズ。おやすみ。また明日」
雪弥くんは夜、行為が終わると起き上がって出口へと向かった。
「雪弥くん、行っちゃうの…」
「うん。だってミズが逃げ出さない様に鍵かけないといけないからね。おやすみ」
がチャリとドアは閉まった。
「…ーっ!!!」
僕はベッドに突っ伏して泣いた。
恋人の様でやっぱり恋人ではない僕らの関係に、僕はもう耐えられそうもなかった。
***
ある日。どうしても用事があるといって出掛けていった雪弥くん。
しかし少しして玄関の扉がガチャ、と開く。てっきり雪弥くんが忘れ物でもして戻ってきたものだと思っていた。
足音がして、僕の部屋の前でふいに止まった。
しばらくしてガチャ、と扉を開けようとする音。しかし鍵がかかっているので開かない。
コンコンとノックの音がした。
「…雪弥?」
「ち、違います!」
「君は?…もしかしてあの、例の瑞希くん!?」
「え、あ。はいそうです、僕のこと知ってるんですか?あなたは、あっマネージャーさん!?」
「ここ開けて」
「外からじゃないと開かないんです!鍵は雪弥くんが持っています!!それにGPS付きの変な腕輪もされてて!た、たすけて!!」
「雪弥のやつ、なんて酷いことを。この間会った時になんか変だなとマネージャーの勘で思ったんだがやっぱりか。
瑞希くん、君は私が助ける。待っててくれ!」
やった、やった!助かるんだ。
僕は心底ホッとした。雪弥くんとはやっぱり離れるべきだと思っていたから。
だけどそれから数時間後…。
玄関の方で言い争う声が聞こえた。
ビクビクしながら待っていると、しばらくして僕の部屋の鍵がガチャ!と開いた。雪弥くんだった。
「こっち来て」
冷たく言われてついていく。
着いた玄関口。
40代くらいの男の人が倒れている。ピクリとも動かない。
その背中に突き刺さった一本のナイフ。
「…ゆ、雪弥くん!!まさか…!!」
チラリとこっちを見た雪弥くん。ゾッとするほど美しい顔、冷たい瞳が僕を捉えた。
「ミズ。俺から逃げようとしてたって本当?」
「……!」
ゆっくりと向きを変えて僕の方に近寄ってくる。一歩、また一歩。
「マネージャーを頼ったって本当?俺がいるのに?俺はいらないの?ミズには俺が必要なんだろ?ミズ!」
end
僕が何を言おうが雪弥くんは力強く僕の腕を掴み、離すことはなかった。そして自分の部屋に僕を押し込んだ。
玄関先に尻餅をつく。見上げた。
「お帰り。今日からここが瑞希の家だよ。
一生のね」
すごく嬉しそうに笑う雪弥くんは、僕が知ってる雪弥くんじゃなかった。
掴まれていた腕がじんじんと痛む。既にうっすらと赤い跡になっていた。
『ヤンデレ愛の終着点』
一歩、また一歩とにじり寄ってくる雪弥くんが本当に怖い。
「瑞希。俺と離れてる間、何してた?」
「べ、っべんきょう」
僕は後ずさるようにして後ろに下がった。
「嘘だ」
ふいにキツく僕を見据えた双眸。
「っ嘘じゃない」
「嘘だ!じゃあ受験が終わった頃に俺に連絡くれたら良かった。ブロック解除して!その時に連絡くれてたら、俺はこんな風に追い詰められなかった」
雪弥くんの震える声が、彼の心情を物語る。
でも。
「そんなのし、知らないよ!!」
「瑞希は酷い。瑞希は意地悪だ。俺を夢中にさせて振った。じゃあどうして俺に優しくした?」
感情を爆発させた雪弥くんはふいに距離をつめ僕に襲いかかってきた。押し倒された僕。こ、殺される!って思ったけど、甘かった。
「瑞希を俺のモノにするって決めたんだ!」
僕に乗り上げた雪弥くんは、僕の襟首に手を掛けるとワイシャツのボタンを全部引きちぎって一気に開けた。
「!!」
冷たい外気が肌を刺す。
ぐいと胸を捻りあげられて変な声が出た。
「あっ!」
え、ま、まさか。
「瑞希、みずき。優しくするから」
はふはふと興奮した様に首筋に吸いつかれて体がビクリと硬直した。待って頭がついていかない、けどこれはヤバい!
「やっやだよ何考えてんだバカ!!!はなっせよ!」
「怖がらないで良いよ。俺上手いから。痛い思いなんかさせない。だから俺に全部任せて」
手が滑り込んでくる。圧倒的な体格差だった。勝てそうもなくて涙が滲む。せめて背中バンバン叩いた。
「そんなんで抵抗したつもりなんだ?かーわい」
ズルんてズボン脱がされて下半身が顕になる。
「ヒッ!」
「さ、始めよっか?」
端正な雪弥くんの顔。前は大好きだったけど今はただこわい。
まじ本当にヤバい!!誰か、神様仏様!!!!!!
「だっだれかーーー!!!」
その時。ちょうどチャイムが鳴った。何度も。ピタリと止まった雪弥くん。
「…マネージャーだ。来んなって言ったのに。…はあ、良いとこだったのに。なあ?瑞希」
しぶしぶとどいた雪弥くん。僕は超急いで服を着た。
神タイミングで訪れてくれたマネージャーさんに心から感謝した。
僕は別室に追いやられて、外から鍵を閉められた。
内側からは開かない部屋が最初から準備されていることに心底ゾッとした。ここが僕の部屋ってこと…?洒落た内装。準備周到なのが怖すぎて涙出そうになる。
雪弥くんは外でマネージャーさんと話しているっぽかった。助けを求められそうにない。
良い案はないかとウロウロするもしかし何も浮かばなかった。しばらくして雪弥くんが戻ってきて、ガチャとドアが開いた。
「ごめんお待たせ」
「ヒッ!雪弥くん…」
「そんな怯えないでよ。…マネージャーがさあ、ウチの鍵持ってんだよ。何かあった時のために。それでさっきは一回中断したんだよ。恋人の恥ずかしいとこ見せたくないじゃん?」
綺麗な顔立ちでふふと笑いかけられてゾワゾワが止まらない。僕ら、恋人じゃないでしょ?何言ってんの…?
しかし変に刺激しちゃダメだ。また押し倒される。次は本当に喰われてしまう。
世間話で持ち堪えろ!そしてかわせ!
「そ、そうなんだあ。ちなみにマネージャーさん、どんな用で?」
「んー?調子どうだ、いつ芸能活動再開するかって。もう俺アイドルなんか辞めるってずっと言ってんのに」
え…
「ゆっ雪弥くん、アイドル辞めちゃうの!?」
「うん」
「どうして!?」
「瑞希と住むから。恋人とはずっと一緒にいたい。24時間365日。ずっといつまでも」
つ…と背中に冷たい汗が伝った。マジで…言ってんの…?
「うん?あっは、瑞希、何その顔。お金はねえ腐るほどあるから心配しないで良いよ。俺たちここで一生2人っきりで過ごす分の金はある。
一歩も出なくたって平気だよ。ミズのこと他の誰にも見せたくもないしね。
冗談だと思ってる?あっははかーわいい。
俺は本気だよ」
ミズって何だよ、変な愛称つけんなよ。
って言葉はカラカラになった喉の奥から出ることはなかった。
「さて…」
雪弥くんの手が僕にのびる。後ろはベッドなんだ。
やばい!
「ゆきやくん!!!荷物っ!搬入、しないと…!」
パチ、と目を瞬いた雪弥くん。次の瞬間にはとろりとした笑みに変わった。
「あ、ああ。そうだったね。ミズ、乗り気になってきた?良かった。ミズなら分かってくれると思ってた。良い子だね」
抱きしめられてキスされた。キスだけは本当に優しくて、僕らってホントは恋人同士だったっけ、だなんて錯覚を覚えてしまっていた。
「あ、そう言えば。ミズ、これプレゼント」
「え?」
ふいにカチャンとつけられた細いおしゃれな腕輪。みたいなもの。
「それセンサーついてるから。ウチから出るとアラート鳴って俺に知らせがくる。もちろんGPSも。俺から逃げようだなんて思わないでね」
甘い勘違いは消え去り、僕は自分が地獄にいることを再度認識した。
***
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「ってかどうやって引っ越し屋さんに化けたの…?」
「大手の事務所に所属してると色んなツテが出来るんだよ。個人情報だってどうとでも取れる。それだけ」
そんな訳あるかと声が出かけて辞めた。
他に一体何を知られてるというのだろう。怖い。
はいと渡されたクッションを受け取る。僕のお気に入りで実家から持ってきたやつ…。
「だからね、俺は何でも知ってるよ。ミズが何歳で初恋したか、相手が誰だったか、告白したのかしていないのか、お気に入りのエロサイトは何か?何を妄想して抜くか?初体験がまだなことも全部」
「辞めてよ!!!!」
声がひっくり返ってクッションを叩きつけた。身体中が鳥肌だった。
「今のはさすがに嘘だよ。素直だなあ、ミズは」
にこにこ苦笑されて震えた。
「俺はミズの進学先・新しい住所。それに初体験まだなことしか知らないよ。そこだけは知っときたいなって思って。どうにかして調べたよ」
思いもよらない情報を握られている。どうやって調べた?そんなこと。
僕はこれからどうなってしまうんだろう。
手首の腕輪がチャリ、と金音を立てた。
僕の部屋、と称されたそこでふたり並んで座る革張りのソファ。深く沈んだ。ソファの背もたれに腕を回されている。
巨大なテレビで映画を流しているのを、全く頭に入ってこない状態で見つめていた。
せめてもの時間稼ぎに『映画見たい!デートっぽいことしたいし!?』とねじ込んだのだ。
映画は進んでいく。悲恋がテーマだ。海辺で恋人が去って行くのを、男の方がプライドが邪魔して追いかけられない。そんな中盤のシーンで雪弥くんはポツリと言った。
「男なら追いかけろよなあ。裸足でも何でも。欲しいものは捕まえなきゃ」
ドクンと心臓が跳ねた。僕のことを暗に言っているのだろうか?
何も言えないでいる僕を、雪弥くんは後ろから抱きしめた。
「…俺ね、家庭にずっと居場所がなかったんだ。弟がいてね、すっげ優秀なんだよ。それで両親は弟ばかりに期待していた。
俺の方を見て欲しくて俺なりに勉強は頑張ってきたんだけど、やっぱりダメでさ。
そんでついに『お前なんて上っ面だけだ、ガッカリした』って親に言われて…」
雪弥くん…。
彼の出身校は知っているけれど難関校だ。あそこでダメって言われるなんて、さぞ辛かっただろう。
「んでもう家に帰っていなくていい、って言われてばあちゃん家に預けられてさ。お前にはもう期待してないって、言われて…。
…あ、でもな、じゃあそこまで言われるんだったら、もう上っ面だけで勝負してやろう!って思ってアイドルを目指したって訳。
オーディションにはすぐ受かった。でもアイドルは山ほどいる。多少歌って踊れるくらいじゃダメなんだよ。
デビューしてもなかなかファンてのは集まらなくて…。
あー、俺って誰からも必要とされないんだって心底ガックリ来てた。最初の方、観客席なんかホントまばらでさ。哀しいくらい。人生で2回目の絶望だったな、あん時…」
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「でもさ、そんな時に来てくれたのがミズだった。ファンレター、人生で初めてもらってさ。
俺飛び上がるくらい嬉しかった。家で何度も読んだよ。
しかもミズは俺の上っ面じゃなくて、中身を見てくれた。俺を必要としてくれた。嬉しかったんだ。本当に」
雪弥くん…。そうだったんだ。僕自身、平凡な人間で中身を見てもらえることなんてあまりなかったから、雪弥くんの気持ちは手に取るように分かった。僕までしんみりしてしまう。
「…あ、そうだ、ミズに見てほしいものがあるんだ。ちょっと待ってて」
ふと出ていってすぐに戻ってきた雪弥くん。手には厚いファイルを抱えている。何だろう?
「はい、これ」
中に収められていたのは、僕が今まで送ったファンレターだった。
「ミズがくれたやつだけファイリングしてた」
「え…」
初めて最初に渡したものもあった。目も当てられない恥ずかしさだったけど。
…でも、思い出すあの日。初めて雪弥くんに出会って、恋に落ちてファンレターをウキウキ書いた、あの日のこと。
「ファンレター、ポケットに入れて何度も読んでたよ。だからこれとか端っこ、擦り切れてるでしょ。すっげお気に入りでさ、この手紙」
「ほんとだ」
雪弥くん…。
「俺はミズのファンレターを待ち侘びた。マネージャーに言って、事務所に届いたら真っ先に教えてもらってた。ミズは俺の生きがいだったんだよ」
そんな風に言われてドキッとした。こんな凡人が生きがいだったって言われて悪い気はしないのだ。
顎先を持ち上げられてキスされた。舌がねろりと入り込む。こんなの人生で初めてだ。雪弥くん、僕の憧れだった人…その気持ちは変わらない。その人と今キスしてる。ドキドキして頬が火照るのが分かった。
端正な顔が間近で言った。
「だからね?ミズが居ないといれない人間になっちゃったんだよ俺は。ちゃんと責任とれよなあ。
ブロックなんてナシだよ。
まあでもこれからは逃げられる心配ないんだよね。ミズ本人と一緒にいれるから。ミズがずっと側で俺を認めてくれるんだ。一生ここで。
ああ、なんて素晴らしいんだろう!?」
そんなことを蕩ける様な笑顔で言われて、ゾクと一気に背筋が冷えた。
好きと怖いが行ったり来たりで、僕はどうしたら良いのか分からない。
「ね、ミズ。お願い。言ってよ。俺のことが必要だって」
すがる様に言われて僕は声が出ない。
「なあ!お願いだ!ミズがそう言ってくれなきゃ俺は自分でいられないんだ!」
「…ゆ、雪弥くんは素敵な人だよ。皆が雪弥くんを必要としてる、ぼ、僕にとっても…」
かつて本心で言っていた言葉たち。
それを聞いて雪弥くんは獰猛なライオンみたいに僕を押し倒した。
「ああ、ありがとう。ミズ、ミズ、大好き。さ、はじめよっか」
逃げられそうもなく、僕は今度こそ観念して目を閉じた。
***
雪弥くんの白い肌、鍛えられた身体が僕を組み敷く。首筋を吸われれば長めの前髪が頬をくすぐった。キスは止まらない。ひどい目に遭わされるのではと思っていたけど、雪弥くんは意外な程に優しかった。敏感なところを焦らすように撫で、僕を昂らせてからズグ!と突っ込んだ。そこからは激しく抱かれて変な声もいっぱい出て、僕は熱に浮かされたまま初めてを終えた。
満足気に僕を見下ろし頬を撫でる雪弥くん。近くで見るとやっぱり相変わらず綺麗な顔だったのだけど。
「ミズの初めて貰った。男冥利に尽きるね。忘れられない記憶になれると思うと嬉しいよ」
僕は怖いのか嬉しいのか、訳の分からないドキドキでぽろりと涙を零した。
***
雪弥くんとの2人っきりの生活は、それから本当に始まった。
朝も昼も夜もずっと一緒。
携帯は取り上げられて、母さんや友達からの連絡には雪弥くんが適当に返信をしていた…。
僕はせめて食い下がって言った。
「僕、大学行かないと!せっかく頑張って入ったんだよ!?」
「大学なら大丈夫だよ」
「何で!」
「ミズの代わりの通うコ用意して、そのコにちゃんと大学行かせてあるから。ミズは俺といればいいんだよ」
…!!!!
うそ、やだ…誰かが僕になりすましてるの?
二の句が告げない。
僕はこのまま社会から消されてしまうのだろうか?雪弥くんの手で?
足がガクガク震えていた。
でもそんな風に怯えさせておいて、雪弥くんは僕を甘く優しく抱いた。『世界で一番大好き』って言われると絆されてしまいそうになる。その時だけは本当に恋人同士みたいだったけれど。
「じゃあね。ミズ。おやすみ。また明日」
雪弥くんは夜、行為が終わると起き上がって出口へと向かった。
「雪弥くん、行っちゃうの…」
「うん。だってミズが逃げ出さない様に鍵かけないといけないからね。おやすみ」
がチャリとドアは閉まった。
「…ーっ!!!」
僕はベッドに突っ伏して泣いた。
恋人の様でやっぱり恋人ではない僕らの関係に、僕はもう耐えられそうもなかった。
***
ある日。どうしても用事があるといって出掛けていった雪弥くん。
しかし少しして玄関の扉がガチャ、と開く。てっきり雪弥くんが忘れ物でもして戻ってきたものだと思っていた。
足音がして、僕の部屋の前でふいに止まった。
しばらくしてガチャ、と扉を開けようとする音。しかし鍵がかかっているので開かない。
コンコンとノックの音がした。
「…雪弥?」
「ち、違います!」
「君は?…もしかしてあの、例の瑞希くん!?」
「え、あ。はいそうです、僕のこと知ってるんですか?あなたは、あっマネージャーさん!?」
「ここ開けて」
「外からじゃないと開かないんです!鍵は雪弥くんが持っています!!それにGPS付きの変な腕輪もされてて!た、たすけて!!」
「雪弥のやつ、なんて酷いことを。この間会った時になんか変だなとマネージャーの勘で思ったんだがやっぱりか。
瑞希くん、君は私が助ける。待っててくれ!」
やった、やった!助かるんだ。
僕は心底ホッとした。雪弥くんとはやっぱり離れるべきだと思っていたから。
だけどそれから数時間後…。
玄関の方で言い争う声が聞こえた。
ビクビクしながら待っていると、しばらくして僕の部屋の鍵がガチャ!と開いた。雪弥くんだった。
「こっち来て」
冷たく言われてついていく。
着いた玄関口。
40代くらいの男の人が倒れている。ピクリとも動かない。
その背中に突き刺さった一本のナイフ。
「…ゆ、雪弥くん!!まさか…!!」
チラリとこっちを見た雪弥くん。ゾッとするほど美しい顔、冷たい瞳が僕を捉えた。
「ミズ。俺から逃げようとしてたって本当?」
「……!」
ゆっくりと向きを変えて僕の方に近寄ってくる。一歩、また一歩。
「マネージャーを頼ったって本当?俺がいるのに?俺はいらないの?ミズには俺が必要なんだろ?ミズ!」
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BL
進藤海斗は完璧だ。端正な顔立ち、優秀な頭脳、抜群の運動神経。皆から好かれ、敬わられている彼は性格も真っ直ぐだ。
そんな彼にも、唯一の欠点がある。
それは、平凡な俺に依存している事。
平凡な受けがスパダリ攻めに囲われて逃げられなくなっちゃうお話です。
頭の上に現れた数字が平凡な俺で抜いた数って冗談ですよね?
いぶぷろふぇ
BL
ある日突然頭の上に謎の数字が見えるようになったごくごく普通の高校生、佐藤栄司。何やら規則性があるらしい数字だが、その意味は分からないまま。
ところが、数字が頭上にある事にも慣れたある日、クラス替えによって隣の席になった学年一のイケメン白田慶は数字に何やら心当たりがあるようで……?
頭上の数字を発端に、普通のはずの高校生がヤンデレ達の愛に巻き込まれていく!?
「白田君!? っていうか、和真も!? 慎吾まで!? ちょ、やめて! そんな目で見つめてこないで!」
美形ヤンデレ攻め×平凡受け
※この作品は以前ぷらいべったーに載せた作品を改題・改稿したものです
※物語は高校生から始まりますが、主人公が成人する後半まで性描写はありません
【完結・短編】game
七瀬おむ
BL
仕事に忙殺される社会人がゲーム実況で救われる話。
美形×平凡/ヤンデレ感あり/社会人
<あらすじ>
社会人の高井 直樹(たかい なおき)は、仕事に忙殺され、疲れ切った日々を過ごしていた。そんなとき、ハイスペックイケメンの友人である篠原 大和(しのはら やまと)に2人組のゲーム実況者として一緒にやらないかと誘われる。直樹は仕事のかたわら、ゲーム実況を大和と共にやっていくことに楽しさを見出していくが……。
俺の指をちゅぱちゅぱする癖が治っていない幼馴染
海野
BL
唯(ゆい)には幼いころから治らない癖がある。それは寝ている間無意識に幼馴染である相馬の指をくわえるというものだ。相馬(そうま)はいつしかそんな唯に自分から指を差し出し、興奮するようになってしまうようになり、起きる直前に慌ててトイレに向かい欲を吐き出していた。
ある日、いつもの様に指を唯の唇に当てると、彼は何故か狸寝入りをしていて…?
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好きすぎる……ミズキくんどうなっちゃうの、!?
kasさん
コメントありがとうございます♪
マネージャーと同じ運命か地下牢獄で監禁かで…!?
ぁぁぁぁぁあヤンデレ最高だけどBADENDすぎる.˚‧º·(°இωஇ°)‧º·˚.
リゲルさん
ヤンデレ爆発しましたね…!
私が描くヤンデレは大体行き過ぎた奴になります笑
つ、続きを!
すみません一応終わりなんです…!